幼馴染の少女は詐欺に遭う。
どうやら聞くところによると、彼女は昨日の夕方、お互いに自由時間と決めた時間に外に出かけたらしい。
すると困っている様子の人がいて、声をかけたのだそうだ。
『悪徳領主への税を支払うために薬草が必要なのだが、どうしても期日までに集められない』と言われたらしい。
ギルドを通さない個人依頼として、ソプラはそれを受けたのだと。
「それで……?」
「今日の昼までに、半分だけ薬草集めを請け負って、待ち合わせ場所に持っていくっていう話だったんだけど……」
アルトがちらっと目を向けると、皮袋いっぱいの薬草が布袋の口からのぞいている。
それで、ああ、なるほど……と大体の事情が飲み込めた。
「相手が、時間になっても来なかったのね?」
「うん……その、冒険者と契約を交わすには、保証金が必要だって言われたから……授業でもそう習ったし……」
銀髪の少女は、ますます肩を縮こめて小さくなった。
アルトは思わずため息を吐く。
「あのね、ソプラ」
「はぃ……」
「困っている人を助けたいと思うのはあなたの美徳だと思うけど、見ず知らずの相手に、名前も保証人もつけずにお金を渡すことを、少しは怪しいと思わなかったの?」
「うぅ……!」
要は、詐欺に遭ったのだ。
困っているふりをして、声をかけてきた相手から金を騙し取る。
ソプラは軽装鎧に新品の鞘、というどう見ても駆け出しの冒険者なので、騙しやすいと思ったのだろう。
ーーー見る目があるのよねー。
基本的に彼女はお人好しなのだ。
今まではこういう時、ノイルがいたので彼がどうにかしてくれていたのだが……流石に見ず知らずの相手に対してどう動いたらいいのかはアルトには分からない。
憲兵に知らせるのが一番だとは思うが。
「いくら取られたの?」
「銅貨2枚……」
「だよね」
薬草集めは労力こそかかるが、ギルドでも初歩の初歩に位置する依頼だ。
そうなると、必然保証金も集める量にはよるが安い。
犯人はすでに逃げている上に、あまりにも安すぎて、憲兵も鼻で笑って終わりにするだろう。
ーーー授業料、と思ってもいいけど。
それでソプラは反省するかもしれないが、多分しばらく落ち込む。
あまり落ち込むと彼女は涙もろいので、いちいち慰めてあげないといけないだろう。
ーーーそれは、ちょっとめんどくさいかなー。
そんな風に思ったアルトは、一番確実な手段を取ることにした。
「分かった。ソプラ、私に考えがあるから少し待っててね」
「うん……」
※※※
『ってことで、どうしたらいいかな?』
「ツメが甘い相手だなぁ……」
話を聞き終えたノイルが最初に抱いた感想はそれだった。
『え?』
「ソプラの気質を見抜いたんだったら、そのまま律儀に次の日待っておいて『今持ち合わせがないから取ってくる』とでも言えば集めた薬草も奪えたのに」
『……ノイル。思考がちょっと悪人だよ?』
「悪人なのはソプラを騙した奴でしょ?」
ノイルがそれを実行したわけでもないし、そんなツメが甘い奴と一緒にされても困る。
「ソプラから、相手の姿と領主の名前が分かるかどうかを聞き出してきて。で、かけ直して」
『あ、うん』
一度通話が切れた後、すぐにアルトからまた着信が入る。
『相手の姿は、獣人の女の子だったって。領主の名前は、ディストテッド男爵、って言ってたみたい』
「なるほど」
ノイルは少し考えた。
その男爵が実在することは知っている……図書館にあった貴族年鑑に名前が記されていたからだ。
貴族の功績を記した『貴族位と功績』という書物にもその名前は登場しており、その男爵の祖先と父親に当たる人物がそれぞれに短いエピソードと共にページが作られていた。
悪徳領主、というのは、その獣人少女が語ったことが真実なら、現在地位を継いでいる息子のことだろう。
大きく噂が広まっているとは思えない。
「アルトってさ、地理得意だったよね?」
『うん。なんで?』
「フォン平原って、どこにあった?」
祖先の方はその辺りにある街道を作った功績、現領主の父親に関しては平野に住んでいた魔物への対処法を確立した功績でそれぞれ勲章が与えられていたはずだ。
『えっと、今私たちがいるマイクロ街道の先だね。街二つ超えた辺りにある、少し細いコード街道ってところとの境目だったと思う』
「なら、小銭を稼いだその子は、そこら辺を根城にしてる可能性がある。もしくは出身地か」
街を二つもまたげば、旅人や冒険者でもなければそんな領主の評判自体をほとんど知らないと思われる。
「後は、その距離を旅するには女一人だと危ないだろうし、窃盗団か盗賊団、あるいはガラの悪い冒険者パーティーに所属してる可能性がある。同じような特徴を持つ人物の手配書か、その辺で活動してる冒険者を『冒険者総覧』で閲覧してみて」
総覧を見るのにはギルドに騙し取られた以上の金を払う必要があるが。
『そ、そこまでして突き止めるの?』
「え? 当たり前じゃない」
ノイルは、アルトの少し引いたような声に、薄く笑いながら答える。
「ソプラを泣かした奴は、懲らしめないと。ーーー俺も今から、そっちに行くから」




