幼馴染みの少女を想う。
ノイルは、無造作に斧をかついだバスと見合ったまま考えた。
速度も手数も、スキルを使い両手がある自分のほうが確実に有利なはず。
だが、バスから放たれる静かだが強烈な覇気は、無闇に飛び込んだらやられるだろう、と予測するのに十分なものだった。
「来ないのか?」
バスが言い、足を一歩踏み出してくる。
「なら、こちらから行くぞ」
ノシノシと歩いてくるバスから視線を外さないまま、ノイルは右に向かって半円を描くように走り出した。
一発当てれば終わる勝負だが、その一発を当てるビジョンが見えないのである。
「すばしっこいな」
背後に回り込もうとするノイルに対して、足を止めたバスは最小の動きでこちらに体の正面を向け続ける。
そのまま目を回してくれる……というのは甘い考えだろう。
「いつまでも遊びに付き合う気はないぞ、ボウズ。ーーー《震》」
バスが何かの呪文を口にして、ドン! と床を踏みつけた。
その途端、グラリと足元が揺れた感覚を覚えて、ノイルは思わず足を止める。
ーーー地震を起こした!?
驚いていると、グッとそのまま身を沈めたバスが思い切り足を踏み切って突っ込んで来た。
一直線の剛の動き。
正統ゆえに力の差が如実に分かる猪突猛進の一撃が襲って来る。
一刀両断に振り下ろされた斧の柄に頭を割られるかどうか、というギリギリの位置で避けたノイルは、試しに反撃を打ち込もうとしたが。
「おっと」
ただでさえ小柄なドワーフが思い切り頭を沈めて、横薙ぎの軌跡を潜り抜ける。
「ボウズは、横の剣が得意かい?」
バスは、目を離していたノイルと違ってこちらの戦闘を見ていたらしい。
踏んでいる場数が違い過ぎるのだ。
もしかしたら技量では互角に戦えるのかも知れないが、経験の差が行動の差に現れている。
「バスさん、凄いなぁ」
言いながら距離を取ったノイルは、一度だけ目を閉じた。
ここで負けるわけにはいかないのは、分かっている。
何故なら、この試験を勝ち抜いて魔剣を手にすることが、ノイルの目的を達成するための第一歩なのである。
ーーーソプラ。
幼馴染みの少女の顔を脳裏に浮かべたノイルは、スゥ、と目を開いた。
魔王と勇者は対ではない、とメゾは言ったのだ。
その理由も、ここで負けている程度では聞けないだろう。
ーーー俺は勝って、言葉の真意を聞かないとね。
でないと、もしあの魔王が言っていることが嘘だった時に、ソプラに危険が及ぶかもしれない。
フゥ、と息を吐いて、ノイルは少し長めの柄にしてある片手剣を両手で握った。
正眼に構えると、体から力を抜く。
雰囲気が変わったことを悟ったのか、バスがニヤリと笑みを浮かべた。
「ようやく覚悟を決めたかい?」
「ええ」
多分、自分のために戦ったら負けるだろうな、とノイルは思っていた。
あまり勝敗にこだわらない自分の気質は、こういう時に裏目に出る。
だが、ソプラのためなら。
ーーーあいつに負けるのは、全員に勝った俺じゃないと意味ないからね……。
養成学校でもそうだった。
ソプラにだけ負けるために、勉強にも付き合って確実に満点が取れるようにしたし、武芸の実技も他の誰にも負けなかった。
だからこそ〝二番〟だったのだ。
ノイルは、最強の二番目であることを自分に課した。
そして一番は、ソプラだけ。
そうすれば、彼女は笑うから。
いつものように得意げな顔で、楽しそうに、嬉しそうに。
ーーー行くぞ。
心の中でつぶやいたノイルは、待ちの姿勢を見せているバスに向かって、ゆらり、と踏み込んだ。




