二人のチンピラ、実はいい奴。
声の主に顔を向けると、そこに座り込んでいたのは小柄なおっさんだった。
額は剥げているが後ろ髪は剛毛でツンツンと立っており、口もとは黒ヒゲで毛むくじゃら。
ボロいマントを羽織っており、立てた膝にかけた右腕は筋骨隆々。
「ドワーフ……?」
「そうだよ、ボウズ。オラぁ、バスってんだ」
こちらに顔を向けた彼を見て、ノイルは目を丸くする。
隠れていたバスの顔の左半分には、左目を潰す巨大な縦傷が走っており、それがアゴまで抜けていたのだ。
剣で斬られたような綺麗な傷ではなく、爪で引き裂かれたように荒い傷だ。
よっこいせ、と立ち上がると、外套が軽くなびく。
その下には、左腕がなかった。
「な、何だよおっさん……?」
ノイルの半分ほどしか背丈のないバスに対して、逆に頭二つは大きい竜と虎が鼻白んだ様子を見せる。
ーーーへー。この二人、ちゃんと実力差が分かるんだ。
ノイルは彼らの様子を見て、逆に感心した。
目の前のドワーフは、どう見ても手練れだったのだ。
外見の強烈さというよりも、その身に纏う覇気の圧が凄い。
背中に背負った巨大な斧は使い込まれているもののよく手入れされていて切れ味も良さそうだった。
命を預ける得物を大切にしているのが伺える。
バスは、チラリとノイルに目を向けた後に、二人の獣人を見上げた。
「言ってる間に、試験とかいうのが始まるだろ。わざわざその前に騒ぎを起こそうとすんじゃねーよ」
「あ、いや……」
「別に騒ぎを起こそうとしたわけじゃ……ナァ?」
「ほぉ?」
歯切れ悪く言う獣人たちに、ゴキリ、とバスが首を鳴らす。
「そんなら、なんでボウズに声をかけたんだ?」
「その……単に気になったからだよ……」
虎が言い、周りの視線を気にしたように周りを見回す。
ノイルはそこで、彼らの様子がどうにも予想と違うことに気づいた。
外見が怖い上に口調が荒いので、てっきり絡まれたと思ってたのだが。
「……もしかして、俺のこと心配してくれた感じ?」
まるで敵意を感じない上に、逆に注目を集めてしまったことに慌てているのを見て、ノイルはそう問い掛けてみた。
すると二人は目を見合わせて、どこかバツが悪そうな顔をする。
そして先に、竜のほうが口を開いた。
「別にそんな、イイヒトみてーな理由で声をかけたわけじゃ……ナァ?」
「ただ、なんか試験は戦闘になるっぽい、てぇウワサだから、それだと真っ先に狙われてアブねーんじゃねーかって思ってよ……」
それは人が好い行為だ、と言わないのだろうか。
ノイルはこめかみを掻いて、少し考えてから問いかける。
「つまり、もし間違ってここに来たんだったら外に出るように言おうとした、ってこと?」
紛れ込んだ、という言い方はそういうことなのだろう。
「そうだよ。そしたらスカウトされたっていうから驚いたんだよ」
「な、おっさん。怖い雰囲気出してっけど、それだけだからよ、ナァ?」
虎が顔を歪めて苦い表情を浮かべ、竜が『落ち着け』とでも言いたげに両方の手のひらをバスに向けて、どうどう、というジェスチャーを見せる。
「……プッ」
それを見て、ノイルは思わず吹き出した。
「……何笑ってんだよ」
「いや、バスさんもあなた達も、皆良い人だなぁと思って」
魔族と人間の血生臭い歴史の話ばかり今まで聞かされて来たので、本当に意外だったのだ。
黙ってやり取りを聞きながら右手でアゴを撫でていたバスは、ね? と首をかしげるノイルに、ふん、と太い笑みを浮かべる。
「まさかオラと同じ理由でボウズに声をかけたたぁ思わなかったな。お前ら、名は?」
すると、また顔を見合わせた二人が、虎、竜、の順に名乗る。
「オレはソー。ソー・コラーノだ」
「俺っちはラピンチだよ」
「そっか。三人とも、はじめまして」
ノイルは笑顔で手を差し出して、自分も名乗った。
「俺は、ノイル・オルランドゥ。これからよろしくねー」




