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6.推しがちょっと怖いです

 突然のリストラ的な雰囲気に、ほんの少しクリスから(心の)距離を取った私は、座り直すことで物理的に距離を取ることに成功した。


 昨日は顔を見たら何かやらかすかも、と思って見ないようにしていたが、対面する相手を見ないのは不自然すぎるので、平常心、平常心、と心の中で呟きながら向き合う。


 ちょっと怖い顔をしているが、私より濃い少し長めの金の髪が、緑がかったヘーゼルの瞳にかかり、憂えたような雰囲気は年上の大人の色気が……いけないいけない、平常心、平常心……。

 そもそもクリス(教会長の息子)(リリー)より三つ上だから、まだ十六歳くらいのはずだ。まだ子ども、まだ子ども……。


 クリスは緊張する私を見て、真剣な顔でうん、とひとつ頷いた。

 なんだろう、本当に不安でしかない。


「リリーさんには自己紹介がまだでしたね。私はクリス・イグレイシア。こんな見た目ですが、一応貴族です」


 はい、貴族発言いただきました!

 これで顔見なくてよくなる!!

 異世界あるある設定で、ここエストレアも平民が貴族の顔をガン見するのはNGです。


 私は驚いたようにクリスを見て、椅子から下りて床に膝をつくと頭を下げた。

 これで色んな意味で心の安寧が保たれる。


 にしてもイグレイシア?

 家名が記憶に全然ヒットしない。

 推しなのに、フルネーム覚えてないとか、どうした私。


「貴族の方とは存じず、失礼しました」

「いや、そんな風に畏まってほしくて言ったわけではないんです。どうか顔を上げてください」

「いえ、ただの平民である私がご尊顔を拝謁する訳には参りません」

「いや、ご尊顔だなんて……まあ、いいでしょう。そのままでいいからきちんと聞いて下さい。リリーさん、あなたは近いうちに貴族に養子縁組されて、王都に向かうことになります」

「えっ?!」


 さっき下げたばかりの頭を、思わず上げそうになる。


 貴族の養子縁組は破滅ルートのスタートだから、なんとしても回避したいイベントだ。

 それが、昨日力が発現してからまだ一晩しか経ってないのにやってくるなんて。


「私は貴族だからこそ、今後を予想できます。顔を上げて、私の話を聞いてくれますか?」


 言われて、少し躊躇してからのろのろと顔を上げる。貴族からのお願いは、平民にとっては命令だし。

 それにこの場を乗り切ることに全力を傾けていたが、そうもいかない。

 私が断罪ルートに乗るかもしれないのだから。

 ちらりとクリスを見ると、真剣な眼差しと目があった。


「体調が万全じゃないのはわかっています。でもリリーさんには早急に話をしておかなければならないと思いました。さあ、椅子に座って」


 促されるまま呆然と椅子へ座る。

 先ほどの司祭長と立場が逆転した気分だ。


「君が予言の神術を授かったわけではない、というのは先ほどのやりとりでわかりました。でも、一部の人間は信じてしまったようで……特に、エリック・マギリア(リリーが助けた男の子)の従者たちが」


 クリスが言うには、私が躊躇することなく教会前へ駆つけ神術を行使したことと、最近、町中の看板を直していたことを結びつけて、予言の神術を頂いた神子なのでは、との憶測が真実味を帯びて噂されているらしい。

 噂を知った従者たちにより、すでにマギリア家には神子である可能性を報告され、明日にはマギリア家当主であるエリックの父がやってくるとのこと。


 たった一晩で、自体は急展開したようだ。


 気を失ってる場合じゃなかった、私。


「教会へ来る名目はエリックの見舞いとなっていますが、確実にリリーさんのことを確認に来ると思われます。そして、予言の力が無かったとしても、その強い癒しの力は彼の興味を引くはず。そうなれば、逃れることはできません。恐らく、マギリア侯爵家に連なるどこかの貴族に養子として迎えられ、神術を使いながら研究対象として監視下に置かれるでしょう」


 何それ怖っ!つまり監禁されるってことだよね?!


 内心が思わず顔に出てしまう。

 クリスは私の心に共感するように頷くと、続ける。


「王宮神術師長ギルバート・マギリアは、そういう方です。その場合は家族と永遠に引き離され、自由はない生活となるでしょう。あなたにはご家族の営む店の看板でご子息を害してしまった、という負い目がある。治癒を行なったとはいえ、怪我に対してあなたという対価を求めてくる事は簡単に想像できます。その場合、あなたに拒否権はありません」

「他の対価じゃ……」

「その場合は、家族のどなたかの命を以って償え、と言ってくるでしょうね。貴族の子息を平民が害したならば、それがいくら不可抗力とはいえ最悪死罪。今回はリリーさんがいなければ恐らく助からなかったでしょうから、要求自体は真っ当です。町の人から聞きましたが、アデルさんとあなたは義理の親子とはいえ、とても仲が良い様子。町の人にも知れ渡っている。あの方がそういった弱みを見逃すとは思えません」


 私は唇を噛み締めた。

 なんでこう次々とイレギュラーばっかり起こるんだろう。

 私はただ、神子になりたくなくて看板を直してただけなのに。


「……この町で、アデルさんの側で暮らしたいですか?」


 クリスが問いかけてくる。

 それは不可能だと今その口から言われたばかりだ。

 もやもやとした気持ちが湧き上がる。


「それは当たり前です。でも、不可能だとおっしゃいましたよね?」


 少しトゲのある言い方になってしまったのは許してほしい。

 この状況で希望を語らせることに、推しとはいえちょっと腹が立つ。


「ええ。ですが回避する方法がないわけではありません」


 クリスが真剣な表情のまま続ける。


 回避できる?


 私は思わず目を見開いた。


「あなたが望むのなら、私が、我がイグレイシア侯爵家が力を貸しましょう」


 私から目をそらすことなく、クリスはそう言ったのだった。



 ☆



 教会で与えられた部屋に戻る。

 外に出ると何が起こるか予測できないため、しばらくは教会でお世話になるらしい。


 ぼんやりと先ほどクリスから語られた案について思い返す。

 答えの出ない悩みを突きつけられたようで、どうしたらいいのかわからない。


 そうする内に、アデルがやってきた。


「リリー! 体は大丈夫?!」


 駆け寄ってぎゅっと抱きしめられる。


 大丈夫だよ、と答えると、


「リリーが無事で良かった。……それから、本当にありがとう、貴族の子が助かったのはリリーのおかげよ……神様の思し召しだわ……」


と涙ぐむ声が耳元で聞こえた。


 10歳で引き取られてから神術の「し」の字も見せなかった私が治癒の神術を使えたのは、神の思し召しに見えるかもしれない。


 私としてはあの瞬間、エリックが確実に命を落とすと理解したので、「神に嵌められた」感があるけれど。


 骨折や指の切断など、ひっつける系の怪我なら治せる癒手は数多くいる。

 けれど、失ったものを元に戻せるような癒手は、「稀代の」という装飾語がつくレベルだ。

 だからわかった。

 失った血液を元に戻さなければ、彼は死ぬ。そして失った血液を元に戻せるのは、ここでは私だけだと。


 それを理解したから、躊躇なく神術を使えたんだと思う。


 結果、昨日司祭達が大騒ぎしていたから、私の行動が正しかったことも証明された。


 良かったんだと思う反面、かなり複雑な気分だ。


 ゲームの中のリリーもこんな気持ちになってたのかな、とふと思う。

 でもゲームの中ではすでに全属性使ってたし、そこに治癒の神術がつかえるようになった、という設定だった。


 それにたぶん落ちた看板はパン屋ではなかっただろうし、ゲーム内では貴族になれたことを不安に思ってはいても、嫌がってはいないように見えた。


 こんな風にはならなかっただろうなぁ、となんとなく思った。




読んでいただきありがとうございます。

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