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3.神子の力の発現を回避します

 次の日、早朝からパン屋を手伝い、落ち着いた午後に計画を練り始める。


「確か、神子(みこ)の力は男の子を助けて発現したよね……」


 前世の記憶、と言ってもはるか彼方の過去の記憶、という認識だ。

 便宜上、前世と呼んでいるだけで、最近まで忘れていた過去の出来事を思い出すような感じだった。そういう時もあったらしい、みたいな。

 記憶喪失で記憶が戻ったなら、こんな気分なのかもしれない。


 元々大人びた子どもだと言われているから、何か影響はあるのかもしれないけど。


 前世のネット小説の主人公はみんな、あっという間にすごく細かい設定とか場面を思い出していたけど、私が思い出せるのはこんな感じだった、というざっくりした流れだけ。

 チートな記憶力は私にはないらしい。


「困った……」


 うんうん唸りながら思い出そうとする。


 この町で起こったのは間違いない。

 なぜなら、その時パン屋のエプロンを付けていたから。

 臙脂のワンピースに白いエプロン。それが、私のパン屋スタイル。


 自分がどんなふうに聖なる光を発したのかも覚えている。

 初めての聖なる力の発現だったから、アニメーション付きのスチルも幻想的だったし、初めてのゲームに心躍って色んなものに感動していた時でもあったから。


 場所はわかる。教会だ。

 教会の印である白い石柱。それがスチルの背景に描かれていたのは覚えている。


 それから、あの男の子、なんか重要なキャラじゃなかったっけ……。

 黒い髪に、目の色は……思い出せない。




 じっくりとキャラクターを思い出しながら書き出していく。


 余談だが、この世界は日本人が作ったせいか、紙もインクも存分にある。

 紙から作らなきゃ! とかならなくて良かった。

 作れることに憧れはあるけど、あれは選ばれし人が成せることだ。


 さらさらとゲームの内容を書き出していくと、少し頭がすっきりしていく。

 はじめからこうすれば良かった。


 キャラクターは全部で六人。


 ヒロイン:リリー・シュナイデン。つまり私。

 悪役令嬢:ロザリア・カームエル。

 王太子:レオン・エストレア。

 騎士団長の息子:ジャン。

 王宮神術師長の息子:エリック。

 教会長の息子:クリス。


 とりあえず、名前と肩書は思い出せた自分を褒めよう。王太子以外家名は思い出せないけど。

 私にも何か、転生チート的なものがあるのかもしれないし、希望は捨てないことにした。

 推しもいるけど、今はあまり考えないようにする。会わないのが一番幸せなのだから。


「にしても、自分で自分のことヒロインとか、やっぱり恥ずかしい……。モブAとかの方が良かった……」


 嘆いても仕方がないことを呟きながら、次々と思いついたことを書いていく。

 その内、ふと思い出した。


「あ、エリックだよ、エリック」


 彼が下町にお忍びで遊びに来ている時に、傷んでいた看板が落ちて大怪我をするのだ。

 そんな時に、たまたま(リリー)が通りかかる。


 頭から血を流す男の子を見て、思わず足を止めたところに、男の子が私に手を伸ばしてきたのだ。

 思わず駆け寄ってその手を取ると、無意識に願っていた。


『どうか、助かって』と。


 そして力が発現。


 蛍のような淡い光が、少年を握る私の手からいくつも溢れ、少年の周りをふわふわと漂い、傷を治していく。

 とても、幻想的な時間。


 その光が消えた時、少年はゆっくりと目を開ける。

 そして、私に微笑んだ。


『あなたは、天使様だったのですね』



 ーーそれが、エリック。



 ヒロインver.では、この時のことがきっかけで彼は(リリー)に恋をする。

 年齢はリリーの一つ下だが、ゲームが始まるのはリリーが王立学園の四年生に転入した所なので、エリックは既に在籍していた。初恋の相手が転入してきたことを知り、今度は自分が守る番だ、と心を決める。


 ちなみ悪役令嬢ver.では、天使だと思っていたリリーが貴族のことを知ろうとしない、自分勝手な人物だと知る。変化を促すが拒絶されたため、見切りをつけロザリアに味方するようになる、というストーリーだったはずだ。


 私にも転生チートの思い出し力が芽生えてきているのかもしれない。


 そう思うと、ふふふ、と笑いが零れるが、はっとして口元を引き締めた。

 いけない、ここで気を抜いてはどんな罠にかかるかわからない。

 背筋を伸ばして深呼吸する。


「まずは、エリックに会わないようにしなければ……!」




 エリックは怪我をして教会に運ばれた。

 教会の「癒手(いやして)」に怪我を治してもらう予定だったのだと思う。


 癒手は、大なり小なり治癒神術を使える人達である。

 その癒しの力と引き換えに、他の神術は使うことができない。

 たった一つの例外、神子を除いて。


 癒手はたくさんはいないけど、とても少ないわけではない。

 ただ、強い力を持つ癒手は少ない。

 多くは「癒しの家」に駐在しており、少し大きな町であればひとつはある。前世の総合病院みたいなものだ。


 この町――セイライムも例外ではない。巡礼地と避暑地を兼ねた大きな町であるセイライムは、癒しの家が北と南に二つあった。

 その中間に教会がある。教会にも癒手が常駐しており、癒しの家が遠い所をカバーするようになっている。

 重症の場合は教会の癒手が応急処置をして、南北どちらかの家から癒手が派遣される仕組みになっていた。

 私が教会前で倒れた時に寝かされていたのも、そういう救護所のひと部屋だ。


「やっぱり、中央付近かな」


 貴族の子どもがお忍びで何をするのかは知らないが、北は聖なる森、南は隣の町に続く街道、西は湖に面した避暑地、東は行けば行くほど治安の悪い地区になっていく、と頭の中で地図を想像する。

 とすると、西の湖当たりから教会を超え東に向かった辺りを探すのがいいか、と検討をつけた。


 外を見ると、日は高く明るい。まだ間に合いそうだ。

 今日、中央地区の看板をチェックすることにする。


 家が北よりではあるものの中央地区で良かった。

 私はアデルに出かけることを伝えて、走り出した。




「ハア、ハア、ハア……」


 見つけた!

 落ちそうになってる、看板!!


 とりあえず湖に、と考えてかなり走って、そこから東に向かって見える範囲の大通りをしらみつぶしに探した。

 貴族だから路地裏には入らないと思って。

 そして教会を超えて少し行ったところでようやく目当ての店を見つけた。


「まさか、うちの近所だったなんて……」


 パン屋は大通りからは外れるものの、路地と言うには広い道に店を構えている。パン屋を少し過ぎたところにあるチーズ屋の木製の看板が、木が傷んでやや釘が抜けかけていた。

 もう幾日もすれば落ちてしまうかもしれない。


 無駄な時間を使ったことにがっかりしつつも、見つかったからいいや、と思いながら店にいる恰幅のいい女性に声をかける。


「おばさん、こんにちは!」

「あら、リリー、こんにちは。お使いかい?」

「ううん、今日は違うの。通りかかったら、お店の看板が落ちちゃいそうで寄ったの」

「ああ、そう言えば。この間直すよう旦那にお願いするのを忘れてたよ」

「気づいてたのね。お節介でごめんなさい。看板が落ちるなんて縁起が悪すぎると思って……」

「そりゃそうさね。早めに直すようにするよ。……あーんた! 手が空いてたら看板直しとくれ!」


 チーズ屋のおかみさんが奥の作業場にいる夫に大声で話しかけ、今からやる、という回答が聞こえて、ほっとする。

 もう夕方だが、まだ明るい。

 どんなに早くエリックが来たとしても、間に合うだろう。


 予想通り、夜になる前にチーズ屋の看板は修理され、貴族の子どもが怪我をすることもなかった。


 それからは念には念を入れて、毎日のように町を歩き回り、落ちそうな看板のお店を訪れた。

 必要な時には私もはしごに登り、修理を手伝った。

 突然町の看板に興味を持った私にアデルは不思議な顔をしていたけれど、悪いことではないと分かると笑って送り出してくれたし、協力もしてくれる。

 本当にありがたい。

 治安の悪い場所は、看板修理をするようになって仲良くなった大工の棟梁が、子どもだけにさせられないと、若い衆を引き連れて見回ってくれた。アデルにお願いして、パンの差し入れをすると喜んでくれて、ほっこり。


 そうして全ての看板を確認した。きっちりと並んだ看板は美しい。

 町の美化にも協力した気分で、なんだか誇らしい気持ちまで湧き上がる。


 警邏のおじさんにも街並みが綺麗になったと褒められた。

 これからは警邏隊も看板には注意してくれるらしい。


 今の私に、怖いものなんてない。


 貴族のぼっちゃん、いつでもうちの町で楽しんでいくがいいさ!


 と、心の中で高笑いをした。




 ☆




 ーーそんな時が、私にもありました。


 全ての準備を整えた後、落ちた看板はパン屋のものだった。


 そう、アデルのパン屋。

 つまり私のうち。


 はっきり言おう。

 私は今、混乱している。



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