1.前世を思い出しました
久しぶりの連載です。今までと雰囲気の違うもの。
どうしても書いてみたかった悪役令嬢ものが書けなくて、こうなりました。
温かい目で読んでいただければと思います。よろしくお願いします。
「ロザリア・カームエル! 其方との婚約を破棄する!」
隣から聞こえる王太子、レオンの声が卒業パーティの会場に響く。
思ったよりも響いたその声に驚きながらも、正面に立つ少女を見た。
黒髪を高く結い上げ、紗を幾重にも重ねた白いドレスを纏った美しい少女。
婚約破棄をされたせいか、心なしか顔色が悪い。
その少女が、レオンの隣に立つ私へ視線を向けた。
深い緑の瞳は何の感情も映しておらず、光さえも反射しない。
じっと見つめてくるその瞳が恐ろしくて、隣に立つ『守ってくれる人』の腕に思わず縋ると、ぎゅっと手を握られた。
「大丈夫」
優しい声が隣から降ってくる。先ほどと同じ声なのに、含む感情は全然違う。
見上げると、濃い金の髪とアクアマリンの瞳を持つ美形の青年が私を見つめていた。
「大丈夫だよ、リリー。私がちゃんと守ってあげる……」
そこで、私の意識は途切れた。
☆
コンコンコン、というノックの音が遠くで聞こえる。
あ、やばい、お母さんが起こしに来た。
そう思いながらも、目が開かない。
眠い、ねむ……。
次の瞬間、バンッ! と盛大に扉が開いた音がして、思わず飛び起きた。
「リリー!!」
「はいぃいい!!! 申し訳ございませんっ!!!」
ベッド上で見事に土下座をさらして、あれ、と思う。
白い布団カバーは、私のじゃない。
カバーを穴が開きそうなくらい見つめる。
ここは、どこだ。
「ああ、リリー。倒れたって聞いたから心配したけど大丈夫なの?」
目の前に立つ、女性を見上げる。
金の髪をひとつに結んだ青い瞳の美しい人。
お母さんじゃ、ない。
一瞬ぽかん、としてしまったが、すぐに現状を把握した。
ああ、そうだ。お母さんはもういないし、私はリリーだ。
遠く昔の名前は、記憶の奥底に沈んでいく。
気を取り直して、目の前の人を見上げた。
「アデル叔母さん、大丈夫だよ」
にっこりと笑って答える。いつものように笑えているだろうか?
「そう? 熱は……少しありそうね」
金髪の女性――アデルは私の額に手を当てながら不安げにつぶやくが、不審に思った様子はない。
うまく笑えていたようだ。
「動けそうなら家に帰ってもいいって言われてるのだけど、どうしましょ?」
「家に帰りたいな」
私は即答した。
ここが思っている所なら、家はそんなに遠くないはずだ。
混乱した頭を落ち着けるためにも、自分の家に帰りたい。
「じゃあ、シスターにそう伝えてくるわね」
思った通り。
ここは教会だ。
「お願いします」
そうして私はアデルに連れられて、教会を後にした。
おいしいごはんを食べて、早く寝なさいと急かされて早めの就寝になった。
ベッドに潜ってから、一つ一つ今日の出来事を思い出していく。
私は両親を亡くしてから、母の妹のアデルに引き取られて、アデルと夫が営むパン屋を手伝っている。
今日は、教会近くの食事処にパンの配達に行ったのだ。
「そこで、教会新聞を見たんだ」
教会新聞は週に一回、教会の前に貼りだされる新聞で、今日はたまたま新しい新聞が貼りだされる日だった。
ミサやバザーの日程もここに記載されるため、皆週に一度は見に来る。
だから、何の疑いもなく見に行った。
『カームエル侯爵家令嬢、ロザリア様が孤児院へ慰問』
そんな見出しだった。
思い出すだけでドキリと跳ねる胸を押さえる。
「ロザリア・カームエル……」
口に出すと、自分の鼓動がさらに早くなった。
私は知ってる、ロザリア・カームエルのこと。
新聞を見てそう思ったら、一気に記憶が流れ込んできたのだ。
それは、「前世」と呼ばれるもの。
昨日まではなかった記憶が、あたかも昔経験したことのように溢れてくる。
そして、あの婚約破棄のシーンを思い出したのだ。
その情報量に頭がオーバーヒートして、ぶっ倒れてしまったのが先ほど。
そして、私は私だったけど、眠っている間に今までの私ではなくなっていた。
私はリリー・シュナイデン、十三歳。
「白と黒の世界――ヒロインと悪役令嬢の物語――」の、ダメヒロインだ。




