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9/14

大樹の本気 弱


 夏休みも半分が過ぎていった。

 宿題はもちろん始めに終わらせた。

 桜の学校は宿題がほとんど出ない学校なので、仕事に専念していた。


 僕らは可能な限り一緒に過ごしていた。

 桜の仕事は薄々わかってきたけど、桜が言わない限りその話はしない。


 最近は疲れて帰ってくる桜が……すごく甘えてくる。


「大樹……ん」


 背中に抱きついてくる。今は朝じゃない。朝寝ぼけている時はまだ大丈夫だったけど、流石に完全に覚醒している時にやられると……恐ろしく恥ずかしい。


 でも、桜の疲れが癒えるみたいだから、良しとしよう。


「大樹の匂い……好き。落ち着くわ」


「……うん、僕も桜の匂いが好きだよ? とてもいい匂いがするよ」


 ――同年代の女の子とまともに話したことないけど、みんなこんな感じなのかな?


 もし、桜が他の誰かにこんな事をしていたらと思うと……


「うん? 大樹どうしたの? なんか悲しそうな顔してるよ?」


「あ、いや……」


 僕は今思った事を桜に説明した。






「バカ! 大樹以外にこんな事するわけ無いじゃん! ……大樹は特別だよ!」


「はは……そっか、ごめんね。……桜の特別で嬉しいよ」


 背中に強く顔をスリスリしてくる。


「……そういう大樹だって、女の子に優しいんでしょ?」


「僕? 僕が話す女の子なんて桜しかいないよ」


「……最近の大樹はカッコよくなったから心配」


 20日前からは考えられないくらい身体が引き締まった。

 体重は激減して、ほとんど普通の人と変わらなくなっている。

 むしろ、ボクサー系の筋肉の付き方をしているから、シャープな感じになったかもしれない。


 よく桜にかっこいいと言われるけど、自分ではわからない。

 どうなんだろ?


「ふふふ、大樹もすっかり見違えちゃって……ダンスもうまくなったわ。……明日は私と仕事をするわよ! ちょうど男性モデルのドタキャン出たしね」


「仕事? モデル? ……何でも経験だからやってみるよ!」


「ありがと、せっかくだから一緒に雑誌に出ましょね! じゃあ今からポージングの練習よ! ダンスもそうだけど大樹は飲み込みが早いから教えるのが楽しいのよ!」


 佐々木さんもそういえばそんな事言ってたな……

 あ、そういえば今度、僕は社会人アマチュアの試合に出なきゃいけないんだ……

 隆太さんの迷惑にならない範囲でスパーリングをお願いしよ!


 僕は背中でスリスリしている桜を剥がした。


「そろそろご飯だよ? ほらお茶碗運んで」


「……ん。わかったわ」


 僕らは和食メインの夕飯の時間となった。





 僕は食べながら桜をチラリと見る。


 桜とは小学校で1年だけの付き合いだ。

 ……日数なんて関係ない。

 あの濃密な時間は忘れない。

 いつも桜と一緒にいた。

 どんな時も桜を守ろうとした。


 あの頃から桜はとっても可愛かった。そりゃ今よりもおデブさんだったけど、コロコロして可愛らしかった。


 桜の笑顔が僕を癒やしてくれる。

 お互いなんでも興味を持って、二人で仲良く遊んだ。

 隣にいるのが当たり前だった。


 ……だから桜をいじめる奴は許せなかった。

 桜は僕の大切な……大切な……大切な何? 友人? 親友? 仲間?


 ――本当は知ってる。でも、僕は心の奥底にある感情を抑えている。

 だって、僕は桜を悲しませた。


 僕はもっと強くなればよかった。


 ――屋上から飛ぼうとした時、頭の中で桜が思い浮かんだ。


 桜に会いたい。足が一瞬躊躇した。

 こんな弱い自分が大嫌いだった。


 ――でも今は違う。あの時桜と再会して、僕の壊れかけた心が桜の優しさに覆われて、元気を取り戻していったのがわかる。


 僕は桜が世界で一番大切だ。


 僕は心の中で決めているんだ。


 僕が桜と釣り合うようになったら……


 いや、この夏休み中に僕は全力で自分を磨く。

 釣り合うようになるんだ!


 桜に……僕の気持ちを伝えるんだ。

 小学校の頃に言えなかった、僕の気持ちを!





 桜は動かない僕を見て首をかしげていた。


「どうしたの? 冷めちゃうよ?」


「あはは、何でもないよ。うん、食べよう!」


 僕らはいつも通り楽しい夕食の時間を過ごした。








 撮影は表参道で行われた。


 表参道のデートコースをカップルが紹介する、という主旨だ。


 撮影は、お店でスイーツを食べている風景だったり、ブランド店で洋服を仲良く選んでたり、商業施設の中を巡ったりと、様々なシーンを撮った。


 どうやら、雑誌撮影だけでなく、雑誌撮影の風景をテレビで収録するという、特殊な状況下にいる。


 午前中の早い時間なのに野次馬がすごい事になっていた。


 スタッフさんは10人位いる。みんな大人の雰囲気を醸し出している。

 ……でも、僕が今まで出会った人たちも大人の人ばっかりだったから大丈夫。


 大勢の人の視線は僕と桜に集中している。


 僕は自分が緊張するかと思った。

 ……案外、落ち着いている自分がいる。


 ――むしろ初めてのスパーリングの方が緊張したかも。……それに桜が横にいるから僕は大丈夫。






 撮影は思いの外順調に進んでいった。


「あぁ! もう最高! サクラ、どこでその漢を拾って来たのよ!?」


 カメラマンさんとディレクターさんの指示に僕らは従う。


「そう! そこで見つめあって! 震えがくるわ! あ、階段足かけて、そこで壁ドンよ!」


 ディレクターさんもぼそぼそ呟く。


「……あいつどこの事務所? ……あん、無所属!? 経歴詐称じゃねーのか? あのサクラと合わせてやがる……ただ者じゃねぇ」


 二人以外は無駄口を叩かず、黙々と作業をしている。

 ギャラリーは静かにざわついてる。


「……サクラ様マジ天使」

「格好いいのに可愛いよねー、憧れるわ……」

「男性モデルって誰?」

「見たことねーな。……嫉妬も起きないくらいイケメンだな、くそ」

「………彼、スタイル良すぎじゃない? ハーフ?」

「サクラ様と並んでも見劣りしない男性タレントっていたか? 超お似合いじゃねーかよ!」

「……大……素敵……」






 サクラと一緒にするポージングはまるで会話しているみたいだ。

 僕が少し動くと桜は表情を変える。

 僕もそれに合わせたスタイルを取る。


 ――モデルって奥が深い……


 僕達が目立つというよりも、目的のものを目立たせる為にポージングをキメる。

 スイーツの魅力を最大限魅せるように、洋服を際立たせるように……


 凄く集中力と体力を使う仕事だ。



 あっという間に最後の撮影も終わってしまった。


 アシスタントディレクターが大声を上げる。


「はい、おつかれっしたー! 速攻撤収して編集入ります!」


 ディレクターとカメラマンが僕と桜に近づいて来て話しかけようとしてくれた時、どこからか声をかけられた。






「おい、奴隷君! テメーこんなところで何してんだ? ……あん、おっさん何見てんだよ!」


 周りの視線も気にせず、馬鹿な発言をする間くん……いや、間がいきなり割り込んで来た。


 ディレクターたちは眉をひそめている。

 僕は自然と桜を自分の後ろへと移動させた。

 桜のマネージャーも桜を守るように前に出てきた。


 間は空気を読まずに自分勝手な言動を止めない。


「……おめえ、この前はよくも恥をかかせてくれたな? ……やっぱその子、お前の知り合いだな? 俺に紹介してくれたら許してやるよ」


 間は桜をいやらしい目で見やがった。


「まさかお前があのサクラと知り合いとはな。ひひ、ついでに俺も芸能界デビューできるんじゃね? ていうか業界人ここにいるんだよな? 俺、イケメンだしスカウトされるんじゃね?」


 まだここにはスタッフ全員残っている。

 もちろん野次馬だっている。


 彼はなんでこんな馬鹿げた事を言っているんだ?


「お前少し痩せたからって調子のんなよ? てめえのせいで雅に振られちまったじゃねーか! くそが! ただのキモデブが俺の邪魔すんじゃねーよ!」


 僕は自分の心を抑えた。

 こんなところでトラブルを起こしたら、桜に迷惑がかかる。


 僕の全身の血が逆流しそうになるのがわかる。

 今の僕の拳は凶器だ。軽い暴力が大怪我になってしまう。

 でも、我慢できない。


 僕は間を路地裏に引きずって黙らせたい衝動が止まらない。


 そんな時、ディレクターが間に言い放った。


「……君はこの子をいじめてたのか?」


 間は鼻で笑った。


「なんだこのおっさん? ああ、そいつは俺たちの奴隷君だからな。デブでグズで友達がいないボッチだったから俺らが遊んであげたんだよ。なんか文句あっか?」


「君は……はぁ……言ってもどうせ話を聞かないだろう」


 ディレクターは間を無視して僕に名刺を渡してくれた。


「……君は素晴らしい。この業界のトップになれる素質がある。いじめられていたなんて関係ない。この世界は大人の世界だ。むしろ、逆境を経験した人間の方が大きくなれる。……サクラは10年に1人の逸材だ。君もそれに匹敵するだろう。……無理強いはしない。本気でこの業界に進みたかったら連絡をくれ」


 ディレクターさんは僕に向かって握手を求めた。

 僕らは硬い握手をした。


「ありがとうございます……今は返事できませんが……もう少し僕が強くなったら……その時はお願いします」


 ディレクターは背を向けて歩きだしていた。片手を上げて僕に手を振ってくれていた。


 ――かっこいいな。





「おぉい! 無視すんじゃねーよ! 俺の事忘れんな! ――早く俺に紹介しやがれ!」


 間は手を伸ばそうとした。


 その瞬間、僕は最速のジャブを間の腕に打ち込んだ。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」


 間は手を押さえながらうめき声を出している。


「大樹、私は大丈夫よ! ……このゴミクズをボコボコにしたい気持ちもわかるけど、ここじゃ駄目よ!」


 僕の怒りは頂点に達していた。

 この男は桜を触ろうとした。

 万死に値する。


 僕の目の前が真っ白になりそうになる。

 そのくらい頭に血がのぼっている。


「ちょっと、あのバカ男やばくね?」

「ていうか、サクラ様のストーカー? 警察呼ぶ?」

「こんなところで喧嘩はまずいっしょ!?」


 僕は桜を守るように間の前に立った。


「ひ、ひ、な、なんでだ? なんでお前ばっか……お前がいなかったら雅は……」


「大樹!!」


 桜が僕の背中に抱きつく。

 温かい……

 僕の脳裏にこの夏休みの思い出が蘇る。


 たくさんの人と出会った。

 友達が一杯できた。

 ……桜とずっと過ごせた。


 僕の感情が少しだけ落ち着いてくる。


 弱いものに暴力をふるっちゃ駄目だ。

 そんなのこいつと同じ所業をしていることになるんだ。


 僕は大切な人を守るために強くなるんだ。




「くそ、奴隷君の分際で! 俺を、俺を、馬鹿にするなーー!! 兄貴に言いつけてやる!!」


 間はわめきながら僕に拳を振るおうとした。

 僕は甘んじてその拳を受けようとした。













「バッカ!!! あんた頭冷やしなさい!!」


 間はいきなり女子高生のバッグで頭をフルスイングされた。


「ぶへっ!?」


 遠心力を使ったその一撃はなかなか強力だった。

 間は道端に吹き飛んでしまった。


 ……失神したのかな。弱すぎじゃない?


 小さい影が2つ忍びのように間に近づく。


「陸上で鍛えた力を見せてやるよ!」

「あれ!? 意外と軽いです! やぁーー!!」


 女子高生二人で間を高速で引きずって、どこかへ行ってしまった。



 僕と桜は唖然としてしまった。

 というよりも、ここにいる全員が唖然としてしまった。


「なんだったんだ?」

「とりあえず一件落着かな?」

「帰ろーぜー」


 ギャラリー達は事態が収束したのでみんな帰って行った。






 女子高生をよく見たら……雅だった。



 雅はバツが悪そうにそっぽを向きながら僕に話しかけた。


「……途中から撮影みてたの。どっかのバカが空気読まず絡んでたからムカついただけ」


 桜は心配そうに僕を見る。


 ――大丈夫。


 僕は桜に向かって小さくうなずいた。


「雅、ありがとう。おかげで助かった……のかな? 僕じゃ過剰防衛になるところだったよ」


 僕は素直に礼を言った。


 雅の顔が真っ赤になった。

 ――怒っているのかな?


「……ふ、ふん! あんたのためじゃないわよ! ……そこのサクラさんが困ってたからよ!」


 さっきの二人が戻ってきた。


「ふう、捨ててきたよ! ……ていうか雅!?」

「……雅さん。目的を忘れてないかしら? つんつんしないで下さい」


 金子さんと安西さんだ!

 え、何? この状況?


「わかってるわよ! ……深呼吸するわ。すぅー、はぁー。……よし。……大樹、あんたと話したい事があるのよ」


「僕と?」


 雅はそのまま続けた。

 安西さんと金子さんも雅の横に立った。


「……ええ、ちょっと場所を変えていいかしら。……大切な話しをしたいの」


 僕は桜を見た。


「私はこのあともう一件撮影があるわ。……大樹、彼女達は真剣よ。しっかり話してらっしゃい」


「……そうだね。うん、少し話してくるね」


 桜は笑顔で僕に手を振って、次の撮影場所に向かった。


 僕と雅たちは表参道のカフェに入ることにした。






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