素直になりたい
僕のルーティーンはどんどん増えていく。
ボクシングジム、ランニング、ダンスレッスン。
桜と一緒にいったダンスレッスンはとても難しかった。
鏡の前で先生が踊る。
それを真似して生徒たちも踊る。
手取り足取り教えてくれるわけではない。
僕以外の生徒たちは凄く上手に踊っていた。
桜も隣で踊っていた。
……このダンススタジオは妙に綺麗な子が多いけど、桜が一番きれいだね。
ダンスなんてファンキーなリア充がするものだと思っていたけど、凄く楽しい。
音楽に合わせて身体を動かすのって、ボクシングと似ているかも知れない。
今日は桜と僕は家でのんびりすることにした。
朝ごはんを作って、掃除して、一緒にテレビで映画を見て、お茶を飲みながらソファーでゆっくりとしていた。
「ダンスのレッスンは週一回か……中々うまくならないね」
「大樹、練習したかったら家でするといいわ。私も大樹と一緒に踊りたいから!」
「あ、そうだね。僕も桜と踊れて楽しかったよ! ……動画見ながら練習すればいいのかな?」
「そうね。まず振り付けを覚える。パートパートの動きを理解する。そして曲を通しで踊るのよ」
「桜はダンスうまいね? ずっとやってたの?」
「……ええ、私は色々やったわ」
桜が目をつむって昔を思い出しているようだ。
指を折りながら数えている。
「ダンス、茶道、ボクシング、空手、日舞、声楽……初めは痩せるためだったのよ?」
「……でもね、本当は痩せて大樹に会いに行けたらいいなって思ったの」
「だって、私が太ってたから大樹に迷惑かけたし……きっと綺麗になったら周りもいじめないと思ったのよ」
僕は桜の頭を優しく撫でた。
「そっか……桜は頑張り屋さんだもんね……」
「……そうよ。でも、勇気を出して大樹に会いに行こうと思ったらいないし……探し回って二人でよく忍び込んでた屋上に行ったら、大樹が飛び降りそうになってるなんて……すごく怖かったんだから……ばか……」
桜の身体が震えているのがわかる。
「桜、本当にごめんね。もうあんな事しない。絶対しないよ」
「……うん」
桜は僕がここにいる事を確認するかのように、僕のお腹に抱き着いてきた。ここ最近の激しい運動で、本当に痩せてきた。そろそろおデブって言われないくらいのお腹周りになった。
「大樹と私はずっと一緒……」
「ああ、一緒だよ」
僕らは久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていった。
*************
私はあまり部活に行かず街をうろうろしている事が多くなった。
友達から誘われてカラオケとか行くけど、ちょっと気乗りしない。
「雅~、最近付きあい悪くね?」
「あ、奴隷君いないから? きゃはは!」
「省吾君とケンカしたんだって? 省吾君浮気でもしたの?」
省吾となんか付きあってねーし……
でも、ケンカはしたね……
私はあいつに大樹の事を問い詰めた。
あいつは悪びれもなく言い放った。
『だって、あいつムカつくから雅のためにいじめておいたよ』
それを聞いてからあいつの連絡は全て無視した。
ていうかあいつ私と付きあってるって嘘をみんなに流していたし、ほんとサイテー。
……大樹とは会えないし。
なんだろ? やっぱり私が悪かったのかな? 小学校の頃に大樹を助けたら違ったのかな?
どうすれば良かったんだろ? だって助けたら私もいじめられちゃう……
女子の世界は陰湿で嫌気がさす。
大樹を率先していじって、いじめをコントロールすることぐらいしかできなかった。それで女子は大丈夫なはずだった……男子は……違ったんだ……
大樹は、私が大樹の事を嫌っているって思ってる。
――嫌ってなんかない! 大好きなのに!
いじめられて腐っていく大樹をどうすればいいかわからなかった。
そのうち、いじる事でしか大樹と接する事が出来なかった……
ときおり街で大樹を見かける。というか大樹を見つけるために街を彷徨う。
大樹はいつも同じ時間にランニングをしている。
その姿を見つけることができると、心に温かさと罪悪感が沸いてくる。
――大樹にいつか謝らなきゃ。
そんなことを考えながら街を歩いていたら、同じクラスメイトにばったり出会った。
がり勉の安西と運動バカの金子だ。
二人でベンチに座って話している。
いつもだったら無視するか、軽く言い合いをするけど……
こいつらも大樹の事をかまっていた奴らだ。
大樹の事を相談してみてもいいのかな?
私……どうすればいいんだろ?
所在なく立っていると、金子が私に声をかけて来た。
「お~い! 麻生! こっちこいよ!」
私は珍しくおとなしく金子の所まで向かって行った。
「どうした? 超顔色悪いぞ? なんかあったか? 間と別れたのか?」
「はっ!? 付きあってねーし!」
二人は驚きの表情を浮かべた。
「え!? あいつ超言ってたぞ? 俺は夏休みで雅と付きあったって」
最悪……
安西はいつも通り無口だ。
こんなギャルみたいな私が嫌いな優等生だからね。
と、思っていたら珍しく安西が口を開いた。
「……麻生さん。大樹君と一緒ではないのですか?」
「……大樹。……うう、大樹……わ、私……取り返しのつかない事を……うぅ」
大樹の事を考えたら胸の中で感情が渦巻いた。
私はこらえ切れなくなりその場で泣き出してしまった。
「ええ!? あ、麻生!? 美琴ハンカチ! ハンカチ!」
「あ、は、はい……麻生さん、使ってください」
二人は私が落ち着くまでそばにいてくれた。
「……大丈夫、落ち着いた。……ありがと。ハンカチ洗って返す……」
「そんなことより何があったんですか? 大樹君の話をしたら泣き出して……」
「そうだよ! ていうか大樹の奴、超変身してたけどどしたの?」
私は二人に全部話すことにした。
二人は口を挟まずに聞いてくれる。
長いようで短い話が終わる。
二人にも重い沈黙が下りた。
「…………私たちのせいでもあるのかな」
「わ、わたしは大樹君を責めるなんて…………いえ、そう捉えられてもおかしくない言動だったかも知れません」
「大樹は私のせいで小中高いじめられていた。だから全部私のせいだ」
「で、でも、この前見た大樹は凄く明るくなってたぞ! 超カッコ良くなってたし! 私たちを助ける時なんかマジ王子様かと思ったぞ!」
安西も顔を赤らめながら言った。
「は、はい……大学生相手に一歩も引かず、とても素敵でした。大樹君本人は私たちの事を認識していませんでしたね……」
「大樹は言ってた。大切な人が変えてくれたって……」
「大切な人……」
「そう……」
私は思い切って聞いてみた。
「ねえ、あなた達も大樹の事好きだったんでしょ? かまってほしくてちょっかい出して、話してほしくて意地悪して……」
「ば、ばかな事言うな! ぼ、僕は陸上命だよ……」
「ふぇ!? す、す、す、好きだなんて……」
「私は好きだよ。小学校の頃からずっと。でもどうしていいかわからなかった。……どうすれば普通に話せるかな?」
「……はぁ、僕は人を好きになったことが無いからわからないけど、多分大樹の事を気に入っていたんだろうね。好きだったのかな?」
「わ、わ、わ、わ、わ、私は初めは……勉強で誰かに負けたのが初めてでした。……こんな冴えない人に負けたんだって思ってました。話すと可愛くて……優しくて……でも、私はきつい事しか言えなくて……はい、好きなんでしょうね……」
はは、ここに大樹の事を想っている3人がいる。
全員大樹の事をからかっていた奴らだ。
私は少し笑ってしまった。
「あ、麻生、やっと笑ったな! 振られたもの同士元気出せよ!」
振られた……でも少し違うんじゃない?
「まだ振られたわけじゃない。はじまってもいない。……私はあんたらの事が好きじゃなかったけど、今はそうでもない。……だって大樹の事を想っている仲間だ」
「仲間……ですか」
「仲間って響き大好き!」
こいつらと話していると元気を取り戻せた気がする。
なんだ、こいつら良い奴じゃねえか。
「ちゃんと大樹と向き合ってみないか? ここにいる3人全員で? このまま消えていくのは悔しいだろ? どうせなら大樹に私たちの気持ちをわかってもらってから振られたいだろ?」
「……はい。素直な私の気持ちを伝えたいです」
「へへ、照れるけど、そだね」
「よし! じゃあまずはカッコよくなった大樹に謝るのが、私たちの始まりだ!」
「ふふ、まさか麻生さんとこんなに会話するなんて」
「おー!! 燃えて来たぞ!! あ、せっかくだからアイスクリーム買って作戦会議しようぜ!」
こうして私は同じ思いを共有できる仲間が出来た。
いつもつるんでいた友達とは違う。
大樹を通して知り合った奴ら。
夏休みも後半分。
どうにかして大樹に連絡を取って謝る機会を作る!
その後、私たちは誓いのアイスクリームを一緒に食べながら作戦会議をした。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
沢山のブクマありがとうございます。
ふと、読者の方から全員評価が入ったらどうなってしまうんだろうと妄想してしまいました。
はい、地道に書きますので、今後ともよろしくお願いします。