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構わないで


 激しい筋肉痛で目が覚めてしまった。

 僕が住んでいるマンションは2LDKだ。

 桜は客間で寝ていて、僕はリビングの横にある部屋で寝ている。


 桜いわく。

「これは合宿よ? 共同生活が大樹の精神を成長を促すのよ!」


 そんなわけで僕はよろよろと起き上がり、朝食の準備をした。

 キッチンで目玉焼きやお味噌汁を作っていると、桜が起きる気配がした。

 トコトコと足音だけ聞こえてくる。

 僕はフライパンから目が離せないから声だけかけた。


「おはよー、桜。……桜? あれ起きてる?」


 返事がない。

 ただ僕に抱きついてた。


「桜ーー!?」

「……ぷよぷよ……気持ちいい……大きなくまさん……ハグハグ」


 桜は僕に抱きつきながら寝言を言っていた。


 昨日買ってきたハムスター柄のパジャマが可愛い。

 女の子の良い匂いがする。

 ……小さくて柔らかい。

 桜は強くなったみたいだけど、やっぱり女の子だよな。

 僕がもっとしっかりして、桜を守れるようにならなきゃな……


 でも懐かしいな。

 小学校の頃はいつも一緒に遊んでいたな……


 僕が桜にフライパンが絶対当たらないように、うまく料理をしつつ、寝ぼけた桜の好きにさせていた。


 しばらくすると背中の桜の感触が変わった。

 あ、起きたのかな?


 桜はゆっくりと僕から離れた。

 でも、僕の服を掴んでいる。


 赤い顔をして僕に言った。


「……いつも一緒に寝ているぬいぐるみがないからよ! い、いつもこんなねぼすけじゃなわよ?」


 恥ずかしそうにしている桜。

 成長してすごくキレイになったけど、小学校の頃と変わらないな……


「ふふ、桜、ご飯できるよ? ほら顔を洗って待っててね」


「……うん。ありがと」


 僕らは和やかな朝食を過ごした。





「じゃあ今日も仕事行ってくるね。……大樹は私の仕事気にならないの?」


 桜は軽い口調で僕に言った。


「うん? だって桜が話したかったら話してくれるでしょ?」


「……うん。どうせ今度あなたにも来てもらうからね。その時に伝えるわ」


「了解だよ。じゃあ気をつけてね! また駅で待ってるよ」


「大樹も……気をつけて。なんかあったらすぐ連絡するのよ。……いってきます!」


「いってらっしゃい」


 僕らは手を振りながら玄関先で別れた。





 ――さて、とりあえず家の掃除をしよう。


 僕は掃除をしながら今日の予定をシミュレーションする。


 ――午前中は掃除、買い出し。午後はジムに行ってから、桜に指定された美容院に行く。多分それで桜の帰宅時間ちょうどになるかな? 


 あ、どうせ僕は昼ごはんを作るから、今度桜にお弁当を作ってみようかな? 今夜聞いてみよ! 


 考えながらも僕はどんどん掃除を進めていく。

 桜が来て2日しか経ってないのに、自分が少しだけ変われたのが実感できる。


 洗面台を掃除している時に、鏡に写った自分を見た。


 ――前より目が死んでない。


 縦にも横にも大きいデブな自分。

 顔もふっくら丸い。

 髪もボサボサだ……


 でも、桜に言われて小綺麗な服がある。

 それを着たときは桜がとても喜んでくれた。


 ボクシングジムで少しずつ強くなるんだ。

 ……あそこは痩せる目的で行くよりも、本気でボクシングにのめり込んだ方が痩せるね。だからジムにいる時は死ぬ気で練習しよう。


 ――ちょっとずつ変わるんだ。うん、頑張ろ!


 僕はベテラン主婦顔負けのテクニックで掃除をささっと終わらせた。





 買い出し、ジムの練習も順調に終わった。

 今日は時間が早かったから佐々木さんがいなかったけど、気の良い練習生たちが僕のことをしっかり教えてくれる。

 今日も僕は倒れるくらい練習をした。


 ジムのシャワーを念入りに浴びて、髪もドライヤーでちゃんと乾かして、身なりも正して、僕は……人生初めての有楽町に行く予定だ。


 ――大人の街だからドキドキする。


 僕はジムを出て駅に向かった。

 夏休み入ったのに、駅には学生が多かった。

 僕はこの駅の近くのマンションに住んでいるけど、電車通学の子が多い。

 テニスラケットなどの部活道具を持っているから、きっと部活帰りだろう……

 クラスメイトと出会わなければいいけど……


 僕のそんな心配をあざ笑うかのように、僕は背中から声をかけられた。






「おい、そこのキモデブ。お前だよ、お前。如月大樹」


 僕の心臓がドクンと跳ね上がった。

 絶対忘れない声。

 僕とずっと一緒の学校に通っている女の子。


 振り返ると、麻生雅がスポーツバック片手に部活仲間と一緒に立っていた。


 雅は……麻生さんって言うと怒る。

 だから雅って言わなきゃいけない。

 でも、間くんの前で雅って言うと、間くんは雅がいないときに僕をいじめる。


 ……どうしよう? 予約の時間までは余裕がある。


 雅はニヤニヤ笑いながら僕の肩を軽くパンチしてきた。

 全然痛くないけど、本当に嫌われているんだなって思う。

 間くんみたいに、直接的ないじめはないけど、10年間ずっと僕にきつい暴言を浴びせ、奴隷のような命令をしてきた。


「大樹、昨日学校来なかったな? ……なんでだよ。私の命令で絶対毎日登校しろって行っただろ? 命令はやぶるな」


「でたー、雅の女王様スタイル!」

「うわー、雅すげーな、性格わる! ははっ!」

「奴隷くんすごく丸いね」

「ぽむぽむしてる!」


 集団の心理だ。

 僕はこの子たちを知らない。

 一人が僕に強く出ると、みんなも強く出て大丈夫という空気が流れる。

 だからみんな流されているだけだ。

 僕はいつも通り流れがすぎるのを待つだけだ。


 雅は部活仲間に言った


「てめえらうるせーよ! ほらさっさと帰った! また明日部活でな」


 部活仲間の少女たちが「はーい」と言いながら帰っていった。


 雅は改めて僕に向き直った。


「で、どうして来なかった? ていうかお前これから私とカラオケ行くぞ」


 僕は内心焦った。

 雅の命令を断ると、命令がもっとひどくなる。

 ここはカラオケに行くのが一番穏便だけど……


 でも、それじゃ駄目だ。

 僕は変わるんだ!!


「雅。僕はこれから用事があるんだ。だからカラオケには一緒に行けないよ」


 雅が不機嫌になったのがすぐにわかった。

 スマホをイライラしながら触っている。


「え、聞こえないわ。どうせ大した用事じゃないでしょ? ほら行くわよ」


 雅が僕の手を取ろうとした。

 でも、僕は後ろに下がった。


「……あんまり調子のんなよ? あんたは奴隷くんだろ?」


 奴隷くん……

 あまりにもひどい言い草だ。

 冷静に考えればおかしい。


 小学校の頃は仲良しだったはずだ。

 でもいつの間にかいじめられていた。

 挙げ句、奴隷くんって言われて命令される日々。


 なんで?

 あんなに優しかったのに? 


 僕は思わず心の声が口に出ていた。


「……ねえ、なんでそんなに僕の事が嫌いなの?」


「へ!? き、嫌い?」


「昔は優しくて憧れだったのに……いつの間にか僕はいじめられていた」


「あ、憧れ!」


(はざま)君みたいに直接的な激しい暴力はないけど、確実に僕の心は死んでいったよ……」


「おまえ、ちょ、何言ってんだ? ていうか省吾がお前に暴力だと?」


「僕の事が大嫌いだったら……もう構わないでほしい」


「まって」


「僕は……終業式前日、こんな生活が嫌で自殺しようと思った。でも……大事な人のおかげで踏みとどまることができた。……だから今の僕は以前の僕じゃない。これから僕は変わるんだ! だから、僕の事が嫌いなら無視するだけにして! 二度と構わないで!」


「だ、大樹……じ、自殺!? え、嘘……よね……」


「雅なら知ってると思うけど、僕は嘘をつかないよ」


 僕は独り言を言う雅をおいて歩き出した。


「大樹……え、私、取り返しの…………やだ……なんで……」





 言いたい事が言えて、少しだけ胸がスッキリした。

 嫌いなら嫌いでいい。

 理由なんていらない。

 正直、あとが怖いけど……今は夏休みだから気にしないようにしよう。


 僕は強くなるんだ! 


 有楽町線に乗り込んで有楽町へ向かった。




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