ジム?
僕は家の整理整頓をしてからジムに向かうことにした。
出かけるとスマホに桜からメッセージが来た。
『7時に仕事終わるから一緒に帰ろう』
僕は了承の返事をして、しばらく桜とメッセージのやり取りをした。
自然と頬が緩む。
誰かと一緒にいるなんて久しぶりだな……
あ、そろそろジムの近くに着くけど……スポーツジムなんて何処にもないよ?
僕は辺りを見渡した……もしかして……
再度メモをみる。
『帝国拳闘ジム』
よく見てなかったけどボクシングジム!?
僕はビルの5階にあるジムを呆然と見上げた。
緊張しながら中に入ると、意外に綺麗でビックリした。
沢山のボクサー? の人達が汗水流して拳を振るっている。
僕は場違い感があって、すごく居心地が悪かった。
コーチ見たいな人が僕に気がついて近くに来てくれた。
「君、練習生希望? ……むむ、この時間に来たってことは、君は桜からの紹介ね?」
目の前にいる人はすごくキレイな女の人だ。
でも、筋肉がムキムキでまるで男の人の体みたいだった。
「あら、嫌だわ〜、そんなに私の肉体美を見ないでよ! あ、私は佐々木悟郎よ! 性別は秘密!」
僕は佐々木さんに圧倒されてしまってうまくしゃべることができないでいた。
「桜ちゃんの紹介だから私が付きっきりで見てあげるわ。うふふ……ピュアな男子高校生……大好物よ」
さ、佐々木さん!?
僕は佐々木さんにがっしり腕を組まれて、ジムの奥へ連れて行かれた。
僕はひとまずジムにいた人たちに挨拶をすることになった。
――人と話すのがひどく緊張する。
佐々木さんも気を利かせてくれたのか、練習生一人一人のところまで連れて行ってくれて、挨拶をしていった。
最後に会長とかトレーナーの人を話して、僕の挨拶は終わった。
佐々木さんはブツブツ呟いていた。
「……結構重症ね。うーん、桜ちゃんの頼みだし、うん頑張ろ」
その後、佐々木さんは僕に柔軟体操とバンテージの巻き方を教えてくれた。
「いいこと? あなたはこれからボクシングを習うのよ。あなたの拳が武器になる。それを覚えておいてね。どの武道にも共通して言えることだけど、誰かを叩きのめすために強くなるんじゃない。自分自身を高めるために強くなるのよ」
僕はあまり意味がわからず聞いていた。
「まあ、そのうち分かるわよ。とりあえず今日はこのジャブとストレートとステップを教えるから、鏡の前でずっと同じことを繰り返していなさい」
佐々木さんは僕に手本を見せてくれた。
筋肉がしなやかに伸びる。
軽くステップを踏み込んだ瞬間、左腕が前に突き出される。
見入る暇もなく左腕が戻される。
「これがジャブよ! 次はストレートよ!」
今度はジャブが戻るタイミングで腰のひねりを加えながら右ストレートが繰り出される。
まっすぐに突き刺すような拳線は美しかった。
すぐに手が構えの位置に戻る。
「これがワンツーよ。まずは構え、次にステップ、なれたらジャブ、ワンツーよ。はい、開始!」
ボクシングジムは常に3分間隔でゴングがなる。
1分の休憩を挟んで、また3分動く。
これの繰り返しで、時間を身体に刻み込むみたいだ。
……まさか僕がボクシングを始めるなんてね。
いや、僕は変わるんだ。桜を信じてみよう。
僕は鏡の前で構えとステップを始めた。
鏡に映る僕は醜い。
日頃の運動不足で足がもつれそうになる。
――時たま佐々木さんが姿勢を矯正してくれる。
顎が上がる
ヘロヘロの不格好なステップ。
ゆっくりとした蚊も殺せないようなパンチ。
人生で一番長い3分が過ぎた。
僕は周りを思わず見てしまった。
こんな気持ち悪いやつがボクシングをしてるって馬鹿にされてると思ってしまった。
……誰も僕を気にしていなかった。
見渡したと時に練習生と目があった。
爽やかに「よお! 頑張れよ!」と言われた。
……僕の胸になにかわからないけど、感情がこみ上げてきそうになった。
休憩の1分が終わり、トレーニング再開となった。
僕は無心で拳を振るった。
僕は桜に変えてもらいたいと思っていた。
でも、それじゃ駄目なんだ。
自分で苦しい思いをして、汗を流すと分かる。
これは自分との戦いだ。
自分が本当に変わりたいと思わなきゃ駄目なんだ。
桜はアドバイスと手伝いをしてくれる。
桜はそばにいてくれる。
それで十分なんだ。
僕の心を変える必要があるんだ。
まだまだ人と話すのが怖い。
クラスメイトに会うのが怖い。
でも僕は克服するんだ!!
いきなりタオルを被せられた。
「は〜い、一旦ストップね? もう2時間経ってるわよ? 初めはどうなるかと思ったけど、これなら大丈夫そうね! じゃあ明日も待ってるわね」
……そんなに時間が経ってたんだ。
僕は汗だらけになっていた。
鏡に映る僕はブサイクでデブなままだけど……心地よい達成感に包まれた。
「あ、バンテージ取る前に、せっかくだからサンドバック叩いてみる? 珍しいでしょ? ほらほら」
僕は背中を押されサンドバックの前に立った。
グローブを渡される。
――グローブって意外と重いんだね。
「ワンツーよ! 練習通りにやっておしまい!」
僕は目を瞑った。
いじめたクラスメイトが憎い。
僕を捨てた親も憎い。
……でも、僕は僕が一番大嫌いだ!
昔の自分を殴り倒せ。
僕はサンドバックに自分を投影した。
……桜。僕と再会してくれてありがとう。
僕は今まで出したことがなかった大声を上げて拳を打ち込んだ。
僕の拳の音がジムに鳴り響く。
「はぁはぁ……ありがとうございました!」
佐々木さんが神妙な顔をしている。
「……太っているけど、基礎能力の高さ……異常な習得速度の速さ……いや、集中力の高さ? 心の弱さを克服したら……これは……原石だわ」
練習生もざわざわしていた。
「あいつ今日が初めてだよな?」
「すげえな、プロみたいな音出しやがった」
「あの身長だからな……体重あるからパンチ力もやべえな」
「楽しみな新人が入ってきたな!」
――あれ、なんだろう、みんな僕を肯定してくれる。
あ、また胸に何かがこみ上げてきた……
わかった。
僕は誰かに認めてもらえて、嬉しかったんだ。
僕は瞳に涙が溢れてきた。
サンドバックの前でわんわん泣きじゃくってしまった。
佐々木さんに見送られて僕はジムを出た。
桜は駅で待っているから急がなきゃ!
僕は小走りで駅まで向かった。
前でスマホを見ながら歩いている学生がいる。
僕は避けようとしたら、いきなり曲がってきた。
僕は彼とぶつかってしまった。
彼は吹き飛ばされてしまった。
「いって……すんません。前見てませ……あ」
彼は僕を見た。
彼は同じクラスメイトのリア充グループのリーダー格の間省吾くんだ……
間くんは嫌らしい笑みで僕に笑いかけた。
「……奴隷くんが俺にぶつかって来やがったな?」
間くんは僕の胸倉をつかんだ。