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大樹の成長 限界突破


 夏休みが終わる。

 学校に登校しなければいけない……


 すごく不安だった。

 ……だってまたいじめられると思うと、足が止まってしまう。


 僕は強くなれたと思う。

 でも心の傷はなかなか消えない。


 僕は勇気をふり絞って玄関を出た。


「大樹、私も一緒に行くわ」


 桜は学校まで一緒についてきてくれることになった。

 とても心強い。








 僕らは手を繋ぎながら学校までの道を歩く。


 桜が微笑みながら僕に言った。


「ふふふ、こうやって大樹と登校するのが夢だったのよね……転校しようかしら?」


「僕も桜と一緒で嬉しいよ。……社長さんにまた迷惑かけちゃうからだめだよ」


「ふふ、冗談よ……」


 冗談に聞こえない……


「長いようで短い夏休みだったね? ……桜のおかげで僕は成長することができたよ」


「……私は少しだけ手を貸しただけ。全部大樹の力よ?」


「……ありがとう」


 本屋の前を通ると、僕らが出ている雑誌が陳列されていた。

 桜が足を止めて雑誌を手に取った。


「ほら、大樹出てるわよ」


「え、早くない? もっと先かと思ったよ!」


「急な撮影だったからね。でもよくあることよ? 3日後放送予定の撮影とか経験したことあるわ」


 僕も雑誌を覗き込んだ。

 そこにはキラキラした服を着た桜と……僕が載っている。


 感慨深いものがある。

 僕の姿は以前と大違いだった。

 デブでもない、キモくもない。

 かっこいいかわからないけど、努力の証が目に見えてわかった。


「……桜。ありがとう」


 僕は再び桜に礼を言った。


 桜は微笑むだけだった。

 とてもキレイな笑みだった。

 もうサングラスはしていない。帽子もかぶっていない。






 街の人がざわついていた。

 桜に気づいた人が徐々に増えていった。

 野次馬が僕らを囲み始めた。


 そこに商店街の人たちが僕らを守る様に、野次馬たちに立ちはだかってくれた。


「はぁ、やっぱりそうだったのかよ……薄々わかってたけど……大樹! 野次馬は俺たちに任せろ!」

「自転車気にすんなよ! 今度うちのチャリ買ってくれよ!」

「あらあら、可愛い彼女さんね〜」

「おい大樹! お祝いだ! 新鮮なトマト持ってけ!」


 夏休みで仲良くなった商店街の人たち。

 ……みんな優しくて親切だよ。僕は全然知らなかった。人との付き合いがこんなにも自分の周りを変えてくれるなんて……


「ここは任せろ! 大樹はサクラさんとゆっくり登校しろ!」

「押すな〜! ムギュ……サクラ様はプライベートタイムなの! みんな落ち着いて!」

「あ、こら! 写真取るな!」


 桜は立ち止まった。


「桜?」


 桜は髪を大きく手で振り払った。

 良く通る声で野次馬たちに言い放った。


「……今はプライベートな時間ですわ! 半径10メートル以内に入らない事!」


 場の空気を支配した。

 まるで女王様が家臣に命令する口調。


 誰もが桜の威厳に圧倒されていた。


「……さて、行きましょ? 大樹」


「う、うん」


 僕らは商店街の人に手を振って、再び学校まで歩き始めた。






 学校の校門前まで桜は付いてきてくれた。


「さて、大樹、あとは大丈夫でしょ? 行きなさい」


 僕は深呼吸する。


「う、うん。行ってくるね! あ、今日は二人でお祝いだからね! 美味しいもの作って待ってるよ!」


「ふふ、楽しみにしてるわ。……あと、ちゃんと社長のオファーの返事も考えておきなさい?」


「う……今日までには返事するよ……」


「わかったわ」


「うん! またね!」


 桜は帽子とサングラスを装着して、手を振りながら自分の学校へと向かった。



 僕は再び大きく深呼吸をする。


 ……よし、行くぞ!







 歩きだそうとした時、女子生徒たちに声をかけられた。


「……あ、あの……もしかして、この雑誌のモデルさんですか?」


 僕は女子生徒を見つめた。


「わわわ、み、見ないで下さい!? 恥ずかしすぎて死んじゃいます!」


 僕が載っている雑誌を持っている。

 僕は少し嬉しくなった。

 もしかして見てる人がいるかなって思ったけど、自分が通っている学校にいるとは思わなかった。


「うん、そうだよ。……雑誌見てくれてありがとう。今度そこのお店に行ってみてね」


 さり気なく、雑誌のお店を宣伝しておく。


「は、は、は、はい! 必ず、必ず行きます!!」


「ちょっと、たま子! あんたばっかりずるいわよ! あ、私一年の陸上部のささ美って言います! 金子先輩から超話して聞いています! うわー、ヤバいくらいかっこいいですね〜! ていうか陸上しませんか? 陸上しましょう! 大樹先輩だったらインターハイ楽勝ですよ!」


 マシンガントークに僕が困っていると金子さんが走ってきた。


「このバカチンが!! 大樹が困ってるだろ! ……大樹ごめんな! ほら、さっさと散れ!」


「はは、大丈夫だよ。金子さん、おはよう」


 金子さんの顔が真っ赤になった。


「おはよう……ていうかあの事件以来あってなかったけど、やっぱかっこいいわね」


 ああ、クズ男事件ね。すっかり忘れていたよ。あのあと、社長が全部処理をしてくれたんだよね。……どんな処理かは言ってくれなかったけど……


「ありがと、頑張ったからね」


「……そうね」


 金子さんは苦い顔をした。僕にしていた事を思い出してしまったんだろう。

 謝っても過去は消えない。

 でも、過去を上書きできるくらいこれから良い思い出を作ればいい。

 人は変われるんだ。


 金子さんと話していたら人がどんどん集まってきた。


「おい、金子! お前陸上部に勧誘してんのか! そいつはボクシング部にスカウトするんだ!」

「ばかやろー! 高身長をバスケに活かせよ!」

「ちょいまて、ここはリア充集まるサッカー部が……」

「卓球もあるよ」

「新聞見たぞ! なんで高校生が社会人の大会で優勝してんだよ!? しかもオリンピック選手候補になってるし!」

「まじで!」

「サクラ様と手をつないで歩いてるの見たよ! ……もしかして、サクラ様がずっと言ってた好きな男性って……」

「うおぉぉぉぉ!! すげー筋肉!」


 僕の周りがカオス状態になってしまった。


「あ、うん、ちょっとまって、そんなに一気に喋られても……」








 後ろからだらしない足音が聞こえた。


「おい! 大樹さんが困ってるだろ! てめえら早く教室へ行けよ!」


 省吾がカオス状態の生徒たちに一喝した。



 そして…………流れるように土下座をした。

 完成された土下座であった。


「大樹さん! 先日は本当にありがとうございました! 俺を許してくれただけじゃなく、雅を救ってくれて、俺を救ってくれて……俺にできることは土下座しか無い!」


「え、ええ!? 省吾……土下座は恥ずかしいからやめて……」


 省吾はすくっと立ち上がった。


「失礼しました! ……大樹さん、やっぱけじめが必要だ。俺を一発殴ってくれ! 俺にも罰が必要だ!」


 周りを見渡すと、引いてる人がほとんどだけど……

 金子は違った。


「いいんじゃん? 大樹、それでキレイさっぱりするなら」


「頼む!」


 僕はため息を吐いた。


「はぁ……じゃあ一発だけね? ……これでいままでの事をチャラにするよ? ……これ持ってて」


「はい?」


 僕はバッグからグローブを取り出して装着した。


「ねえ、バッグをお腹に持ってきて。……そう、それで大丈夫かな? あ、君柔道部だよね? 省吾のすぐ後ろにいて」


 困惑している省吾をよそに僕は準備を粛々と行う。


「じゃあ行くよ? 目を離さないでね。バッグは絶対固定してね? 柔道部の君も絶対逃げないでね?」


「よし! 来い!」

「うっす!」


 僕は拳を構えた。


 思えば省吾とは、本当に嫌な思い出ばっかりだ。

 こいつは自分がいじめられていたから、僕をいじめた。

 僕はいじめられたから、この世界から逃げようとした。


 こいつを助けてくれる奴はいなかった。

 僕には桜がいた。


 可哀想なヤツだけど、やっぱりいじめは駄目だ。

 だから、この一発は本気で打つ。


 それがけじめだ。


 ……大丈夫。省吾も変われるはず。だって、雅が付いてるもん。


「行くよ」


 僕は右の拳に力を集中させた。

 前足を出す。

 身体をひねり、足の力、腰の力、腕の力、全てを連動させて拳に力を乗せる。







 爆発したみたいな炸裂音が響く。

 省吾は柔道部員と一緒に吹き飛んでしまった。


「おぉぉぉぉぉぉーー!!」

「むぎゅ……」


 10メートルくらい吹き飛んでしまった二人は気絶してしまった。


「ふう、こんなもんかな? 省吾! これでチャラだよ! 金子さん、あとは任せたよ!」


「ふえ!? マジで! おーい、省吾!!」


 金子さんは二人の元へ走って行った。


 僕はみんなが呆然としているうちに教室へ向かうことにした。








「だ、だ、だ、だ、だ、大樹。お、おはよう」


 雅が椅子の上で正座をして待っていた。

 横で安西さんが参考書を見ている。


「あ、おはよう、雅! 安西さんもおはよう!」


「お、おはようございます……金子さんは一緒じゃなかったんですか? 先に迎えに行くって行ってたのに?」


「あはは……」


 僕は面倒だったのでごまかした。


 雅がいきなり立ち上がった。


「ほら、みんな立って! 集まって!」


 僕のいじめを見ないふりをしていたクラスメイトが集まってきた。

 みんな罪悪感と後悔を匂わせる表情だ。


 雅が先頭に立つ。


「……私は何もしてないわ。こいつらが大樹に謝りたいって言ってきたの」


「大樹君、ごめん!」

「いじめられてるの気づいてたけど、何もしなかった……」

「だって自分もいじめられてしまうと思ったから」

「一人が生贄になってクラスが円滑に回るならいいかなって思ってしまった……」

「本当にどうかしている」

「変わろうとしている大樹君の話を雅から聞いた」

「街で君を見かけて本当に驚いた」

「だから僕たちも卑怯者をやめようと思った」

「そしたら雅から連絡があったの!」

「省吾の話も本人から聞いた……」

「俺たちを許せない気持ちもあると思うけど、謝罪をさせてくれ!」


 クラスみんなが一斉に頭を下げた。


「「「今までごめんなさい!!!」」」



 僕はどう反応していいかわからなかった。


 学校は狭い社会だ。

 狭いというよりも現代社会の縮図だ。

 力が強いものが上位に立ち、下の者を馬鹿にする。

 仲が良いふりをしながら、陰口を叩く。

 友達だと思っていた人が簡単に裏切る。


 僕らはまだ17歳。

 精神が未熟で、行動が身勝手で、大人になりきれない中途半端な世代。

 そんな僕らはもがきながら前に進もうとしている。


 僕はやっぱり変わろうとしている人を嫌いにはなれない。





「……うん、頭を上げて。……ねえ、僕さ、教科書無いんだ。破られた教科書を夏休み中に買い忘れてさ……誰か見せてくれない?」





 クラスメイトが一斉に動いた。

 中には泣いているやつもいる。


「大樹! 俺の教科書使えよ! どうせ勉強しないし!」

「私の使ってよ! あ、一緒に見ましょ!」

「ははは、なんで謝って涙が出てくるんだよ……ぐす……」

「なんか今までの自分が嫌になってくる……」


 クラスが騒がしくなる。

 僕の周りに人が集まってくる。


 雅はその光景を見て柔らかい微笑みを浮かべていた。


「……大樹。本当に良かった……」








 学校がこんなにも楽しいと思ったことはなかった。

 環境って大事だな。


 僕が変わることよって、雅を筆頭に、みんな変わって行く。

 それが成長って呼ばれるものかもしれない。

 目には見えない。

 でも、実感できる。


 人の可能性は無限大だ。


 僕はそんな事を考えながら、料理を作り、桜を待っていた。


 玄関の前に人が立つ気配がする。

 ……桜だ。


 玄関が開いた。

 桜が帰ってきた。


 桜を出迎えて、僕は今日学校であった事を報告した。


「……そう。良かったわ。これで大樹も大丈夫ね……」


 僕は料理をテーブルへ運ぶ。


「うん、大丈夫そうだね……これで、心配もなくなったよ。だから、僕は社長さんの話を受けてみようと思う」


 桜が抱きついてきた!


「ちょっと!? 危ないよ! 料理が……」


「ばか、うれしいのよ……私の願いがやっと叶うのね……」


「うん? 話し続けるよ」








 僕は桜を引き剥がして、話を続けた。


「僕は桜に会えて変われた」


「うん」


「オリンピックに出れると思う」


「うん」


「芸能界の仕事も挑戦しようと思う」


「うん」


「勉強も続けて、最高峰の東鳩大学に入ろうと思う」


「うん」


「僕は変われた……でも、子供の頃から変わらないものがある」


「うん?」





「僕は……桜が好きだ。大好きだ! 世界で1番大切な女の子だ! だから……だから……僕と……結婚して下さい!!!」




「……はい。私と結婚してください」




 僕の胸に温かいものが広がった。


 僕は桜を抱きしめた。


 僕の最愛の人。


 桜の髪を撫でる。

 桜が僕を見た。


「……挙式は学校卒業の4月でいいわね? 場所は都内の最高級ホテルを押さえているわ。もちろんその月の大安のスケジュールは空けているわ! 大樹は確か温泉が好きよね? 新婚旅行は北欧の島に行って温泉に入りましょう! 子供は何人がいい? 私は沢山ほしいわよ!」


「桜……ふふ、ありがとうね。色々考えてくれていて……今はこの時間を一緒は過ごせればいいよ……」






 今まで表情を変えたことが無かった桜の顔が赤くなっていた。


「そ、そうね……わたし嬉しくて……あれ……演技じゃないのに……涙が……」


 桜の目から涙が流れていた。





「桜……ありがとう」


「大樹……大好き……」



 僕らは何も言わずに時間の許す限り、抱き合った……






 人は変わることができる。


 変われない人はいない。


 僕は桜がいたから変われた。


 自分が変わると周りも変わった。


 世界が変わった。




 僕はこれからも桜と一緒に歩き続ける。

 

 変わって行く世界を二人で見てみたい!




 (完)

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