大樹の本気 解放
唖然としている男たちを無視して僕は雅たちを押しながら車を出た。
……怪我はないようだね。
転がり落ちるように地面に降りる。
……駐車場……か? くそ、袋小路だ!
「だ、大樹……」
「うわーん! 怖かったよ!」
「ふ、ふ、震えが止まりません……」
安西さんと金子さんも無事だ。
「早く立って! 逃げて!」
僕は3人に逃げるように促した。……でも遅かった。
車から男たちが下りて来た。
さっき吹き飛ばした大将格の男が顔を真っ赤にして叫んだ。
「てめえら絶対逃がすな! こいつはここでぶち殺すぞ! あいつの動きはボクサーだ! 転がしちまえばボクサーなんて楽勝だ! 一斉にかかれ!」
男たちの雰囲気が変わる。
まるで調教されたペットのようだ。
……君らも同罪だよ?
雅が僕の服を掴みながら懇願をした。
「だ、大樹? 逃げよ、ね、ね、逃げよ! あんなの無理だよ!」
「…………うん、そうしたいね。……でもね、傷だらけで動けない間に土下座でお願いされたからね。『雅を守ってくれって』って、だから僕は……戦うよ? 下がって!」
桜は言っていた。
本気で危ないと思ったら躊躇するな。
今がその時だ。
「すまん! おとなしく気絶してくれ!」
「うおぉぉぉーー!」
「弱いものいじめかよ……もう嫌だよ!」
……言い訳するな。
屈強な男たちが次々と僕に襲いかかってきた。
――桜とダンスをしていただけじゃない。
タックルしてきた小さな男の後頭部に肘打ちを下ろす。
男は声も上げずに地面に倒れこんだ。
――ジムには色んな人がいた。
男が僕の襟首をつかむ。身体が勝手に動く。
小手返しを高速でかけた事によって、男の手首が壊れる。
「ぎゃーー! お、おれの……ぶへ!?」
掌底を顎に喰らわす。
男は仰向けで頭から倒れた。
――ネット動画は宝の山だった。
3人がかりで一斉に襲いかかってくる。
僕は手刀を放った。
一呼吸で男たちの喉に突き刺さる。
「げほげほ!! ぐげは!!」
喉を押さえてその場に座り込んだ男たちを順番にストンピングをする。
5人の男たちが静かになった。
――僕は戦う術を周りから吸収していった。
「ひははは!! こいつはいいぜ! だがな、金メダル候補をなめんなよ?」
僕の不意を突いて高速のタックルをかます。
僕はそのまま固いコンクリートに倒れこんでしまった。
大将格……こいつが間の兄貴か?
……こいつだけは許せない。
僕の大切な友達を怖い目に合わせたんだ!
「ひゃっはぁ! コンクリートの味はどうだ? 今からぼこぼこにしてやるぜ!」
クズが僕の上に乗ってマウントポジションを取る。
体重は90kg近くだろう。天然の力とレスリングの技術の優れている。
クズが拳を構えた。
――でもね、ちょうど僕は霊長類最強のレスリング動画を見たところだよ?
拳が下ろされた瞬間、僕はクズの身体を崩して、マウント返しをした。
「な!?」
僕の下にいるクズが驚きの顔を浮かべている。
僕はクズを解き放ち立ち上がった。
「……ねえ、もう間……省吾の事をいじめない? 女の子にひどい事しない?」
クズは起き上がり下品な笑いをした。
「はっ、こいつ自分からチャンスを逃しやがった。とんだ馬鹿だな。……なんで俺がお前に説教されなきゃいけねーんだ! 俺は俺のやりたい事をする! 金も女も全て俺のものだ! 省吾? あんな奴はどうだっていい!」
クズが車でごそごそ探している。
クズは金属バットを手に持った。
「これでぶっ殺してやるよ!」
「……そう」
僕は初めてボクシングの構えを取った。
身体に変な力は入っていない。
いつも通りの構え。
「うおらぁーー!!」
クズのスイングが僕に襲いかかる。
僕は紙一重でバットをかわす。
基本のジャブを打ち込んだ。
「ぐはっ! ……大した事ねーな。ぐっ!」
僕のジャブをかわせない。
ジャブは最初に覚えるけど、最強の技。
素人には絶対避けられない。
「ぶへ、ぶほっ! ぐっ、はぁはぁはぁ……」
クズの顔がだんだん赤く腫れて来た。
「……わかった! わかったから! もう省吾の事いじめない! だからやめろ!」
僕は拳を止めた。
「へ、馬鹿め!」
クズが一瞬のスキをついて、雅たちの所へダッシュしようとした。
僕はクズの行動を予測して、正面に立ちふさがって渾身のフックを食らわす。
こめかみに当たったそれは強烈な一撃だ。
「がはっ!?」
倒れそうになるクズにラッシュを食らわす。
僕の息を吐く音と打撃音だけが聞こえる。
「しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅしゅしゅ、しゅしゅしゅ、しゅしゅしゅしゅ」
倒れないように左右から打ち込む。
クズは車にぶつかった。
僕がパンチを打つたびに車から大きな音が出る。
僕のラッシュが徐々に早くなっていった。
「しゅしゅしゅっ! しゅしゅ! しゅしゅ、しゅしゅしゅしゅ! しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ!!」
鼻、口、耳、こめかみ、みぞおち、肝臓、胸骨、心臓、金的、顎……
僕は一旦大きくバックステップをした。
大きくしゃがんで、飛びながらアッパーカットを放つ。
「しゅっ!」
腹に衝撃が伝わる。
クズはくの字になりながら宙に浮いた。
巨体が車のボンネットに落ちていった。
「はぁはぁ……やりすぎちゃった……」
呻き声一つ上げていない、倒れ伏している男たち。
かろうじて息はしているだろう。
「どうしよ……」
僕がまごまごしていると駐車場に大きな車が入ってきた。
車から誰かが下りてくる。
あれ? タオルのお爺さん? ……それに桜!!
「がははは!! 派手にやりおったのう!」
桜は僕の方へ駆けだしていた。
僕に抱きつく桜。
「大丈夫? ケガはない? ……拳使ったの?」
「うん、結構強い人だったからね」
「……そうね。でも大樹の敵じゃないわよ?」
「ははは、桜との組み手に比べたら優しいものだったよ」
「うふふ……」
雅がブツブツ呟いていた。
「……いやおかしいでしょ? 大樹は1カ月前はぷよぷよだったんだよ? サクラさんと組手? サクラさんの方が強いの? 大樹はオリンピック候補の選手を倒したの? ていうかサクラさんと抱き合ってる!? なんで? サクラさんと付きあってるの! あー、もうわけわかんないよ!!」
「かっかっか! あとは年寄りに任せるのじゃ! おい! 始末しろ!」
黒い服を着た男たちが車から出て来た。
男たちはてきぱきと、クズたちを車に乗せていった。
「おし、行くのじゃ! 小僧、またな!」
「大樹! ご飯楽しみにしてるわ!」
お爺さんと桜は風のように去っていった。
取り残された僕たちは呆然としてしまった。
「……帰ろうか?」
僕たちはタクシーを捕まえて街に戻ることにした……