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大樹の本気 中


 私は事務所の机で書類を見ている。

 真横にはPCをチェックしているマネージャーがいる。


 このマネージャーは女子柔道世界大会出場のつわもの。

 私のマネージャー兼ボディガード。


 私はぺらぺらと書類をめくる。


「……麻生雅の家庭環境は普通。変な思想もない。ただの思春期における行動……」


 書類に書かれているのは、大樹の周りにいる人達の身辺調査書だ。


 今後、大樹と関わっちゃいけない人をちゃんと見るためだ。


「……(はざま)省吾。……性格温和だったが、家庭環境の変化により急変……」


 この前の男か。

 家庭環境?


「……再婚相手の息子が大学生。省吾の義理の兄となる。……典型的な不良大学生……」


 こいつのせいか。


 大樹は麻生達と友達になったと言ってた。


 私はかまわない。

 大樹が楽しく学校に行けるなら友達ができるのは喜ばしいこと。

 私は大樹をフォローするだけ。


 大樹の人生をバラ色にするの。

 大樹の力で。


「マネージャー。この子たちは大樹の大切な友達になったわ。今見張りは何人ついてる?」


「はい。交代で1人付いています」


「そう。……はざまは?」


「必ず1人監視しています」


「明日、麻生さん達と会うのよね? 大樹は絶対行くと思うわ。警備を怠らないでね」


 (はざま)の兄の経歴が気になる。


 速大のレスリング部主将。

 悪評高いあの大学のレスリング部ね……


「……私たちは最大限大樹をフォローするだけよ。問題があったとしても最悪の事態にならないようにするだけよ」


「はい!」


 そんなやり取りをしていると、事務所の扉が開いた。






 社長が入ってきた。


「かっかっかっか! 小僧の成長っぷりは凄いのじゃ! 儂が送り込んだ箱根駅伝の連中とプロに勝ちおったわい!」


 社長はどっしりと椅子に腰を下ろした。


「また会ってきたんですか?」


「はん! お前の婿殿だからな。あれは凄い男になるぞ」


「もちろんです。大樹は最高の男性ですわ」


 私はこの業界に入るときに社長に明言している。


『私は好きな人がいます。18歳になったら結婚します。それでもよろしかったら芸能活動できます』


「おう、お前がほれ込んだ意味も分かった。……さすが【恋する女優】とか言われているからな」


 世間は大騒ぎした。

 普通、アイドルの恋愛はご法度だ。

 でも私はアイドルじゃない。モデルで歌手で女優だ。


 好きな人と結婚できなかったらこんな業界は入ってない。


 私は初めから一途に一人の男性だけを愛していると、宣伝している。


 芸能活動に支障が無いわけではなかったが、私は実力でトップをもぎ取った。


 ……だってアイドルも女優もみんな恋愛してるでしょ?


 私はそれを公にしただけよ。


 社長は葉巻を取り出した。

 秘書がマッチを渡す。

 社長は自分で葉巻をゆっくりと炙り始めた。


「で、いつからうちの事務所に入るのじゃ? なんなら婚約発表か?」


「そうね。それも悪くないわね……夏休みが終わって、大樹が完璧に心を取り戻してからね……」



 社長は葉巻を吸いだした。

 煙が部屋に充満する。


「楽しみにしてるのじゃ! かっかっか!」


「私も楽しみよ。……煙いから私は道場へ行くわ。マネージャー!」


「は、はい! お供します! ……あ、あの、ほどほどでお願いします」


「ふふ、手加減してあげるわ……」


 私は胴着を取って道場へ向かった。







 省吾がだらしなく椅子にかけている。

 顔には腫れた傷がある。

 ……あれは私のバッグアタックでできた傷じゃない?


 省吾は机の上に突っ伏した。


「……で、何のようだ? てめえは俺を振っただろうがよ」


 ふてぶてしい態度だ。


「……省吾。……あんたいつ私に告白した? してねーじゃん?」


「う、うるせー! 俺は付き合ってたと思ってたんだよ! ……ああ、俺がバカだったよ」


 私の隣にいる美琴と金子は大人しくアイスクリームをたべている。

 やっぱり一人でこいつに会うのは怖かったからね。


「はぁ……いつからだっけ? あんたがおかしくなったの? そんなに乱暴者だったっけ?」


 省吾は私の雰囲気が真面目になったのに気付いたのか、姿勢を正した。


「……うるせぇよ。……俺は前からこんなだったよ」


 吐き捨てるようにいい放った。


「いや、違うっしょ? 昔のあんたはカッコ良かったよ? 大樹の事はからかっていたけど、暴力なんて振るわなかった。学校も真面目に来ていた。クラスのみんなの事を気にかけていた……」


 省吾は黙って聞いていた。


「……ねえ、知ってる? 大樹が大変身したこと?」


 大樹はいきなり大声を出した。


「あんな奴の話しすんな!」


 私は動じない。


「……あいつ、自殺しようとしたのよ」


「え、マジで……」


 省吾は不意を突かれたかのように驚いた顔をした。


「……凄いよね、あんな風に変われるなんて。……私も変わりたい」


「あんたは大事な友達よ。……だから私が力になれる事があったら……教えて!!」


 私は省吾の手を優しく包み込んだ。


 省吾の手は震えている。

 顔には怯えが見え隠れしている。


 省吾が喋るまで待った。






「……やっぱ雅はいい女だな。……お、俺、俺……」


「ゆっくりでいいよ」


「う、う、あ、兄貴が……女連れて来いって……」


「お兄さん? 女?」


「俺が……雅の写真を見せたら……でも嫌だって言ったら、殴られて……風呂場で水に顔を押し付けられたり……」


 私は根気よく話しを聞いた。


「いつ連れて来るんだって毎日……いじめられてた……俺の頭がおかしくなりそうな時に……俺は大樹に暴力を振るい始めた」


「初めは軽いストレス解消のつもりだった。そのうちエスカレートして……自分を制御できなくなった」


「じゃあ、あんたは自分がやられていた事を大樹にしていたの?」


 省吾は気まずそうな顔で私を見た。


「……ああ、そういうことだ。……あいつのスマホを奪った時、芸能人と親し気に写っている写真を見た。もしかしたら雅じゃなくて大樹を紹介したら兄貴は満足するんじゃないかと思って……」


「はっ!? ちょっとあんたその考えはヤバいわよ! ……お兄さんはどうしたの?」


「兄貴は……サクラに興味が移った。俺に早く連れてこいってうるさく言ってきた」


「……だから、あんた表参道でバカな事してたの……ちょっと冷静になりなさい。サクラさんは超トップの芸能人よ? 仮に大樹と知り合いだとしても、あんたの兄貴に紹介する義理はないでしょ? サクラさんがそんなヤツの元に出向くわけないよね?」




「そんな事わかっている! 俺はのらりくらり兄貴のいじめをやり過ごせばよかった。兄貴の興味が雅から消えればよかったんだ! 俺はお前の事が本気で好きなんだよ! だからクソ兄貴にひと目でも見せたくなかったんだ!」




「ふえ!?」


 私の顔が熱くなるのがわかる。

 ……まさかここで告白されちゃったの!?


 地蔵と化した美琴と金子は他人事の様にアイスクリームを食べている。


「美琴、これ美味しーね!」

「ほら、宿題しますよ? まだ終わってないでしょ?」


 ……なにこの温度差。


 省吾も自分の発言に気がついたのか、顔が真っ赤になっている。


 私が何か言おうとした時、省吾の顔色が真っ青になった。

 私の後ろを指差している。








「あ、あ、あ、あ、兄貴……」


 私は後ろを振り向いた。


 そこには浅黒い大男がいた。

 タンクトップで全身の筋肉をアピールしていて、金髪、ピアスでチャラい格好をしている。ピアス……耳が潰れている!?


 ……あ、これヤバい系の人だ。


 私は蛇に睨まれた蛙みたいに動けなくなった。


 省吾のお兄さんが省吾に近づいた。


「おーい、省吾? お兄ちゃんの悪口を言ってたのかな? 悪い子だな〜、家に帰ったらお仕置きだからね!」


「あ、あ、兄貴……」


 省吾の震えがおかしいレベルになる。


「……でも、今日のお仕置きは軽くにしてあげるね。……だってやっと雅ちゃんを紹介してくれたんだもんね! ははっ、しかもおまけ付き! おっしゃーー!!」


 省吾のお兄さんは私をいやらしく見た。

 全身に鳥肌が立った。

 私に向かって歩いて来た。


「……あん? 省吾? その手はなんだ? お兄ちゃんに逆らうのか?」


 省吾はお兄さんの腕を掴んでいた。

 省吾は震えながら叫んだ。


「雅ーー!! 逃げろ!!」


 お兄さんは満面の笑みを浮かべた。


「ふはは!! 省吾はお兄ちゃんとじゃれたいんだね? ……てめえ殺すぞ?」


「うわーー、雅に手を出すなーー!!」


 私は美琴と金子の手を取ってその場を立った。


「早く逃げるわよ!!」

「う、うん」

「こ、怖いです……」








 後ろで破壊音が聞こえる。

 耳を塞ぎたくなる。


 逃げる? どこへ行けばいいの?


 通りに出た瞬間、屈強な男たちに囲まれてしまった。


「こいつだ。捕まえろ!」

「早くしろ! はざま先輩怒らせるな!」

「……ごめんね」

「くそ、俺はレスリングをしたいだけなのに」


 後ろから足音が聞こえた。


「ごくろー、ごくろー、後でお前らにもご褒美やるよ」


「……省吾は……」


「うん? あいつ? 10秒もったかな? 一応殺してないよ? 可愛い弟だしな! くはははっ!」


 遠くでサイレンの音が聞こえる。


 私たちは抵抗虚しく車に押し込まれてしまった。








 車が走り出す。


「先輩……また部室ですか……」


「ああ、その前に味見すっか?」


 大きなワゴン車の後ろには5人の男と……省吾のお兄さんがいる。


 お兄さんが私に近づいてきた。


「いや……やめて……」


 怖くて声が出せない。

 嫌だよ……助けて……誰か助けて…… 

 大樹の事を意地悪してた罰なのかな……


 運転席の男が叫んだ。


「先輩! なんか変なヤツがついてきてます! な、なんだ? 早すぎるぞ?」


「あん! さっさと飛ばせ!」


「え……は、はい……すまん……」


 車が加速する。


「せ、先輩!! 駄目です! あいつ街のヤツから自転車借りやがった! 追いつかれます!」


「所詮チャリだろ? 車に勝てねーだろ?」


「無理っす!? は!? 前に出た?」


 お兄さんが運転席に向かう。


「轢け」


 ハンドルを操作した。


 車に衝撃が走る。


 自転車がバラバラになった。


「いやっほー!! はは! 超楽しいぜ! ていうかもう着くか……」






 車は大学の裏口を通って人気がない場所を走る。


 お兄さんが再び私に近づいてくる。


 さっきの騒動で少し落ちつけた……

 私は……近づいてきたお兄さんに向かって車内に転がっていた空き瓶を投げつけた。


 お兄さんの額に命中する。


「ああ、こいつなんて事を!!」

「先輩が切れる!?」

「おい! 早く部室へ行け!」


 お兄さんの顔がみるみる赤くなっていく。


「……優しくしてやってんのに……てめえ……ぶっ殺すぞ!!」


いきなり窓ガラスが弾け飛んだ。


 「へっ!? なんだてめえ! ぐはっ!」


 

 私に襲いかかろうとした省吾兄が吹き飛んで行った。


 割れた窓ガラスが散乱している。

 ハンマーが転がりおちていた。

 





 そこには大樹がいた。

 全身汗だらけの大樹はところどころ擦り傷がある。

 私達を見て、端正な顔が歪む。

 目が鋭くなる。

 顔にへばりついた髪をかきあげた。

 血の付いた包帯を両手に巻いている。


 こんな状況なのに、大樹から目が離せなかった。


 大樹は怒りを滲ませた声で告げた。




「……全員覚悟できてるかな?」




 


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