どん底の再会
「ちょっと、あんた何やってるのよ!」
僕の脇腹に綺麗に蹴りが入った。
小学校の屋上のフェンスに手をかけていた僕は、屋上内の地面に吹き飛ばされる。
「うぅぅ……」
結構な高さから落ちた僕は声を出せず呻いていた。
「いい? 屋上から落ちたらこんな痛みじゃないわよ!」
僕に罵声を浴びせる女の子を地面から見た。
月明りに照らされている女の子は、とても幻想的であった。
綺麗な黒髪にパッチリとした瞳は吸い込まれそうだ。
僕よりも大分低い身長で、スレンダーな体型をしている。
なんで誰もいないはずの屋上にいるの?
僕は……僕は……もうこの世界で必要ない人間だ。
……あれ? この子……どこかで見たことがある?
女の子は僕に近づいてきた。
「全く……久しぶりにこっちに帰ってきたから、母校をこっそり忍び込んで楽しもうと思ったのに……大樹……まさかお前がいるなんて」
あ、やっぱり……西沢桜だ。
桜は鬼のような形相をしていた。
「私を守ってくれた勇敢なお前はどこに行った? 一体お前に何があった?」
桜は倒れている僕の横に座った。
「……お前、自殺しようとしてたな? そんなこと私が許さない……何があったか話してみろ?」
桜は気持ち悪い僕の頭を優しく撫でてくれる。
「ひっ、ひっ、っく……ぼ、僕は……僕は……」
僕は泣きながら桜にこれまでの事を語った。
**********
「お前ら桜をいじめるな!!」
小学校の頃に転校してきた桜は、今とは比べ物にならないくらいおデブで内気でおどおどしている子だった。
桜は僕の隣の家に引っ越してきた。
あいさつに来た時に、僕は戸惑う桜の手を引いて遊びに行った。
その時から僕と桜は仲良しになった。
お互いゲームが大好きで、いっつもゲームばっかりしててお母さんに怒られて……
転校して一カ月くらい経つと、だんだん女子の空気が変わってきた。
僕はちょいポチャだったけど、明るくて運動もできてクラスの中心キャラだった。
桜は僕とばっかし遊んでいたから、他の女子のひんしゅくを買ったらしい。
だから桜はいじめられた。
靴を隠されて一緒に探したり、汚された体操服を一緒洗ったり、机の落書きを一緒に消したり……
僕はクラスのボス女子に直談判したこともある。
「あんたは女子の世界に口出さないで! ……あの子が来たから、あんたと遊べなくなったじゃない……」
先生に言っても取り合ってくれず、いじめはエスカレートするだけだった。
僕は全力で桜を守ろうとした。
桜はおデブで不細工って馬鹿にされていたけど、優しくて心が綺麗な子なんだ。
……でも、桜の両親が耐えきれず、引っ越しする事になった。
それは本当に突然だった。
僕は桜と別れの挨拶が出来なかった……
でも、家のポストに桜の手紙が入っていた。
『だいき、ありがとう。わたし絶対この町に戻ってだいきに会いに来るからね!』
桜がいなくなった日から、いじめの標的は僕に変わった。
「あいつ空気読めよ」
「ブスをかばって気取ってんじゃねえよ」
「元々うざかったしね」
「はは! 面白いね!」
いじめている側はいじっているだけと主張する。
自分がいじめられて、孤独がつらいと初めて分かった。
僕が通るたびに悪口を言われる。
両親が買ってくれた大切な教科書や道具が壊される。
立ち向かうと集団でぼこぼこにされる。
女子からは冷たい視線とばい菌扱いされる。
子供の世界は狭い。
学校が地獄のようだった。
……うちの親は薄々気づいていたけど、行動を起こしてくれない。仕事が忙しいのが理由だ。
僕はクラスメイトと仲良くなろうと媚を売った時もある。
でも言われた言葉は……
「きめーよ」
会話にもならなかった。
そのまま僕は中学校に入学した。
学校に行かない選択肢などなかった。親に心配をかけたくない一心だった。
中学になると色々な小学校から入学する生徒が多いから、僕は少し期待した。
でも僕が甘かった。
ボス女子は初日そうそう言い放った。
「如月と一緒にいるといじめられるよ~」
軽い口調だった。でも、子供たちだけに通じるなにか。
僕は孤立した。
孤立した僕に話しかけてくる生徒はほとんどいない。
小学校の頃よりいじめはひどくない。
いない者とされている。
ボス女子の麻生雅と数名だけが、僕に話しかけて来た。
話しかけてくるというよりは命令だったり、僕を弄っているだけだ。
僕は……次第に孤独と向き合う事にした。
僕からは何も話さない。
生徒を同じ人間として見ない。
僕はクラスの空気だ。
本を読んでいればいい。
家でストレス解消するために趣味を作ろう。
孤独と向き合う術を覚え始めた。
高校になると、僕はストレスのせいで激太りした。
非常に不細工だ。
運動してないから脂汗をいつもかいていて、動きもゆったりしている。
ニキビもひどい。
人と喋ってないから、うまくしゃべれない。
クラスメイトが喋っている言葉が全部僕の悪口に聞こえる。
こんな僕と友達になる生徒はいなかった。
そしてなんの因果か、麻生が同じクラスになってしまった。
「けけ! また一緒ね、よ・ろ・し・く! 大樹く~ん!」
事あるごとに僕に強く当たる麻生。
彼女はクラスのリア充とつるみ、グループで僕をいい様に利用していた。
そのころ両親が離婚して、家族問題も抱えていた。
両親は僕に一人で暮らす事を望んだ。
書類上は父親と一緒に暮らしている。
でも、僕は一人っきりだ。
僕は人生に疲れた。
他の人から大したことないと思われるかも知れない。
でも、学生にとって学校は大きな割合を占めている。
もう、孤独はいやだ。
もう、バカにされたくない。
もう、親も信じられない。
僕は自分がいじめられていた小学校で……自殺を決意した。
僕が覚悟を決めて、飛ぼうとした時に脇腹に強烈な衝撃を受けた。
**********
僕は桜に自分の駄目さ加減を伝えた。
「僕は駄目な人間なんだよ? 誰からも必要とされていない。両親さえそうだった」
桜は話を全部聞いて、ため息をついた。
「……大樹の言い分はわかったわ。……正直、私のせいでいじめを受けていたなんてちょっとショックだわ」
あのころとは比べ物にならないくらい綺麗な桜が僕の肩を掴んだ。
「ねえ、悔しくない? デブとかキモイとか言われて? 誰からも必要とされていない? 努力はした? ……私はしたよ。……いつか胸を張って大樹と出会うために」
俺はハッとして俯いた顔を上げた。
「孤独はつらいよね……私も良くわかる……でもね、人生は学校だけじゃないし、まだまだ大樹が見ていない事だって沢山あるんだよ!」
桜は立ち上がった。
「……私綺麗になったでしょ? ふふ……大樹の為だったんだよ? 大樹、一緒にもう一回人生頑張ってみない?」
桜が優しく微笑んでくれた。
それは僕が小学校の頃遊んでいた優しい桜の表情と一緒だった。
僕の心に少しだけ明かりが照らされた。
「僕は自分が嫌いだ。誰もが僕の事を馬鹿にしているって思っている自分が嫌いだ。孤独が大丈夫な振りをしながら本当は誰かと喋りたい弱い自分が嫌いだ。デブでキモイ自分が大っ嫌いだ」
「だから、だから! 僕は変わりたい!!」
桜は頷いた。
「大樹、分かったわ。あなたを変身させるわ」
幼馴染との再会が僕の人生を変えてくれることになった。