第9話 後始末
一報を受け、カジユ村へと馬を飛ばして急行したアデッティ・スコバヤと護衛の騎馬兵士2人の一行を待っていたのは、リュドーでも有名な3人組の傭兵の一人であるダグだった。
馬上から視認できた村の入り口に佇むハイ・オークの巨体は、遠くからでもよく目立つ。
「おお、ダグ殿、知らせを聞いて急行したわ! 兎に角状況が知りたいの。ギガントライが出たというのは本当のこと!?」
馬上から挨拶もそこそこに要件を告げるアデッティに、ダグは苦笑しながら答える。
「ああ、本当だぜ・・・・・・ まあ、気持ちはわかる。俺だってまだ信じらんねえよ。兎に角、順を追って説明すっから、馬から降りて少し落ち着きなよ代官殿」
ダグに窘められて、こちらも苦笑しながら馬を降りたアデッティは、同じく馬を降りた共の護衛騎士に愛馬の手綱を預けると、先導するダグに従って村へと入っていった。
「取り合えず、もう非常事態は収まってる。だから焦る必要は無え。まずはトビン・・・・・・村長宅でいいよな? そこで落ち着いてから、あらましを説明するよ」
共に歩きながら、ダグがアデッティに確認する。
リュドーを飛び出して来た時は慌てていたが、馬を飛ばす内に少し落ち着きを取り戻したのか、アデッティもダグの意見に同意した。
「むぅ・・・・・・。それでいいけ・・・・・・ ん? あれは何?」
村の広場を通り抜け、トビンの家に向かっていた一行だが、その広場の隅にアデッティは見慣れぬ物を見つけた。
色鮮やかなオレンジ色の、アウトドア用ワンタッチテントだ。しかも、その前に、異形とも言えるファージが2機、門番のごとく周囲を警戒している。
「あー、あれな。うん、あれも後で説明すっから、今はなるべく静かに着いて来てくれよ」
思わず「あちゃー」と言った表情で一行に先を促すダグだったが、アデッティはそれを振り切って立ち止まり、身振り手振りでダグに抗議する。
「しかし、あんなあからさまに怪しいものを・・・・・・」
「ニーロが寝ています。静かにして下さい」
突然目の前に現れた少女が、人差し指で口を塞ぐ仕草をしながら、言い募るアデッティを押しとどめた。
その、ガンマ・アースでは見られないデザインの異様な風体に目を白黒させながら、アデッティは聞いた。
「寝てる? 寝てるって誰が・・・・・・ だいたい、寝てる場合じゃないでしょう!」
「お静かに。まだ騒ぐようでしたら、強制的に黙らせますよ?」
そのサクラコの言葉に、アデッティ本人より、護衛の騎士が色めき立つ。
「小娘が何を無礼な!」
「貴様!誰に物を言ってるのか、わかってるのか!」
一触即発の雰囲気になったが、すかさずダグが割って入る。
「まあ、待てって。説明はするんだから、今は静かにしててくれや。それと、譲ちゃんも、ご主人大事は結構だけどよ、そんな言い方じゃあ角も立つし、アイツにも迷惑掛ける結果にしかならねえぜ?」
そう言って両者を宥めつつ、サクラコにも釘を刺した。
「そう・・・・・・ですね、以後、気をつけます。ご忠告、有難う御座います」
素直に頭を下げるサクラコに、ダグは苦笑しながら手でヒラヒラと了解の合図を送り、まだ渋るアデッティ一行の方を向いて言った。
「兎に角よ、今は嬢ちゃんの言う通り静かに着いて来てくれや。アイツが疲れてんのは本当なんだ。ちなみによ、あの嬢ちゃん一人でコボルドの半分以上を無傷で倒してんだぜ? お前ら勝てるか?」
後半は護衛の騎士達への言葉である。その言葉に、騎士達は言葉を失った。
「わかったら、行こうぜ。あと、嬢ちゃんも一緒に来て説明してくれるか? 俺だけじゃ上手く説明できねえしよ」
ダグの誘いにサクラコも了解して、一行はトビン村長宅へと向かった。
家に着くとトビンも在宅しており、一行を招き入れ、一番広い部屋に案内すると、テーブルを挟んで椅子に座り、両端をダグとサクラコ、向かい会った反対側に、アデッティを中心に護衛騎士の2人が着席する。
トビン夫人が出すハーブティーに口をつける間も惜しむように、早速アデッティが切り出した。
「それで? 兎に角事の顛末を聞きたいのよ。こちらは鳩便と急使で伝えられたコボルド100以上、ギガントライ12という数を聞いただけ。特にギガントライは問題よ。いや・・・・・・問題だった、か、・・・・・・本当に討伐できたと言うの? 普通は1体でも100人近く動員が必要なのよ? それとも、何か効果的な対策が編み出されたと?」
一気に捲くし立てるアデッティに、もう何度目かわからない苦笑を漏らしながら、ダグが話し出した。
「まあ、落ち着けって。最初から話そうか」
そう言って、倒れていたニイロを拾った事、サクラコ達と会合した事、コボルドに追われる村人にニイロ達が気づき、すぐに救援に向かった事、そしてコボルドを追ってきたらしいギガントライを発見し、それを殲滅した事を、時々トビンの補足を挟みながら順を追って説明した。
話し終えると、さしものダグも流石に疲れたように「ぶぅ」と息を吐き出し、冷めてしまったハーブティーを一気に呷る。
聞かされたアデッティの方も、常識外の事柄の多さに整理がつかないのか、暫く声が出せないでいたが、やがて搾り出すように言った。
「正直、信じられないわ。信じられないけど、こうして証人もいることだし、本当のことでしょうね。その、ギガントライを1発で屠った武器・・・・・・」
「90mm対戦車有線誘導ミサイルです」 即座にサクラコがフォローする。
「うむ・・・・・・その、90mmナントカというのは、具体的にどのくらいの威力があるの?」
「そうですね。貫通力に特化したものですから、普通の鉄の壁ですと約50cmほどは貫通できます」
「てっ、鉄で50cm!? そんなもの、王城の石の城壁では耐えられるか・・・・・・!」
サクラコの解説に全員が息を呑む。
「危険だ! そのような物を持つ者を野放しにしておくなど・・・・・・」
突然、立ち上がって吠える騎士の一人に、ダグが割って入る。
「だからってどうするよ? 力ずくか? この嬢ちゃん一人でさえ、抑えきれないぜ? あの戦いを見たら・・・・・・俺だって勝てる気がしねえ」
サクラコは、目の前で自分達の脅威論が交されているというのに、顔色一つ変えず、平然としている。
もっとも、それはサクラコが人間ではないということに大きな原因があるのだが、周囲の人間(ハイ・オーク含む)達は知る由も無い。
そんなサクラコを薄気味の悪いものを見る目で眺めながら、アデッティは言った。
「・・・・・・現場は見れる?」
「ああ、まだコボルドもギガントライも死骸が転がってらあ。実際、片付けようにも数に対して人手が無さすぎるんだよ・・・・・・ 当然、人手は出してくれるんだろ?」
「それは約束します。元々ギガントライ対策に募集も掛けてあるから人数も揃うわ」
それを聞いてトビンが安堵の溜息をついた。
このまま死骸を放っておけば、それを目当てに余計な害獣まで村の近所に呼び込んでしまうことになる。村長として懸念だったのだ。
「それと、この娘と一緒に討伐に当った・・・・・・ ニイロとか言った? 彼にも会って話を聞きたいし、その倒した武器の威力も見てみたいのだけど、可能?」
アデッティにそう聞かれて、ダグはサクラコを見た。
ニイロの様子はサクラコにしかわからない。
その視線に応じるようにサクラコが口を開いた。
「ニーロに会うのは、彼が目覚めるまで待って頂きます。これはニーロの健康を管理する者として譲れません。
武器の使用に関しても、ニーロの許可無く使用することは、非常時を除いて許されていませんので、こちらもニーロが目覚めるまで待って頂きます」
その言葉に、今度は今まで黙っていた護衛騎士達が口を挟んだ。
「さっきから待て待てと、いったい貴様は何様だと言うのだ!」
「そうだ! リュドー代官であるスコバヤ殿をいつまで待たせると言うのか!」
いきり立つ騎士達を、アデッティが手で制する。
「いいのよ。これ程の偉業を成したのだから、疲れもするでしょう。でも、ただ待つのも時間の無駄だし、先に現場を見ましょう」
そう言って場を取り成した。
これ幸いとダグも乗る。
「そうだな、案内するわ。嬢ちゃんはアイツに着いててやんな。こっちは俺一人でいい。んじゃ、早速だが行こうか」
そう言って席を立つと、一行を促して先に部屋を出て行く。
サクラコは、そのダグの姿に一礼すると、部屋に残ったトビンにも礼を言い、ニイロの元へ向かうのだった。
◇ ◇ ◇
ダグに先導されてコボルドの襲撃現場に到着したアデッティ一行は、その凄惨な状況に言葉を失っていた。
職業柄、死体には慣れている騎士達も、その死骸の数の多さに中てられて青い顔をしている。
「これを本当に3人で?」
騎士の一人がダグに聞く。
「ああ、そこの木のところの10匹くらいは俺がやったけどな。残りはニイロと、あの嬢ちゃんの仕事、半分以上はあの嬢ちゃん一人の仕事だな」
「いったい、何者なんだ・・・・・・」
「さあな、ニイロが言うには、あちこち見てまわってる探険家? とか言ってたが、よくわかんねえ」
「俺、あの娘と戦わなくて良かったわ・・・・・・」
騎士の片方が呟く。心の声だったのかも知れないが、思わず口に出したことすら気づいていないようだ。
「まあ、ここはこんな感じだな。見てわかると思うが、あいつらの武器は剣や槍じゃねえ。ナントカジュウとか言ってたが・・・・・・要するに弓矢みたいに遠くからでも攻撃できる魔道具らしい。
しかし、そのスピードは弓矢なんかの比じゃなかったぞ。あれじゃあ、狙われたら逃げらんねえ」
「それ程か・・・・・・」
やっとアデッティが搾り出すように声を出した。
「ああ、ほれ、そこのやつや、これを見てみろ。体の一部が吹き飛んでるだろ? 弓矢じゃこうはならねえ。威力も弓矢の比じゃねえってこったな。 ・・・・・・んじゃ、ここはもういいだろ。次はメインディッシュだ」
そう言って、ダグはギガントライとの戦闘現場へ案内すべく歩を進める。
アデッティ一行は、もうお腹一杯という感じだが、そういう訳にも行かずダグに着いて次の視察地点へと向かった。
次の現場に到着すると、一行の頭上に現場保持の為に残されていたクラブ・ワンが降下して来る。
その異形にアデッティと騎士達に緊張が走るが、それをダグが何でもないかのように制して言った。
「ああ、大丈夫だ。あれもニイロの僕? 部下? まあ、そんなようなもんだ」
そう言ってクラブに向かい、「ごくろーさん」と声を掛けて手を振ると、クラブは「ピポッ」と返事をして、再び上空警戒に戻っていく。
「あんな風にな、どうやら言葉は理解するらしいんだわ。『ぷー』とか『ぴー』とかしか言わないが、返事もするしよ」
「あんなのもいるのか・・・・・・」
しばし上空を遊弋するクラブを見ていた一行だが、気を取り直し、改めてギガントライの死骸を検分する。
死骸はいずれも頭蓋を砕かれ、周囲には獣臭や血臭と共に、コボルドの時には無かった肉の焼けたような臭いが勝ちこめていた。
「魔法でも無理ね」 アデッティの呟きに、ダグが答える。
「ああ、表面は魔法で焼けても、この分厚い骨を砕くのは無理だ。俺のハルバートでも、これだけ砕くにはどれだけ掛かるか・・・・・・ しかし、これをやったのが、たったの一撃だったのを、俺はこの目で見てるからな」
その時、上空から突然、「パン!」という破裂音が響いてきた。
思わず全員が緊張して空を見上げるのと同時に、今度はかなり離れた別の場所から「ギャンッ!」という獣の断末魔の叫びが聞こえてくる。
どういうことかと顔を見合わせる一行に、素早く真相に気づいたダグが解説してみせる。
「多分、死骸漁りの獣だろう。肉の焼けた臭いもしてるしな。それを上のアイツがヤったんだろうよ」
そう言って上を指差すと、そこにはクラブがフワフワと浮かんでいた。
暫し呆けたように、宙に浮くクラブを見ていたアデッティだったが、ふと目に光を宿すと、ダグに向かって言った。
「私はこれから即座にリュドーに取って返し、ルードサレンのダスターツ伯へ連絡して指示を仰ぐ」
「えっ? ニイロにゃ話を聞かなくていいのか?」 ダグが言う。
「いや、もちろん聞きたいけど、まだ目覚めておられないようなら、機嫌を損ねる訳にはいかないわ。その場合は、ジウロ、貴方が責任を持って、私が戻るまで村に滞在して頂くか、リュドーの街までお越し下さる様、丁寧にお願いして頂戴」
突然指名された護衛騎士の一人は、大慌てて異議を唱えた。
「えっ? 私が、でありますか?」
「そうよ。いい? 相手はその気になれば、王国を滅ぼすことさえできる武力を持っていると考えて。兎に角、相手の正体と目的がハッキリするまで絶対に機嫌を損ねては駄目よ。丁寧に、王侯貴族に接するように対応しなさい」
そんなやり取りを聞きながら、ダグとしては「そんな大層な」と呆れ気味に思うのだが、それを言っても仕方が無いと別方向からフォローしておく。
「まあ、まだ短い付き合いだけんどもよ、王国を滅ぼすなんて、アイツはそんな物騒なことはしないと思うぜ? 何せ、ギガントライの群れだって、最初は殲滅じゃなく追い帰すって言ってたくらいだしよ」
「それならそいれでもいいのよ。でも、最悪は考えておかないと」
「そりゃそうなんだろうけどな。ちなみに、アイツは仰々しい対応は嫌いみたいだぜ? その辺が俺とも合ったんだけどよ」
「そう、それは良いことを聞いたわ。ジウロ、ダグ殿とも協力して対応に当って頂戴。頼んだわよ」
「ちょっ、俺もかよ!」
そう言うが早いか、ダグの抗議を無視して、アデッティは一刻の間も惜しむように村へと踵を返した。
ジウロと呼ばれた騎士は、「はあ・・・・・・」 と返事をしたっきり、所在無げに、去っていくアデッティとダグを交互に見比べている。
「俺、別に仕事あるんだけどなあ・・・・・・」
ボヤくダグと、事の展開についていけてないジウロ、2人は仕方なく目を合わせると、互いに溜息をつきながら、トボトボとカジユ村の方へと歩き出した。
これにて第一章の区切りとなります。
次回から第二章ですが、その前に一週間ほど時間を頂きまして、次回更新は9月20日(木)を予定しています。
途中、体調次第ではありますが、これまでの登場人物紹介の投稿を挟むかも知れません(未定)
ここまで御覧頂き、有難う御座いました。