第8話 初陣
ニイロとダグは、倒木や灌木で足元の悪い林の中を走っていた。
とは言っても、行く手を遮る木々を迂回し、低層の枝や灌木を、案内役のニイロがその手に持つマチェットで切り払いながらの事であり、なかなか思うようには進めていないが。
前方からは、早くも先行したサクラコの放つ銃声と、幾つもの敵の絶叫が響いていた。
「クソッ、もう始まってやがるのか!? あの嬢ちゃん、早すぎるだろ! にしても、何だあの音は!」
初めて聞く、木々に木霊して響いてくる銃声に戸惑いつつ、行く手を遮る枝を、得物のハルバートで薙ぎ払いながら、ダグが苛立った声で叫んだ。
やがて、一本の木の根元に倒れ込んだ若者2人を、その背後に匿いながら、トラッドC77の小銃弾と、TC12Sの散弾を巧みに使い分けて敵に対応するサクラコの姿が視界に入って来る。
「待たせたサクラコ!」
その姿を目にしたニイロは、サクラコに呼びかけつつ、手に持ったマシェットを鞘に納める時間すら惜しんで、手近な敵に向かって投げつけ、代わりに背中のトラッドC60自動小銃を手にする。
物語の主人公ならば、格好よく敵に突き刺さるのだろうが、実際は木立に邪魔され敵の注意を引き付けただけで、ニイロに気付いた敵は、手に持った蛮刀を振り上げ、意味不明な唸り声でニイロを威嚇して来た。
そこで初めて、落ち着いて敵を観察することが出来たが、尖った鼻と大きな三角形の耳が目立つ。
その体躯は小さく、個体差はあれど、人間であれば小学生くらいの大きさの薄汚れた青灰色の亜人だ。
粗末ながら服のようなものを身に纏い、ガウガウと、声と手振りで仲間同士のコミュニケーションを取っているらしき事から、ある程度の知能はあるらしい。
「うおっ、狗人族かよ! もうこんな所まで降りてきてやがったのかい」
追いついたダグが言う。後半の意味は不明だが、狗人族という言葉に、ニイロは驚いて聞き返した。
「えっ? あれって狗人族なのか」
ニイロにすれば、この世界の亜人は初めて見るものばかりである。
てっきり、小鬼族かな? と見当をつけていたのだが、どうやら違ったらしい。
ニイロの感覚からすれば、かなり無理矢理な解釈にも思えるが、言われてみれば、確かに、前に突き出した鼻と大きな耳は、狗頭に見えなくもなかった。
「応よ! ちと数が多いが蹴散らすぞ!」
そう言って前に飛び出そうとするダグを、ニイロは慌てて引き留める。
「待て! ここから前に出られるとサクラコの邪魔になる。ここは任せて、あの2人の護衛に回ってくれ! サクラコ、そっちの2人の容態はどうだ!?」
ニイロはサクラコの後ろに倒れている若者2人を指さして、ダグに指示しながら、自分はサクラコの射線に対して共同で十字砲火を形成できる位置に移動しながら、次々と林を抜けて殺到するコボルドを、バーストショットで撃ち倒していく。
「見たところ2人共に軽傷ですが、詳しい診断はまだです!」
サクラコは、その身体能力を遺憾なく発揮して、次々と襲い掛かって来るコボルドを、単発で1匹づつ、確実に仕留めながら、ニイロに答える。
彼女の前には、7.7m弾で頭を吹き飛ばされ、ショットガンで腹に大穴を開けられたコボルドの死体が、まるで道を成すように転がっていた。
「ダグがそっちに着いたら、交代して、2人の診察と手当を!」
その指示に、サクラコは「了解しました!」 と短く応え、ダグも「よし、あっちは任せろ!」 とだけ応えて、余計なことは言わずに指示に従ってくれた。
サクラコは言わずもがなだが、傭兵であるダグが素直に指示に従ってくれるのは、ニイロからすれば非常に有難い。
次々に撃ち倒されながらも、初めて見る銃という武器を、武器として脅威に感じる知性が無いのか、それともそういう習性なのか、コボルド達は全く怯んだ様子もなく、林の中からワラワラと湧いて出ては倒されるという惨劇を、いつ果てるかともなく繰り返していた。
(まるでゲーセンの射撃ゲームだ)
ニイロにとっては初めての実戦に昂りながらも、相手がコボルドという亜人だからなのだろうか、どこか冷静な自分が頭の奥で呟く。
人間相手だと、こうはいかないだろうなという予感もあるが、今はそれを考えても仕方が無いと頭から振り払い、機械的に撃ち倒していく。
見ると、サクラコと交代したダグが、未だ倒れたままの若者2人と、診察するサクラコを背に庇いながら、巨体に似合わぬスピードと、ハルバートという得物の長いリーチを生かし、殺到するコボルドを、文字通り薙ぎ払っていた。
コボルドの襲撃は途切れることなく続いたが、それも散発になり、いつしか周囲は薄暗くなっていた。所謂、黄昏時だ。
周囲に転がるコボルドの死体は既に100近い数であり、コボルドの獣臭と錆びた鉄のような血の臭いの入り混じった、不快な空気が辺り一面に立ち込めている。
疲れを知らないサクラコは兎も角、ニイロは初めての実戦から来る緊張で疲労困憊だったが、コボルドの襲撃も止まったようで、やっと一息つける間が出来ていた。ちなみにダグはまだまだ元気一杯で、鼻息も荒く周囲を警戒している。
ニイロは、やっと出来た間を機会に、多機能ゴーグルをナイトビジョンモードに切り替えて周囲を警戒しつつ、同時に表示されているミニマップを拡大して周囲の状況を確認する。
あれだけ多かったコボルドは激減しており、あと数匹もいないが、直線距離にして1km程の地点に、コボルドや人間より明らかに巨大な点の動きがあるようだ。
ミニマップに表示されるその数は12体だが、薄暗くなった空と、周囲の木立もあって肉眼では確認できない。
直ちにクラブ・ワンに指示を出し、上空からの映像を見ると、見たことのない毛むくじゃらの巨体を持った生物が確認できた。
「サクラコ、2人の様子はどうだ? 大丈夫なようなら、少しの間だけ周囲の警戒に当たってくれ。 そしてダグ、ちょっとこっちに来て、これを見てくれないか?」
「はい、こちらは大丈夫です。意識はまだ戻りませんが、バイタルも安定。命に別状は有りません」
サクラコはそう言うと、脇に置いていた銃を持って、周囲の警戒に当たる。
代わってダグが、「何だ?見せてぇものって」 と言いながらニイロの所にやって来た。
ニイロは腰の亜空間ポーチを操作して、中からベータ・アースでは一般的なデザインの10インチ携帯端末を取り出して、クラブ・ワンから送られてくる上空からの映像を表示して見せる。
それを見たダグは映像を見ると、目玉が飛び出るほど驚いて声を挙げた。
「うおっ! 何だよこりゃ、絵が動いてる!? こんな魔道具初めて見るぞオイ!!」
(あ、そうか。驚くとこ、そこかー)
ダグの様子に、考えて見れば当たり前の反応かと思いつつも、ニイロは本題へと軌道修正を行う為に説明する。
「うん、いや、魔道具と言えば魔道具なんだけど、今はそこじゃなくって、映ってるこの角付きの毛玉のオバケを見てくれ。この画面だと分かりにくいかも知れないが、全長10m近い怪物だ。こいつが、この先1kmくらいの所に10匹以上いるんだよ。こいつは危険か?」
そう尋ねられて、ダグが改めて映像を凝視する。
最初はしきりに眉を顰めたり、首を捻っていたが、その内に、はたと何かを思いついたのか、目を見開き、驚愕した表情でニイロニ告げた。
「こりゃ上から見てるんだな? それでピンと来なかったが、大きさから言って、こいつは恐らくギガントライだ。本来はもっと北に住んでるんだが、寒くなると、時々南下してくる。
普通は単独、運が悪けりゃ番の2匹で行動してるが・・・・・・ 1、2、3・・・・・・ こりゃ10頭以上いるな。こんな数は俺も今まで見た事ねえ。
恐らくだが、さっきのコボルド共が何かして、それで追いかけて来たか・・・・・・ コボルド共も様子が変だったしな。
基本は大人しいが、ちょっかい掛けたり、何かの拍子で突進を始めたら厄介で、普通は単独でいるところを、でかい落とし穴に落として突進止めてから仕留めるんだ。
だから、こいつを仕留めるには1匹相手でも100人近い人手が必要で、準備も無しに突進始められたら、もう止まるまでは逃げるしかねえ。危険なんて生易しいシロモノじゃねえよ」
その話に、ニイロも眉を曇らせる。
アフリカ象の倍の巨体を持つとはいえ生物だ。正直に言えば手持ちのポーンとクインを動員して、全滅させるのは難しくないと思える。が、大人しい生物なら、何とか駆除せずに事を収めたい。
たった今、コボルドを殲滅しておきながら今更、と言われるかも知れないが、ニイロはこの世界に大量虐殺をしに来たわけじゃない。
「ではどうする? 今は暗くなって止まってるみたいだが、朝になって動き出す前に、何か打てる手はあるか?」
ダグは首を左右に振って、ニイロの希望を否定した。
「無理だ。もう村に近すぎて人手を集める時間も無えし、時間があったとしても10頭以上なんて数じゃ穴を掘る場所もねえ。どうしたもんだか…… 上手く村から逸れても、行く先で大事になるのは目に見えてる。
取り敢えず、朝になってまた進み始める前に、急いで女子供を逃がす算段をした方がいい。
それと急いでリュドーの街の代官に知らせて、領軍を動かしてもらうくらいしか、今は考えつかねえよ」
悔しそうにダグが言い、ニイロは決断した。他に手段が無いのであれば、自分たちがやるしかない。
村人を村から一時的に避難させても、状況によっては村に甚大な被害が及ぶ可能性は高いように思える。
貴族の嫌われっぷりを見ても、この世界で弱者の為の福祉政策が充実してるとは思えないし、これから冬に向かう季節を、村人達が無事乗り越えられる保証は無い。
「わかった。あのデカブツは俺達で対処する」
これは害獣駆除だ。ベータ・アースに於いても、街近くまで降りてきた猛獣を、已む無く射殺駆除することは毎年行われているのだから。
ニイロがそう言うと、ダグは驚いてニイロを見つめる。
「おいおい、話聞いてたのかよ。あいつをやるにゃあ、1匹相手だって100人くらい人が要るんだぞ? それを嬢ちゃんと2人でやるなんざ自殺行為以前の話だ。
だいたい、何でそこまでする必要がある? アンタにゃ何の柵も無えんだから、さっさと逃げりゃいいじゃねえか。
確かに嬢ちゃんもアンタも強い。それは見て納得した。しかし、むざむざ死にに行くのを、はいそうですかと見送れるもんかい! ……おい! 嬢ちゃんも笑ってねえで止めろよ!」
そう言って食って掛かるダグに、ニイロは苦笑しつつ答えた。
「何でって…… 何でだろうなぁ? まあ、無駄に死ぬつもりは無いし、ちゃんと目算は付いてる。それにしても……アンタ、いい漢だな」
突然の誉め言葉に、ダグは目を白黒させて絶句する。
「な…… 何を……」
「まあ、今は時間が惜しいし、あの怪我人2人を担いで村に急ごう」
そう言って行動を促すニイロに、まだ目を白黒させたままのダグは、言葉もなく従った。
所在無げに、ふとサクラコを見ると、サクラコもにっこりと笑いながら、自慢げにダグに言う。
「大丈夫です。ニーロに任せれば問題ありません」
◇ ◇ ◇
未だ意識の戻らない村の若者2人を担いで、ニイロ達が村に到着した時は、既に日はとっぷりと暮れていた。
ダグとニイロが手分けして、一人づつ担いで来たのだが、一向に戻る気配のない意識を心配してサクラコに聞くと、意識が戻らないのは鎮痛剤の効果だから心配無いということだった。
一人は背中にやや深い傷を負っているが命に別状は無く、止血と消毒、造血剤の投与と、傷口を医療用のテープで留めて手当してあり、もう一人は足首に骨折があるので、患部を特殊樹脂のギプスで固定し、2人共に鎮痛剤を投与したのだそうだ。
ちなみに、ニイロが回復魔法は無いのかとダグに聞くと、「そんな都合のいいもん、あるもんかい!」 と、にべもなく否定された。
魔法で火や水は出せるのに、治療だと都合のいいもん呼ばわりとは、ニイロからすれば、「解せぬ……」 という思いを捨てきれなかったが。
村に到着すると、トビンから話を聞いた村人達が、篝火の焚かれた村の広場に集まっていた。
中心にはトビンがおり、その後ろにはトビンが説明し易いようにファージ・ワンが控え、ファージ・ツーとファージ・スリーは、それぞれ村の入り口の警護に当たっている。
トビンは村に帰着すると、急いで主立った村人達に異常を知らせて回り、広場に村人が集まった所でファージの存在を説明したり、今日あった出来事を詳しく説明していたのだが、その内、遠くから今まで聞いた事のない破裂音が響き、それがいつまでも止まないことから、不安がる村人を宥めつつ、3人の帰りを待っていたのだそうだ。
これからの手順は、村への道すがらダグに説明してある。
ニイロとサクラコは、早急にファージとクラブの装備を整え、夜が明けてギガントサイの群れが動き出す前に引き返して、村に被害の出ない方向に誘導しながら群れを殲滅する。
そしてダグは、万一に備えて、これから出来るだけ早く村人達を引き連れてリュドーの街に避難させると同時に、リュドーの街の代官に早馬を走らせ、緊急事態を知らせる。
これが、今、出来ることの全てだった。
ここで少し驚かされたのは、トビンがカジユ村の村長だったことだ。
村長自身が村の外に出掛けていたとは思っていなかったが、予め信頼を築いていたお陰で、事情を話し、村人達に徹底させる手間が随分と省けたのは助かった。
ニイロとサクラコは、手分けをしてファージとクラブに武器を搭載していく。亜空間ポーチから予備機のファージとクラブも引っ張り出し、ファージ4体、クラブ4機の2個小隊+サクラコが、このニイロ支隊の全戦力だ。
最初、ニイロとしては、麻酔弾の使用も考慮したが、サクラコによれば、あれだけの巨体を10頭以上も眠らせるだけの麻酔剤は装備の在庫に無く、それならば、せめて数体でも、という提案には、眠らせて捕らえても、その後の処置を考えれば殺すしかないというダグの言葉に諦めざるを得なかった
そこで、それならばせめて、長く苦しませることのないように、と、オーバーキル気味の装備で挑むことにした。
ファージには、メイド・イン・アルファ・アースの90mm対戦車有線誘導ミサイル発射機を装備させる。本来は、対ドラゴンを想定した装備で、実際にドラゴンに対する効果も確認済みとのこと。
有線誘導というと、少し旧式のイメージがあるが、実際に旧式の在庫処分品である。国際科学技術管理局は学術研究機関であって軍隊ではないのだ。予算の都合もあるし、武器の調達は本職ではないので仕方が無い。
1機につき、1発づつキャニスターに入ったミサイルが4発装備出来るので、合計16発。誘導はファージのAIが行うし、10頭のギガントライに1体1発以上の余裕もある。
如何に巨体とは言え、本来、戦車を相手にする対戦車ミサイルに1発以上耐える生物が、そうそういるとは思えなかったが、念には念を入れてクラブの装備も整える。
クラブ4機には、50口径12.7mm機銃を1丁づつ、弾薬300発と共に装備させた。
武装が少ないように思えるかも知れないが、元々クラブ達は非軍事用の探査機を、ニイロの支援用にと急遽改造したもので、ペイロードにそれほど余裕が無いのが一因である。
それでも、対物ライフルにも使用される物と同じ50口径の弾丸の徹鋼弾、それも連射を食らえば、どんなに分厚い頭蓋であっても物理的に打ち抜けないとは思えない。
ニイロ自身は、より軽量の携帯用60mm対戦車ロケットランチャーを2本担ぎ、サクラコには50口径対物ライフルを持たせて準備は完了だ。
サクラコの装備はクラブの物と同じ50口径だが、より貫通力に優れた弾薬を使用する為に、連射の効かない単発リロード仕様となっている。
ニイロとサクラコの装備はあくまでも予備であり、咄嗟の事態に備える物で、今回、ニイロ自身が前に出る予定は無い。その前に片が付くと考えている。
夜が明けるまで後2時間程、という時刻になって、なんとか準備を整えたニイロ達は、どうしても着いていくと主張するダグを伴って、急ぎギガントライの群れが屯する地点へと取って返した。
着いてこられてもすることは無いと最初は断ったのだが、村人の先導は村の自警団で事足りること、村の危機に誰も関係者がいないのでは事後の報告もできないことなどを主張されれば、絶対にニイロの指示に従うことを条件に、それ以上無理に断ることも出来なかった。
現地に到着すると、夜明けまでは1時間弱。
事前の打ち合わせ通りにファージとクラブの配置を済ませ、いよいよ攻撃開始を待つのみとなる。
彼我の距離は約400m。十分、有効射程距離だ。
ここに来て、タクティカルゴーグルの暗視・拡大機能で映し出されたギガントライを、ニイロは初めて落ち着いて観察することが出来た。
(おや? これって・・・・・・)
改めて観察したその姿に、ニイロは思い当たることがある。
幼い頃、図鑑で見たあの姿に被るものがあった。
「なあ、サクラコ、このギガントライって、もしかしてあの有名なトリケラトプスの親戚じゃあ・・・・・・」
その質問に、サクラコは、やや興奮気味に答える。
「確かに、あの体毛が無ければセントロサウルス類の想像復元図に似ていると思います。後頭部の鰭状突起も確認できますし、そうであれば大発見ですよ! 後でサンプルを回収出来たら分析してみましょう」
もし、当たりであれば、このガンマ・アースの分岐時期が、遅くとも恐竜絶滅以前という推測が成り立つ。
(恐竜が絶滅しなかった歴史か・・・・・・)
ニイロは思いを馳せるが、今は目の前に集中すべきと思い直して体勢を整える。
そして時間だけが過ぎていくが、ギガントライの群れに動きは無く、辺りは秋の蟲の声だけが響いていた。
ダグも息を殺してギガントライの群れが屯する方向を睨んでいる。
(このまま元いた処に帰ってくれれば・・・・・・)
ニイロとしては、それが一縷の望みだったが、その希望も虚しく、夜明けを前に起き出したギガントライ達は、最悪の方向、カジユ村に向けて移動を開始する。
(已む無し、か)
ニイロは決断した。
ゴーグルに備え付けられたインカムを通じて、ファージ達に攻撃の指示を出す。
同時に4機のファージから3発づつの対戦車ミサイル12本が、パスン!という気の抜けた音と共に発射され、一瞬の間の後でロケットモーターに火の入ったミサイル達は、一旦、木々を避けて頭上に舞い上がり、それぞれの目標に対して上空からのトップアタックとなって、それぞれ目標の個体の上に降り注いだ。
「ぶもぉぉぉおおおおっ!」
「ぎゅぃぃいいっ!」
突然降り注いだ成形炸薬弾の雨に、ギガントライ達は、その脅威である突進に移ることもできず、爆炎が上がると同時に頭蓋を打ち砕かれて次々と大地に倒れ伏していく。
「おいおいおいおいおい・・・・・・」
その惨劇を目の当たりにしたダグは、衝撃の余り「おい」としか言葉が出てこないようだ。
次々と断末魔の悲鳴をあげて倒れ伏すギガントライの姿を、ニイロは痛ましいものを見る目で、しかし、決して目は逸らさずに見つめ続けた。
これは害獣駆除だ。
動物愛護の精神と、人里に害をなす鳥獣駆除に反対するのは別のことだ。
例え、それが元々動物達のテリトリーであった土地に、人間が後から踏み込んだせいで起こった軋轢であっても、そこに人が生活する以上、害獣駆除は行われる。
だから、ニイロは決断し実行した者として、最後まで見届けた。
斉射後、一旦間を置いて、その効果を確認したニイロは、第二射の必要無しと判断してファージを下がらせると、まだ息のあるギガントライに対して、長く苦しめることのないように、上空のクラブに止めを刺すよう指示した。
その指示に従って、生き残ったギガントライに止めを刺すクラブを傍目に、ニイロは、まだ呆けているダグに向かって疲れた表情で言った。
「終わったよ」
立ち昇る獣臭と血臭、肉の焼ける臭いに気分を悪くしながらも、ニイロは何とかリバースすることなく村への岐路に着くことができた。
そもそも、リバースしようにも、ガンマ・アースへと転送された後、何も食べていないことに気づく。
(そういや何も食べてなかったなあ。1~2時間気絶してたっきり睡眠も取れてねえ。ブラックにも程があるだろ・・・・・・)
そんな事を思いながらも、すっかり夜が明けた空を見ながら、現場にはクラブ・ワンとクラブ・ツーを現場保全と上空監視に残し、残るクラブ2機とファージ全機、サクラコとダグを連れて村へと戻った。
途中、あまりの空腹に、亜空間ポーチから保存食のチョコバーを取り出し、齧りながら歩くが、ダグにも分けて食べさせた時の反応が、異世界モノのテンプレ通りだったのにはニイロも笑った。
こちらに転移して、初めての、心からの笑いだったかも知れない。
やがて村に到着したが、村人達はトビン村長と自警団(とは言っても只の腕自慢の若者数名に過ぎないが)に率いられてリュドーの街に向かっており、誰も残ってはいない。
まだ体力に余裕のあるダグが一行を追いかけて事情を説明する役を買って出てくれたので、後はダグに任せ、精神的に疲労困憊だったニイロは、村の広場の隅に簡易テントを張って休ませてもらうことにした。
ダグは、村長の家にでも泊まらせてもらえばいいと言ったが、そこは日本人的感覚として、余程親しい友人ならともかく、昨日今日会ったばかりの知人宅に、本人の留守中無断で上がりこむことには躊躇もあったので、丁寧に断ってテントで寝ることを選んだ。
いそいそとテントを張ってくれたサクラコに礼を言い、テントに入ると寝袋に包まって横になる。
すると、一つ二つ呼吸する間に、ニイロの意識は無へと反転した。
テントのすぐ横で控えていたサクラコは、ニイロがテントに入ってすぐに寝息が聞こえてきたことを確認し、ふと優しげな表情を浮かべると、音を立てないよう、静かに立ち上がった。