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第6話 再会

 街道の左手に広がっていた草原は、いつしか幅10メートル程の川を挟んだ向こう側になり、右手にあった森も、今は林と言っていい規模のものに成り代わっていた。

 太陽は、やや西に傾いてはいるものの、まだ夕方と言うには早すぎる。


 そんなロケーションの中を、馬車は何事もなく、のんびりとカジユ村へ向けて順調に進んでいた。


 この間、ダグからは、何もない空中に突然現れたクラブ・ワンや、それを操る(?)ニイロの素性についての質問があったり、ニイロの方からも、この地域についての様々な情報をダグとトビンから入手したりで、なかなか有意義な時間であった。


 クラブ・ワンについては所謂ゴーレムっぽいもので、ニイロ自身は魔法は使えず、クラブ・ワンが突然現れたのもニイロの魔法ではなく、クラブ・ワン自体に姿を消す能力があり、驚いて攻撃されないよう姿を隠していただけと説明して納得させた。


 また、ニイロは見聞を広げる為に各地を旅している探検家だということにしている。ダグには、「それって儲かるのか?」 などと不思議がられたが、そういう話に大金を出す好事家もいるんだと説明したら、思いの外あっさりと納得したので、誰かそういった人物に心当たりでもあったのかも知れない。


 得られた情報の中では、特に度量衡と時間単位、貨幣価値については早期に調べておかないと不便だったので、ニイロとしては大いに助かった。


 度量衡については、アルファやベータのメートル法のように、地球を基本としたものではなく、あくまでも人の指の長さや歩く歩幅等、人が一日で食べる食糧の量など、人間本位の単位が使われている。


 時間については、一年単位だと、所謂太陽暦で、これはニイロにとってもスムーズに受け入れやすいので助かった。ただ、一日の時間については、あまり細かい設定は使われていないようで、少なくとも庶民の間では、一日を十二刻として、約二時間毎に区切り、細かい時間は『十、数える間』とか、『百数える間』のような使い方がされているようだ。


【作者注:作中の度量衡や時間等の表記に関しては必要な場合を除き、利便性を考えメートルや24時間単位等に変換して表記します。ご了承下さい】


 貨幣については、石貨・青銅貨・銀貨2種類・金貨2種類が一般に流通しており、石貨は5個で青銅貨1枚、青銅貨は100枚で小銀貨1枚、小銀貨は4枚で大銀貨(銀貨)となり、銀貨は10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で大金貨(金貨)となるそうだ。

 単に銅貨と言えば青銅貨のことであり、同様に銀貨、金貨と言った場合は、それぞれ大銀貨、大金貨を言う。


 現代の貨幣ではあまり見られない四進法や五進法が十進法と混在しているところから、ニイロが「凄いややこしいな」と顔を顰めて言うと、ダグは「そうかい? 慣れだろ慣れ」と笑い、トビンも笑いながら頷いていた。


 ちなみに、石貨と銅貨を見せてもらったが、石貨は直径1cm程の、石というよりは緑掛かった、出来の悪いガラスのオハジキに刻印の押された物で、銅貨も材質が銅になった以外は石貨とほぼ同じ物だった。

 普段の生活では、石貨と銅貨だけで事足りるらしく、それ以上の貨幣については生憎と手持ちが無いそうで、現物を確認することは出来なかった。

 使っても大銀貨止まり。小金貨は勿論、大金貨などは見る事すら稀だそうだ。


 この世界の魔法については、事前の調査の通り、かなりの数の亜人を含む人間が魔法を使えることが、証言として得られた。

 ただし、その殆どは、指先にマッチの炎程度の火を発現させるのに30分以上の時間が掛かったり、コップ一杯の水を満たすのに1日が必要だったりと、とても実用に耐えうるシロモノでは無いそうだ。


 実用に耐えうるだけの魔法を発動できるのは、数千人に1人か2人といった具合で、そういった人物は特に魔導士と呼ばれ、ダグが普段拠点としているリュドーの街に2人。今、向かっているトビンの住むカジユ村には1人もいないそうだった。

 ちなみに、ダグとトビンも使えないことはないそうだが、ニイロが見せて欲しいと頼むと、トビンには、馬車を操りながらだと一日頑張っても無理だと笑いながら断られたし、ダグには「面倒臭い」の一言で切り捨てられて膠もなかった。


「ま、そんなに見たけりゃ2~3日カジユ村にいるといい。おっつけ仲間が2人やって来る手筈になってんだが、片方がリュドーの街でも数少ない魔導士だかんな。

 なあに、あの女は魔道具馬鹿(マニア)だし、あそこに浮かんでるアレでも見せたら、喜んで魔法くらい使ってみせるだろうさ」


 そう言って肩越しに親指で、上空やや後方をフワフワ浮いて追尾しているクラブ・ワンを指してみせた。


 そんな自分に話が振られたからでもないだろうが、進む馬車の後方上空で速度を合わせながら飛んでいたクラブ・ワンが、急に高度を下げて「ピポッ」とニイロに注意を促す。

 ニイロがクラブ・ワンを見上げると、クラブ・ワンはその場でクルリと方向転換して、装備されているマニピュレーターで遥か後方を指し示した。


 その様子に、ダグ達との会話を止めて後方を見やると、ニイロ達が通ってきた街道を、サクラコと装備コンテナを搭載した状態で三機のファージ達が、無限軌道による走行で、もうもうと土煙を上げながら追ってくる姿が確認できた。


 サクラコは、控えめな飾り気で紺色の、足首丈のエプロンドレスにブーツ、腕には赤十字のマークが目立つ腕章。

 頭には服と同じ紺色の、コック帽にも似た大き目のナースキャップという、大正期の従軍看護師かとツッコミたくなるようないで立ちで、先頭のファージが頭上に抱える装備コンテナの、そのまた上で仁王立ちになってこちらを見ている。


 それぞれ共通のグレーのボディーに、識別用に赤、青、黄色で色分け塗装された、ファージ・ワン、ツー、スリーのセンサーの詰まった頭頂部。それに、向かい風にバサバサと翻るスカートと、ナースキャップからはみ出たサクラコのピンクの髪は、遠目にもよく目立つ。


「おいおいおい、なんだよ、ありゃあ……」


 後ろを眺めたまま視線を戻さないニイロの様子に、同じく後方を振り返ったダグが呆れたように呟いた。


 この街道の状態ならば、おそらく時速三十キロ程は出しているだろう。

 道路がアスファルトで舗装され、自動車が主な移動手段であるベータ・アースの常識から見れば、時速三十キロというスピードは、遅いイメージがあるかも知れないが、未舗装のデコボコ道を徒歩、早くても馬車が一般的な移動手段であるガンマ・アース人からすれば、これは相当に常識外れなスピードだ。


「心配ないよ、俺の仲間だ」


 ニイロはダグとトビンに知らせる。ただし、サクラコのあの格好については、後でハイマン教授(はんにん)を問い詰めると心に誓いながら。


「なんだか、今日は色々驚かされるねえ……」


 ニイロの仲間と聞き、馬車を止めてから振り返り、後方から追ってくる異形達に気付いたトビンも、少し疲れたように呟いた。別に驚かせようとしている訳でもないし、むしろその逆なのだが。


 見る見る追いついてきたサクラコ達一行は、互いの顔が認識できるくらいの距離まで来るとスピードを落とし、代わりにファージから飛び降りたサクラコが、勢いよくニイロに駆け寄ってきた。


「ニーロ! よくご無事で!」


 サクラコはそう言いながら馬車に飛び乗り、ニイロの様子を観察するが、特に異常の無いことを確認すると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。


「ああ、そっちも無事で良かった。紹介しておくよ、こちらがハイ・オークでリュドーの街のダグさんと、カジユ村のトビンさん。気を失って倒れてた所を助けて頂いたんだよ。

 そして、彼女はサクラコ。俺の仲間で、後ろにいる三体はファージって言うんだ」


 ニイロはダグとトビン、サクラコに、それぞれお互いを紹介する。


「そうですか、それはどうも有難うございました」


 サクラコはダグ達に丁寧に頭を下げて礼を言う。

 礼を言われた方の二人は、まだ衝撃から立ち直っていないのか、やや戸惑った風に言葉を返した。


「い、いや、礼を言われるようなこっちゃねえさ。なあ」


「そう、そうですよ、当たり前のことです」


 そんな二人の様子に苦笑しながら、ニイロはトビンに馬車を先に進めることを促した。


「まあ、荷物も届きましたし、お礼もしたいので、先に進みませんか?」


 そう促されたトビンも同意して、前を向き直すと馬車を進める。


「サクラコ、俺、まだこの毛布の下、素っ裸なんだよ。『サクラコに全レベルの装備アクセスを許可』するんで、俺の服と装備を取ってくれ。装備は俺とサクラコの分のA装備。ファージとクラブは後で落ち着いてからやるので現状のままでいい」


 ニイロはサクラコに指示を出したが、これには逆にサクラコが疑問を呈してきた。


「えっ? 宜しいのですか? 別に全レベルでなくても服だけなら……」


「いいんだ。ちゃんと考えてのことだよ」


 ニイロは、ただそれだけをサクラコに伝える。ダグとトビンの耳があるということもあるが、わざわざサクラコを信用してるから、などと陳腐な言葉にするつもりも無かった。


「……わかりました」


 それだけ言うと、馬車に並走するファージに積んであるコンテナに飛び移り、素早く蓋を開けて装備品をチョイスして取り出すと、再び馬車に飛び移って装備をニイロに渡す、という作業を数度繰り返した。


 そんな二人の様子を、興味深く黙って眺めていたダグだったが、サクラコがアクロバットを披露し始めると、感心したようにニイロに話し掛けた。


「すげえ身の熟しだな、あの嬢ちゃん。それに、あの格好にしても初めて見るし、見たところ着てるもんの質も、詳しくはねえが見たこと無いくらい上等に見える。あんなのを連れて旅してるって、アンタ、ホントに貴族様じゃねえのかよ」


 そうは言われても、本当に貴族ではないので他に言いようもない。

 ニイロはサクラコの取ってくれた服や装備一式を身に付けながら、苦笑しつつ答えた。


「ホントにホントさ。俺個人は正真正銘の単なる一般人だよ。まあ、装備やら何やら(・・・)は、俺の国のパトロンが用意してくれたもんだから、一般的とは言わないけど」

 サクラコが実は人間でないことは、あえて言わない。


「はー、エラい気前のいいパトロンを見つけたもんだなあ、オイ」

「その分、命がけな部分もあるけどな」

「そりゃ全てに美味い話なんて、ありゃしねえよ。どこだって一緒だ」


 そんな話をしながら、ニイロはテキパキと装備を整えていく。


 上半身は複合素材を用いたボディーアーマーを、ガンマ・アースの世界観にある程度寄せた、茶褐色のレザーアーマー風のデザインに改修した物を装備し、下半身はカーキ色のカーゴパンツとクラシックタイプのブーツ。

 腰のベルトにはウエストポーチタイプの亜空間ポーチを装着し、頭には合成樹脂製のヘルメットと、インカム一体型の多機能ゴーグルを装着した。


 ヘルメットは特殊樹脂製のカーキ色の、いわゆる鉄帽(テッパチ)タイプに近いデザインで、ゴーグルもサバゲーのゲーマーが付けているような、コンバットゴーグル、或いはタクティカルゴーグルと言われるタイプのデザインになっている

 ニイロ個人としては、レザーアーマーっぽいボディーアーマーに、このヘルメットとゴーグルは似合ってなくない? とも思うのだが、ちょっとセンスのアテにならない、ハイマン教授を筆頭にした装備部の連中はともかく、シンシアも『カッコイイです!』 と絶賛してたし、自分のセンスに自信があるわけではないので我慢することにしている。

 シンシアの上司でもあるアデル女史が、何も言わずにただ首を振っていたのは忘れることにして。


 武装は基本のA装備ということで、メイド・イン・アルファ・アースのライン・インダストリー社製トラッドC60自動小銃をメインウエポンに選択した。

 外観は、ベータ・アースでは失敗作に終わったケースレス弾を使用するG11アサルトライフルに似た、直線を主体にしたデザインで、装弾数は三十発。G11と似ているのはデザインだけで、G11と違って普通の薬莢を使った弾薬を使用する。


 このライン・トラッドCベースシステムは、銃身ユニットとマガジンを交換することで、5mmから7.7mmまでの数種の口径に対応できる。軽量で一番小さな5mmを選択していないのは、大型のモンスターに対する可能性も考慮してのチョイスだ。

 同じ理由で、人間以上の膂力を持つサクラコには、トラッドCの77タイプを装備させた。7.7mm弾を使用して、装弾数50発のドラムマガジンを装着している。

 口径が大きくなれば、当然重量も増加して取り回しが悪くなり、携帯できる弾薬数も減るのが常識だが、そこは人間が前提の話であり、サクラコの能力であれば大した問題にはならない。


 さらに、トラッドCベースシステムのオプション装備として、2人共にアンダーバレルショットガン、TC12Sを装着している。

 TC12Sは、トラッドCの銃身下部に追加する装弾数5発の散弾銃で、12番ゲージと呼ばれるサイズの一般的な散弾を発射することが出来る。

 他に40mmグレネード弾を発射できるTC40Tと迷ったが、今現在の周囲の状況から、森林内での戦闘を想定して、より近接戦闘向けのこちらを選択した。

 ファージとクラブの装備を整えて戦力化すれば、2人がここまで重武装にする必要は無いのだが、他に同行者のいる今は、その時間的余裕が無いので我慢だ。


 予備のサブウエポンは、ニイロ、サクラコ共に、これもメイド・イン・アルファ・アースのエンリケ・ファイアー・アームズ製10mm小型自動拳銃で、外観的にはこれといった特徴も無い、ベータ・アースで言うとグロックシリーズに似たデザインの自動拳銃で、性能的にも近いと言っていい。

 これをニイロは腰の後ろのホルスターに、サクラコは肩から襷掛けにした、ベージュ色のやや大きめのショルダーバッグに仕舞い込む。


 このサクラコのショルダーバッグは、一般的なカメラバッグのように対衝撃性が多少優れている程度で特殊な機能などは無い。他に即応用の医療機器や医薬品なども仕舞い込まれているらしい。

 ニイロは転送前の事前チェックでは見たことが無かったので、どうしたのかサクラコに聞くと、転送前にシンシアの私物をプレゼントされたのだそうだった。


 さらに、ニイロ個人の所有物として、装備部に特注で作ってもらったマチェットを、ナイロン製のソフトシースに刺して腰に吊るした。

 全長60cm弱、刃渡り40cm強程の、特注とは言っても普通の刃物用ステンレス鋼を打ち抜いて刃を付け、反射防止のコーティングをしただけの、特に性能が良かったり、特殊な機能があるわけでもない単なるマチェットだ。


 ニイロ自身は一応、剣を使った戦闘訓練は受けたものの、自分が強いとは全く思っていない。ただ、中世の皮鎧風のいで立ちなのに、剣の一本も腰に差してないのはどうなの? という、気分的なものに過ぎず、武器として使う気は毛頭無かった。


 後は、予備の弾倉や様々なツールなどを、それぞれ所定の位置に取り付けて完成だ。


 装備について、基本的にベータ・アースではなくアルファ・アース製が選択されているのは、調達の容易さからである。

 ニイロが聞いたところによると、個人携帯火器類について性能的にはほぼ同等、取り回しなどの使い勝手や使い心地についてはベータ・アース製に僅差で軍配が上がる、という評価で、一般兵の役割の大半が軍事用AM、ロボット兵器に置き換えられたアルファ・アースでは、どうしても人間が実際に使う個人用の銃火器の開発は後回しにされがちなのが原因だった。


 ただ、そう極端な差がある訳ではなく、目安として口径の近いベータ・アース製の銃火器と同等くらいの性能と思っていれば、そう間違っていない。

 多少使い勝手が劣っても、今後、どれくらい長期に渡るかわからない任務の現状では、合法的な調達に難のあるベータ・アース製よりは、確実に調達できるアルファ・アース製になるのは仕方のないことだった。


 一通りの装備を終えて、色々聞きたくてウズウズしてそうなダグに向き直ると、やはり、それを待ってましたとばかりにダグが質問しだした。


「そのショートソードがお前さんの得物か?」


 やっぱり武器が気になるのだろう、ニイロの腰に吊るしたマチェットを指さしながらダグが尋ねる。


「これ? いや、まあ、武器としても使えるけど、これはマチェットとかブッシュナイフって言われるもので、森なんかで枝打ちやら藪開きの下草刈りに使うものだよ。普通は武器として使用されることは無いね」


 ニイロは、腰に吊るしていたマチェットを、ナイロン製の鞘ごと外してダグに渡しながら説明した。

「変わった革? 布かこれ?」受け取ったダグは、最初、鞘の素材のナイロンに驚き、続いて鞘からマチェットを抜き放ってしげしげと眺める。


「ほう、見た目以上の重さはあるが、全体としてはけっこう軽いな。しかし、確かにこれで戦うにゃあ、ちと貧弱かねえ。

 グリップも俺の手には小さすぎる。しかし、こりゃ素材はただの鉄じゃあねえな? この素材で普通に剣を作りゃ、相当な業物が出来そうだ。枝打ちくらいで使うのは勿体ないんじゃねえのか?」


 マチェットのブレードは、長さの割に意外に薄く、3mm程度しかない。グリップもニイロ個人の手に合わせてあるので、2m近い体躯のダグだと確かに持ちづらいだろう。ただ、素材がこのガンマ・アースでは一般的でないステンレス鋼なのは気になったようだった。


「実際、普段使いの消耗品だよ。刃は普通の鉄じゃなくてステンレスって言われてる特殊な鉄だけど、手入れしなくても錆びにくいから、俺の国では普通に使われてるものさ」ニイロは答える。


 その答えに、ダグはマチェットを鞘に納め、ニイロに返しながら「しかしよ、するってえと、見た目はともかく、ほぼ丸腰って訳か? 余計なお世話かも知んねえが、いくらなんでも不用心すぎねえか? いくら護衛のゴーレムがいるとはいえ、あれだってどこにでも連れて歩けるわけじゃねえだろうしよ」と聞いて来た。


 その問いに答えたのは、今までニイロとダグのやり取りを、ニイロの横で黙って聞いていたサクラコだった。


「大丈夫です。ニーロは強いですし、今後は私もいますから!」


 勢いよく立ち上がると、両手を腰に当て、高らかに力強く宣言して見せた。

 突然の横槍に、驚いた顔でダグはニイロとサクラコを見比べるが、サクラコは自信満々の表情で、ニイロはやれやれと少し困ったような顔で苦笑している。

 そのニイロの表情を見れば、ダグもわざわざサクラコの宣言に正面から否定してケチをつけるような大人げない真似はしない。


「まあ、確かに嬢ちゃんのさっきの身の熟しを見たら、相当な手練れだってことぐらいは俺にもわかるぜ。でもよ、得物はどうすんだ? リュドーの街まで行けば、手頃な武器も売ってるが、今向かってるカジユの村じゃあ、ロクな武器なんざ入手できねえぜ?」


 ダグにそう言われると、サクラコはキョトンとした顔で、タクティクカル・スリングで背負っていたトラッドC77自動小銃を正面に回し、人のいない方向に向けて構えて見せる。


「武器なら、これがありますが?」


 すると、今度はダグがキョトンとした顔をする番だった。


「これって、それ、武器だったのかよ……」


 ダグはサクラコの構えるトラッドC77自動小銃を指さしながら言った。

 ダグからすれば、刃も無く剣には見えないし、鈍器としても余計な突起が有りすぎる。弓にしては弦も矢も見当たらず、杖にしたって中途半端な長さだ。これを武器と判断するには、ダグの常識とはかけ離れ過ぎていた。


「そういやニイロも同じもの持ってんな。てことは魔道具? どうやって使うんだよ? (つえ)えのか?」


 ダグが興味津々と言った態で聞いて来る。どうやら、ダグの中のニイロは魔道具使い、という位置に落ち着きかけているようだ。

 ニイロとしては、ここで銃の威力を見せること自体は全然問題無いと思っているが、ただ遠くに向けて撃っただけでは分かりづらいだろうし、手近な動物を探して撃つにも、単なるデモンストレーションで無益な殺生をするのは気が乗らなかった。


「うーん、使って見せるのは別に構わないんだけどな……要するに矢の(やじり)だけを遠くに、高威力で次々に飛ばせる道具だと思ってくれ。単に飛ばすだけじゃ弓の良し悪しなんて分かりにくいだろ?」


「ほー、するってえと弓使いみたいなもんか。まあ、手の内を全て晒せなんて無茶は言わねえよ」


「ああ、別に見せたくないって訳じゃないし、機会があったら見せるよ」


 そう言ってダグには納得してもらったが、サクラコの方は、どうやら射撃の腕を披露したくて、やる気満々だったらしく、何やら不満気だ。

 ニイロは苦笑しながらも、なんとかサクラコを宥めて座らせると、相変わらずガタガタゴトゴトと揺れる馬車の進行方向を眺めやる。

 日は大分西に傾いているが、日没にはまだ2時間弱程度あるだろう。


「そろそろ村に着くのかな……」


 そう呟いたニイロに、珍しくダグではなくトビンの方が答えた。


「そうですねえ。あと少し、日没前には余裕で着きますよ」


 やはり、自分の村に帰るからなのだろうか、その声は少し弾んでいるようにも思える。


「この辺は初めてなんだろ? よくわかったな」 ダグが少し不思議そうに言った。


 実は、ニイロの多機能ゴーグルの内側には、並走している3機のファージ達や、上空を、高度を不規則に変えながら追尾しているクラブ・ワンから送られてくる、レーダーと映像データから構築されたミニマップがリアルタイムで表示されている。

 それによれば、馬車の進む方向の約5キロ程先に、周囲を堀と柵で囲った小さな集落があるのが確認できた。

 柵の外側にも畑らしい耕作地があるようで、幾人かの村人らしき輝点(ポインタ)が動いている。近いものは、もう間もなく視界でも捉えられるだろう。


「ああ、この辺は初めてだけど、ちょっとばかりズルしたからね」


 そう言ってニイロは笑ったが、ゴーグル内に表示されるマップの輝点の動きを見て、その笑いをすぐに引っ込める。

 同時に、サクラコが馬車の進行方向右手側、林の奥に視線を向け、ニイロに短く報告した。ニイロの見ているデータは、サクラコも同時に見ている。


「追われているようです」


 その緊張感を伴った声に、ダグは素早く得物のハルバートを掴むが、まだ状況が掴めずに鋭い視線でサクラコとニイロの様子を窺う。


「間違いない?」


 一応、サクラコに確認を取る。


「はい、恐らく」


「クラブ・ワン、偵察を。お前はまだ非武装だから戦闘は回避。」


 ニイロがゴーグル内に表示されるポインタに視線入力で目標を設定し、上空のクラブ・ワンに指示すると、クラブ・ワンは「ピポッ」と返事をして目標上空に向かっていく。

 ニイロは、それを目で追いつつ、サクラコに向かって短く聞いた。


「行ける?」


「はい、行けますが、それではニーロの護衛が……」 と、サクラコは少し渋る様子を見せる。


「俺も後を追うが、時間が命だ。先行してくれ。それに、俺は強いんだろ?」


 そう言われると、最後はにこりと笑顔を見せるニイロの言葉に、サクラコは反論出来ない。


「わかりました。向かいます。なるべく早く追いついて下さいね」


 サクラコは言うと同時に馬車から飛び降りると、あっと言う間に林の奥へと姿を消す。

 それを見送ったニイロは、右手に広がる林の奥を指さしながら、ダグに向かって状況を説明した。


「時間が惜しいので手短に言うと、あの林の奥で誰か2人が、何かに追われてるようだ。追手は30以上で、まだ増えてる。サクラコに救出に向かってもらったけど、俺も追う。ダグはどうする?」


「何だと!? その数は放ってはおけん。俺も行くが……その数に嬢ちゃん一人で先行させて大丈夫なのかよ!?」


 ダグは即座に決断する。


「よし、それじゃ行こう、サクラコなら大丈夫。トビンさんは、このまま村に向かって下さい。護衛にファージ達を付けますから、先に村に着いたら村の人達に説明をお願いします。ファージ達も頼んだぞ」


「ピポッ」「ピッ」「ピュイッ」 ファージ達は、それぞれビープ音で了解の意思を返す。


「ああ、わかったよ。そっちも気を付けて」


 村人の危機かも知れないと聞いて狼狽えていたトビンも、ニイロの指示に戸惑いを見せながらも従ってくれた。

 馬車を飛び降りたニイロとダグは、サクラコの後を追い、林の奥へと突き進んでいった。

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