第39話 コレムロの泉
ギリギリですが、予定より、1日だけ前倒し更新です。
「これは、さっきの空を飛ぶ魔人形が、今現在見ている映像です。これを見た限りじゃ、言われるような反乱は起こっていないようですね」
とにかく急いで連れて行ってくれという、スーメリアの懇願によって、仕方なく特殊輸送車両への同乗を許可し、運転をサクラコに代わってもらって北ルート最大の水場であるコレムロの泉へと向かう車内で、10インチの携帯端末に映し出された、クラブから送られて来る映像を見せながら、ニイロが説明する。
焦りのあまりか要領を得ないスーメリアの話を、なんとか整理して理解したところによれば、傭兵による反乱は時間の問題であり、既に起こっているかも知れないということだったが、どうやら杞憂だったようだ。
しかし、今、この瞬間に暴発しても不思議ではなく、戦力は傭兵側が約20人に対して、騎士側はズナークが殺されて残るは9人(スーメリアを含む)に、非戦闘員として奥方様と呼ばれる女主人と赤ん坊、それに世話係の侍女達が3人いるそうだ。
水場の周囲には、隊商の休憩用に1棟の簡易な長屋のような木造の建物があり、その前方に先の襲撃で1台だけ残った馬車と、それを囲むように幾つかの幕舎が建てられている。
どうやら、騎士の一行は長屋を使い、傭兵達は幕舎を利用しているようで、周囲には10人ほどの傭兵達の姿も見えるが、その配置や体の向き、動きからして、外敵に備えるというよりは長屋の方に注意が向いているのは確かのようだった。
「でも、間違いありません。この動きは、合図で奥方様達のいる建物の出入り口を塞ぐつもりでしょう。この建物の出入り口は2ヶ所。正面と、正面から見て右手の側面。
貴重品を狙っているでしょうから、火をつけることはしないと思うけど・・・・・・それに、馬車も押さえられていては、徒歩で奥方様達を連れ出せても逃げ切れない」
10インチの携帯端末の映像を食い入るように見ながら、スーメリアが言った。
「ただ、さっきも言ったように、我々は援軍の要請に応じてここに来たんじゃありません。我々は、我々の目的があってここにいるのだし、冷たいと思われるかも知れないけど、国のいざこざにまで首を突っ込む気は無いですからね?
もし、彼等が本当に騎士の皆さんを襲うようなら手助けはしますけど、配置が怪しいからと先制攻撃なんか出来ませんよ?」
と、ニイロはスーメリアに釘を刺す。
スーメリアの話を信じるならば、サリアの誘拐を目論んだのは三男のオルグス派で間違いは無いようだが、スーメリアのような末端の騎士の立場ではそれほど深い話は通っておらず、単に『王国の英雄と言われる凄腕の異邦人を味方として招聘した』という程度の話になっているようだった。
首謀者の特定には、もう少し上の立場の人間に話を聞くべきと判断し、スーメリアの言う『奥方様』であれば、多少は詳しい話を聞けるかも知れないと同行を承諾したのが現状だ。
「それは・・・・・・それは仕方がないです。無理は言えませんから。
それに、私の魔道具があれば人数の不利も多少は補えますから、今は一刻も早く合流して、必要ならばここで傭兵達を解雇してから、少数でこのエズレン回廊を抜けるしか・・・・・・ない、の、でしょうね・・・・・・」
落ち込んだ様子でそう話すスーメリアだが、ニイロがそれに対して言う言葉も無かった。
ニイロ達にも都合があるし、下手な安請け合いでぬか喜びさせても責任の取り様が無いのだから、今は流れに任せるしかないのだ。現実の物事は、なかなか物語のように都合良く回ってくれない。
「とにかく、もう15分ほどで到着するんで・・・・・・って! 動いた!?」
手元の10インチ携帯端末には、2手に別れて長屋の2ヶ所の出入り口を封鎖するように動く傭兵達の姿が映し出された。
音声までは拾えていないが、室内から放たれたと思われる矢を受けて倒れる傭兵の姿も見える。
「くそっ! あと少しだったって言うのに!」
珍しくニイロが毒づいた。
内心、傭兵達が暴発する前に、異邦人であるニイロ達が現れることで、それが一時的にでもガス抜きとなって暴発を未然に防げるかも? と、それこそ皮算用していたのが無駄になってしまったからだ。
もちろん、実際にそう上手くはいかないだろうことも予想はしていたが、本当に現実の物事は、なかなか物語のように都合良く回ってくれない。
「急いで! 急いで下さい!」
スーメリアが焦燥の声をあげた。
エズレン回廊北ルート、最大の水場であるコレムロの泉。
周囲は切り立った崖に囲まれた、南北に20m、東西に50mほどの空き地の中央に、湧き水によって形成された瓢箪型の小さな池があり、そのほとりに簡易な木造の、長屋のような建物があるだけの殺風景な場所である。
旅人が夜露を凌げる為だけの目的で建てられた長屋には窓すら無く、池側に面した正面の出入り口と、もう1ヶ所、側面に出入り口が設けられているだけだ。
内部も特に仕切られおらず、誰かが置いていったのか、古い戸棚とテーブル、椅子が数脚あるだけ。最大でも十人程度が雑魚寝できる程度の広さしか無い。
あくまでも、水の補給のついでに、一晩だけの逗留といった程度に利用されるものだった。
「ウルト、盾はしっかり押さえろ! サズイール、頭を上げるな! 矢ぁ食らいたいのか! コービン、そのテーブルと戸棚は横の入り口の盾に持っていって、そっちの入り口は塞いでしまえ!
矢は大事に使え! 数が無いんだ、確実に相手の数を減らすことだけ考えろ! あっちの人数さえ減らせば、腕はこちらが上なんだからな!」
正面の入り口を挟んで激闘を繰り広げる騎士達の後ろで、騎士達の団長であるグラスバールが声を枯らす。
大柄な体躯に、癖の強い茶色い髪を長く伸ばした様子は、厳つい顔とアンバランスにも見える。
その肩には、不意打ちで食らった矢が未だに突き立っているが、矢を抜く暇も惜しいとばかりに指示を飛ばしていた。
傭兵達の幕舎に、条件の話し合いに赴いた際、交渉が決裂して長屋へと戻る隙を突かれて受けたものだ。
そんな彼に、背後から女性の声が静かに呼びかける。
「グラスバール」
「はっ!」
振り返ったそこには、白髪に瘦身の女性、スーメリアに『奥方様』と呼ばれる、カーヒア・ファナ・ハイドナ子爵夫人の毅然とした姿があった。
ハイドナ子爵夫人は、3人いる侍女の内、最も年長の少女に赤子を抱かせて自らの後ろに控えさせ、残る2人の少女を両脇に、勇気付けるように両手で肩を抱いている。
「傷の手当を。交渉は決裂したのですね?」
グラスバールは、そう言って傍らの侍女を肩の治療に当らせようとするハイドナ子爵夫人を片手で押し止める。
「今は手当ては無用です。かえって動きにくくなる。
交渉の方は、予ねての打ち合わせ通り、この場で契約を打ち切り、ここまでの報酬に謝礼として1人につき小金貨1枚(40万円相当)を上乗せして支払うと提示しましたが・・・・・・やつら、こちらの足元を見て、1人当り大金貨5枚(2千万円相当)を要求して来ました。とても呑める額ではありません」
命を賭けた商売である傭兵にとって、現代人の感覚からすれば2千万円は決して高くないのかも知れないが、ガンマ・アース人の感覚からすれば破格の要求だ。
落ち延びる身とはいえ、子爵家であるからには、それなりの財産を持ち出して来ており、払えるかと言えば実は払える。
しかし、先行きの見えない将来に備え、払えるからと無秩序に持ち出していい財産ではないのだ。
当初の提示額である小金貨1枚にしたところで、事前の契約に基づいた報酬とは別に支払われるものであって、これだけでも十分以上の譲歩であった。
「大丈夫なのですか?」
それは肩の傷を気遣った言葉だったのか、それとも現在進行中の事態に対しての言葉なのか。
グラスバールは後者と判断して展望を語った。
「確かに敵の数は多いですが、今は敵の数を減らすことに集中しています。同数くらいまで減らせれば、戦いの腕はこちらの方が上です。
後は、正面にある馬車を奪回して、ソーコーまで落ち延びれば希望はあります」
「・・・・・・そうですか。わかりました。今はお前達だけが頼り。頼みます」
そう言ってハイドナ子爵夫人はグラスバールに頭を下げ、その様子に、侍女達が息を呑む気配が伝わった。
貴族である子爵夫人が、人前で準貴族である騎士に頭を下げることは通常有り得ないのだから。
「・・・・・・お任せ下さい」
グラスバールは、それだけを言って奮闘する部下達へと意識を切り替えた。
命に代えてなどとは言わない。
若い頃から目をかけてもらい、時に息子のように接してくれた子爵夫人を守ることは、グラスバールにとって極当たり前のことだった。
「ミジェン、どうだ?」
ハイドナ子爵夫人と話す間、グラスバールの代わりに外の様子を窺っていた部下の女騎士に様子を聞く。
「今のところ突っ込んでくる様子は無いけど、こっちも打って出れば、あっという間にボヤニの実(ベータ・アースで言う毬栗)ですよ」
「火は?」
不安にさせることを恐れて子爵夫人には言わなかったが、グラスバールが一番心配しているのが、長屋に火を付けられることだ。
一応、貴重品の類は長屋内に持ち込んでいる為、金銭目的の傭兵達が火を放つ可能性は低いとは思っているが、絶対に無いとも言い切れない。
傭兵達からすれば、ここでオルグス派の残党を壊滅させたとして、ゼールス派なりザルーク派から恩賞を受け取るという選択肢もあるのだ。
「その心配も、今のところ大丈夫みたいです。裏に回られて火魔法使われたら危ないけど、水場も近いですから、ボヤ程度なら私の水魔法で何とか」
「そうか。その時は頼りにしてるぞ」
「それより、ズナークとスーメリアは大丈夫でしょうか。あっちには傭兵も3人連れていったはず。2人なら易々とやられはしないと思いますけど・・・・・・」
ミジェンは残った騎士の中で、女性は2人だけということでスーメリアの事を心配していた。
こういった場合、敗者の女性がどんな目に遭うか、それがわからない彼女ではない。
「わからん。わからんが、向こうで何かあれば戻って来るはずだ。戻らないということは、ウルトの報告通り、我々を待っていると考えよう。
スーメリアがいれば、アレントの残した魔道具が使えるんだが・・・・・・ミジェン、あれは何とかならんのか」
残念ながら、腕力一辺倒のグラスバールでは、魔道具の知識について全く役に立たない。
残る騎士の中で、魔道士と呼ばれるまでの力は無いが、それでも一応は魔法を使えると言っていいミジェンしか、頼れる相手がいなかった。
「無理です。魔道士ならともかく、私程度じゃ使用者権限の書き換えは出来ませんよ。スーメリアが使えるのも、アレントの妹で、予め登録されてたからだそうですし」
ミジェンは申し訳無さそうに答える。
こうして話している間にも、入り口の、盾で塞がれていない開口部から飛び込んできた矢が、対面の壁に突き刺さる。
今のところ被害は無いが、こうしていては埒が明かない。何より、食料と水の問題があった。
長屋の中に持ち込んだ水と食料は1日分しかなく、大部分は表の馬車に積んだままだ。
このまま兵糧攻めに遭えば、数日であれば騎士達は耐えられるだろうが、子爵夫人と侍女達、何よりまだ乳離れすら済んでいない赤ん坊が耐えられない。
ベータ・アースでも、乳の出が悪かったり、母親を亡くした赤ん坊を、人間の母乳と成分が近い山羊の乳で育てたという例があるが、ここガンマ・アースでも似たようなもので、乳の為に連れている山羊(に似た動物)も、馬車用の馬と共に、馬車の近くに繋がれていた。
時間は敵に有利だ。ぐずぐずしていれば、帝国からの更なる追っ手まで来ないとも限らない。
「パーシ、残りの矢は何本だ?」
相手の隙を見ては矢を放っていた騎士に尋ねる。
「あと7本。1人は確実に仕留めたと思うのですが、後は向こうも警戒してて厳しいです」
(すると残りは恐らく16人か? こっちは8人。打って出るか・・・・・・)
腕の差があるとはいえ、相手は訓練用の動かぬ案山子ではない。剣を持ち、こちらを倒そうと襲ってくる人間だ。
それを倍近い人数を相手に、こちらが全員無傷で倒せると思うほど自惚れてはいない。
1人で2人を倒せばいいと言葉では言っても、向こうだって律儀に1対2で掛かってきてくれはしないし、実際に乱戦になれば、大きな被害が出るだろうことは必至だ。
しかも、ここで終わる旅ではなく、これから先も赤ん坊を含む5人の非戦闘員を抱えての逃避行である。
これ以上人数が減れば、確実に今後に差し支える。そう思えば、さしものグラスバールも迂闊な決断は出来ない。
そんな懊悩するグラスバールの耳に、更なる厄介事の知らせが飛び込んで来た。
「団長、あれ!」
慌ててミジェンが指差す方を見ると、傭兵達が陣取る馬車の周辺の、更に奥に見える断崖の壁に動くものが見えた。
大きさは2mほどで、鼻先の尖ったオオカミのような精悍な顔に、ジャガーのような靭な土色の体躯を持ち、雄は頭頂部から背中にかけて緋色の鬣を持つ肉食獣。
カモシカのように断崖絶壁をものともせずに渡り歩き、上から獲物を見つけると降りてきて、5~10頭ほどの群れで狩る。
性質は荒く、『引くことを知らない』とまで言われる凶暴な獣だ。故に、『エズレン回廊で最も遭いたくない相手』とまで言われる。
「ダイオスか! 厄介な!」
見れば、こちらへの攻撃に夢中で、周囲への警戒が疎かになっている傭兵達は、背後に忍び寄る7~8頭のダイオスに気付いていない。
一見、これで傭兵達が混乱してくれれば、膠着した事態を打開するチャンスなのだが、もし、混乱の中で移動の足である馬や、赤ん坊の命綱でもある山羊が狙われた場合、事態はより深刻度を増してしまう恐れがあった。
状況の変化に、グラスバールは即座に決断する。
「いいか、ダイオスが連中に襲い掛かったら、それに乗じて打って出る。
ウルト、お前はここで奥方様達を守れ。絶対に入り口を死守しろ。パーシ、お前はまず、ここから弓で馬と山羊を襲うダイオスがいたら優先して倒せ。今、馬と山羊を失う訳にはいかんのだ。矢が尽きたら遊撃に回れ。
残りは全員、俺に続け。ダイオスは厄介だが、まずは傭兵連中の数を減らすことを優先する。囲まれないよう注意しろ」
「「「「おう!」」」」
矢継ぎ早に出される指示に、全員が呼応した。
背後に迫るダイオスの群れに、傭兵達はまだ気付いていない。
やがて、群れのリーダーと思しき大柄な雄が、その緋色の鬣を靡かせて、傭兵の背後から一気に襲い掛かった。
「うわぁぁあああ!!」
「今だっ!!」
思いがけない伏兵に、傭兵達が大混乱に陥ったのを確認すると、ほぼ同時にグラスバールが突貫の合図を出す。
グラスバールを先頭に、6人の騎士が傭兵達に襲い掛かった。
騎士vs傭兵vsダイオスの三つ巴の混戦である。
怒号が飛び交い、血飛沫が飛び散る。どの陣営も、自分達以外は全部敵(餌)とばかりに、当るを幸いと剣(牙)を振り回す。
そんな乱戦の中、後方で警戒する弓騎士のパーシだけに全体を見通す余裕があった。
馬と山羊を襲うダイオスに警戒しつつ、味方の危機の度に声を枯らして警戒を促す。
案の定、手薄になった長屋の入り口にも、傭兵が隙有りとばかりに駆け寄るが、ウルトに指示して対応させつつ、自分の細剣を抜いて横から仕留めた。
「パーシ殿!?」
「悪いねウルト、今のは君のカウントだよ。事情が事情なんだから大目に見てくれよ? 全く正々堂々もあったもんじゃないね」
誰に対しての言い訳なのか、そんなことを呟きながら、戦場になった水場を見渡す。
全体的に有利に進んではいるが、味方の被害も皆無ではない。すぐにもこの場を離れて加勢に飛び出したいが、団長命令に背く訳にもいかない。
ジリジリするような焦燥が心を蝕む。
「ん?」
ふと、見張り台を築いた方の道に、見慣れないものが目に映った。
それは、頭の中で疑問を言葉にするよりも早く、物凄いスピードでこちらに突っ込んでくるように見える。
「・・・・・・あ?」
その、馬のいない箱馬車は、猛烈なスピードでウルトとパーシの守る長屋の前まで突っ込んで来た。
呆然と見つめるパーシ達をよそに、ちょうど長屋の入り口を塞ぐような形で急停車すると、横の扉が乱暴に開かれ、中から見知った顔が飛び出して来る。
「スー! スーメリア!?」
スーメリアは慌てて呼びかけるパーシに気付くと、必死の形相で詰め寄った。
「パーシ! 私の魔道具は!?」
「あ、ああ、それだったら出掛ける前から動かしてないから奥に・・・・・・」
スーメリアはそれだけを聞くと、パーシを突き放すように長屋の奥へと駆け込んでいった。
目を白黒させて戸惑うパーシと、出番すらないウルト。
そんな2人に、開け放たれた箱馬車の中から、やや緊張感の無い男の声が掛かる。
「えーっと、お取り込み中すいません。奥方様っていらっしゃいますか?」
その声に振り返ったパーシ達が見たのは、頭の先から爪先まで、見たことの無い奇妙な装備に身を固めた男と、目にも鮮やかなピンク色の髪をした少女の姿だった。
次回更新ですが、諸般の事情により予告を一時停止させて頂きます。
基本的に10~15日に1回程度のペースは変わらないと思いますけど、明言しておいて結果遅れるような事態だけは避けたいが為の処置です。
暫くしたら、また予告を再開するつもりではありますので、一時的なものとご了承下さい。
要するに、今月中にもう1回更新できたらいいなあ、と思いつつ自信が無い、と。
ヘタレですいません。