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第37話 ザルドの店

危ない危ない。元号変更の騒ぎに紛れて更新忘れるとこだった。

でも今回、少しだけ短めなのは、そのせいではありません。


 ソーコーの街の、酒場兼口入れ屋であるザルドの店。

 そのスイングドアを押し開けて、ドヤドヤと傭兵らしき一団が店に入って来た。


「ふぃー、やっと着いたぜ。マスター、エールと食いも・・・・・・うおっ!!」


 一団のリーダーらしき男が、カウンターに座るニイロとサリア、そしてその後ろに控えたファージ・ツーの姿を見て驚きの声を上げた。

 他の男たちも『何だ何だ』と一様に警戒と好奇心の声を上げる。


「あー、驚かせて申し訳ない。護衛の魔人形(ゴーレム)だけど、悪さしなけりゃ何も危険は無いから安心してくれ」


 騒ぎに気付いたニイロは、振り返ると、そう言って男達を安心させる。

 サリアはファージが他の客の邪魔にならないよう、自分の方に手招きして、少し端に寄るように指示していた。


「そ、そうか。いや、動いてる魔人形(ゴーレム)なんて、初めて見たから驚いたぜ。魔道具が自慢の帝国でも、実際に動く魔人形(ゴーレム)なんて見る機会は滅多に無いからなあ。

 見たこと無い格好だが、あんた達も帝国から来たのか?」


 サリア(少女)の指示を大人しく聞くファージに、男達の警戒も解けたようだ。

 8人の集団は、それぞれ4人掛けのテーブル2つに別れて座りながら(くつろ)ぐ体勢に入っている。


「いいや、逆だよ。これから帝国に行くんだけど、どのルートを取るか悩んでてね。それで色々と話を聞いていたところさ。

 北ルートでも無事に着いてる隊商(キャラバン)もあるって言うし」


「ああ、俺達も北ルートで来たんだよ。急ぎらしくて雇い主がどうしてもってな。今日一日休んだら、また明日からソータム(四カ国連合の一つ)まで強行軍だぜ」


 傭兵のリーダーは、やれやれと言った表情で愚痴を(こぼ)す。

 その愚痴に、仲間達が『まったくだぜ、あの強欲商人め!』などと賛同の気勢を上げるのを余所にして、マスターのザルドが横から口を挟んできた。


「ほう、お前達、北ルートで来たのか。それじゃあ、ちぃとばかり情報を提供してってもらおうかい。報酬はエール一杯無料にしてやるぞ」


 口入れ屋としても、仕事を斡旋する際に、近隣ルートに関する情報は重要だ。

 ニイロにしても渡りに船というやつで、おこぼれに(あず)かることが出来た。もちろん有料ということで、マスターには小銀貨を1枚握らせた上で。

 しばらくマスターによる事情聴取が行われた後、いくつもの印や書き込みがなされた、お手製のエズレン回廊のルート図を睨みながら、マスターが呟いた。


「こりゃあ、この水場に何かあるなあ」


 いくつかある北ルートの内、一番大きな水場を通るルートが怪しい。

 北ルートを無事に踏破した隊商(キャラバン)は、いずれもこの水場を経由しなかった隊商(キャラバン)に限られていた。


「回廊内では水場は命綱だからな。行方不明になってるような大きな隊商(キャラバン)じゃ、他の水場じゃ勝手が悪い。恐らくここを使おうとして災難に遭った可能性が高いな。

 逆に、無事に通れた隊商(キャラバン)の規模なら、無理にここを使う必要も無え。それで難を逃れたって寸法だろう」


 その内の水場を示す印の一つを指で叩きながら、マスターが予想を述べる。

 後はしばらく様子を見ながら、問題の水場を迂回させるよう通達して徹底させればいい。根本的な解決にはならないが、街としての信用は保てる。

 どこを通るかは旅人の自由なのだから、わざわざ費用を掛けてまで調査したり解決に乗り出す義理は無いということだ。

 一応、そういう結論に達し、ニイロとしてもそろそろお暇しようかと思案した、ちょうどその時、店のスイングドアを開いてサクラコがやってきた。

 それに気付いたニイロが手を上げてサクラコに合図すると、嬉しそうな表情で小走りに駆け寄ってくる。


「ふん、両手に花かい」


 その様子を見て、マスターがニヤリと笑う。『モゲちまえ』と小さく呟いたのは、最初から店にいた若手傭兵の年少組の1人だ。

 そんな外野は苦笑一つで無視して、ニイロはサクラコに声を掛けた。


「ご苦労様。変わったことは? あ、何か飲むか?」


「いえ、飲み物はけっこうです。後、いくつか報告したいことが」


 ニイロの隣、サリアと逆側の椅子(スツール)に腰掛けながらサクラコが答えた。


「じゃあ、来たばっかりで悪いんだけど、一旦出て、歩きながらでもいいかな? せっかくだから、他の店なんかも見てみたいし、サリアもいい?」


「はい! おっけえ? でしたっけ? こういう使い方でいいんですよね?」


 サリアが以前、ニイロに教えてもらった異国の言葉を交えて答えた。


「そうそう。気軽に『了解』って意味の返事するのに使うから、それで正解。オッケーってね」


「あ、それと後で、サクラコさまにお土産もあるんですよ。このお店のマスターが作ったお菓子。美味しいんです」


 サリアは土産用にと、この店のラスクを包んだ布の包みをサクラコに見せる。

 使い捨ての紙袋やビニール袋、包装紙などが無いので、こういった乾き物の場合は食料品であっても、風呂敷のように布で直接包むのが一般的だ。

 ベータ・アースの日本人が見れば、衛生面から顔を顰める者もいそうだが、この地ではそこまで神経質になる者はいない。

 こればかりは日本人が神経質すぎるのか、ガンマ・アース人が大雑把すぎるのか、微妙なところである。


「そう。それじゃ、それは宿に戻ってから一緒に頂きましょうか」


 そう言ってサクラコは優しく微笑む。

 2人の了解を得たことで、ニイロは手早く勘定を済ませ、3人でザルドの店を後にした。




 ニイロ達一行が去った後、ザルドの店では残った傭兵達が三々五々雑談に興じていた。


「しかし、見ない格好だったが、ありゃ何者なのかね」


「帝国方面に行くとか言ってたから、ソータルかカーレム辺りかね。四カ国連合の下(南)の方から来る人間は珍しいし」


「連れてる魔人形(ゴーレム)が凄かったな。帝国でもあんなの見たことないし、買えばいったい幾らの値が付くやら」


 そんなことを駄弁りながらエールを(あお)っている。


「サリアちゃんかあ・・・・・・可愛かったなあ・・・・・・」


 若手傭兵4人組の1人、フーセルトが呟いた

 リーダーと狸耳の獣人少年を除いた2人の内、背の高い方だ。年の頃は高校生くらいだろうか。


「うんうん、この辺じゃあ見ないレベルだよな。都会じゃああいう服が流行ってんのかな。俺らも都会で活躍できるくらい腕上げりゃ、あんな彼女も作れたり・・・・・・」


 背の低い方、バスレルが、しきりに頷きながら同意している。


「ならさー、声くらい掛けりゃ良かったじゃん」


 狸耳の獣人少年、ビーグが、テーブルに置かれた皿の木の実を摘みながら、横からツッコミを入れる。


「馬鹿言え。隣にあんな得体の知れないおっさんいるし、なんか魔人形(ゴーレム)もピポピポ言ってておっかないし。

 でも、あのおっさんと、どういう関係なのかな。親子くらい歳離れてそうだったけど、血が繋がってるようには見えなかったし、主人と使用人にしちゃあ親密そうに話してたし、まさか愛人とか?

 ・・・・・・って、ゼネル、どうしたのさ、さっきからずっと黙ってるみたいだけど」


 そう言って、先ほどから一言も発しないリーダーの若者に向かって、少し心配そうに尋ねた。


「んん? いや、なーんか、ずっと引っ掛かってるんだよ。さっきの連中のこと、どっかでちらっと見たか聞いたかした気がするんだけど・・・・・・思い出せなくて」


「え? なになに? 知ってんの? だったらもう一度、サリアちゃんに会えるチャンスがあったり!?」


 背の高い方の傭兵少年が、思わず身を乗り出しながらリーダーに聞くが、それに答えたのはリーダーではなく、カウンターから出てきた店のマスター、ザルドだった。


「ほう、ゼネルも少しは情報ってやつに気を使うようになったか? さっきのアレな、俺の見立てじゃ、あれが恐らく『ドマイセンの悪夢』だぜ」


 また何やらニイロの与り知らぬ二つ名が増えている。


「ドマイセンの?」「悪夢? なにそれ」


 ゼネルは何かを思い出すように眉を(しか)める。フーセルトの方は全く心当たりが無いようだ。


「ほれ、少し前に王国とドマイセンがやりあって、ドマイセンが酷い目に会ったって噂あったろ」


「・・・・・・思い出した! あれか、コルバエ(・・)ンとか言う所まで攻め込んだけど、そこでケチョンケチョンにされたとかって」


「おう、それだ。あの2人が入って来た時にピンときたぜ。あのケッタイな格好で、一応、腰から剣は下げてたが、使い込んでるようには見えなかった。

 それで何処かの商人かとも思ったんだが、あの連れてる魔道具(ゴーレム)を見てピンと来たね。あんなもん、そこらの商人がホイホイ連れ歩けるもんかい。

 噂じゃあ、あの男、魔道具(ゴーレム)を操って、1万(・・)の兵を退けたって話だ。

 それに、後から来た(むすめ)の髪の色、見たろ? ああ見えて、ドマイセンとビンガインの将軍2人を一騎打ちで討ち取ったって話だぞ?」


 ニイロだけならず、サクラコの方も謎の設定が増えていた。

 ビンガインのトール・ハルマインも、ドマイセンのオルフ・ヤノスも健在だ。と言うか一騎打ちなどしていない。


「ホントかよ。普通のおっさんにしか見えなかったぞ? 後から来た()もすっげえ美人だったけど、強そうには見えなかったけどなあ」


 背の低い方、バスレルは半信半疑だ。


「馬鹿言え。だからお前は半人前なんだよ。この先も傭兵家業を死なずに続ける気なら、もっと観察眼ってやつを養え。

 いいか? 普通はな、あのくらいの娘が、この手の店に初めて入る時は、例え先に知り合いがいると知ってても何がしかの緊張ってもんが出るもんだ。

 それが、あの娘ときたら、その辺の小間物屋や乾物屋に入る程度の緊張すら見せねえ。実際、先に来てた方の娘っこは、男と一緒でもそれなりに緊張してたしな。あれが『普通』であるもんかよ」


「ふーん、おかしいと思ったんだよ。だから、ドケチな親爺(オヤジ)が、あんな小銀貨1枚(ハシタ金)で取って置きの地図まで見せてたし」


 ゼネルが納得したように呟いた。


「バーカ、ドケチは余計だ。北ルートに興味津々だったからな。これで上手いこと障害を取り除いてくれりゃ、調査に無駄金使わなくて済むし、そうでなくても現状維持。誰も損はしないだろ?」


 ドヤ顔でそう話すザルドに、ゼネルは呆れた様子で溜息をつくだけだった。




 酒場兼口入れ屋であるザルドの店を出たニイロ達3人は、連れ立ってソーコーの街の目抜き通りを散策していた。

 目抜き通りと言っても小さな街である。広場を中心に十数軒ほどの商店が軒を連ねただけの通りに過ぎない。

 これからエズレン回廊に向かう隊商(キャラバン)は、大量の水の補給が必要になるが、それは別の場所で行われているので、買い物目的で通りを歩く人影自体は疎らだ。

 そんな中を見るからに異質な格好(しかも異質中の異質な存在である魔人形(ゴーレム)のファージが先導している)をした3人が歩けば、(おの)ずから注目の的になるのだが、当の3人は既に慣れたもので、気にすることもなくそぞろ歩きを楽しんでいた。


「うん、ファノさんの所の対応はそれでいいとして、戦力追加は・・・・・・そっか、さすがに時間が掛かるか。ま、通っただけでも御の字としとこう」


「はい。申請自体は、バレットさんの後押しもあって、比較的スムーズに通ったということですから、時間については仕方ないかと」


 サクラコの報告にニイロが感想を述べる。

 現在、ファージ4機、クラブ4機の計8機となっている体制の増強をベータ・アースの管理局に対して申請していたのだが、それ自体は受理されたものの、追加の機体を用意するのに多少時間が掛かるという返事だった。

 本来、ファージとクラブはニイロ個人の護衛用として用意されたもので、常用各2機、予備機各2機での運用を想定されていた。

 それが諸事情によって、全8機での運用も視野に入れなくてはいけない事態が発生する可能性もあるということで、念の為に追加の申請だけでもしておこうという結論に達した結果である。

 それでも、軍事力というデリケートな問題も含むため、受理されないことも想定していたので特に問題は無い。


「それに、ニーロに続く追加の人員の選定も進んでいるということでした。ただ、これに関しては、人員が決まった後で訓練期間も必要ですから、少なくとも1年程度先の話になるでしょう。

 それまでに、こちらでの拠点の候補地を選定をしておいて欲しい、と。転送機を設置できれば、こちらからの標本(サンプル)を送れる体制が出来ますし」


「転送機の設置って・・・・・・そんな技術、俺には無いぞ? それに電源だって必要だろうし」


「その辺りの心配は向こうに任せれば良いかと。ベータでの設置のノウハウもありますから」


「わかった。じゃあ、他には何かあるかな?」


「はい。これは関係無いかも知れませんが、実は、この街でニーアーレイさんと(おぼ)しき人を見掛けました」


 思いがけない名前にニイロが聞き返す。


「ニーアーレイ?」


「はい。遠くから見掛けただけですので、声などは掛けられなかったのですが・・・・・・」


 遠くから、と言った際に、ちらりとサリアの方を見たことからして、ニイロにもファージ、またはクラブとの映像リンクによって確認されたのだと予想はついた。

 そのサクラコが言うのだから、その人物認識能力からしても人違いという可能性は低い。


「ニーアーレイさんがいたんですか? この街に?」


 ニーアーレイという名前にサリアも反応する。

 カジユ村からルードサレンまで、しばしの間ではあるが一緒に旅をした人物なのだ。サリアにとっても知らない人物ではない。


「ええ。あれはニーアーレイさんでした。間違いありません」


「ダグ達の話じゃあ、実家から急な呼び出し食らったとかで、ヨーネス大森林には同行しなかったんだけど、もしかして実家がこの街にあるってことかな? 俺はてっきり、王国出身だと思ってたけど」


「あ、ニーアーレイさんは王国の方じゃないですよ。微妙にアクセントが違いますもん。多分、ビンガインか、あの辺りの出だと思います」


 サリアが解説してくれた。

 この辺りの微妙な違いは、異邦人であるニイロには判別不能だ。サクラコにしてもデータ不足で断定出来ないでいた。

 現地の住人であるサリアならではの情報だ。


「そうなんだ。そういうのは外国人である俺らにはわかりにくいもんなあ。ちなみに、俺のアクセントはどう?」


「あー、ええっと・・・・・・その、何と言うか、棒読みっぽい? 感じがします。いえ、下手じゃないし、悪くは無いですよ?」


 ニイロの思いつきの問いに、サリアは言い難そうにしながら答えた。ただ、その答えは多少自信があっただけにショックだったが。

 しょんぼり肩を落とすニイロに、サリアが慌ててフォローを始め、その様子をサクラコは微笑みながら見守る。

 少しの間、優しい時間が過ぎた。


「それで、ニーアーレイさんはどうします?」


 ややあって、サクラコがニイロに尋ねた。


「どうする・・・・・・うーん、どうもしないよ。わざわざ探して御用聞きするのも、何か違う気がするし」


 友人と呼んで差し支えの無い間柄である。彼女が助力を求めるならば、喜んで手を貸す。

 しかし、彼我の移動力を考えれば、ニイロ達に用があって追ってきたとは思えないし、傭兵仲間であるダグもコズノーも置いてこの街に1人で来たのなら、彼女の個人的な用件に横から首を突っ込むのは逆に遠慮すべきだと思えた。


「そうですか・・・・・・そうですね、それでは、予定通りに明日の朝に出発ということで」


「あの、やっぱり北の危なそうな所を通るんですか?」


 恐る恐るサリアが尋ねる。

 ニイロがいれば大丈夫だという思いはあれど、だからと言って恐くなくなる訳じゃない。


「ううん。予定通り北ルートだけど、問題の水場は避けて最短ルートを行くつもり。

 頼まれて引き受けたのならともかく、わざわざ無用のトラブルに突撃する趣味は無いよ。ドラゴンの噂もデマの線が濃厚だし、問題の解決は(しか)るべき人達がやるべきだからね」


 どうやら酒場の親爺(オヤジ)の思惑は外れそうな気配であった。



次回更新は5月15日予定。

いやほら、世間はGW真っ最中ですし、少し間が欲しいなーとか思いまして。

もちろん前倒しを狙いはしますけど。


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