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第35話 ソーコーの街

予告日より1日だけ前倒しで更新。

たった1日、されど1日。


 ニイロ達一行がエズレン回廊の東の入り口に当るソーコーの街に到着したのは、メイルズ商会の隊商を盗賊団から救って2日後のことだった。

 これまでの行程からすれば大幅なスピードアップを図った結果だが、これはここまで、待てど暮らせど帝国からのアプローチが無く、どうやら帝国側は様子見に徹しているのでは? という予想に至ったからで、それならばさっさと乗り込んで片付けてしまおいうという結論に達した結果である。

 当たり前の話ではあるが、やはり現実は、相手がこちらの思惑通りに考え、都合よく動いてくれるとは限らない。それでも、ガンマ・アースに対する現地調査の仕事が捗ったと考えれば、特に悲観する必要も無いだろう。


 帝国中立派の使者であったチャク・ファノの言によれば、ニイロ達にチョッカイを掛けてきた帝国内の勢力は、『劣勢を挽回する為に、ニイロ達を利用しようと考えた』という話だった。

 そこから導き出される推論として、まず最大派閥である皇弟派は無関係と考えられる。

 残るは長男派と三男派で、これはまだ、どちらも情報が少なすぎて特定に決め手を欠くし、三男派は最近壊滅したと聞くが、残党が余計なことをしないとも言い切れなかった。


 兎に角、早急に情報を集めて首謀者を特定し、意図的に派手な決着をつけることで抑止力とする、というのが、ここ数日で至った結論だ。

 このまま手を引くことは弱気と取られて、かえって災いになる可能性があるし、目立たない方向での決着も考えたが、天秤に掛ければ派手にやった方が抑止力の効果は大きくなるという判断だった。

 ニイロ個人としては目立つことは避けたいが、周囲の安全と引き換えなら、その点は我慢もやむを得ないと納得した。




 ソーコーの街は、人口1000人程の小さな街だ。領主はおらず、どこの国にも属していない。

 人口が少ないことを逆手に取り、村長を中心に街の有力者による合議制で運営している。

 エズレン回廊の入り口という、交通の要衝ではあるのだが、水場に乏しく耕作地に適した土地も少ない為、それ以上の人口を維持することが厳しいのだ。

 ニイロ達一行は、ソーコーの西の入り口で、新たな集落への訪問では半ば恒例となった、『なんだありゃあ』『やあ、どうも』という門衛との会話イベントをこなし、街の北側にある宿を紹介されて、一旦そちらへと向かった。

 南側にも宿はあるが、最近、この街から分岐するエズレン回廊の北ルートが不穏なので、どうしても南ルートを選択する客が南側の宿に偏るので空きが無いということだった。

 特殊輸送車両(バス)を宿の馬車留めに入れ、部屋を確保すると、ニイロはサリアを連れて街中に情報収集へと繰り出すことにする。

 サクラコは他に仕事があるので留守番だ。


 まるで西部劇に出てくる荒野の街のような造りの通りを、ニイロとサリアは連れ立って歩く。

 これでタンブルウィードでも転がっていれば、まんま西部劇だが、残念ながらそれは見当たらない。

 ニイロはいつもの皮鎧風コンバットスーツにゴーグル姿で、ヘルメットは置いてきた。

 武装はヒップホルスターに収めた10mm自動拳銃(オートマチック)とスタンロッドのみで、腰には使う予定の無いマチェットを佩いている。

 サリアが着ているのは、サクラコの色違いの予備の服をサリアのサイズに合わせてサクラコが仕立て直した、水色を基調とした大正ゴシック風ナース服。

 仕立て直しの際に若干デザインを変えたそうだが、基本的にサクラコとお揃いなので、サリア本人は随分と気に入っているようだ。

 いつもはダスターツ伯爵邸仕様の侍女服を、普段の仕事着として着用しているので、今回はニイロと一緒のお出掛けということで、少しおめかし(・・・・)してみた、ということらしい。

 一応、腰のポーチに護身用の4連装テイザー銃と、スタンロッドが収めてある。


 もっとも、万一の際はニイロの亜空間ポーチにいくらでも武器は収めてあるし、今、2人の目の前には護衛役のファージ・ツーが、マニピュレーターを兼ねた6本足でユーモラスに青い頭を揺らしながら進んでいた。ビープ音で小さく某国民的アニメ映画の散歩の歌を奏でているのは、ご機嫌ということなのだろうか。

 当然、上空にはステルス・モードで姿を隠したクラブ・ツーも護衛についている。


「あ、ファージさん、そこ、その角を右です」


 ファージ・ツーはサリアの指示に『ピポッ』と了解(?)のピープ音で答え、先頭に立って十字路を右へと入っていく。


「曲がったらすぐ看板が見えるって宿の人が・・・・・・あ、あれですね!」


 サリアが指し示す先に、軒先に下げられた看板が見えた。

 看板には、交差した剣と槍の上に麦の穂が数本生けられた筒型のカップの図象が描かれていて、『仕事・酒・ザルドの店』という文字も見える。

 ガンマ・アースでは比較的小規模な街で見かける酒場兼傭兵斡旋業の店だ。


 ファンタジー物では冒険者とか冒険者ギルドというものがよく出てくるが、ガンマ・アースには冒険者も冒険者ギルドも存在しない。

 代わりにいるのが傭兵で、国同士の戦争から個人の護衛、対害獣(モンスター)の仕事などを請け負っている。

 いつだったかニイロが傭兵のコズノーに、冒険者という職業は無いのか尋ねたところ、『冒険するのは勝手だが、それじゃ金にならないだろう』と笑われ、そうではなく、ファンタジー物に出てくるような冒険者の定義を説明したが、『それは傭兵なんじゃないのか?』と逆に聞かれて困ったことがあった。

 冒険者ギルドの代わりには、口入(くちい)れ屋と呼ばれる人材の仲介斡旋を生業(なりわい)とする業種があり、依頼主からの依頼を出入りする傭兵に斡旋している。

 現代の日本では職業斡旋は公的事業である為に消滅してしまったが、口入れ屋は江戸時代まで普通に存在していた業種だ。

 ただ、このソーコーの街のように比較的小さな街では、依頼の数が限られていることもあって、眼前の店のように酒場との兼業の店が殆どだった。


 まずはニイロが先頭になって、西部劇の酒場にあるようなスイングドアを押し開けて中に入ると、店の中にいた人間の視線が一斉にニイロに注がれる。

 店の中は外観から受ける印象よりも意外に広い。

 手前に4人掛けの丸いテーブルが4つと、奥の左手側に6人掛けの長方形のテーブルが一つ、右に2人掛けの小さい正方形のテーブルが一つ置いてある。

 正面は4人ほど座れるカウンター席になっていて、カウンターの中にいる髭面の男は主人らしい。

 昼間ということもあって、店内は閑散とした印象だが、それでも数人の先客がいて、入り口手前の左のテーブルには傭兵らしい4人組、奥の小さい方のテーブルには森蜥蜴人フォレスト・リザードマンの2人組が陣取っていた。


「なんだい、ありゃあ・・・・・・」


 ニイロに続いて入って来たサリアと、その後に続くファージ・ツーを見て、テーブル席の傭兵の1人が小声で呟いた。

 ファージ・ツーは有名な西部劇に出てくる、夕陽が似合うガンマンのテーマソングを小さく奏でている。


(いや、ファージ、それ誰もわかんないって)


 ニイロは内心で突っ込むが、言っても仕方が無い。

 気を取り直して店内を進み、カウンターに席を取った。

 ファンタジー物などでは、ならず者に難癖をつけられるテンプレな場面だが、ニイロの内心のワクワクも虚しく他の客が絡んでくることはない。現実はそんなものだ。

 考えてみれば、ファンタジー物に出てくる冒険者ギルドにしても、ここのような酒場兼用の口入れ屋にしても、ベータ・アースの日本で言えば職業安定所のようなもので、そんな場所で無用のトラブルを起こせば、どんな腕利きでもロクな職を斡旋してもらえるはずがない。

 ちょっぴり落胆しながら席に着くと、情報を仕入れるのが目的であっても、店に金を落とさないのは礼儀に反するだろうと、取りあえず飲み物を注文した。


「俺にはエール。彼女には・・・・・・サリア、何がいい?」


「ええっと、お酒はあまり・・・・・・こういうお店に入ったのも初めてで・・・・・・」


 言われて気付いた。

 今まで失念していたが、考えてみれば彼女はまだ14歳。中学生と同じ年頃だ。

 そんな彼女を酒場に連れ込めば、ベータ・アースの日本なら完全に『事案』だ。

 もっとも、ガンマ・アースでは特に問題にされることは無いが、ニイロの気持ちとしては失態である。


「あちゃあ、うっかりしてた。マスター、酒以外に飲み物あるかい?」


「ああ? うちは酒場だぞ? 酒場で酒以外の飲みもんと言ったら水しかねえよ」


「あ、じゃあ、お水下さい」


 そう言ってサリアは水を注文する。

 日本人はつい、こういった飲食店で出てくる普通の水はタダだと思いがちだが、ガンマ・アースでは普通の水もタダではない。

 湧き水や井戸水を一旦煮沸して、湯冷ましとして飲料水にしてある。手間隙も掛かっており、ちゃんと飲める水は貴重なのだ。


「それで? 酒も飲めねえ娘っこ連れてうちの店に来たってことは、仕事の依頼か? 見たところ傭兵には見えねえ・・・・・・けったいな格好だな・・・・・・受ける方じゃねえよな?」


 髭面のマスターはニイロとサリアに注文の品を出しながら尋ねた。

 サリアの後ろにいるファージにも、ちらりと好奇の視線を送るが、そちらについて聞くのは我慢したようだ。


「いや、悪いけど、どちらでも無いんだよ。帝国方面に向かう予定なんだけど、エズレン回廊の北ルートにドラゴンが出るとかって噂を聞いてね、それで詳しい話や他の情報は無いかと思ってさ。

 宿で聞いたら、情報ならザルドさんの店が早いってお勧めされたんだ。あと、何か(つま)めるもの、ある?」


 出されたエールに口をつけながら、何でもない様子で探りを入れる。

 マスターは、「何でえ」とつまらなそうな調子で口にしながらも、ニイロがツマミを追加注文したことで用意しながら答えてくれた。


「ああ、北ルートの話かい。何でも向こうからこっちに向かった隊商が、2つばかり行方不明とかって話だな。

 その内の1つが、帝国でも有名な大商会の隊商で、護衛だってばっちり付いてたはずなんで、それが行方不明ってことはドラゴンでも出たんじゃ? って噂だ。たいして根拠のある話じゃねえよ。

 それにな、ちゃんと着いた隊商もいるんだよ。

 北ルートと言っても1本道ってわけじゃねえし、北ルートの中のどこかに危険がある可能性はあるが、まだ様子見って感じだな。

 ただ、南ルートなら最近は不穏な話も聞かねえし、多少時間が掛かっても南ルートを使う連中が増えてるのは確かさ。

 お前さん達も、興味本位なら悪いことは言わねえ。覗き穴から針で刺されるのは嫌だろ? 大人しく南ルートを取った方がいいんじゃねえのかい」


 マスターはそう言って南ルートを勧めてきた。ついでに注文のツマミを盛った皿も差し出してくる。

 覗き穴云々(うんぬん)は、好奇心は猫を殺すという(ことわざ)のガンマ・アース・バージョンだ。

 見てくれは髭達磨(ヒゲダルマ)だが、意外と人がいいと見える。


「んー、そうだなあ・・・・・・」


 ニイロは曖昧に答えると、差し出されたツマミを口にした。

 硬くなったパンを薄く切り、味付けして2度焼きした、いわゆるラスクというやつだ。

 ベータ・アースの日本でも普通に入手できるが、甘い味付けが多いのに比べ、これは塩味でハーブを使った風味付けがしてある。ガーリックトーストに近い味だった。

 形はスティック状に切ってあり、見た目は太目のフライドポテトに近い。


「あ、これ美味(うま)い。ほら、サリアも食べてみて」


 そう言ってサリアにも勧めた。


「あ、ほんとですね。甘い飲み物にも会うかも。このハーブは何でしょう? サクラコさまのお土産に少し買っていってもいいですか?」


 サリアもニイロが差し出した皿から一つまみ取り出しては、美味しそうにポリポリ食べている。飲み物がただの水というのがアレだが、さすがに持ち込みの飲料を出すのは遠慮した。

 その様子を見ながら、マスターも満足げに頷いている。


「そうだろうそうだろう。エールに合うハーブの配合は、俺も苦労したんだ」


「うーん、ベースはミクサの実ですよねえ。いや、ビネーレの葉かなあ。他にも何種類か使ってあるみたいですけど」


「ほう、いい線突いてるじゃねえか。確かにミクサでも似た風味は出せるだろうが、ありゃあ、この辺じゃ採れないからな。ビネーレで正解だ。お嬢ちゃん、なかなかやるな」


「むふー。うちの村だとミクサが採れたんですけどね。ビネーレは無かったですけど、お屋敷に勤めてた時に、料理人の方に教えてもらったんです。

 あ、そうそう、ビネーレがベースならザキシの種を乾燥して挽いたものを加えたら、ピリっとしていいかも・・・・・・」


「ほうほう、嬢ちゃん、詳しく聞こうか」


 何だか料理談義になっている。

 ミクサだビネーレだと言われても、ニイロにはさっぱりだ。

 話についていけないニイロは、仕方なく店内の様子を伺った。


 奥のテーブルの方を見れば、2人組の森蜥蜴人は、時々ニイロの方をチラチラと盗み見ながら小声で何か話している。

 シューシューと空気の漏れるような擦過音の多い言語は、彼等独自の言葉なのだろう。少なくともベータ・アースの人間が通常使う共通語ではなかった。

 ここにサクラコがいれば分析できたかも知れないが、残念ながらニイロには理解不能だ。

 ニイロ達が店に入って来た時、やや慌てたような素振(そぶ)りに見えたのが少し気になってはいたが、単に珍しい格好に驚いただけかも知れないし、今の様子を見れば、特に良からぬ相談をしていようにも見えないので放置することにする。


 そのまま、何気なく店内を見渡す風で、入り口近くのテーブルにいる4人組の方へと視線を向ければ、やはり小声でヒソヒソと何事かを話し合っていた。

 よく見ると若い4人組で、一番年長と思われる男でも20歳を少し越えたくらいだろう。

 さらに、一番年少に見える少年は恐らく14~5歳くらいか。ベータ・アースでは有りえない特徴――獣状の耳を持つ獣人だ。


(おー、いるんだケモミミ。いや、いるって聞いてはいたけど・・・・・・)


 ちょっと感動する。


(あ、でも、ダグも考えたらケモミミか)


 ハイ・オークの傭兵ダグも獣人といえば同じカテゴリーに入るだろう。ただ、見た目が人間に近いかどうかの違いに過ぎない。


(でも、イノシシ男をケモミミと呼んだら、何か負けな気がする・・・・・・)


 もちろん、ニイロの個人的な感想である。

 テーブルにいる獣耳少年は、丸い狸のような耳を持つ以外は人間と何ら変わらないように見える。

 尻尾があるのか気になるところだが、ニイロの位置からだと他のテーブルや椅子の背もたれが邪魔になって確認できなかった。


 4人は相変わらずチラチラとこちらを伺うが、その視線はどうやらファージとサリアに注がれている。

 確かにファージの存在は気になるだろうし、歳の近い傭兵の少年達からすれば、美少女と言っていいサリアは目を惹くだろう。

 何しろ、伯爵位を持つ貴族の家という、採用基準に容姿の水準も高いものが要求される場所にいたのだから。

 ただ、サリアはそんな少年達の気も知らず、マスターと料理談義に興じているし、ファージの方はサリア達の話に合わせてなのか、某マヨネーズ会社提供お昼の料理番組のテーマソングを、ビープ音で器用に奏でていた。


(お前、どんだけ曲のレパートリー広いんだよ・・・・・・)


 当然、ニイロの内心の突っ込みがファージに届くことは無かった。




 時間は少し(さかのぼ)る。

 ニイロとサリアが出掛けた後、1人宿に残ったサクラコは、2階建ての宿の2階にある部屋で、傍目にはベッドの端に腰掛けたまま微動だにせずにいた。

 飾り気の無い部屋はサリアと2人用として取ったもので、サクラコの視線は部屋の反対側にある、もう一つのベッドの上に固定されたまま、何かを見つめているようで実は何も見てはいない。

 そんな奇妙な時間が30分ほど過ぎた時、サクラコの人工頭脳に声にならない声が聞こえた。


『ダウンロード終了。パケットに異常なし。サクラコちゃん、お疲れ様』


 その声は、ニイロの故郷であるベータ・アースにいるアルファ・アース人で、ニイロ担当オペレーターのシンシアのものだ。

 次回の物資転送の下準備と、ガンマ・アースで収集した各種分野のデータの報告の為、サクラコは1人残って通信を行っていた。


『無事に済んで良かったです。今回はデータ量が多かったですから』


 サクラコが答える。

 実際に声に出したものではなく、通信機能によるもので、もし、ここに人がいても、相変わらず静かに腰掛けたままのサクラコの姿が映るだけだ。


『ざっと見た感じだと、今回は植物関係多いねえ。あと、風俗や生活風習関係もかな? 地味系だけど、地味だからこそ、関係の学者さん達、すっごく喜ぶんだよね。

 データの反響、凄いよー。TVのドキュメンタリー撮影の申し出まであったんだって。

 それで、じゃあ二度と帰れる保証はありませんけど、ベータ・アースまで撮影班寄越してくれたら協力するんで転送許可申請しますか? って返事したら、それっきり連絡無いんだって。

 聞いた時は笑っちゃった。

 あ、スポンサーの申し出も殺到してて、アルファ・アースの方じゃ選定に苦労してるみたい。営利目的じゃないから、あんまり露骨な申し出は却下してるみたいだけど、それでも数が多いから。

 お陰でニーロさんには、なるべく不自由しないよう補給できるから、有り難いんだけどね。

 あ、そうそう、報告にあった現地(ガンマ・アース)の協力者の件だけど、オーティス課長の話だと、特に問題ないって話だったよ。円滑な活動の為には現地の協力者の重要性は高いからって。

 女の子ってところに私は引っ掛かるんだけど・・・・・・映像見たら可愛いし・・・・・・まあ、サクラコちゃんが大丈夫って判断したんだから信用はしてるけど・・・・・・大丈夫なんだよね?』


 いきなりマシンガン・トークが始まった。

 しかし、サクラコはそれに動じることもなく、落ち着いた様子で答える。


『はい。性格は素直で、すれた所もありませんし、伯爵家で侍女をしていただけあって、頭の回転も十分です。よく気のつく、とても良い娘さんだと思います。

 何よりニーロを慕っていますし、他に悪い虫がつくより、よほど良い選択だと思います』


『ニ、ニーロさんは、彼女のことは?』


『はっきり聞いたわけではありませんが、正直、まだ恋愛対象としては・・・・・・現状では保護者でしょうか。でも、人の気持ちは変わるものなのでしょう?』


『むー。それはそうだけど』『て言うか、あんた達、公機関の通信で、なんて話してんの』


 いきなり違う声が割り込んだ。

 シンシアの上司であるアデル・オーティスの声だ。


『あ、オ、オーティス課長、も、戻られたんですね・・・・・・』


『あ、じゃないわよ、人が席外してる隙に・・・・・・まったく。あんた達、姑と小姑じゃないんだから・・・・・・』


『それでは、ニーロと合流しますので、物資の転送は明後日ということで。いつものように場所を確保したらビーコンを上げますので、後は宜しくお願いします』


 お説教の始まる気配に、サクラコは素早く話を切り上げた。


『あっ、サクラコちゃんズルい!』


 シンシアの抗議の声は聞かなかったことにして通信を切った。

 けっこう黒い。

 腰掛けていたベッドから立ち上がったサクラコは、そのまま窓辺へと向かうと、質の悪い曇ったガラス(それでも高級品だ)戸を開け放ち、窓から半身を乗り出した。


「そこにおられる方、敵対の意思はおありでしょうか?」


 この問い掛けは、ちゃんと声に出してのものだ。

 サクラコの視線は階下の通りではなく、正面を見据えていて、当然ながらそこに人はいない。


「・・・・・・無回答であれば不本意ですが敵と看做(みな)し」「わかった! 姿を見せる。逃げないし敵対の意思もない」


 サクラコの声に被せるように、彼女の頭上、2階建て宿の屋根の上から慌てた様子の男の声が聞こえた。


「そうですか。では、部屋の鍵は開けておきますので、ちゃんと入り口からお越しください」


 そう言って窓際から身を引こうとした、ちょうどその時、サクラコの拡張された(・・・・・)視界は、屋根の上の人物とは違う、もう1人の人間の姿を捉えた。


(あら、あの方は確か・・・・・・)


 なぜ、こんな街にいるのかは不明だが、サクラコの記()では、過去に面識のある人物だ。

 ニーロへの報告は当然として、来客の用を片付けた後で、こちらから接触を図るべきだろうか?


(ああ、早くニーロと合流したいのに・・・・・・)


 それが今、彼女の一番の不満だった。



次回更新予定は4月22日です。


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