第34話 噂
ニイロ達一行は、ワーバエの村を過ぎて、次のセミテに向かう途中、道の脇に潜んで獲物を狙う盗賊の集団を発見した。
そこでまずは斥候としてかなり手前の位置にいた2人の盗賊を、ニイロとサクラコが手分けしてスタンガンで麻痺させ捕縛する。
軽く尋問して人数などを聞きだした後は、拘束して特殊輸送車両の荷台に放り込んでおいた。
と、までは良かったのだが、サリアの護衛用にと亜空間に収納してあったファージ達を出すなど、準備をしている間に、肝心の盗賊本隊の方に帝国方面からやってきた隊商が襲われるという、何とも間の悪い事態になってしまっていた。
盗賊の本隊を見張っていたクラブ・ワンとクラブ・ツーからの警報で気付いたニイロは、慌ててクラブ達に隊商の援護を指示し、自分達も押っ取り刀で駆けつけた次第である。
「気付くのに遅れて、助けに入るのが遅くなってしまって申し訳ない」
そう言って、本当に申し訳無さそうにニイロは謝った。
最初からクラブに命じて排除していれば、隊商に被害を出すことも無かったのだ。
それをただの盗賊と見て、サリアの経験値稼ぎだとか、なるべく手荒な手段を用いず捕縛を、などと考えた結果なので、ニイロとしては内心の罪悪感が半端ない。
平謝りのニイロに、隊商の主であるメイルズは慌てて礼を返す。
「いえいえ、こちらこそ危うい所を・・・・・・本当に助かりましたよ。なにせ思いの他、相手の数が多かったものですから、一時はどうなるかと・・・・・・。
それにしても、彼のコルエバンの英雄殿に助けて頂けるとは・・・・・・仲間の商人に自慢ができる。
馬車を一台持ち去られてしまいましたが、まだまだ私にも運があるということでしょう。このお礼は必ず」
メイルズはニイロの手を取って感謝するが、そうして感謝されればされるほど、ニイロは居心地が悪くなっていく。
それを誤魔化すかのように、メイルズに告げた。
「いや、礼なんていいんですよ。あ、それと、盗賊が持っていった馬車なら、今取り返しました」
「へ? 今?」
「ええ、馬車を奪って逃げた盗賊の動向は、クラブ・・・・・・今、空飛んでるやつですけど・・・・・・あれに指示してモニターしてたんで、うちのファージ・・・・・・あ、今、そこで土壁壊してるのと同じタイプのやつですけど、ファージに指示して追い掛けさせてたんです」
メイルズがニイロが指差した先を見ると、隊商の護衛の傭兵で軽傷だった3人と一緒に、3機のファージ達が土壁を壊して道を均したり、転がったままの盗賊の死体をせっせと処理していた。
傷を負った5人は、サクラコとサリアが手当てしている。
この場所に到着し、道を塞いでいた倒木を排除していた時は4機いたので、いつの間にか1機減っている。
空を飛んでいたクラブも2機いたのが、今は1機しか見えない。
いつの間に、どうやって指示したのか、メイルズにはわからないが、それらが馬車を追いかけて行ったということなのだろう。
「は、はあ・・・・・・」
「ただ、さすがにクラブとファージじゃ馬が言うこと聞いてくれないんで、誰かに取りに行ってもらっていいですか? この先、2kmくらいのとこなんですけど、ファージに案内させますから」
現実離れした話に、今一実感が乏しかったメイルズだが、段々とその朗報が事実だと実感されていくにつれ、じわじわと喜びが湧き上がってくる。
商品の三分の一が紛失すれば大損害だったが、それが取り戻せると言うのだ。
「ク、クレバン! い、急いで馬を! あと、誰か一緒に行ってやってくれ! 馬車が取り戻せる!」
メイルズは大慌てて御者に命じて馬を用意させ、護衛の選抜に掛かる。
当たり前だが1人で行けば、乗って行った馬を連れて帰れないので同行者が必要だ。それに馬車を方向転換させるのに人手も欲しい。
結局、御者のクレバンとマズロー、それに傭兵のベイリルとブルワの4人が、2頭の馬で馬車を取りに向かうことになった。
そんなやり取りを見ていたニイロの所に、今度は手にメモを持ったサリアがやって来る。
「サクラコさまが、これを出してもらって下さいって」
渡されたメモを見ると、内容は鎮痛剤や抗生物質などの医薬品の名前と型番が書いてあった。
医薬品は特殊輸送車両に備え付けのクーラーボックスに一通り備蓄されていて、医薬品のパッケージには、当然ながら英語か日本語でラベルが表示されているのだが、サクラコは傭兵の治療で手が離せないようだし、サリアはこの地で使われている文字しか読めないのだ。
一応、サリアも機器の扱いなどで必要に迫られて勉強はしているのだが、覚えることは他にも山ほどあって、さすがにまだ一週間程度では限界があった。
例えば、鎮痛剤のアスピリン一つにしても、メモに書いてある『Aspirin』の文字を絵として捉え、同じ形のものを探すことは出来る。
しかし、この方法だと、パッケージの表示が『ASPIRN』だったり、『アスピリン』だったりした場合に同じ物と認識できないのだ。
アルファベットに漢字にカタカナにひらがな、サリアの苦労は果てしないが、それをフォローするのは吝かでない。
「おっけー、すぐ持っていくからサクラコの手伝い頼むね」
「おっけえ? ですか?」
「ああ、そうか。了解とか、わかったって意味ね」
「あ、はい。わかりました・・・・・・おっけえ、わかった、おっけえ・・・・・・」
サリアはぶるぶつと呟きながら、サクラコの元へと戻っていく。
こういった何気なく使う単語や表現でも、時々通じないことがあるのはご愛嬌だ。
堅苦しかったり丁寧な表現よりも、気軽な会話の中で出やすいが、これはお互いに慣れるしかない。
ニイロは一旦、特殊輸送車両に戻ると、サクラコのメモにあった医薬品を準備した。
痛み止めと抗生物質を配合した塗り薬の外傷薬に、飲み薬の鎮痛解熱薬や消毒済みガーゼなど。いずれもベータ・アースなら一般の薬局・薬店で買える物だ。
以前、フィーゼの治療の際にサクラコから聞いた話だと、ガンマ・アース人に対してあまり強い薬剤を使うと、薬効成分の過剰投与になってしまう危険があるそうで、比較的効き目の穏やかな薬品をチョイスした方がいいのだそうだ。
一通り揃えた医薬品を、サリアの自作の植物の蔓で編んだバスケットに詰め込み、サクラコの元に届ける。
「これで大丈夫です。腕の傷口は縫いましたけど、この糸は自然に溶けてしまいますから抜糸の必要はありません。後でお薬を・・・・・・あ、ニーロ、有難う御座います」
サクラコは、患者への説明の途中で薬を届けに来たニイロに気付くと、荷物を受け取って説明の続きを始める。
「この塗り薬を、必ず洗った清潔な手で、こちらのガーゼに塗ってから、傷口に当てておくようにして下さい。毎日取り替えるように。
あと、化膿止めと痛み止めの飲み薬も一週間分出しますから、毎日、朝昼晩の食後に3回に分けて飲んで下さいね。
痛み止めは、痛みがある程度引いたら飲まなくてもいいですけど、化膿止めは途中で止めると逆に悪化することがありますから、必ず飲みきって下さい。
だからと言って、面倒だからと一度に沢山飲むのも絶対駄目です。あと、お薬の効き目が変わってしまいますから、一週間はお酒も控えるようにして下さい」
「えー、しかし先生よう、右腕だから俺1人じゃ取替えられねえし、酒も駄目ってのは、ちょっと勘弁してもらえませんかねえ」
傭兵のゴノワースが地面に直接座り込んだまま不満を述べている。
サクラコは医者だと思われたのか、先生と呼ばれているし、横で聞いていると、まるで病院の診察室のような会話だ。
考えてみれば、サクラコは元々が医療業務用のAMなので、確かに本職ではあるのだが。
「何も一生飲んでは駄目とは言ってません。一週間くらいの我慢出来なくて、傭兵が務まるんですか? それに、付け替えも1人で出来なければ誰かに頼めばいいのです。ええと、貴女のお名前は?」
サクラコは、ゴノワースの後ろで診察の順番を待っていたミシュリに声を掛ける。
突然声を掛けられた彼女は驚いたようだったが、すぐに名乗った。
「ミシュリ」
「では、ミシュリさんも今の説明聞きましたよね? まだリュドーまではご一緒されるのでしょうから、お薬の付け替えを手伝ってあげて下さい。
あと、お薬の方も説明のメモと一緒に渡しますから、用法・用量を必ず守るよう管理してあげて下さいね」
「わかった。ゴノワースは管理する。お酒も駄目」
「お・・・・・・」
「早く治したくないのですか?」
ゴノワースが何か言おうとしたが、彼には拒否権も無ければ発言も許可されない。
サクラコの、氷のような視線を浴びて、ただ口を閉ざすしか無かった。
「では、次の方。ミシュリさん・・・・・・ああ、ちょっと待って下さい・・・・・・ニーロ、女性ですから、診察は特殊輸送車両の中で行いたいのですけど、許可お願いできますか?」
サクラコは、肩の傷を見せようと何の躊躇いもなく片肌を脱ぎにかかるミシュリを慌てて止めると、ニイロに特殊輸送車両の使用許可を求めた。
「え? あ、うん。もちろん許可するよ」
肩を負傷しているようだし、診察で着ている物をはだける必要もあるだろう女性に、プライバシーを守れる場を提供するのに否は無い。
許可したことで、サクラコとミシュリ、それに助手役のサリアの3人は、連れ立って特殊輸送車両の中へと消える。
その後姿を見送ったニイロが、ふと視線を戻すと、まだその場に座り込んでいたゴノワースと視線が合った。
何か言いたげな視線に思わず尋ねる。
「何か?」
「ん? いや、こうして見ると、聞いてたのと少し違うなと思ってね。もっと恐ろしげな魔王っぽい男かと・・・・・・」
「あー」
ちょっと頭痛がしてくる。
噂に尾鰭はつき物と言うが、その噂の対象が自分となると、やはり勘弁して欲しいと思うのが当然だ。
余程のことでもなければ、別にそれで怒ったりする気も無いけれど。
「俺は普通の平民だよ、普通の。成り行きで争いを止めたいと思ったら、ああなっちゃったけど、この歳で英雄とか魔王とか、勘弁して欲しいよ。恥ずかしいったらありゃしない」
「普通は成り行きで戦争止めるなんてしないし、出来ないけどな。
あんたの姿はリュドーで何度か遠くから見掛けたことはあったんだ。ダグって男は知ってるかい?」
ひょんな所で思いがけない名前が出てきた。
「ハイ・オークの?」
「それだ。なんだ、じゃあ知り合いってのは本当だったのか」
ゴノワースが感心したように声を上げる。
「ああ、ここに来る前にも一仕事手伝ってもらったよ」
「なるほど。前にな、そのダグが言ってたんだよ。てっきり酒場の馬鹿話の類だと思ってたんだが・・・・・・コルエバンの英雄殿は、あのギガントライも1人で倒す化け物で、空飛ぶ悪魔を従えてドマイセンもやっつけちまった魔王みたいな男だってな」
それを聞いてニイロはがっくりと肩を落とした。
「悪魔だ魔王だの設定流したの、あいつかい・・・・・・」
「いやまあ、話してたのは他所から流れて来た野郎共相手だったし、傭兵にゃあ血の気の多い野郎も多いから、あんたにいらんチョッカイ出さないよう、脅したつもりなんじゃないか?
横でコズノーとニーアーレイが変な顔してたから、俺も全部本当だとは思わなかったし。
そういや、『ヘンテコな格好見て舐めて掛かると後悔するぞ』なんて釘刺してたしな」
ゴノワースも話の途中でヤバいと気付いたのか、途中からダグの擁護に回るが、ヘンテコは余計だった。
「うん、ギルティ。あいつ、今度会ったら絶対泣かすわ」
今のニイロの出で立ちは、いつものゴーグルに茶色の皮鎧風コンバットスーツ一式だ。ヘルメットも被っていない。
武器も尻のホルスターに護身用の自動拳銃と、マチェットを腰に佩いているくらいで、自動小銃は亜空間ポーチに仕舞ってある。
マチェットも実際に武器として使う気は無く、見た目で丸腰だと思われるとかえって危険と言うことで、見せ掛けだけのお飾りだ。
ベータ・アースの安全な日本と違うのだから、それなりの格好をしているだけで、安全な土地ならもっとラフな格好で過ごしたいに決まっている。
一応、自分の格好が異質だという自覚はあるので、ガンマ・アースの服装も試したが、着心地や機能など、様々な点でまだコンバットスーツの方がまだマシだったのだ。
特に、この世界のズボンは、かなり大き目のウエストサイズで前が塞がっており、紐でウエストを締めるタイプか、前開きの場合は複数の小さなボタンを一個一個止めるタイプしか見当たらない。
小用の度に焦りながら複数のボタンを外したり、紐を解いてズボンを太腿辺りまで下げて、というのは、大人の男としてさすがに受け入れ難かった。ファスナー(ジッパー)は意外に偉大な発明品だ。
「ぎる? ・・・・・・いや、うん、まあ、お手柔らかにな。それはそれとして、だ。
ダグの話じゃドラゴンや転移魔法について調べる旅をしてるって聞いたが、そこんとこは本当かね?」
「ああ、それは本当だけど・・・・・・?」
ニイロは少し眉を顰めた。
目の前の男が帝国の工作員で、ニイロの旅の目的を確認する為に探りを入れてきた、という可能性もあるのだ。
「だとしたら、2つ提供できる情報がある。1つは、この先のエズレン回廊の北側のルートにドラゴンが出るって噂だ。
とは言っても、俺の勘だとまずデマだろうと思ってるが、最近、北側ルートで行方不明になる隊商が出てるんで、ドラゴンに襲われたんじゃ? なんて噂があるんだよ。
まあ、実際はただの盗賊団の仕業だろうが、逆に盗賊団だって確証もまだ無いもんだから、色んな噂になってるらしいんだ。
俺達は危険を避けて南側ルートでここまで来たが、あんた達なら行けるんじゃないのか?
あと、2つ目だが、こんなとこにいるってことは、帝国の魔法学者に会いに行くんだろ? だとしたら学都に行っても無駄足だぜ。帝位争いのグダグダで、学都の学者はほとんど疎開しちまってるよ。
行くんなら、帝国の西の方にあるコット・ベルニスって街を目指すといいらしい。たいていの学者はそっちにいるそうだ。
ただ、これも聞いた話なんで保証はできん。向こうで自分でも確認してくれ。命を救われた礼にしちゃあ、ショボい情報で申し訳ないが」
そう言ってゴノワースは、本当に申し訳無さそうに自由になる左手で頭を掻いた。
本人の言う通り、情報としては心許ないものがあるが、それにしてもニイロにとっては貴重な情報である。
帝国行きの目的については誤解されているようだが、あえて誤解を解く必要も無いだろう。
「いや、ドラゴンと転移魔法については、本当に情報が少ないんで助かるよ」
ゴノワースにはそう礼を言って、後は作業が終わって手隙になった他の傭兵達も加えての雑談をしていると、やがて奪われていた馬車を取り戻しに行った一行が戻って来た。
途中で捕らえた盗賊の斥候2人を、ビンガインの警備兵に渡してくれるよう頼んだり、メイルズから重ねて礼を言われ、帝国に着いたら必ず自分の商会に寄ってくれるよう懇願されるのを、何とか言質を取られないよう宥めて交わし、やがて別れて再び帝国への旅路につくのだった。
「せっかく気合入れて覚悟してたのに、出番ありませんでした・・・・・・」
サリアがどんよりしている。
事前に初陣だの経験値稼ぎだのと言って盛り上げておきながら、盗賊はクラブ達で排除してしまった。
隊商が襲われたのは予想外のアクシデントなので仕方が無い。
「ま、次があるよ」
ニイロは苦笑しながらサリアに声を掛ける。
またトラブルがなければね、という言葉は声にしなかった。
◇ ◇ ◇
商都アイ・ノワイスの北地区には、その北側を流れるナースチア川を利用した水運による輸送を生業とする商家が多く立ち並ぶ。
そして、それらを見下ろす一等地には、その統括を一手に司ってきたノズコンシア侯爵の館があった。
もっとも、その館の主は現在、別の屋敷へと移っており、今、明け渡された館に住まいするのは、先々代の皇弟、ゼールス・ビアノース・バネストリアである。
元は先々代の皇帝の存命中に一時臣籍に降下し、オルトレアス公爵を名乗っていたが、先々代の皇帝が崩御し、先代の皇帝、甥に当るコノヴァン帝が暗殺されてすぐに、強引に皇統に復帰して元のバネストリア姓を名乗っている。
帝国の宮廷では、中肉中背の、特に目立つことのない凡庸な人物と目されていたが、コノヴァン帝暗殺以降の皇統復帰の手法や、あっという間に近衛軍を掌握した手腕など、それまでの評価が如何に間違っていたか、その話題が宮廷雀達の口端に上らない日は無い。
「・・・・・・そのような次第で多少遅れましたが、所定の場所に無事到着しておりまする。後は閣下の下知あらば、戦場には2日で到着して見せましょうぞ」
執務室として使用される部屋で、壁際に設置された執務机に座るゼールスに対し、やや時代がかった古風な口調でゼールスに報告するのは、帝国西端に所領を持つサザリウス伯爵。
後ろに書類ケースを抱えた部下を伴い、商都への到着の挨拶と報告にやって来ていた。
痩せた体躯は浅黒く、長く伸ばして後ろで纏めた白髪とのコントラストが印象的だ。
既に老齢と言っていい年齢ではあるのだが、鍛えられている為に年齢よりは若く見える。
「わかった。此度の事の成否は貴殿の働きに掛かっていると言っても過言で無い。その時は先鋒を務めてもらうことにもなろう。連絡するまで、まずはゆっくりと体を休められるとよい」
ゼールスの言葉に、サザリウス伯爵は感激の面持ちで礼を述べる。
「お心遣い、痛み入る。この老骨、全霊を持って馳せ参じる所存。いつでも申しつけ下され。それでは!」
そう言うと、白髪の老将は部下を伴って颯爽と身を翻して退出していった。
嵐の如き来客が去った部屋に残るのは3人の男。
「相変わらず嵐のような御仁でしたな」
ゼールス派の右腕と目される男、コズニーク侯爵が溜息交じりの感想を述べた。
「まあ、そう言うな。帝国の西の端の領地で、真に危機を感じながらも省みられなかったあれの気持ちは、儂にもよくわかるのだ。それに、自分の畑に関することならサザリウスは有能な男よ」
ゼールスは、苦笑交じりにサザリウスを擁護した。
「ええ、その点についてはサザリウス卿を疑ってはおりません。彼を推挙したのは私ですよ? 彼なくしては今回の作戦は有りえません。
それよりも、これで準備は整ったと言って良いでしょう。早速、明日にでも号令を掛けて、行動に移りたいと思いますが、宜しいですかな?」
「よかろう。戦力の次第は?」
「はい。今回は極力平民を徴発せず、機動力に重きを置いて貴族の私兵のみで構成しておりますので、騎兵3000と弓騎兵1500、それに魔導兵500の4000に、サザリウス卿の300が主兵力となります。
これに傭兵を1000と、輜重兵として1000を已む無く徴発しております。まあ、このくらいは誤差の範囲かと。
対してザルーク殿が集めうる貴族の私兵は、せいぜい1500から、多くとも2000には届きますまい。仮に慌てて平民から兵を徴発するならば、こちらも同じことをするだけの話。しかし、あの方の性格からして、それは無いものと考えます。
恐らく彼我の戦力を見て、帝都に篭城なさるでしょうが、そうなればサザリウス卿が決め手となるでしょう。
明日、陣触れをしたとして、兵の移動に掛かる時間などを見越せば、戦端を開くのは恐らく一月後かと」
「うむ。では、そのようにせよ。他に何かあるか?」
ゼールスは重々しく頷く。
最後の問いは、これまで発言していないもう1人、ゼールスの息子であり、唯一の子であるカイサル・エレース・バネストリアに対するものだ。
医療が発達しておらず、平均寿命の短いガンマ・アースでは、既に老齢と言ってもよいゼールスが、40歳を過ぎてから生まれた息子であり、まだ20歳にも届いていない。
見た目はあまり父に似ていない栗毛の貴公子であり、年齢的に祖父と孫と言っても不思議ではない実の親子である。
「懸念でありましたオルグス一派の残党ですが、逃亡しておりましたオルグスについて、逃亡先であったレントス男爵の館を急襲し、ほぼ壊滅させたと報告が来ております。
オルグス本人の遺体も確認されていますので、この件はこれで終わりと見てよいかと思われます。
次に、オルデギー子爵に命じてありました王国方面の件ですが・・・・・・どうやら悪戯に刺激した結果となったようで、オルデギーに代えてアスリンデ男爵に後始末を命じております」
その報告に、ゼールスの片眉がくいっと上る。
「オルグスの件はわかった。しかし、オルデギーは何をやらかした?」
「それが、どうやら王国のダスターツ伯の妨害にあったとか。
とは言え、ヨーネス大森林という天然の防壁がある以上、これから王国が何を企んでも、こちらが帝国を掌握して対策をとる時間は十分でしょう。
王国に関しては、ドマイセンを焚きつけて注意をあちらに引き付けた甲斐はあったと。
件の人物についても、ノズコンシア侯爵の意見で使者を送るよう手配はしましたが、あまり気に留める必要も無いかと。一応、アスリンデ男爵にエズレン回廊の出口を固めるよう命じてあります。後は放置しておいても、然程影響はありますまい。
だいたい、ノズコンシア侯の心配が過ぎるのですよ。あの話、いくらなんでも盛りすぎです。父上が心配なされる西の連中でも同じことが可能でしょうか?」
「・・・・・・わからんが・・・・・・まあ、無理だろうな」
カイサルの問いに、ゼールスは少しだけ考えた後、慎重に答える。
「それと、父上、一つお聞きしても宜しいでしょうか。どうしてそこまで急がれるのです? あと二月ほど待って、春麦の収穫が終われば農民の徴発にも支障は出ないでしょう。
そうして兵力を整えてから、一気に押し潰す方が確実と思うのですが・・・・・・」
その息子の問いにゼールスは満足げな表情を浮かべた。
甘やかして育てたつもりはないが、年がいってからの子ということもあり、ゼールスの目からすればまだ至らない部分も多い。
それをこうして、実務につかせながら勉強させているが、最近は唯々諾々と言われたことをこなすだけでなく、自分で考えて具体的に提案できるようになってきたのは良い兆候だ。
ただ、だからと言って提案を採用するかどうかは別だが。
「そうだな。目の前の敵だけを屠るのであれば、それでいいだろう。これが他国との戦であれば、儂もそうするだろうな。
しかし、これは内戦だ。敵も味方も元は帝国の臣民だぞ? 勝っても負けても、被害を蒙るのは帝国ではないか。これほど馬鹿らしい話は無い」
「御言葉ですが、それでも貴重な騎士に損害が出るよりは・・・・・・」
「同じだ。お前は農民というものは畑で取れると考えておるか? だとすれば考えを改めよ。もっとも、儂も昔は考え違いをしておったのだから、それを責めはせん。
ただな、儂は末弟であった故、若い頃は比較的自由に、色々と見聞を広める機会に恵まれた。他国を旅し、西の連中の脅威を知ったのもその時だ。農民や商人の真似事もした。その経験からして言っておる。
貴族は知らん者も多いが、ただ種を蒔いて、放っておけば収穫できるというものではないのだ。儂の後を継いで帝国を担うつもりなら、一人前の騎士を育てるも、農民を育てるも同じだと心得よ。
そして此度は、被害を最小限で抑えて西からの脅威に備えるという一点が肝要なのだ。それが騎士だとか農民だとかは些細なことに過ぎん。
サザリウスの見立てでは、恐らく数年の内には動きがあろう。儂も同じ意見だ。その時の為に、今は無駄な被害は出せんのだ。
いいか、戦はこの1度で終わらせる。そして、一刻も早く西からの侵攻に備える体制を築くのだ。
この事は何度も訴えてきたが、誰も取り合ってはくれなんだ。
或いはザルークならばとも思ったが、あれも足元しか見ておらん。ならば儂がやるしか無いであろう。
はっきり言ってな、この歳になって帝位などどうでも良いのだ。しかし、相手が可愛い甥であっても、この地を守る気概が無い連中に任せてはおけん。帝国は儂が守ってみせようぞ」
ゼールスは血を吐くような表情で宣言した。
次回更新予定は4月10日・・・・・・と言いたいところなんですが、もう少し間を頂きまして4月15日です。
うん、ここらで少し他の作品読んだり色々やる時間を挟みたいな、と。
でも、最低でも月に3回更新のペースは崩したくないんで、その次は少し間隔を狭めることになると思うんですけどね。