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第33話 キャラバン

「あれ? これって人じゃないですか?」


 最初にそれに気付いたのは、意外にもサリアだった。

 警備兵の隊長に教えてもらった最初の村、ワーバエ村を過ぎて、次のセミテ村に向かう途中のことである。


 本街道を()れて既に6日目。

 本来ならば、ガンマ・アースで使用されている普通の馬車であっても、2日もあればセミテ村に到着できていたはずだ。

 それなのに、馬車より速度を出せる特殊輸送車両(バス)での移動にも係わらず、まだこんな場所にいるのは、途中で珍しい草花や動物を見かける度に(バス)を止め、観察や採取、分析作業などをしながら進んだ結果だ。

 加えて、ワーバエの村ではサクラコが病人や怪我人の治療と回復指導を行ったり、サリアが村の女達の手伝いをすることで村人達との友好を深め、余分に一泊して、村の風習や地域の伝承などの話を聞く時間を取ったからでもあった。

 急ぐ旅ではないというのも事実だし、馬車で移動するより時間が掛かっていることにだけ目を瞑れば、これは、この世界(ガンマ・アース)の様々な事象について調査するという、本来の目的の一つをこなしているのだから問題は無い。

 そして何より、帝国からの介入があるのならば、出来れば人通りが少なく、他人に迷惑を掛けにくい場所で迎え撃ちたいという思いがある。

 お陰で時間が余る為、サクラコなどは暇な時間にニイロの許可を得た上で、嬉々としてサリアに分析用の機械やデータ機器の使い方を教えたりもしていた。


 今はワーバエ村を出て、次のセミテ村という集落に向かっているが、サリアは予備の10インチ携帯端末を使って、2kmほど前方で上空から哨戒しているクラブ・ワンから送られて来る地表データを見ていたところだった。


「ほらこれ、ここ、ガーウ草が茂ってるのに、中にコネオネの木みたいなのが生えてるんですよ。ガーウ草は強いから、弱いコネオネの木がこんな風に生えるのっておかしいなって思って。

 それで見てたら動いたんで、何かいると思って見たら人だったんです。びっくりしちゃいましたよ。あ、ほらまた」


 そう言って、横に座るサクラコに画面を指差しながら説明している。

 画面上ではクラブのAIによる判定でも人であることが確認された為、人であることを示すマーカーが表示されるようになっていた。

 実のところクラブから送られて来るデータは、AM(オートノマス・マシン)であるサクラコであれば、携帯端末を通さなくても受信できているのだが、その事実についてはまだ時期尚早というニイロの判断で、サリアには知らされていない。

 別に秘密にする必要は無いし、その内話すつもりなのだが、単にニイロがなんとなく逡巡(しゅんじゅん)しているだけの話だ。

 サクラコも、ニイロの許可が無い内は、自らサリアに話すことは出来ないので、そのまま人間として振舞っている。


「凄いですね、サリアさん。クラブより先に見つけるなんて」


 サクラコが本気で感心している。

 褒められたサリアは思い切り照れた様子で説明した。


「コネオネの木って、実は冬の保存食になるし、葉っぱはお茶にすると美味しいんですよ。それで私が村にいた時も、よく採りに行ってたんです。でも、ガーウ草と一緒に生えてるとこなんか見たことなかったから、それで気付いたんです」


 ガーウ草の茂みに隠れた人間は、隠蔽の為、体に草木を付けた即席のギリースーツを着用していたようだが、植生まで考えが及ばず、逆にサリアに疑念を抱かせることになったと言うわけだ。

 高精細映像とはいえ、10インチの小さなモニターで、このささいな違いを見抜いたのは間違いなくお手柄だった。


「こりゃ凄いよ、ホント。着眼点もいい。俺達だと、そういう所に目が行かないからなあ。でも、これは猟師・・・・・・じゃないっぽいよね?」


 運転席に座るニイロが、多機能ゴーグルに表示された映像を見ながら言う。

 上空に展開させたクラブ2機の内、クラブ・ワンがガーウ草の茂みに潜む人物の拡大映像を送ってきていた。

 茂みに潜む男は2人。

 どちらも着るものはくたびれており、獲物を狙う地元の猟師に見えなくは無いが、それにしては潜む場所が道のすぐ脇の茂みでは、狙う獲物は街道を通る人間のように思われる。

 念の為、クラブ・ツーを先行させて道の先の様子を探らせると、ほどなく、5kmほど先の、道が狭隘(きょうあい)になった場所に、総勢30名ほどの盗賊らしき集団が三々五々、(たむろ)しているのを発見した。

 恐らく、先に発見した不審者2人は斥候で、通り過ぎた後で本隊に獲物が向かったことを狼煙か何かで知らせるのだろう。


「これはどう見ても、普通の盗賊団だと思います。ビンガインの警備隊長さんの仰ってた、隊商(キャラバン)狙いの盗賊でしょう。

 いくらなんでも、帝国が手配したものなら、もう少し統率の取れたマシな連中を送ってくるのではないでしょうか。

 これなら無視して強行突破も出来ると思いますけど、どうします?」


 映像を見ながらサクラコが感想を述べる。

 ニイロ達一行がビンガイン市を経由して、エズレン回廊を通って帝国へ、という本来のルートから逸れたことを、帝国も(つか)んでいると仮定した上で、情報の伝達に掛かる時間や人員の移動などを考えれば、そろそろ何かあっても不思議ではない。


「相手はおっさん1人と小娘2人。帝国さんはこれで足りると舐めきってるとか・・・・・・」


「無くは無いですけど・・・・・・ニーロ、それ、本気で言ってます?」


 少しジト目で睨まれた。


「ごめん、冗談。そろそろ何かあっても不思議じゃない時間は経ってるけど、さすがにこれは、俺もただの盗賊団だと思う。

 首狩り姫なんて、あんな呪いの人形まで使ってくるような連中が、こんな盗賊使うとは思えないし。

 でも、どうしようか。強行突破が一番手間無くていいけど、ここで無視して後から来る人が被害に遭うのも嫌だしなあ。かと言って、全滅させるつもりなら、いくらでもやりようはあるけど、全員を無傷で捕らえるのは人数的に無理だし・・・・・・」


 盗賊を1人も逃がさないのは簡単だ。クラブに命じて上空から全員を問答無用で射殺させればいい。

 もし、それを行ったとしても、ニイロ達が築いた信用と、盗賊然とした連中を比べれば、ニイロ達を(とが)める声は殆ど出ないだろう。

 乱暴な話だが、この世界ではそれが普通だ。犯罪者にも人権が~とか、人道に基づいて裁判を~などと言い出す人間はまずいない。

 しかし、だからこそニイロとしては、せめて問答無用という手段を控えて、なるべく捕らえて裁きを受けさせたいと思うのだ。


「ですが、私達は警察ではありませんし、出来ることと出来ないことがあります。あまり難しく考えなくていいのではないでしょうか。

 何も全員捕らえるんじゃなくて、出来るだけ捕らえたら、後の始末はこの国、ビンガインに任せてしまえばいいと思います」


「そっか・・・・・・そうだな・・・・・・」


 結局、出来る範囲で彼等の武装解除を促し、それでも抵抗するのであれば撃つしかない。

 それで撃たれて怪我を負っても、それは彼等の自業自得だ。そう腹を(くく)る。

 ニイロのその様子を見て、サクラコはさらに提案した。


「危険はありますけど、サリアさんの初陣にも丁度いいんじゃないでしょうか?」


「ういじ・・・・・・えっ? 私ですか!? それも冗談です、よ、ね?」


 サリアは突然自分に飛んで来た話にうろたえながら、ニイロとサクラコを交互に見やった。


「ああ、それはいいかも知れない。今後、危険があるのは間違いないし、サリアも少し慣れておくのはいいと思う。経験値稼ぎみたいなもんだな」


「ええっ、で、でも私戦えませんよ? 剣だって使えないし、教えてもらった道具くらいしか・・・・・・」


「大丈夫。メインでやるのは俺達だし、後ろで見てればいいだけだよ。いざって時に冷静に動けるよう、荒事に慣れておくのが狙いさ。

 ただの盗賊相手じゃちょっと過剰戦力かも知れないけど、念の為ファージも出すし、サリアはまず落ち着いて、指示した時か自分に危険が及びそうになった時に、今まで教えたことを実践するだけでいい」


 サリアには護身用として、以前、デンクレルの街でサリアをゴロツキから守った際にも使用した四連装のスタンガンとスタンロッドを渡してあった。

 他にも緊急用の小道具で、小型の通信機と催涙スプレーなんかも渡してある。

 使い方についてもレクチャー済みで、実際に使用した訓練も行っていた。

 いずれも非殺傷兵器であり、緊急時を除けば、ニイロはサリアが人を傷つけることを望んでいない。


「私達にとってサリアさんはもう、お客様ではなく仲間なのです。ファージやクラブ達が守ってくれるので心配もいりません。もちろん、ニーロも私も」


 その言葉に勇気付けられたサリアは、意を決した表情で「はいっ!」と力強く返事をする。

 不安はあっただろうが、ニイロとサクラコに励まされて、俄然やる気になったようだ。それだけ2人に対する信頼が厚いということだろう。

 その返事を聞いたニイロは、特殊輸送車両バスの運転を自動に切り替え、緊張を(ほぐ)すように笑いかけながら振り返った。


「よーし。んじゃ、始めようか」






 ◇ ◇ ◇


「ちくしょう! そうそう上手くはいかねえか!」


 前を見れば倒木で道を塞がれ、後ろを振り返れば道の脇の茂みから、何人もの武装した男達が飛び出して来るのを見て、ゴノワースは思わず毒づいた。


 隊商(キャラバン)の護衛についたのは初めてではなかったが、これまで幸運にも途中で襲われたことは一度もなかった。

 大きな街や拠点を結ぶ街道は、基本的に管理する国が面子(メンツ)に賭けて警備の兵を巡回させており、途中で盗賊団が出没することは稀だ。


 ただ、今回はリュドーの街で帝国まで往復する護衛の仕事にありついた時に、ビンガイン市を経由せず、時間短縮の為にショートカットの裏道を使うと聞いて嫌な予感がしたのも事実だった。

 しかし、運悪く冬の間の北方哨戒の仕事に漏れ、いささか手元不如意(ふにょい)な状態では、比較的金額の大きいこの依頼をスルーすることが出来なかったのだ。

 おまけに隊商(キャラバン)の護衛という仕事は、メンバーが固定化され易い傾向があるので、上手く行けば継続的な契約に繋がる。

 商人にしたところで、毎回初対面の護衛を集めるより、何度も一緒になって腕前、人柄共に信頼がおけると確信できる傭兵を雇いたいに決まっているのだ。

 そんな訳で、ゴノワースは欠員の出た隊商(キャラバン)の募集に、一も二も無く飛びついた。


 出発前の顔合わせでは、他に7人の護衛の傭兵を紹介された。

 内、4人は帝国人で、剣と盾を持つ戦士が1人に短槍(と言っても人の背丈くらいはある)を持つ槍士が1人。それに弓士と魔道士が1人づつ。弓士は女だった。

 残り3人は王国人で、戦士の男が2人と弓士の女が1人。これに槍士のゴノワースが加わる。

 雇い主の商人の話によれば、基本的に8人を護衛として雇っているそうで、何らかの理由で欠員が出る度に補充していると言う。

 今回はゴノワースと、もう1人の王国人の女弓士が補充要員だそうだ。

 これに雇い主の商人メイルズと御者2人、総勢11人が隊商(キャラバン)隊員(メンバー)だ。

 護衛任務ということで、ゴノワースは有り金をはたいて新調した大盾と、長年の相棒である手に馴染んだ短槍、予備の片手剣(スクラマサクス)を持って参加した。

 主武器(メイン)は短槍だが、一応は剣や弓も扱える。器用貧乏と言われることもあるが、本人は臨機応変だと思っていた。


 2頭の騎馬と3台の馬車に分乗し、傭兵に護衛された隊商(キャラバン)の往路は、天候にも恵まれて何事も無く、予定通りに帝国の一都市であり、雇い主の商人の本拠地でもあるラダンカルに到着した。

 ガンマ・アースに急がば回れという(ことわざ)は無いが、途中のエズレン回廊では幾つかある回廊内のルートの内、最短距離ながら不穏な噂のあった北部のルートを避け、遠回りでもなるべく南部ルートを選んだことが功を奏する結果となったようだ。

 ここでの時間のロスを調整する為に、ビンガイン領内ではビンガイン市をショートカットするルートを取ったのだから。

 実際、北部ルートを選んだらしい他の隊商(キャラバン)の中には、到着予定日を数日過ぎても音沙汰の無い隊商(キャラバン)があるという噂も聞こえて来ていた。


 ラダンカルには休息と、荷物の積み替えで一週間ほど滞在した後、復路は往路のルートを逆になぞる形で再び王国のリュドーへと向かう。

 無事にエズレン回廊も抜け、脇道に逸れてからも順調に道程を消化。後はこの先のワーバエの村を過ぎれば安全な街道に出られる。

 リュドーに着いたらゴノワースの契約は一旦終了となるが、双方に支障が無ければ契約の延長も可能だ。


(こんな調子なら延長してもいいかも知れない)


 商人にしては少々人が良すぎるキライのある雇い主。

 護衛の傭兵達は互いの立場を弁え、適度な距離を持って接してくるし、旅の途中に模擬戦をして確認した互いの腕前も悪く無い。

 そんなことを考えながら、交代で騎馬による前方警戒に当っていたゴノワースの目に飛び込んできたのが、道を塞ぐ倒木だった。

 後方を見ればけっこうな人数の盗賊達が、わらわらと隊商(キャラバン)に追いすがって来る。


「30はいるか? 数が多いぞ! 打ち合わせ通り先頭へ!」


 そんな声が後方から聞こえて来た。ベイリルとか言う王国人の戦士の声だ。

 敵の数が多かった場合、一時的に先頭の馬車の周囲に集まって防御を固め、まず敵の数を減らすことに専念するという事前の打ち合わせ通りの指示だった。

 後方の2台の馬車が無防備になるが、大勢の敵に対して戦力を分散し、各個撃破されるよりマシだ。ちゃんと事前に雇い主の承諾も得ている。

 ゴノワースも馬首を巡らせて先頭の馬車に寄せ、下馬して背負っていた大盾を取り出すと、馬車の荷台にいる雇い主のメイルズに声を掛けた。


「メイルズさん、これを。立てて構えて、あんたは背を低く、頭を上げないように。流れ矢に注意してミシュリの防御に。ミシュリはこいつの陰から、どんどん撃ってくれ」


 メイルズに自分の大盾を渡しながら、荷台の上から矢を射掛ける王国人弓士のミシュリに指示した。

 無口なミシュリはコクリと(うなず)く。

 それを確認したゴノワースは、もう1人の弓士、帝国人のシーエラにも声を掛ける。


「悪いな、シーエラ! 金欠で盾一枚しか持ってなくてよ! 次は2枚用意しとくぜ」


「いいさ! 気にしなさんな! ミシュリはいい女だからね!」


 シーエラは間断なく矢を射掛けながら豪快に笑い飛ばした。

 ゴノワースは別に、わざわざミシュリを選んで盾を渡した訳ではない。

 たまたま依頼主のメイルズが近くにおり、たまたまその横でミシュリが矢を射ていたからそうなっただけの話だ。

 傭兵同士で出身国を気にする人間は滅多におらず、戦闘中に個人的な好き嫌いで物事を判断をするような傭兵は三流以下だ。

 もちろんシーエラも、それを承知の上での軽口だった。


「あんたもいい女だよ!」


 そう返しながら、襲い掛かってきた盗賊の胸を短槍で一突きにして蹴り飛ばす。

 そのまま手を持ち替えると、石突で別の盗賊の顎を撃ち抜いて昏倒させた。

 倒れた盗賊に槍の穂先を突き立てて止めを刺し、3人目の盗賊は打ちかかってきたところを、素早く腰から抜いた予備の片手剣(スクラマサクス)で受け流してから、体勢が崩れた隙を突いて胴を横一文字に切り裂いた。


「やるねえ。あたしが旦那一筋じゃなけりゃ、あんたにもチャンスあったかもよ?」


 シーエラが軽い調子で笑いながらゴノワースを褒める。

 彼女は既婚者で、この隊商(キャラバン)の護衛に参加している帝国人の戦士が彼女の旦那だ。


 あっという間に3人を倒したゴノワースだったが、別にゴノワースが特別強かったわけではない。たまたまゴノワースに襲い掛かってきた盗賊が弱かっただけだ。

 ゴノワース自身の自己評価は中の上くらいだと思っている。上の下にはまだ足りない、と。

 戦士として同じリュドーの街を拠点にしていたハイ・オークのダグや、石壁の異名を持つコズノーにはまだ及ばないが、この程度の相手なら苦戦することもない。


 少し腕の立った4人目の盗賊をなんとか裁いて、馬車の後方で戦う仲間の傭兵の方を見ると、帝国人の魔道士ブルワが、土魔法で作った土壁を交互に重ね、障害物にすることで数に勝る盗賊達の行動範囲を抑制して人数の不足を補っている。なかなか上手いやり方だ。

 この乱戦で多少の手傷を負った者はいるようだが、今のところ死者や戦闘不能に陥った者はいない。

 そちらの助太刀にゴノワースが駆け出そうとした瞬間、雇い主のメイルズの慌てた声が聞こえたことで足が止まった。


「ああ、馬車・・・・・・商品が・・・・・・」


 その声に後方の馬車を見ると、盗賊の一部が一番後ろの馬車を無理矢理方向転換させて持ち去ろうとしている。

 人数差を補う為に、先頭の馬車に守りを集中した結果だ。

 こういった場合には、こういう作戦を採るということは、雇い主のメイルズにも伝えてあったし、その為に、高価な商品ほど優先的に先頭の馬車に積むよう工夫していたが、それでも馬車一台分を持ち去られては大損害だ。

 ほぼ同時に気付いた帝国人の槍士カッタルから、魔道士ブルワに「土壁を!」と指示が飛ぶ。

 しかし、ブルワは口惜しげに「すまん! あの位置までは届かない」と、代わりに真ん中の馬車の後ろに小さい土壁を築く。これで真ん中の馬車まで持ち去られる危険は無い。これ以上の損害の拡大は防いだ形だ。


「こいつらを片付けて追えば、まだ追いつける! 諦めるな!」


 ゴノワースはそう叫ぶと、再び援護の為に後方に駆け出した。

 王国人戦士と切り結んでいた盗賊に横から一突きお見舞いし、さらに襲ってきた盗賊の上段からの攻撃を、槍の柄で受け止めた。

 そのまま相手の勢いに任せて姿勢を沈めることで、撃ち下ろされた剣の勢いを相殺し、逆に伸び上がる勢いで盗賊の剣を払いのける。

 一瞬、相手との距離が空いたことで妙な間が生まれたが、それを切り裂くように後方から叫び声が聞こえた。


「ミシュリッ!」


 シーエラの声だ。

 目の前の敵を牽制しつつ、そちらに目をやれば、どうやら盗賊の放った矢を受けたらしいミシュリを、駆け寄ったシーエラが介抱しているようだった。

 ゴノワースがメイルズに渡した盾の陰から、弓による牽制をしていたミシュリだが、メイルズが馬車を持ち去られる動揺で盾を倒してしまい、障害物の無くなった彼女に敵の矢が当ってしまったのだ。

 シーエラが雇い主に遠慮なく非難の言葉を浴びせ、メイルズも謝りながら盾を起こしている。あの様子ならミシュリも命にまでは別条無いようだ。


 それを見てホッとしたのも束の間、いつの間に回り込んだのか先頭の馬車の前方から忍び寄る2人の盗賊の姿が目に入る。

 既にかなり近寄っていて姿勢も低い為に、荷台の上にいるミシュリとシーエラからは見えない位置だ。

 2人の盗賊は、伏せるような姿勢のまま荷台の縁を回りこんで、彼女達を挟み撃ちにするつもりらしい。

 それを目撃したゴノワースの行動は、頭で考えるより先に体が反応した結果だった。


「シーエラ! 馬車の下に2人! 手前と奥だ!」


 思わずそう叫ぶと、手に持った愛槍を躊躇(ためら)うことなく投擲する。

 狙いは違わず、荷台の陰から躍り出て襲い掛かろうとした、手前の方の盗賊を背中から刺し貫いた。

 しかし、武器を放った大きすぎる隙を、目の前の盗賊が見逃してくれるはずもない。

 がら空きになったゴノワースの右腕に、盗賊の剣が食い込む。

 幸いにも肩当に当って勢いを殺がれた剣は、それでもゴノワースの利き腕に小さくないダメージを与えることに成功した。


「ぐぬぅっ!」


 痛みに思わず呻き声が漏れた。

 それでもすかさず、左の腰に佩いた予備の片手剣(スクラマサクス)を、自由の利く左手で逆手に抜くが、順手に持ち替える暇が無い。

 目の前の盗賊の下卑(げび)た顔がニヤリと歪むと、(かさ)()かって剣を振り回してきた。

 ゴノワースは何とかそれを(さば)くが、利き腕ではない左手で、しかも逆手に持った剣では力も入らず、傷を増やしながら次第に追い詰められていく。

 自らの愛槍を手放してまで警告したシーエラ達がどうなったのか、その確認すら、する余裕が無かった。


「いい加減にくたばりやがれ!」


 粘るゴノワースに痺れを切らした盗賊の、力任せの一撃に耐え切れず、予備の片手剣(スクラマサクス)まで弾き飛ばされた。

 しかも、運悪く弾け飛んだ剣の柄が、ゴノワースの顎を掠め、脳を揺らす。


「ゴノワース!!」


 女の声が彼を呼ぶが、その声はミシュリのものだったのかシーエラのものだったのか。

 体が意志に反して上手く動かず目が回る。平衡感覚を保てず膝をついた。

 何とか踏ん張ろうとしても、足に力が入らず踏ん張りが利かない。

 目の前の盗賊が、ニタニタと勝ち誇った笑みを浮かべて、振り上げた剣がスローモーションのように振り下ろされ・・・・・・。


 タタタン!!


 何かが爆ぜるような乾いた音が周囲にコダマした。

 同時に、ゴノワースに死をもたらすはずの盗賊の顔が弾け飛び、ゆくりとゴノワースに向かって倒れ込んでくる。

 赤く生臭い血がゴノワースの全身に降り掛かった。


「ブルワ!?」


 倒れてくる盗賊の死体を突き飛ばして除け、仲間の魔道士の名を口走りながら彼を探す。

 盗賊の死因は剣でも槍でもなく、矢によるものでもない。

 あるとすれば、魔道士のブルワによる魔法攻撃くらいしか思い当たらなかったからだ。


 タタタン!! タタタタン!! タタン!!


 破裂音はまだ続く。

 その度に盗賊達の悲鳴が上がり、血煙を上げながら倒れていく。

 何が起こったのか混乱する中、脳震盪による症状からようやく少し回復したゴスワースの目が、呆然と空を見上げる魔道士のブルワを見つけた。

 その様子を見れば、ゴノワースを救ったのがブルワではないらしいとわかる。

 戸惑いながらも、空を見上げるブルワの視線の先に目をやると、それはいた。


「あれは確か・・・・・・」


 無意識に呟きが漏れる。

 ゴノワースは、以前、それを見たことがあった。

 場所は荷物の配達というチンケな仕事で立ち寄ったルードサレン。

 たまたま行われていた、リンデン砦奪還と、コルエバン防衛の祝賀パレードでのことだ。

 翼も無いのに空中を自在に飛ぶ、明らかな人工物。

 まるで空を飛ぶ蜘蛛か蟹のように見えるそれ。


 今、よく見れば2体いて、時折、薄い灰色の体の下にぶら下がった黒鉄色の捧の先から、赤い火の弾を発射される度に盗賊達が倒れていく。

 隊商(キャラバン)が襲われたことに気付いたニイロ達が、偵察中のクラブ・ワンとクラブ・ツーに隊商(キャラバン)の援護を命じた結果だった。

 ゴノワースは、まだよく力の入らない体に鞭打って、なんとか立ち上がると、転がっていた自分の片手剣(スクラマサクス)を拾い上げながら仲間達に自分の知ることを伝えた。


「あれは味方だ! 近くにコルエバンの英雄が来てるぞ!」


「「「おおおーっ!!」」」


「なんだ? 英雄?」


「あれって味方? 援軍!?」


 その知らせに仲間達が奮い立つ。

 コルエバンの英雄の話を知らない王国人はいない。

 帝国人の護衛達は知らない者もいたようだが、実際に仲間の士気が上ったことに勇気付けられたようだ。

 逆に盗賊達の方は、得体の知れない敵の援軍に動揺を隠せない。

 1人が身を翻して逃げ出すと、やがて我先にとバラバラに四方へ逃走していった。


 こうなると、人数に劣る側は追いかけることも出来ない。

 深追いを避け、まずは少し休息を取りつつ、手分けして損害の確認を済ませることになり、切られて痛む右腕を押さえ、座り込んでいたゴノワースの元に、ミシュリとシーエラが歩み寄って来た。


「助かった礼は言うよ。でも、自分の得物を手放すなんて、あんな無茶はして欲しくなかったね」


 シーエラは、一応文句を付けるが顔は笑っているし、ミシュリは黙ってゴノワースの腕の傷の応急手当に掛かる。


「悪いな、体が動いちまったんだ。自分でもビックリさ。次から気をつけるよ。そういやミシュリも矢を受けてたみたいだったが、大丈夫か?」


 手当てを受けながら、シーエラの抗議に苦笑しつつ答え、ミシュリにも声を掛ける。


「左肩だし、(やじり)も抜けたから大丈夫」


 普段から無口で、あまり表情の動かないミシュリだが、そう答える彼女の顔が、少し嬉しそうな表情に見えたのはゴノワースの気のせいだったのか、それはわからない。


 そんな話をしていた3人の元に、他の傭兵5人と雇い主のメイルズも三々五々集まって来る。

 持ち逃げされた馬車を追わねばならないが、その相談だ。

 馬車と共にいる盗賊は、恐らく10人前後。後から逃げた盗賊が合流していればもっと増えるだろう。

 対して今から追うとすれば徒歩では厳しい。

 なので、手段は騎馬になるが、使える馬は元から騎馬として使っていた2頭と、残る馬車から外して使える2頭。合計で4頭だ。

 これではいくら傭兵の方が腕が立つとはいえ、多勢に無勢では返り討ちになる危険性も高いし、そうなって馬まで失えば、残った馬車まで先に進むことが出来なくなる。

 それに、今回の襲撃による傭兵の方の被害もそれなりに大きく、利き腕をやられたゴノワースや肩に傷を負った弓士のミシュリは戦力にならない。

 結局、ほぼ無傷で戦力になりそうなのは、王国人の戦士ベイリルと帝国人魔道士のブルワ、帝国人弓士のシーエラの3人だけだ。


「あれが加勢してくれれば・・・・・・」


 そう呟く帝国人の戦士ジャスタル――シーエラの旦那だ――の視線の先には、上空をフラフラと飛びまわるクラブ・ワンの姿がある。

 先程まではもう1体いたはずだが、いつの間にか姿が見えなくなっていた。


「それにしても、あれは何なのです? 王国人はご存知のようですけど、英雄がどうとか。人が作った魔道具のようですが」


 魔道士のブルワがゴノワースに尋ねる。

 魔法に関しては一日の長があると評される帝国の出身者としては、ことさら興味を惹かれるようだ。


「ああ、王国とドマイセンが、リンデン砦とコルエバンでドンパチやったってのは聞いてるだろ? その時に活躍したそうだ。他所から来た人間だそうだが、俺も詳しくは知らん。

 ルードサレンでやった祝賀パレードの時に、遠くから見たことがあったんだよ。英雄様本人も、リュドーで何度か見掛けたことがある程度だ。

 あの、空飛んでるやつは魔人形(ゴーレム)みたいなもんっつー話だが、その辺はほら、本人に聞けば教えてくれるかも知れんよ」


 そう言ってゴノワースが指差した先は隊商(キャラバン)の進行方向。

 ワーバエの村に続く道を、馬の引かない不思議な箱馬車が、土煙を上げながら向かって来る姿が見えた。


次回予定は3月30日です。

守れるよう頑張る。

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