第31話 足止め
おかしい。
更新予定の3月1日まで、あと2日の余裕があったはずなのに、なぜこんなバタバタして更新作業しているのか・・・・・・私の体内カレンダーが確かならば、今日は2月の29日。げせぬ・・・・・・。
ニイロ達一行は、無事ヨーネス大森林を抜け、依頼のあった大森林内の害獣駆除の報告も兼ねて、タイネンザール侯爵の治める領都テラスボンに立ち寄った。
ここで間引きした害獣の内容と数が常識に合わないと、報酬の件で多少もめたものの、同行していたフランドの証言もあって何とか納得してもらい、そのフランドとも別れて馬車でダスターツ伯爵領のリュドーへと戻る。
ここで、この街を拠点としているダグ達とも別れ、代官屋敷に預けていた電動二輪車を引き出して、単独でルードサレンへと向かった。
電動二輪車を預けていたのは、『ちゃんと戻りますよ』という、周囲への意思表示である。
リュドーまでの馬車での移動に時間を取られたこともあって、ヨーネス大森林で目的の探査機を回収してから、既に20日以上が経っている。
ダスターツ伯爵への帰還の挨拶も済ませ、宿に戻ったニイロを待っていたのは、先に特殊輸送車両でドマイセンから戻っていたサクラコ。それに、ニイロは初対面となる一組の男女だった。
サクラコは、回復成ったフィーゼと、看護と護衛の為に残った人員を乗せて、5日前にルードサレンへ帰還しており、その際に帝国の関係者だという二人を伴っていた。
「バネストリア帝国第二王女、ティリザ・エルノ・バネストリア様に仕えます、ファノ家のチェク・ファノと申します。こちらは我が家に仕える森蜥蜴人のロッチェ。
この度は、こうして面会の機会を頂きまして感謝申し上げる次第。
また、帝国の不届き者がご迷惑をお掛けしましたこと、主人に成り代わり、幾重にもお詫び致しますと共に・・・・・・」
放っておくといつまでも続きそうな口上を、ニイロは慌てて止めた。
「待って下さい、そもそも謝る相手が違う。あなた方が謝るべきは、亡くなったエルナントさんのご遺族だし、負傷したフィーゼさん、誘拐されたサリアさんだ」
ニイロがそう言うと、チェク・ファノと自己紹介した女は、申し訳無さそうな顔でニイロに弁解する。
「はい。ダスターツ伯爵ご本人も含め、そちらの方々へも直接お会いして謝罪させて頂きました」
そう言ってチャク・ファノは深々と頭を下げた。
その言葉に、側で聞いていたサクラコが無言で頷く。
どうやらルードサレンに到着してすぐ、エルナントの遺族の元へと向かって謝罪したということのようだ。
「そうですか。では、俺への謝罪は不要です。それよりも事を起こした首謀者の情報を聞かせて下さい」
ニイロがそう催促すると、チャク・ファノは真剣な表情のままニイロの要望に応えた。
「はい。では、その前に少しだけ、現在の帝国内の情勢をご説明しておきます。
恥ずかしながら、現在、帝国では帝位の継承を巡って内乱の一歩手前という状況で、優位に立つのは先々代の皇帝陛下の弟御であらせられますゼールス・ビアノース・バネストリア公爵です。
それに先々代の長男で先帝の弟御であらせられますザルーク・シール・バネストリア殿下が異を唱えて争っておいでです。
私の仕えるティリザ様は中立で、先々代の第二王女、先帝の妹御に当られます」
「なるほど、要するに叔父と甥が争ってるってことか・・・・・・関係者で女性はティリザ様だけですか? ティリザ様は第二王女ってことだったけど、第一王女様は? あと、他にご兄弟とかは」
「えっ? は、はい。第一王女、サラネア様はもう降嫁されていて、現在はノズコンシア侯爵夫人となっておられます。ノズコンシア侯爵ご自身は皇弟ゼールス派です。
嫡男で次男だった先帝は亡くなられ、三男のオルグス様は行方不明・・・・・・ですが、私共の調べですと既に亡くなられている可能性が高いです。他にご兄弟などはおられません」
ニイロの質問に、なぜ女性皇族にだけ興味を示すのか、チェク・ファノは意図を掴めず少し戸惑いを見せる。
ニイロの頭にあったのは、あの首狩り姫が言っていた言葉だ。
それが首謀者本人かは定かではないが、少なくともあの人形が言っていた『ご主人様』が女性である可能性は高いと睨んでいる。
「ふーん・・・・・・すると、まだ第二王女様も容疑者から外すわけにはいかないか・・・・・・」
「なっ! ティリザ様はそのような姑息な策を巡らせるような御方ではありません!」
つい、漏れたニイロの呟きに、チェク・ファノは猛然と抗議の声を上げた。
すると、今まで黙って口を挟むことのなかった森蜥蜴人のロッチェが、初めて口を開いてチェク・ファノを窘める。
「落ち着け、お嬢。ニイロ殿はティリザ様の人となりをご存知無いし、ティリザ様を首謀者と断定されているわけでもない。まだ事実を積み重ねて検討されている最中というだけのことだ」
その冷静な指摘には、逆にニイロの方が驚かされた。
リザードマンとは紹介されたものの、ファンタジーアートに出てくるリザードマンと言うよりは、SFに出てくるレプティリアンやディノサウロイドと言った趣きの外見からは、言っては悪いがあまり知的に見えないということもある。
いや、確かに目を見れば、爬虫類の無機質・無感情な瞳ではなく、確かな知性と意志を感じさせる眼をしているのだが。
「これは・・・・・・申し訳ない・・・・・・」
ロッチェに指摘されて落ち着きを取り戻したのか、チェク・ファノもバツが悪そうにしながらニイロに詫びた。
「いいえ、気にしないで下さい。ロッチェさんの言う通り、情報が少なすぎてまだ判断できないというだけの話です。
今、わかっているのは、首謀者は俺を取り込みたくて関係者の誘拐を企んだこと。目的は劣勢の挽回ということから、現在劣勢に追い込まれている長男のザルーク派が怪しいということ。これは実行犯を手配した、なんとかって男爵――横からサクラコが「テネッセラ男爵です」と注釈を付けてくれた――が長男派なのも容疑を裏付けている。
それに、優勢な皇弟派からすると、今、わざわざ王国を巻き込む危険を犯す必要性は皆無だってこともある。
ただし、チェク・ファノさんの話だと、ティリザ様が直にザルーク殿下に問いただしたところ、殿下は全く知らない様子だった、と・・・・・・まあ、これは知ってて惚けた可能性もあるかな」
「テネッセラ男爵は現在行方不明です。領地に戻った形跡も無い。既に消されている可能性も高いでしょう。それに、男爵が手配したと言われる実行犯の数は、資金的に男爵が賄える数を越えています。
男爵をザルーク殿下の派閥に紹介したのはウォルムズ子爵ですが、子爵によれば紹介料として少なくない金額を男爵より受け取ったとか。
このことから、テネッセラ男爵は何者かによって送り込まれた工作員と考えられるのですが、その何者かが仮に皇弟派だとすると、わざわざ劣勢の派閥に対してそのような工作をする目的が・・・・・・」
チェク・ファノの説明の声は、最後は消え入るように小さくなっていく。
「ありませんよねえ。要するに、筋道立てて考えるには、まだ材料が足りてないってことです。現時点で考えても、それは先入観になって邪魔なだけ。今は材料集めが先ってことです。
そこで一つ、こちらから材料を。首狩り姫って人形、ご存知ですか?」
ニイロの問いにチェク・ファノとロッチャは不思議そうに顔を見合わせる。
「首狩り姫って、あのお話に出てくるアレですか?」
「そうですね。俺はお話しの方は知らなかったけど、ドマイセン軍の人が教えてくれました。昔のなんとかって魔道士――ここですかさず「ヴェールサルクです」とサクラコが注釈を入れる――が作った10体の内の一つで、現存してないはずだった、って」
「え? うそ、あれって実話・・・・・・?」
「だった・・・・・・まさか実在してたのですか? どうして首狩り姫だと・・・・・・」
ニイロの話に、チェク・ファノは驚きの表情を見せ、ロッチャは驚きつつも確認してきた。
「自分で名乗ったんですよ。これはドマイセン軍の人も聞いてます。
このくらいの大きさ――両手で縦60cmほどの大きさを示しつつ――で、赤いドレスに両手に双剣持ってて、実行犯の口封じに使われました。もっとも、もう今はただのガラクタになって、本当に現存してませんけどね」
「戦ったのですか・・・・・・」
「ええ、ドマイセンのチェセルって軍区長の人と一緒に」
「チェセル・・・・・・オンド・チェセル? 雷剣チェセル? コルエバンの敗戦で中央から北東区の軍区長に左遷されたと聞いたけど・・・・・・」
「ああ、多分その人です。二つ名持ちとは聞いてなかったけど、コルエバンにもいたって言ってたから、その人でしょう。
そして、その人形から色々と手掛かりは得られてるんですよ。
誘拐犯のチェルカって女の話だと、あの人形はチェルカが魔力を注入する前から、既に誰かが魔力を注入していたそうで、自分の魔力で上書きできていなかったことから、首謀者一味の中に少なくとも自分以上の魔道士が存在するはずなんだそうです。
まあ、チェルカ個人は魔道士として中の下といったところだそうで、これだけで絞り込むのは難しいけど、サクラコに調べてもらって、もう一つ、犯人に繋がる証拠も入手できてるんで」
それを聞いてチェク・ファノはホッとしたように胸を撫で下ろす。
「ならば! やはりティリザ様は無関係です。ティリザ様ご自身は、優れた研究者ではあらせられますが、魔法の行使自体はお世辞にも・・・・・・少なくとも魔道士を名乗れるものではありませんし、それに、配下の魔道士にも男性ならば数人名前が浮かびますが、そこまで優れた女性魔道士はいなかったはず。
それに、ティリザ様は我々にニイロ殿に協力するよう申し付けられました。首謀者であるなら、そのようなことはおっしゃらないと思います」
チェク・ファノの必死に主人の無実を主張する。
その様子に、ニイロは苦笑しながらも答えた。
「気持ちはわかりますけど、まだ白紙です。全てこれから調べればわかることだし。さっそく明日、ダスターツ伯爵に一言挨拶したら、ちょっと出掛けるつもりです」
「えっ? 出掛けるって、どちらに?」
まるで近所に行ってくるような感じで出掛けると言われて、チェク・ファノは思わずニイロに聞き返した。
「どちらって、帝国に決まってるじゃないですか。首謀者にきっちり話をつけないと。もう準備出来てる?」
最後の問い掛けはサクラコに対するものだ。
「はい。補給品のチェックは済ませましたし、後はニーロに最終チェックと収納だけしてもらえればいつでも。場所はいつもの所で、コンテナにはスローンさんが見張りの人員を出して下さっています。
ただ・・・・・・ニーロは戻ったばかりですし、数日休まれては如何でしょう?」
そう言ってサクラコは少し心配そうにニイロの顔を見た。
しかし、ニイロはサクラコの気遣いに感謝しながらも、断固とした口調で宣言する。
「ありがとう。でも、俺達の存在で迷惑を蒙った人達がいるんだ。これを片付けないと安心して休めないよ。だから、挨拶を済ませたら、すぐに出発しよう」
「そうですか。でしたら私も反対はしません。ニーロが決めた以上、私も精一杯サポートするだけです。
それに・・・・・・私からもサリアさん達を苛めてくれたお礼、亡くなったエルナントさんに代わって、しっかりしなくてはなりませんし」
サクラコは静かな表情の下に決意を込めて誓う。
彼女にとっても首謀者への怒りは本物なのだ。
「えっ? だってそんなすぐって・・・・・・国境には検問もありますし、まずはティリザ様にお伝えして、向こうにも色々と準備を・・・・・・それに、明日だなんて、私達の方も準備とか連絡とか、そんな簡単には・・・・・・一月、いえ、一週間、いや、せめて数日の猶予を・・・・・・」
チェク・ファノは思わずうろたえた様子でニイロに再考を促すが、すかさずサクラコに釘を刺された。
「あら、あなた方まで私達に合わせて一緒に動かれる必要はありません。そちらで自由に動かれたらいいと思います。」
「そんな・・・・・・」
途方に暮れるチャク・ファノの肩を、ロッチャは首を左右に振りながら、宥めるように叩く。
表情の見分けのつきにくい森蜥蜴人である彼だが、この時ばかりは諦めの感情が容易に見て取れた。
翌日、ダスターツ伯爵に面会して帝国へ出掛けてくる旨を告げると、当然ながら大反対を受けることになった。
伯爵のみならず、メリーチェやダスターツ領の騎士団長ギータン・ポアルソン、伯爵の首席秘書官であるカウネル・ラッチなども、入れ替わり立ち替わりニイロの翻意を促すが、ニイロの意思は固く、必ず戻るからと約束させられた上で納得してもらうことができた。
ヨーネス大森林へ行った際に困らせられた護衛についても、帝国と王国の緩衝地帯である大森林と違い、この度は明確に帝国へ立ち入るということで、王国の関係者を同行させることは、さしものダスターツ伯爵と言えど主張するのは憚られたようだ。
代わりに、ヨーネス大森林へ行った時のように傭兵を雇っては? という話については、『エズレン回廊を行く予定なので、経由地であるビンガインで帝国方面に詳しい者を雇う(かも知れない)』ということで納得してもらった。もちろん、カッコ内は心の声なので伯爵には聞こえていないが。
ニイロ達を単独で行かせることを諦めきれないダスターツ伯爵から、『身の回りの世話役にサリアを連れていっては?』との打診もあった。
ダスターツ伯爵としては、例えニイロが帝国へ行っても、王国との関係を切らせない為の鎹として、サリアの身を預けるという思惑から出た提案だったが、『そういうのは好きではありません』とニイロが断ると、これにはダスターツ伯爵も素直に謝った。
爵位を持つ者が自称平民に頭を下げることなど有りえないことではあったが、見ていたポアルソンやラッチなども特に驚くこともなく、この辺りは日頃のダスターツ領の面々の在り様を表しているのだろう。
だからこそ、ニイロもこの街を気に入っている。
こうして挨拶回りを終えると、ダスターツ伯爵以下の面々に見送られて旅立つことになった。
皆、厩舎の一画に止めてあった特殊輸送車両の周囲に集まり、メリーチェやサリアは涙ぐんでいる。
(いや、別に今生の別れじゃないし、ちゃんと戻るって言ってるんだけどなあ・・・・・・)
ニイロとしては、ちょっと長期の旅行に行ってくるといった程度の感覚なのだが、ガンマ・アースに暮らす人々の感覚では、長期旅行=命がけという感覚の違いから来る反応の違いだ。
それで多少の戸惑いはあるののの、別に悪い気はしない。
一人ひとりと挨拶を交わし、特殊輸送車両に乗り込んで、いざルードサレンを発とうとした、ちょうどその時、見送りの一同の後ろから秘書官の一人が大慌てで駆け込んで来ると、特殊輸送車両の正面に立ち塞がってニイロを止めた。
「お、お待ち下さい! お待ち下さい! 今、バネストリア帝国から使者の方が、ニイロ様にお会いしたいと!」
タイミングが悪いにも程がある。
涙の別れテイク・ワンはカットされ、呼び戻しに来た秘書官に案内されて、客間に通されたニイロとサクラコは、無為の時間を過ごすことになった。
帝国からの使者の身許や、来訪の目的の確認に時間を取られた為で、そんな2人がいる部屋に、ようやくダスターツ伯爵の首席秘書官であるカウネル・ラッチが顔を覗かせたのは、既に呼び止められてから5時間近くが過ぎた頃だった。
「やあ、お待たせして済みませんね。何しろ、何も確認しないまま帝国の自称使者をあなた方に会わせるわけにはいきませんから」
「いえ、事情はわかりますから気にしないで下さい。それで、使者の方は何と?」
「一応、王都の方にも鳩便を飛ばして返事もありましたが、向こうにも使者とやらが来ているそうです。どうやら、あなたの所在がわからずに複数の使者を派遣しているみたいですね。
それで、当りを引いたのはオルデギー子爵の配下の者だそうで、目的や内容はニイロ殿に直接話す、と。
ちなみに、オルデギー子爵は皇弟派の人間のようで、護衛を2人連れてますが、武装は解除させています。お会いになりますか?」
返事をする前に、ニイロはちらりとサクラコを見る。
サクラコが小さく頷くのを確認すると、ラッチに答えた。
「会いましょう。話を聞いて見ないと始まりませんからね」
「わかりました。では、こちらに」
ラッチに先導されて、帝国の使者が待つ応接室へと案内されたニイロとサクラコは、そこに帝国の使者というチョビ髭を生やした小男と2人の護衛、そして、さも当然のような澄まし顔で使者の前に座るダスターツ伯爵の姿を見ることになった。
これには少し面食らったが、考えてみればここは伯爵の館なので当然とも言え、部屋の中には、他にダスターツ伯爵の護衛騎士4名がいる。
ささやかな内心の動揺を表に出すことなく、ニイロは使者に対して挨拶した。
「お待たせしました。私がカオル・ニイロ。カオルが名でニイロが姓。苗字持ちですが私の国では苗字持ちが普通なので貴族ではありません。平民です。
そしてこちらは私の相棒でサクラコです」
そう言って自己紹介とサクラコの紹介を済ませる。
ニイロの紹介を聞いた使者は、ニイロが「平民」と名乗った瞬間、嘲りの表情を浮かべた。後ろに控えた護衛の2人も、顔に明らかな侮蔑の色が見られる。
使者は、まだ立たせたままのニイロに向かって、いかにも大仰な態度で告げた。
「そうか。私は主であるオルデギー子爵より使者の任を賜った、ビルボン・ガルナーだ。その方に申し渡す。
よいか? 動くな。何もするな。余計なことはせず、大人しくこの地で暮らすがいい。これはゼールス・ビアノース・バネストリア次期皇帝陛下の慈悲である。わかったら下がってよいぞ」
その言葉に最初に反応したのはダスターツ伯爵だった。
顔面に怒気を漲らせて立ち上がろうとする伯爵に、ガルナーの護衛2人は思わず身じろぎするが、ガルナー自身は全く反応しない。
これはガルナーがただの文官で、伯爵の放つ殺気に気付くことすらできなかっただけのことだ。
しかし、その伯爵の動きは、伯爵の背後に立つサクラコが無言で肩を抑えてとどめた。
「なっ・・・・・・」
思わず首だけで振り返る伯爵にサクラコは優しく微笑み、小さく口を動かすことで伯爵に伝える。
(お・ま・か・せ・を)
そしてニイロの方をちらりと見やった。
「ご用件はそれだけですか? なるほど。つまり、さっさと帝国に来て騒動を起こせ、と。そういうことですね? 押すな押すなは押せ、ってことですしねえ。
要望されたからには、応えなきゃ仕方が無いですもんね。いや、元々行く気ではありましたけど、わざわざ言って来たってことは何か知ってるって白状したようなもんだし、これで少なくとも空振りにはならなそうだ。うん」
公然と言い放つニイロに、ガルナーは目を白黒させて声を上げた。
「きっ、貴様! 何をしたか知らんが平民風情が思い上がりおって、何を戯けたことを! 我等を愚弄するとは首を切られたいか! ダスターツ閣下もこのような下賎の輩、さっさと・・・・・・」
「黙れ帝国のドブ鼠! 首を落とされるは貴様の方ぞ!!」
いきなりのダスターツ伯爵の怒号に、ガルナーは最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。
「よいか! ニイロ殿は武によって村を救い、砦を奪還し、街を救ったのみならず、知恵によって鉱山や耕地の改良にも助言を頂いた、我がダスターツ伯爵領、延いては王国の恩人である!
黙って聞いておれば、我等が恩人に対してのその方の言動、これは我が王国に対する侮辱に等しいと思え!」
王国きっての猛将の怒号に、哀れガルナーは顔面蒼白となって声も出ない。
「儂はこれより王都に使いを出して国王陛下に一部始終を報告し、この無礼に対して、帝国のオルデギー子爵及びゼールス・ビアノース・バネストリア公爵への膺懲の軍を催すことを発議する!
よいかドブ鼠! 事は既に貴様の薄汚いそっ首一つで終わらせられると思うな!」
ダスターツ伯爵は怒りに任せてそう宣言するが、さすがに事が大きくなりすぎである。
これほどまでに自分の為に怒ってくれるダスターツ伯爵には感謝するが、さすがに軍を催すとなるとニイロも放ってはおけない。
「閣下、伯爵閣下、お気持ちは感謝しますが、軍を催すのはさすがに・・・・・・逆に騎士や兵士の皆さんの迷惑になって申し訳ないですよ」
「そ、そうか。ニイロ殿がそう言うのであれば軍の発議はやめておこう。ただ、陛下への詳細の報告は行うが、それは構わんな?」
「はい、当然それは構いません」
「よし。それでは・・・・・・ギータン!!」
ダスターツ伯爵が大声で騎士団長の名を呼ぶと、ほどなく応接室の扉がノックされ、呼ばれたギータン・ポアルソンが姿を現した。
「お呼びでしょうか」
「うむ。そこにいる帝国のドブ鼠3匹、さっさと外に放り出せ。それから王都に使いを出すので人選を」
指示されたポアルソンは配下を促して、まだ伯爵の怒気に当てられ呆然としているガルナーと護衛2人を引き立たせて連行して行く。
残ったニイロは、ダスターツ伯爵に改めて礼を述べた。
「閣下、私の為に怒って頂いて、有難う御座いました」
そう言って頭を下げるニイロに、伯爵は少し照れたように答えた。
「いやなに、本当のことだ。身分も重要だが、それより何を成したかの方が、より重要だと儂は思っておる。そこらの貴族でも成し得ぬことを成した貴殿を尊重するは当たり前のこと。
もっとも、それを理解せん者も多いのは嘆かわしいことだがの。
それより、もう夕刻も近い。そなた達なら夜の闇も苦にせんのだろうが、ここは一つ、今晩だけでも泊まっていったらどうだ?
なに、もう帝国に行くのを止めようなどとは思っておらん。おらんが、2人が一晩だけでも泊まっていってくれればメリーチェが喜ぶからの」
ダスターツ伯爵の誘いに、ニイロはサクラコを見る。
顔を見合わせたサクラコは、にこりと笑って小さく頷いた。
「そうですか。なんだか今日は少し疲れたし、じゃあ、お言葉に甘えて泊めて頂こうかな」
そう言いながら腰の亜空間ポーチから数本のウィスキーの瓶を取り出すニイロに、伯爵は思わず破顔した。
次回更新予定は3月10日です。
ええ、多分大丈夫・・・・・・多分。