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第3話 未知への準備

 あの日から既に1年近いが過ぎた。


 あの日、病院で、ロバート・バレットとシンシア・マッキントッシュという、二人のアルファ・アースの使者との邂逅を終えた後、「後の始末はちゃんとやっておきますから安心して下さい」と笑顔で言う二人に見送られ、新納の身柄は看護師姿のアキヤマとノザワと名乗る別の二人の三十代くらいに見える男性職員に委ねられた。

 運んできたストレッチャーに移されると、移送と治療の前段階として必要だと言う説明を受けた上で、直ぐに睡眠薬を投与されて意識を失った。


 次に目を覚ました時は三日が経過しており、いつの間にかあまり治安が良いとは言えないアフリカ某国にある国際科学技術管理局の秘密施設に運び込まれていて、心底驚ろかされた。

 何せ、これまで海外旅行の経験は無く、当然、パスポートも持っていないのだから。


 新納が後で聞いた説明によると、アルファ・アースに本拠を持つ国際科学技術管理局は、公式にも非公式にも、ベータ・アースのあらゆる権力機構からは距離を置いているが、学術調査のフィールドワークを円滑に進める為、長い時間を掛けて世界の数か所に活動拠点を構築しているそうだ。

 各国間の移動については、普通に(多分偽造)パスポートで公共交通機関を使うこともあれば、独自のルート(・・・・・・)を使うこともあって、今回は後者だと教えてくれた。


 そんな数ある施設の中の、新納が最初に運び込まれたこの施設は、表向きとある新興宗教団体の、教会なんだか寺院なんだか、はたま神殿なんだか、判断に困る外見の施設になっており、ここでまず病気の治療が徹底的に行われた。


(色んな神様に喧嘩売ってるっぽいけど、大丈夫かよこれ……)


 サイケデリックに彩られたドーリア式っぽい円柱の柱が立ち並び、紫玉葱みたいな伽藍の屋根の上には巨大な黄金に輝く十字架と、これがアルファ風の建築なのか、少し心配になって詰めている国際科学技術管理局のスタッフに尋ねてみたが、曰く、「この建物のデザインですか? 多分、気にしたら負けです」と、遠い目で語っていたので、アルファ・アース人からしても異質らしかったのは少し安心させられた。


「お陰でマトモな人は絶対近づきすらしませんから、警備が楽でいいですよ、ははは」 なんて乾いた笑いで言われた日には、慰めていいのか一緒に笑えばいいのか、新納にもわからなかったが。


 この設備が選ばれたのは、単に新納の病気の治療に実績を持つ医師が、現在偶々この地で調査研究活動を行っていたという理由に過ぎない。

 ここでの投薬による治療と、病気の進行によって痩せ衰えた肉体の体力回復トレーニングは順調に進み、その結果、新納は病気になる以前以上の健康的な肉体を手に入れることとなった。

 172センチの身長は当然ながら変わらないが、40キロ台後半まで落ちていた体重も、60キロ台半ばまで回復している。


 ちなみに、治療を担当したジェイラン医師によると、ベータでは未だに治療不可能でも、アルファでは既に治療方法が確立された病気は多く(その逆も僅かではあるが有り、ジェイラン医師は、その研究に携わっている)、その結果、ベータに於いて治せるはずの患者が亡くなることに、正直、医師として忸怩たる思いもあったそうだ。

 基本的に無用な混乱やトラブルを避ける為のベータ・アースへの不干渉という方針については、ジェイラン医師個人も十分に理解しており、賛同もしているが故の悩みだが、そんな中で新納の治療に携われたことは喜びだったと語ってくれた。


 また、ここの施設で、バレットの言っていた人型の看護ロボット、アルファ・アース流に言うならAM(オートノマスマシン)も初めて目にすることになった。

 新納に割り当てられた部屋で、薬の副作用で動けなかった最初の数日を含め、新納を甲斐甲斐しく世話してくれたのが彼女(女性型だった)だ。

 

 最初、自然では在り得ない、やや薄いブルーの髪以外は殆ど人と見分けがつかず、年齢は二十歳くらいの普通に可愛らしい看護師の女性で、こんなに華奢で力仕事とか大丈夫だろうか(患者を支えたりと、看護師は力仕事も結構多い)と心配していたら、まだ動けなかった新納を軽々と抱え上げて見せ、自分がジェイラン医師付きのケラー・メディカル・インダストリーズ社製のメディカルAMで、ライラだと自己紹介してくれた。


 ブルーの髪はAMである証で、普通のAMは、その利用目的から、人間型である事は稀なので問題にならないが、看護師タイプの彼女のように、容姿にもセラピー効果を求められ、人間と似ていることが目的の一つである場合は、混乱防止の為に、その外見的特徴に一目見て明らかに人間と違う特徴を持たせる義務があるそうだ。

 これは髪の色に限らず、例えば猫耳や兎耳などというパターンもあるそうだが、主に女性からの『あざとい』と言う意見もあって、採用される例は少ないとのこと。

 ちなみに、当然ながら人間がピンクやブルー等の自然では在り得ない色に髪を染めることは個人の自由で全く問題無い。その結果、AMと誤解される事は承知の上で染めるのだから。






 ◇ ◇ ◇


 そんな体験を経て、次に新納が向かったのは、アフリカ大陸近郊の大西洋に浮かぶ無人島で、ここで異世界に転移した後に身を守る為の戦闘技術とサバイバル技術を徹底的に叩き込まれることになる。


 これまで新納は単なる普通のサラリーマンだったのであり、日本は徴兵制も無いことから、実際の軍隊でどういった訓練をすのか、などと言う詳しい内容など知る由も無かったが、実際に体験したここでの訓練は、新納にとって精神的にも肉体的にも非常にタフで地獄とも思えるものだった。


 当初の予定は十八週間で、約4ヶ月少々。ブートキャンプ(新人基礎訓練であってダイエットではない)から始まって、座学に武器・装備の点検整備方法や、様々な武器での個人戦闘、分隊を率いての集団戦闘などなど、内容は多岐に及び、バレットの言っていた軍用AMの指揮も実際に体験させられることになった。


 軍用AM達の姿形は、兵器だけあって効率重視で、対応任務によってどれも人間には全く似ても似つかないが、指示に的確に従って行動し、時には具体的な指示でなくても人間のようにこちらの意図を汲んで行動するなど、バレットの言っていた、一緒に行動していると兵器や装備と言うよりも、相棒(バディ)や部下と言った方が確かにしっくり来るという感覚は新納にも納得できた。


 ガンマ・アースへは、採取したデータの分析用AMと、護衛として汎用歩兵(ポーン)タイプAMを何体か、探査機(プローブ)を改造した支援型飛行機械(クイン)を数機持ち込むことになっている。


 この内汎用歩兵(ポーン)は体長1.5メートルほど。全長1.2メートル、幅1メートル、高さ40センチほどの車体に、無限軌道と蜘蛛のように伸びるマニピュレーターを兼ねた6本の脚を持ち、様々な地形での移動を可能にしている。

 車体から上に伸びた胴体の左右には弾薬用ラックと短いマニピュレータが付いていて、ここに任務に応じてユニット化された武装を装備することで任務に対応させることができる。

 胴体の上にはサッカーボール程の丸い頭が乗っていて、センサーやアンテナが搭載されている。

 装備できる武装は、現代の歩兵の携帯武器と大差無い。小は拳銃クラスの火器から、大はロケットランチャーといったところ。全体的な見た目は歪な巨大バクテリオファージといった感じだ。


 また、支援型飛行機械(クイン)は、非武装の探査機(プローブ)を改造したもので、ベータ・アースで言うドローン、もしくは地に伏せた蟹を思わせるフォルムの飛行機械から、積載量の都合でレーダー、通信、画像・音声の収録機器以外の戦闘には不要と思われる機能を大幅に撤去した上で、二本のマニピュレーターを追加し、支援火器、或いはグレネード発射機能を選択式で装備できるようにしたものだ。

 追加された2本のマニピュレーターのお陰で、益々蟹っぽいフォルムになった。


 ポーンもクインも、動力は電気で、バッテリーから供給される。

 バッテリーは一度の交換で最低一か月は保つそうだが、この交換や武器ユニットの交換は、新納が自分でやらなくてはいけない。

 また、これらの装備について、最も懸念されるのが燃料バッテリーと弾薬の補給であるが、これについては既にメドが付いているとだけ説明された。そこは信じるしか無いだろう。


 ちなみに、現時点で既にガンマ・アースへと送り込まれて活動限界を迎えた探査機(プローブ)については、完全にバッテリーが切れる前に、人目に付かない適当な場所でスリープ・モードへと移行して、人員が派遣されてくるのを待って待機するか、それが叶わない場合は海中や火山の火口などに投棄されているそうだ。



 訓練の内容の方は、あまりのキツさに正直、逃げ出したいとも思ったし、理不尽とも思える指導教官達の厳しい指導に切れそうになったことも多々あった。

 それでもどんな危険があるかわからない異世界であるガンマ・アース(少なくともドラゴンとゴブリンはいるのだ)で、理不尽に死なない為の訓練だと言われれば耐えるしかなく、実際になんとか耐えきって見せた。


 筋肉達磨なのに主に座学と兵器運用担当のロンタイラー指導教官曰く「一応使えるメドは立った」という程度らしいし、丸メガネの学者肌なのに主に体力強化と個人戦闘担当のリプリース指導教官によれば、「まあ、取り敢えず戦士のとば口には立ったんじゃないか」という程度らしい。


 新納個人としては、元が単なるサラリーマンの自分にこの訓練は、どう考えても流石に厳しく、当初の予定の十八週間を超え、プログラムの終了まで五か月近く掛かってしまったものの、むしろクリアした自分を褒めてもいいのでは? などと思っていたが、訓練終了後の打ち上げパーティーで、主に集団戦闘担当のワット指導教官(見た目はどう見てもインテリヤクザだ)が教えてくれたたところによると、今回の内容はベータ・アースの標準的な軍隊の軍事教育訓練より期間的に遥かに短く、内容的に遥かに厳しく濃くなっていて、アルファ・アースでの軍隊の常識からしても相当無茶な内容だったらしい。


 指導教官連中の間では、「ニイロのやつ、このプログラム設定したやつにどんな恨み買ったんだ?」なんてジョークが交されたらしいし、実際、誰一人として本気でクリアできるとは思ってなかったそうだ。


 流石にハキネン指導教官(J・クルーニー似の超イケメン紳士で主にサバイバル技術担当)から、大真面目な顔で「本当にクリアするとか馬鹿じゃないのか」と言われたのには面食らったし、「でも一人だけクリアに賭けたお陰で大儲けだよ」と、札束(・・)見せびらかしながらホクホクの良い笑顔でオチを聞かされた時は、流石に両手両膝を地面につけたポーズから暫く復帰できなかったが……。

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