第23話 使者
カーン、カーンと、一定のリズムを繰り返す引き鐘が鳴らされる。
それと共に後退に移ったドマイセン軍を見て、ニイロはファージ達に射撃を止めさせた。
ゴーグルに送られて来るクラブからの情報では、北と東の門を攻めていたドマイセン軍も後退したようだった。
辺りには、まだ硝煙の匂いが立ち込め、前方を見れば置き去りにされた数百の死体が折り重なっている。
『殺したやつのことは考えるな。殺したことで守った命を考えるといい』
この世界に来る前に受けた戦闘訓練で、ニイロにそんなことを言っていたのは、見た目インテリヤクザなワット教官だったか。
あの見た目でそんなことを言われても、何か裏があるんじゃないかとしか思えなかったが・・・・・・。
まだ数ヶ月しか経っていないが、随分と昔のように思われた。
教官の教えに習い、訓練通りに目の前の死体については、頭の中で『単なるオブジェ』へと認識を切り替える。
まだ終わった訳ではないのだ。悩むのは後でいい。
ニイロは今後の段取りを少し考えると、傍らの特殊輸送車両の中にいるメリーチェに向かって呼び掛けた。
「メリーチェ様、一旦、バスを門前につけますから、街に入って代官の方と連絡を取って頂けますか。状況の説明と、街の現状の情報を集めてもらえると助かります。フィーゼさんはメリーチェ様の護衛を」
そう言うと、メリーチェとフィーゼからは、それぞれ了解した旨の返事が返ってきたが、名前を呼ばれなかったサリアが慌てた様子でニイロに尋ねる。
「あのっ、私は何を」
「サリアはまだ何か頼むかも知れないから、バスに残って」
ニイロがそう言うと、コクコクと頷く。
実際のところ、3人で行ってもらうことも考えたが、戦闘力皆無のサリアの場合、護衛のフィーゼの負担を考えると、防弾仕様の特殊輸送車両に残した方が双方共に安全という配慮によるものだった。
取りあえず3人の了解を得たことで、自動運転によりメリーチェとフィーゼを南門前まで送り届け、特殊輸送車両はサリアだけを残して再びニイロの横まで戻しておく。
そろそろ動きがあるかと、前方のドマイセン軍本陣に目をやるが、まだ目立った動きは見えない。
さて、どうするかと思案しようとした、そのタイミングでサクラコからの通信が入った。
ニイロはこちらの状況を説明し、サクラコからも無事にリンデン砦を奪い返したこと、その際に、条件付ながらビンガイン・ドマイセン両国内での行動の自由を取り付けたことの報告を受ける。
しかし、ビンガインはともかく、ドマイセンについてはこちらでは既に戦端を開いてしまっている。
「さすがサクラコ、上手くやったね。条件についてもそれでいいと思う。こちらの技術水準に合わせた指導については、シンシアに相談したらいいんじゃないかな。でも、せっかくサクラコが死者を出さずに解決してくれたのに・・・・・・なんだか申し訳ない」
ニイロが謝ると、サクラコは慌てた様子でフォローしてくれる。
『そんな! こちらとそちらでは条件が違いすぎます! ニーロが悪いわけではありません!』
「ありがとう。とりあえず、そちらは一旦ルードサレンに寄って、伯爵様に事情を説明してくれるかい? メリーチェ様も無事だし元気だと伝えてあげて。後は、こちらも何とか上手くやってみるから」
『ピポッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ』
そんなやり取りの途中で、上空で哨戒中のクラブから注意を促す警報が届く。
いつもと様子の違う警告音には一瞬戸惑ったが、ゴーグルに映し出される映像を見て納得した。
ドマイセン本陣のある方向を見ると、一騎の白馬に乗った男が、ゆっくりと近づいてくるのが見える。
「おっと、悪い。こっちは動きがあった。また連絡するよ」
そうサクラコに告げる。
『わかりました。ルードサレンに到着したら連絡を入れますから、こちらはご心配なく』
それで通信を切り、ニイロは目の前に集中しなおす。
余計なことを考えて集中を乱し、後悔だけはしたくない。
「ファージ・ツー、スリーは一応準備。俺に合わせて。ファージ・フォーとクラブは待機」
念の為に指示を送りながら、ニイロは慎重に相手の出方を見守ることにした。
時は少しだけ遡る。
ノルコ・ガーフェンロがコルエバン攻略軍の本陣に呼び出されたのは、攻勢に出ていた第一陣に後退を指示する鐘の音が鳴り止んだ頃だった。
自分が呼び出されたことに心当たりは無い。
彼の所属する第三騎馬隊は、元々オルフ・ヤノス将軍麾下の部隊で、今回の作戦には第五騎馬隊と共に臨時に抽出されて、騎馬団を持たないソットス・ジーマール将軍の指揮下に入っていたもので、その幕下にも特に知己はいない。
ガーフェンロが本陣に到着すると、ちょうど入れ替わるように一人の小男が本陣から出ていくところだった。
ちらりと横目で確認すると、ユセルネバだとわかったが、その時は何も思うことはなかった。
本陣の前で用件を告げ、中へと誘われると、本陣には主将のジーマールの他、副官のワーゾ、部将のクロトレル、チェットなど、コルエバン攻略軍の幹部が勢揃いしている。
「よく来てくれましたガーフェンロ」
早速、ジーマールが声を掛ける。
「はっ、お呼びということで参上しましたが、私に何か」
「実は、貴方に使者の役目を果たしてもらいたいと思いましてね。あの南門の前に陣取る厄介な男は、話し合いたいと言っていました。ですから、それに応じようということです。
あの男は王国の味方をしてはいますが、私の見立てでは、その言動から完全に王国の人間という訳でもなさそうです。そこで、丁重にご来陣願って、お互いに有益な話ができればと思いまして」
それを聞いたガーフェンロの心に、「今更か」という思いが過ぎる。
第三騎馬隊と共に抽出されて同行した第五騎馬隊は、第一陣の攻撃に参加して半壊と言っていい被害を出していた。
「なぜ私なのですか?」
「第五騎馬隊はご存知の通りですし、ここは第三騎馬隊に出張ってもらう番でしょう。貴方の愛馬は白馬で見栄えもいいですからね。それに、貴方の人柄は聞いていますので、使者にうってつけかと」
「応じるでしょうか」
相手の呼び掛けを無視して仕掛けたのはこちらだ。
それを散々に打ち破られて、今更話し合いと言われても、ガーフェンロならば絶対に応じない。
「それを上手く纏めるのが使者の役目でしょう。自信が無いというのなら、他の誰かに代えますが?」
そこまで言われればガーフェンロに断る選択肢は無かった。
断れば、騎馬隊を送り出したヤノス将軍の顔に泥を塗ることにもなる。
「いえ、謹んで拝命致します」
右手の拳を胸にあて、深く辞儀をする。
「そうですか、それは良かった。では、こちらの準備は整っていますから、すぐ準備をして向かって下さい。それから、皆さんも打ち合わせ通り準備を」
「「「はっ!」」」
そのジーマールの言葉を切っ掛けに、ガーフェンロだけでなくクロトレル等部将達も敬礼を返し、それぞれの準備の為に本陣を後にした。
幹部達が去った本陣に残ったのは、ジーマールと副官のワーゾの2人。
この指揮官には珍しく、やや疲れた表情のジーマールにワーゾが声を掛ける。
「ガーフェンロには少々気の毒な役を押し付けることになりましたね」
「仕方がありませんよ。別に彼自身に思うところはありませんが、誰かにやってもらわなくてはならないのですからね」
「上手くいけばいいのですが・・・・・・」
「後はユセルネバが上手くやってくれるでしょう。あの男が使っていた鉄火捧のような武器も出来れば入手したいですし」
不安げなワーゾに、ジーマールは決意を込めた顔で語った。
「ところで、貴方は、ボノ川の下流域に行かれたことは?」
「えっ? いえ、ありませんが」
唐突な質問にワーゾは戸惑う。
「私は行きましたが、酷いものですよ。体調を崩す住民も多く、木々は枯死しているものが多く見られます。農作物にも影響が見られ、中には全滅に近い場所もある。
だからこそ、今回の作戦は絶対に成功させて、あの忌々しい鉱山を止めなければなりません
その為なら、私個人が多少恨みを買ったとて何だと言うのです。あのヤノス将軍すら、囮の役目を自ら買って出ておいでなのですから。それに、ユセルネバ隊の連中も、あの流域の出身者なんですよ」
「それは・・・・・・噂には聞いていましたが、それほどとは」
ドマイセン人であれば、ボノ川流域の被害について知らない者はいない。
しかし、TVニュースも無い世界で、実際に目にした者でなければ実感に乏しいのも確かだった。
「ですから、手は打ちました。後はユセルネバが吉報を持ち帰るのを待ちましょう。それでガーフェンロが無事なら、彼にはお詫びに秘蔵の酒でも贈りますよ」
そう言ってジーマールは薄く笑った。
「そこで止まって下さい」
ニイロが油断なく銃を向けると、男は敵意が無いことを誇示するかのように片手を上げ、大音声で「使者である!」と宣言する。
鎧も兜も身につけず、武器も所持しているようには見えない平服姿の男は、転がる味方の遺体を巧に避けながら30mほどの距離まで来ると、ニイロに向かって口上を述べた。
「ドマイセン軍第三騎馬隊所属のノルコ・ガーフェンロ! 貴公に提案があって参った! 武器は持っていない! 願わくば聞き入れて頂きたい!」
声を張り上げるガーフェンロに対して、ニイロは穏やかな声で応えた。
「提案とは?」
「貴公は、我が軍の総指揮官であるソットス・ジーマールとの会談を希望されていた由。場を設けるゆえに、一度我が軍の本陣までお越し頂きたいとのことである」
それを聞いたニイロの表情が一瞬歪む。
ガーフェンロの背後に転がる遺体の山が目に入った。
こちらは警告もしたし、話し合う機会も設けた。
それを無視された結果が目の前にある。
「ガーフェンロさんと言ったね。一つ聞きたいけどいいかな?」
「私に答えられることならば」
「ここへは一人で?」
聞かれたガーフェンロは意味がわからず戸惑いの表情を見せながら聞き返した。
「一人とは? 戦時の使者は武装せず、一人で向かうが作法。見ての通り・・・・・・」
そう言い掛けて何かに気付いたのか、ガーフェンロはハッと表情を強張らせ、キョロキョロと周りを見回した。
「その様子だと知らされてなかったようですね。残念だけど貴方のとこの指揮官には話し合う気など無さそうだ」
そう言うと、おもむろに構えた銃の一連射でガーフェンロの横合いを薙ぎ払った。
同時にニイロの両脇にいたファージ達も、それぞれ誰もいない空間に向かって射撃を始める。
すると、誰もいないはずの空間から次々に悲鳴と呻き声が聞こえたかと思うと、自らの血で朱に染めた、白いローブを頭から被った人間がその場にその場に崩れ落ちた。
時間にすれば十秒すら経たない内に、ガーフェンロの周囲に11個の死体が追加されたことになる。
「これは・・・・・・」
ガーフェンロの顔が痛ましげに歪む。
「使者である貴方にも知らせず、姿を消して近づく。武装もしていますし、暗殺部隊と判断しました。彼等の素性は貴方の方が詳しいでしょう。俺一人を片付けたらいいとでも思ったのかな」
見ると、全員が同じローブを着ていることから、そのローブが姿を消す魔道具であることが予想できる。
魔道具マニアのニーアーレイから、そういう魔道具が実在するという情報を仕入れていたのが役に立った。
魔道具の効果が、いわゆる可視光線を阻害するものだったことが幸いした。
そのお陰で上空のクラブ・フォーの赤外線探知に引っ掛かり、事前に警告してくれたのだ。
それとわかっていれば、ニイロにも多機能ゴーグルを通して肉眼で確認できる。
リンデン砦に向かわせたサクラコも、アルファ・アース製のステルスコートを持たせてあるが、これは魔道具の実物が入手できたら比較してみようと、前回の物資転送時に送られてきたものだ。
死体が手にした鉄火捧も、兵士達が持っていたものとは作りが違うことも見て取れ、持ち易く加工された銃把の形状などは火縄銃に近いデザインになっている。
最もニイロに近い所で倒れているのは、ニイロは知らないがユセルネバと呼ばれていた男だった。
「知らされていなかった・・・・・・信じてくれとは言えんが・・・・・・見えていたのか・・・・・・」
「俺には優秀な仲間がいるからね」 ちらりと上空のクラブに視線を送りながらニイロは言う。
「いずれにしても、こちらは警告し、話し合いの意思も見せた。その結果がこれです。何か仰りたいことは?」
「そ、それは申し訳なかったと思う。心から謝罪したい。しかし、しかし・・・・・・」
ガーフェンロにしてみれば最悪だ。
使者として出向いておいて、蓋を開けてみれば自分は暗殺の囮役でしかなかったのだが、知らなかったは通用しない。
顔面を真っ赤に染め、滝のような汗を噴出させながら、しどろもどろに弁解する姿には、流石にニイロも気の毒になる気持ちになってくる。
「すいません、これは俺の言い方も意地悪でした。しかし、事実は変わらない。貴方にはご足労ですが、帰って指揮官に伝えて下さい。
これより1時間後に、俺の持つ全火力をもって総攻撃に移り、あなた方を殲滅します、と。
ただし、それまでに大人しく撤退するなら、国境を越えるまで追撃はしませんが、途中で略奪行為や遅滞行動が見られた場合は即座に攻撃を開始します。もう、小細工も許しません」
「しかしそれでは交渉の意味が・・・・・・」
「これは交渉じゃありませんよ。暗殺部隊を送っておいて交渉とは虫が良すぎる。拒否したのはそっちじゃないですか」
そう言われてしまうとガーフェンロには反論する材料が無い。
「しかし、5000を相手にコルエバンの2000で殲滅できると!? それよりも大人しく街を明け渡してくれた方が・・・・・・」
「いえ、コルエバンの人達は関係ありません。俺と仲間達だけでも、あなた方5000程度なら30分もあれば殲滅できますし」
「何を馬鹿な・・・・・・」
確かに、普通なら頭がおかしいと判断されてもいい発言だ。ガーフェンロの反応は正しい。
ただし、それは『普通なら』だ。
「別に信じなくても構いませんけど、警告はしました。最初の警告を無視した結果がどうなったか、思い出してみるといいでしょう。さっきの戦闘は応戦しただけですが、最初から殲滅するつもりなら、別のやり方がありますから」
過分にハッタリを含めてのことではあるが、ここは過大に見てくれた方が有利に事を運べると判断してのものだ。
普通なら容易くハッタリと見破られそうだが、ファージやクラブ、それに近代火器を見せられた後なら効果もあると踏んでのことだった。
これでビビッて撤退してくれるなら、ニイロとしてはそれが一番いい。
他に問答無用には問答無用で返す意味から、直接ドマイセン軍の本陣にミサイルを撃ち込んで首脳陣を一掃することも考えたが、指揮官を失った軍が散り散りになって賊となるなど、別の脅威へと変わることを考えると採用できなかった。
「でっ、ではせめて、戦友達の亡骸を収容する時間をくれまいか!」
その懇願にはニイロも一瞬揺れる。
心情としては、せめて一刻も早く回収してもらって、丁重に弔ってもらいたい。
しかし、相手の指揮官は暗殺部隊を送ってくるような男だ。遺体の回収にかこつけて、何をしてくるかわからないという危険性もあった。
ニイロは、少しだけ逡巡した後、遺体の収容には同意することにする。
甘いかも知れないが、ファージとクラブ達がいれば何とかなるだろうという信頼の方が上回った。
「いいでしょう。戻られたら、すぐに遺体の収容をする人員を送って下さい。ただし、許可するのは遺体の収容だけです。全員非武装で、魔道具を使った小細工も無しです。
少しでも怪しい動きが見られたら、例えそれが意図しないものであったとしても死体が増えることになると徹底して下さい」
「わかった。それについては、このノルコ・ガーフェンロの名誉に賭けてお約束する」
要求が受け入れられて、ガーフェンロは心から安堵した様子を見せた。
「それと、耳寄りな情報をお教えしましょう。リンデン砦は既に王国側に奪回されて、あなた方の軍は撤退しました。そちらの兵に死者はいませんが、指揮官が2人、捕虜となられたそうです」
「まさか!? そんな・・・・・・それに、そんな情報をどうやって!? 信じられん・・・・・・」
「信じるかはお任せしますけど、本当のことです。あなた方にもわかりやすく言うと、そういう情報をやり取りする魔道具がある、と思って下さい。奪回に動いた本人から、さっき報告を受けたばかりですから。
ただ、あなた方の軍の指揮官、ヤノスさんと言ったかな? ヤノスさんが交渉して、問題になってる鉱山の害について、王国の負担で改善策を取るのに協力するよう約束したそうです。
さて! それでは遺体の収容を急いで下さい。1時間と言いましたけど、遺体の収容も含めて2時間にしましょう。カウントを開始しますから、早く戻って指揮官に伝えた方がいい。賢明な判断が下されることを祈ってますよ」
そう言って一方的に話を打ち切った。
ガーフェンロはまだ未練の残る顔で、少しだけ思案を巡らせていたようだが、やがて諦めると一礼して去っていった。
あと2話で第二章終了の予定です。
なんとか年内に終わらせたかったけど、それはちょっと厳しいっぽい。
次回更新は12月29日を予定しています。