第22話 コルエバン解放戦
コルエバンの街には、現在、謎の平穏が訪れていた。
これまで東と南北の三ヶ所の城門を激しく攻めていたドマイセン軍は、それぞれの城門から600~700mほど下がった位置まで退き、コルエバンの街の中心部辺りの上空に浮かぶ、謎の物体の様子を伺っている。
「どうでした?」
コルエバンの南門から1kmほどの、周囲よりもやや小高い位置に設えた本陣で、ソットス・ジーマールは報告に来た部下に声を掛ける。
ドマイセンの、コルエバン攻略部隊の指揮官ではあるが、軍人というよりは学者か研究者と言った方が相応しく思える長身痩躯の壮年の男だ。
容貌に似合って、部下に対しても丁寧な口調を崩さないが、それがかえって冷たい印象を与えている。
「はっ、それが、捕虜を再尋問しましたが、誰もあんなものは知らない、初めて見ると。商人達にも聞いて見ましたが、やはり答えは同じです」
「そうですか・・・・・・」
ジーマールはそれだけを呟くと、身振りで報告を終えた部下を下がらせる。
「確かにアレは『両軍の指揮官』と告げていましたし、一方的に向こうの味方という訳ではなさそうですね。
しかし、アレはいったい何なんでしょうね・・・・・・王国には魔道具好きの魔女がいるという話は聞いたことがありますが、雇われた傭兵にしては向こうの味方でないというのも変ですし・・・・・・第三者に雇われている?」
「どうされますか? 一旦退かせたら動きは止みましたが、このままという訳にも・・・・・・」
危うく思考の澱に埋没しそうになっている指揮官を、すかさず側にいた副官が、今後の方針を尋ねることで呼び戻した。
長く仕えている副官だけに、上司の操縦については熟知している。
「もちろん、このままでいいはずがありません。ヤノス殿が敵の初動を霍乱して、厄介なダスターツ伯を引きつけてくれているとはいえ、王都からの援軍も来るでしょう。それには時間があるとはいえども、援軍の迎撃準備を考えれば、コルエバンは早く落とすに越したことはありませんからね」
そう言うと、少しだけ思案してから再び口を開く。
「ユセルネバを呼んで下さい。彼等にもう一働きしてもらうかも知れません。それと、恐らくそろそろ動きがあるとは思いますが、1時間何も動きが無ければ城門への攻撃を再開させます。そのつもりで指示を徹底しておくように」
「はっ!」
副官は敬礼と共に返事をすると、踵を返して本陣を後にした。
残ったジーマールは、従卒の淹れた茶を飲みながら思案する。
(あの煙に捲かれた兵は、一時的に戦闘不能にはなりましたが回復に向かっているそうですし、実際に死者も出ていない。つまり、今のところ明確に敵対する意思は無い? だとすれば目的は? 援軍が来るまでの時間稼ぎ? いや、援軍が来るには時間がありすぎて現実的ではありませんね。それに明確に王国側とも考えにくい。空を飛べるのなら、直接ここを襲うことだって簡単なはず。敵であればそうしたでしょう・・・・・・)
色々と思考を重ねるが、明らかに情報が不足しすぎていて上手く纏まらない。
そんな中、ジーマールの思考を遮って、本陣の外から来訪を告げる声がする。
従卒に誘われて本陣に入って来たのは、身長150cmそこそこの小柄な男だった。
浅黒い肌に、ごま塩頭を短く刈り込み、鎧は着用せずにチュニックとズボンという出で立ちだが、服の上からでも両腕の筋肉が見事に盛り上がっているのがわかる。
「失礼、お呼びでしょうかジーマール将軍」
「ユセルネバですか、丁度良かった。実は、あなた方の仕事は終わったと思っていたのですが、もしかすると出番があるかも知れないと思いましてね」
そう言われたユセルネバは、面白そうに片眉を上げて唇を歪ませる。
「ほう、もしかしてアレですか? 撃ち落せと?」
「ははは、まさか。あの位置にいたんじゃ、街に潜入しないと届かないでしょう。あなた方なら出来るでしょうけれど、あなた方は切り札。特にメリットも無い博打で損耗させられませんよ」
ユセルネバ率いる11人の部隊は、ドマイセン軍の中でも新兵器の鉄火棒の運用に特化した、いわば狙撃手部隊であった。
今回の侵攻作戦に先立って、ドマイセン全軍中、射撃成績の良い兵の中から選抜された彼等は、同じ鉄火棒でも特に精度の高い物を厳選して支給されている。
また、今回の任務用に特別に用意された魔道具を装備していた。
5000ものドマイセン軍が王国側に気付かれずにコルエバンに接近できたのも、先行した彼等が、飛び道具と認識されていない武器で王国側の警戒網を潰したからだった。
「では、いったい我々に何を?」
「言ったでしょう、『もしかすると出番があるかも知れない』と。だから準備だけはしておいてもらおうと思いましてね。
さっき、アレは両軍の指揮官に停戦を呼びかけてましたから、次に考えられる可能性として、両軍の指揮官を呼び出すんじゃないかと考えたんですよ。
あくまで私の勘なんで、外れる可能性もありますが、準備だけはしておいてもいいかと思いましてね。アレが現れて、もう30分以上経ちますし、そろそろ何か動きがあるんじゃないかと」
「なるほど。では、一応準備を・・・・・・」
そう言って退出しようとするユセルネバだったが、その言葉は終わらない内に、何やら外が騒がしくなる。
何があったのかと顔を見合わせるジーマールとユセルネバの元に、大慌てで副官が戻ってきた。
「ジーマール将軍、動きがありました! 至急、お越しください!」
そう叫ぶ副官に、ジーマールはユセルネバと共に取るものも取りあえず本陣から飛び出し、前方の様子が直に見渡せる場所に駆けつける。
目の前には攻めていた南門から下がった兵達が陣形を敷いており、その頭越しに南門が見える。その距離は約900mほど。
そして、門から700mほど下がった兵達と南門の間、城門寄りに、初めて見る形の箱馬車――ただし、それを引く馬は見当たらない――が止まっているのが見えた。
「あれはどこから?」
ジーマールが側にいた副官に聞く。
「はっ、目撃した兵によりますと、北西から現れてあの場所に止まった、と。それから、あの箱馬車は最初からああだったとも」
「北西? するとルードサレン方面の街道・・・・・・援軍にしてはいくらなんでも早すぎますね。最初からとは?」
「それが、引く馬もおらず動いていたと言うのです」
「ふむ。すると、空を飛んでいるアレと同じ・・・・・・飛んでいたアレはどこに!?」
見ると、コルエバンの街の上空を飛んでいたクラブの姿が無い。
副官も驚いて探すが、空のどこにも見当たらなかった。
そんな彼等の戸惑いをよそに、今度は箱馬車の扉が開き、一人の男が中から出てくるのが見えた。
見慣れぬ風体のその男は、ドマイセン軍の本陣に向かって大声を張り上げる。
「ドマイセン軍の指揮官に申し上げる! 話し合いがしたい!」
その言葉を聞いたジーマールの口角が僅かに上がった。
「第三者であるなら、双方の指揮官を呼び出すと予想していましたが、こちらだけに呼び掛ける・・・・・・やはりあれは敵です。
しかも人数は僅か。魔道具を使っての、援軍が来るまでの時間稼ぎでしょうが、小細工に過ぎません。
ユセルネバ、呼んでおいて悪いのですが、残念ながらあなた方に出張ってもらう必要も無いようです。今回は正攻法で十分でしょう。ワーゾ、北のクロトレルと東のチェセルに、合図があり次第攻撃を再開するよう伝達を。南も攻撃を再開させ、一気に片付けます」
ジーマールは前方でこちらを睨む男を嘲笑いながら、側にいたユセルネバと副官にそう告げた。
(やっぱり無理があるよな・・・・・・)
辺りに響く鐘の音と共に隊列を整えだしたドマイセンの軍勢を見ながら、ニイロは失望していた。
と言っても他に打つ手があった訳でもない。5000の軍勢に対して打てる手など、そう簡単に思いつくわけが無いのだ。
しかも、なるべく犠牲を出さずに、という、聞く者が聞けば鼻で笑うような自分縛りまでつけて。
もちろん、事ここに至っては綺麗事だと言う自覚はニイロにもある。
戦争というのは正義と正義の衝突だ。それは独裁国家でも民主主義国家でも変わらない。
宗教や経済など理由は様々であれど、例え犠牲を出してでも引けない大義があって、国は初めて戦争に踏み切る。多少の犠牲など最初から織り込み済みだ。
それを『なるべく犠牲を出さずに止めよう』などとは傲慢もいいところだ。
しかし、それでも、出来るならば犠牲者を出したくないと考えるのは、ベータ・アース人共通のメンタリティーではなかろうか。
だから、まずは暴動の鎮圧などにも使われる催涙弾を使って戦闘行為を中止させたまでは良かった。
そして次に、敵軍の将に対して話し合いを持ちかけたのだが、その返答は、どうやら問答無用ということらしかった。
ならば、乱暴なようでも、相手を交渉の場に引きずり出すには威力を見せつけるしか無い。
「残念ですが一戦交えるしか無いようです! メリーチェ様達は絶対外に出ないで下さい!」
傍らの特殊輸送車両の中にいる3人に呼びかける。
防弾・防破片が可能な軽装甲を持つ特殊輸送車両の中ならば、余程の至近距離からでない限り、ドマイセン軍の銃器、鉄火棒の攻撃にも耐えられるはずだ。
いざとなれば自動運転でルードサレンへ逃がすこともできる。
ちらりと見ると、窓越しに引き攣った顔でコクコクと頷く3人娘の姿があった。
ニイロは3人を安心させるように笑顔を見せると、腰のポーチから取り出した大型用の亜空間パネルを使って3枚の防弾盾とトラッドC60自動小銃、それに予備弾薬を取り出す。
盾付属の二脚を引き出して自分の周囲に3枚の防弾盾を並べ、即席の射撃陣地の完成だ。
「クラブ、北と東は任せる。ドマイセン軍が攻撃を開始したら妨害を。全滅させる必要は無いけど手加減も無用。門前に催涙弾を撒いて足止めしつつ榴弾も使用していい。出来ればあの大砲を優先して潰してくれ。一機で大変だろうけど、頼むよ」
姿を隠していたクラブだが、単にステルス・モードに移行していただけで、依然としてコルエバンの中心部上空に滞空していた。
催涙弾は一度見せているし、残弾も無限ではない。催涙ガスで死傷者は出ないと気付いていれば、今度は強行してくる可能性が高い。
今度は殺す覚悟を見せる必要がある。
ニイロのヘッドセットに、クラブ・フォーからは『ピポピポッ』という了解を示す返事が送られてきた。
なんとなくだが『任せとけ!』とでも言うような、そんな頼もしさまで感じられる。
次にファージ達に指示を出す。
「ファージ全機ステルス・モード解除。ツーとスリーは敵が前進してきたら迎撃する。フォーはまず敵の前方に催涙弾をばら撒いて足止めしたら、後は大砲を榴弾で潰してくれ。それが終わったらクラブの援軍に回って。俺が撃つのと同時に攻撃開始だ」
そうニイロが指示すると、「「「ピポッ」」」をいう了解の返事と共に、ニイロの左右に30mほどの距離を置いてファージ・ツーとスリーが姿を現す。ファージ・フォーは後方、コルエバンの南門と特殊輸送車両の中間辺りにいた。
こちらもステルス・モードで姿を隠していたのは、ガンマ・アース人には異様と思えるらしい姿を見せて、不要な警戒心を持たせたくないというニイロなりの気遣いのつもりだったのだが、あまり意味は無かったようだ。
ファージ・ツーとスリーは7.7mm機銃装備、フォーは40mmグレネードランチャー装備である。
ニイロが最初に撃つと言ったのは拘りだ。やらなければいけないのなら、まず自分が殺す。
防弾盾から半身を乗り出し、立膝の射撃姿勢で銃を構え、前方を見据えた。
(くそっ、問答無用かよ! 話くらい聞いてくれたっていいじゃないか)
そんなニイロの思いも虚しく、隊列を整えたドマイセン軍は、いよいよ前進に移ろうとしていた。
南門を攻めるのはドマイセン軍5000の内2000人。
その内の半分は予備兵力として本陣前に残り、半分の1000人が一斉に攻め寄せる手筈になっていた。
横長の方陣を組んだ隊列は、本陣で打ち鳴らされる太鼓のリズムに乗って足を踏み鳴らし、ニイロに圧力を掛ける。
(俺一人相手に光栄なことで)
実際はニイロではなく、後方のコルエバンに対する圧力だ。
そして、太鼓の音は突然止み、代わって狂ったように鐘が打ち鳴らされる。
ドマイセン軍の総攻撃が開始された。
鬨の声を上げて前進に移った1000の軍勢が、その前方に立ち昇る色とりどりの煙の帯を突破した。
煙を浴びた彼等は、咳と嚔の発作に襲われ、顔面を涙と鼻水でグシャグシャにしつつも、兵士としての義務感からか前進することを止めない。
前進を始めた当初の、統制の取れた動きは見る影もなかったが、彼等の不幸はそれで終わらなかった。
彼我の距離が約300mという地点で、ニイロは射撃を開始した。
トラッドC60自動小銃と、ファージ・ツーとスリーの7.7mm機銃がマズルフラッシュを煌かせ、タタタッ、バババッ、と乾いた銃撃音が鳴る度に、こちらの方へ向かってくるドマイセンの兵士達が、数人づつ纏めて血反吐を吐きながら倒れていく。
彼等の着る鎧や兜など、近代兵器から放たれる銃弾の前には何の意味も無かった。
それだけではない。
後方にあって異様な――ベータ・アース人のニイロからすれば博物館から拝借してきたような――姿を見せていたドマイセンの新兵器、鉄火砲も、早々にファージ・フォーの40mmグレネードの榴弾による砲撃で破壊され、戦場に無残な姿を晒していた。
分厚い鉄製の筒も、それが載せられた木製の台車を破壊されれば、単なる鉄の塊にすぎない。
散発的に鉄火捧による反撃もあるが、苦し紛れに発射された弾は、ニイロの周囲に遮蔽物として立てられた防弾盾に当ることすら稀だ。
ほとんどの敵兵は、ニイロの左右に展開したファージ・ツーとスリーによる十字射撃の弾幕の前に、距離を詰めることなく萎れた草のように倒れていく。
その様子を特殊輸送車両の中で窓越しに目撃したサリアは、心配そうに、誰にともなく震える声で呟いた。
「ニイロ様・・・・・・大丈夫でしょうか・・・・・・」
その呟きに、赤毛が印象的なフィーゼが答える。
「あ、圧倒的です・・・・・・こちらはたったの1人・・・・・・いや、4人? 人? なのに」
ファージ達をどうカウントするかで引っ掛かったようだ。
ちなみに、無残に倒されていく敵兵を見て、残酷だとか可哀想という感情は彼女達には無かった。
ああなりたくはないという意味での嫌悪感はあるが、戦争は殺し合うものだし、戦場に於いては敵兵は殺されるものだからだ。
目の前で起こっている出来事は一方的な虐殺とも言えることだが、戦争ならば仕方がない。
彼女達の中で、その線引きははっきりしている。ニイロは味方であり、殺されているのは敵だ。
別に彼女が薄情だったり冷酷だったりする訳ではなく、そう考えるのがガンマ・アース人の一般的な常識であり、彼女達はガンマ・アース人だ。
これが平時における一般的な犯罪の加害者と被害者であれば、彼女達の脳裏には、加害者には怒りの、被害者には憐憫の情が湧いただろう。
「お爺様は、絶対に敵にしてはいけないと仰ってましたけど、私も同意見ですわ。ニイロ様が味方で・・・・・・きゃっ!」
フィーゼの横で外を覗きながら話していたメリーチェが、突然小さく悲鳴を上げて仰け反った。
見ると特殊輸送車両の窓の防弾ガラスに、小さく白い傷跡が残されている。
ドマイセンの兵士が持つ鉄火棒の石を成形した流れ弾が、窓の防弾ガラスに当って砕けたのだ。
狙ってのものでは無く、咳と嚔に悩まされながら、闇雲に放った流れ弾だった。
「お嬢様、もう少し低くされた方が」
フィーゼとサリアに横からサポートされながら、メリーチェが身を屈めて低い姿勢をとると、反対側の窓の向こうにはコルエバンの街の城壁が見える。
その城壁の上には、鈴なりになったコルエバンの常駐兵達がこちらに注目していた。
兵士達の中には、怪我の手当てなのか、頭や体に布を巻いている者も多数見受けられる。
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」
そう言い訳しつつも、敵の弾の当った場所を見る。
表面に少し傷がついただけで何の影響も無さそうだった。
ニイロの持つ、全ての所持品がメリーチェには未知の物だ。
敵を容易く屠る武器、そして敵の攻撃にビクともしない乗り物。
「少しだけ、ドマイセンの人達が気の毒になりますね・・・・・・」
そんなメリーチェの呟きは、窓の外の光景に集中しているサリアとフィーゼに届くことは無かった。
一時的に中断させていた攻撃を再開させる為、進軍の合図を出すよう指示したジーマールの顔色が、冷静な白から赤く、そして青へと変化を遂げるのに、そう時間は掛からなかった。
5000の兵を北と東の城門攻撃に1500づつ、部将のクロトレルとチェセルに任せ、自分は南門に2000の兵をもって当る作戦に変わりは無い。
3ケ所の攻撃には各4門づつの鉄火砲と、300丁づつの鉄火捧も配備させていた。
負けるはずの無い戦いであり、実際に邪魔が入るまではコルエバンの守備兵を圧倒していたのだ。
あの厄介な煙の攻撃も、一度受けたことで、その性質もある程度分析できた。
あの煙を吸うと、確かに咳と嚔で戦闘に支障は出るものの、その効果は30分程度で、それが過ぎれば全快するし命にも別条は無い。
ならば、強行を続ければ、あの攻撃も無制限に続く訳では無いだろうと考えた。
自分達も銃火器を使うだけに、弾薬にも限りがあることくらい容易に想像できる。
そして予想通りに、敵はあの煙による攻撃を仕掛けてきたし、軍勢は多少の混乱はあったものの、煙を無視して前進を続けた。
しかし、そこからジーマールの想定を覆す出来事が起こる。
中央正面に位置する男の周囲に突然出現した謎の物体3体が、自軍の鉄火捧など玩具にも思えるような激烈な攻撃を開始したのだ。
煙幕帯を突破した自軍の兵士達が、先頭からまるでヤスリで削られるようにゴリゴリと撃ち減らされていく。
中央の集団の両脇から突破して、横合いからの攻撃を試みた騎兵も、あっという間に血達磨となって馬から転がり落ちた。
あまりの光景に唖然としているジーマールを、現実に引き戻すかのような爆音が響く。
歩兵の後方から前進を続けていた4台の鉄火砲が、次々にその台車を破壊され、転がり落ちる砲身が周囲の兵を巻き込んでいるのが見えた。
「じっ、ジーマール将軍!」
ジーマールの横で同じ光景を目撃した副官が、堪らずジーマールに呼び掛けた。
その声で我に返ったジーマールは、弁解するかのように説明する。
「あ、あのような攻撃が続くはずがありません。もう少し、あと少しで押し切れるはずです!」
「し、しかし、あれでは例えコルエバンを落とせても、王国の援軍が来たら・・・・・・」
そうなのだ。
当初の予定では5000でコルエバンを早期に攻略した後は、このまま街に篭って篭城することになっていた。
そうして王国の援軍を迎え撃つ。
今までならば無謀極まりない作戦だが、鉄火砲と鉄火捧の新兵器を装備したドマイセン軍でなら可能と見積もられていた。
もちろん、ドマイセン本国では追加の派遣軍の編成が急がれ、篭城が長引くようであれば、コルエバンを攻める王国軍を背後から襲う第二作戦も用意されている。
しかし、12門用意された鉄火砲は既に4門が目の前で破壊されている。
鉄火捧を装備した兵も、相当数が撃ち減らされているだろう。
このままでは篭城して王国軍を迎撃するなど覚束ないのは明白だった。
「伝令! チェセル将軍より伝令です!」
決断を迷うジーマールの元に、一人の兵士が駆けつけてくる。
嫌な予感しかしない。チェセルは東門攻略に向かわせている部将である。
「報告を!」
「はっ! チェセル将軍より伝令! 東門に敵の援軍! 当方、死傷者多数! 既に鉄火砲4門を破壊さる。至急救援を乞う! 以上です!」
絶望的な知らせだった。
まだあのような援軍が来るのなら、敵の弾切れを望んでも可能性は小さい。
しかも、東でも死傷者が続出しているのなら、ますます勝っても篭城は不可能だ。
実は敵の、この場合はニイロ達に援軍があったという報告は正確ではなく、誤解に基づくものだった。
南門前で鉄火砲の破壊を済ませたファージ・フォーが、ニイロの命令に従って北門と東門を1機で受け持つクラブ・フォーの援軍に回ったもので、ファージの姿を初めて見る東門の攻将が誤解したに過ぎない。
しかし、それを確認する術はドマイセン軍には無かった。
報告を受けたジーマールは、蒼白な表情で傍らの副官に告げた。
「ワーゾ、攻撃中止の引き鐘を。チェセルと、北のクロトレルにも伝令を出して下さい。それから、あの男に使者を。話し合いに応じる、と」
「ジーマール将軍・・・・・・」
副官はそれ以上の声が出ない。
「それから・・・・・・至急ユセルネバを呼んで下さい」
そう言い残すと、ゆっくりと踵を返して本陣の天幕に向かう。
「まだ・・・・・・まだ負けていません・・・・・・」
その呟きが誰かの耳に届くことはなかった。
次回更新予定は12月23日です。