第20話 コルエバン救援
予定は明日でしたが、僅かとはいえ前倒し成功には変わりなく。
小さい積み重ねは大事ですよね。
塵も積もれば・・・・・・掃除しよう。
ルードサレンの城館を中心とした内壁の一画にある馬場。
その馬場の隅に一時的に停めてあった車両の横で、ニイロは出発の準備をしていた。
ファージ・ワンとクラブ・ワン、ツー、スリーの4機はサクラコに付けてリンデン砦に向かわせている為、ニイロの元にはファージ・ツー、スリー、フォー、それにクラブ・フォーが残されている。
現地に到着してからの様々な事態を想定し、それぞれの装備を取り付けてセッティングしていく。
判明しているだけで5000という敵の数には不安も大きいが、万一の場合はアウトレンジからの対処を徹底することで、なんとかなるだろうと自分に言い聞かせた。
「この馬無しの箱馬車で行くのか?」
その声に振り返ると、ダスターツ伯爵が護衛も付けず、1人、興味津々といった表情でニイロの横に停めてある車両を眺めていた。
ちなみに、車両に積んであった小型電動バイクは、サクラコがリンデン砦に向かうのに使用していてここには無い。
「はい、こいつは特殊輸送車って言うんですけど、色々便利なんですよ。我々は単にバスって呼んでますけど。そして何より、馬より速い」
特殊輸送車は兵員輸送用の軽装甲車両で、モーター駆動により最高時速は80キロ。小銃弾や破片からの防御が可能な装甲を持っている。
マイクロバスの後ろ1/3ほどが、露天の荷台になったような見た目をしていて、荷台に荷物を積まない場合は、代わりにファージ1機が陣取って簡易の戦闘車両としても運用が可能だ。
よくピックアップ・トラックの荷台に機関銃などの軽武装を施した『テクニカル』と呼ばれる車両があるが、あれのマイクロバス版だと思ってもらえば遠くない。
車両内部には、歩兵一個分隊12名+αが座れるベンチシートが用意され、シートアレンジ機能によって少人数なら体を伸ばしての車中泊もできるようになっている。
そして、何よりの特徴が、ファージやクラブに搭載されているAIの簡易版が搭載されていて、簡単な自律行動が可能になっている点だ。
自動運転中は最高速度が40キロ以下に制限されるが、これによって運転手がいない場合でも走り続けることができる。
「ほう、馬より早いと! いや、ニイロ殿の使うものなら、さもありなんという話だが」
「馬で長距離だと休息や替え馬が必要ですけど、これならノンストップで走れます。コルエバンまで10日って聞きましたから、これで急げば1日か2日と踏んでます。道の状態もわかりませんし、大雑把な計算ですけど」
「そんなにか! こんなものがのう・・・・・・。こんな事態でなければ儂も一度乗せてもらいたいとこだが。今は仕方が無いか」
ニイロの話を聞くと、ダスターツ伯爵はさらに興味津々といった体で、特殊輸送車の車体を叩いてみたり擦ってみたりしている。
「それより、何か話があられたのではないのですか?」
たった1人で現れたことからの推測だが、どうやら当りだったらしい。
少しバツが悪そうに顔を顰めながら、どう切り出そうか迷っていたようだが、やがて観念したように話し出した。
「実はのう・・・・・・随行者の件でちょっと頼みがあるのだ。いや、頼みといってもややこしい話ではなくてな、恥ずかしい話なのだが、メ・・・・・・」
「お爺様!」
突然の声に振り向くと、数人の共を引き連れて駆け寄ってくるダスターツ伯爵の孫娘、メリーチェの姿があった。
ただ、その姿はいつものドレス姿ではなく、鎧こそ身につけていないものの、なぜか兵士の着るようなチュニックにズボン姿。
後ろにいる共の姿も似たようなもので、なぜかスローンの姿もある。
この時点でニイロにはダスターツ伯爵の『頼み』とやらに何となく予想はついた。
(あー、そういうことかー)
そんなニイロの考えはさて置き、メリーチェと一向はニイロ達の側まで来ると、挙動不審なダスターツ伯爵に花の咲くような笑顔で語りかけた。
「お爺様、ちゃんとニイロ様にお話して下さったのですね」
「あ、いやその、それはこれから・・・・・・」
益々挙動不審なダスターツ伯爵は、しどろもどろに弁解を始めようとするが、メリーチェはそれを遮ってニイロの方に向かう。
「でしたら私から直接お願いしますわ! ニイロ様はコルエバンへの案内役を希望されているとか。3人と仰ってたそうですから、それでしたら私達をご一緒させて頂きたいのです。全員、領都からの道は存じてますし、サリアはコルエバン近くのサビエネの出。フィーゼもコルエバンの出ですから、ご要望にもピッタリですし、私だって向こうに着いてからの代官との連絡に、きっと役に立つはずです!」
そう言ってメリーチェと共にニイロの前に立ったのは、栗毛と赤毛の女性兵士・・・・・・と思ったら栗毛の方はサリアだ。フィーゼというのが赤毛の方だろう。
メリーチェは、思い切り前のめりにアピールしてくるが、その後ろではダスターツ伯爵が無言のまま目線だけで『断ってくれ!』とアピールしている。
さらにスローンも、申し訳なさそうな表情で、片手を刀の形にして必死に拝んでいる。
その姿に、世界は違ってもボディーランゲージは同じかーなどと、どうでもいい考えが頭に浮かぶが、今はそんな場合じゃ無い。
「駄目ですよ。遊びに行くんじゃない。これから行くのは戦場なんですから」
「もちろんですわ。遊びではないから行くのです。私とて貴族の娘として一通りの武術は教わっていますし、戦場ではありませんが、害獣の駆除に同行したことだってあります。こう見えて水と土系を得意にする魔道士です。きっとお役に立ちます!」
外堀が埋められた。
以前、ニーアーレイに聞いたが、魔道士を名乗るということは単に魔法が使えるというだけじゃない。戦力になる魔法使いだという証だ。
深窓の令嬢だと思っていたが、意外に御転婆らしい。
領都に数人いるとは聞いていたが、その内の1人がこのお嬢様だったというわけだ。
「し、しかしですね、サリアは侍女でしょう。兵士でもない女性を戦場に連れてはいけませんよ」
なんとか断ろうと理由を説明するが、メリーチェは逆に不思議そうな顔でニイロに聞く。
「えっ? 戦争であれば国民が戦場に向かうのは普通のことではないですか。女だから行かなくていいなんて、聞いたことが無いのですけど」
内堀も埋まった。
これは価値観の違いだ。
戦争は軍隊の軍人同士で行われるもの、というのがニイロの常識だが、この世界に於いては国民皆兵が普通であり、人口が少ないこともあってか、そこに平時に於ける職業や男女の差は考慮されない。
されるのは個人の資質と年齢くらいのもので、それさえも国によって大きな開きがある。
さすがに膂力に乏しい女性に剣を持たせて最前線に送ることは無いが、力があれば別だし、力が無くても最前線近くでの仕事が無いわけじゃない。
「で、でも、戦場では何があるかわかりませんし、私も守れるとは限りませんし・・・・・・」
「大丈夫ですわ。私の魔法は攻撃よりも防御が得意ですし、フィーゼもまだ叙爵こそしていませんので兵士扱いですが、防御術では騎士にだって一目置かれるくらいです。サリア1人くらい守れます。サリアだって、如何に戦場と言っても雑事はありますから、それを彼女に任せれば、ニイロ様もお仕事に集中できるでしょう?」
本丸炎上中。
見ると、ダスターツ伯爵は俯いて何やら呪詛の言葉をブツブツ呟いているし、スローンは青くなってしょげている。恐らく後で伯爵に叱られるのだろう。
(お、俺は悪くないし・・・・・・)
あえなく本丸も陥落。
「・・・・・・わかりました。伯爵様の許可が得られるなら同行を認めましょう・・・・・・」
もう断る材料が無い。
強権を発動して何が何でも駄目だと言い張ることはできるが、ここまで理詰めで断ろうとした挙句の強権発動は、こちらが悪者になってしまう。
彼女達の安全を考えるなら、自分が悪者になるのも構わないが、いざとなればファージを護衛に付ければ何とかなるだろうという算段もあって、ダスターツ伯爵には申し訳ないがメリーチェ達の同行を認めることにした。
気掛かりはサビエネ村の状況だが、それは後で考えることにする。
伯爵の許可云々は、せめてもの抵抗だ。伯爵本人には恨まれそうだが。
「ありがとう御座います! お爺様には先にお話して、ニイロ様が許可して下さったら行っても良いと許可を得ておりますわ!」
喜ぶメリーチェ達の背後では、ダスターツ伯爵が顔に『絶望』の二文字を浮かべているが、ニイロはあえて無視。
スローンは半分魂が抜けているようなので、安らかな成仏を願っておいた。
「それじゃあ、こちらの準備は後30分ほどで終わりますから、終わったらすぐに出発します」
「えっ、朝明るくなってからではないのですか? もう真っ暗で、今日は月も出てませんから道が見えませんよ?」
「特殊輸送車なら夜中でも関係なく走れますから大丈夫ですよ。同行されるのでしたら、すぐに準備して下さい。今は時間が惜しい」
ニイロがそう言うと、メリーチェ達は表情を引き締めて頷いた。
「すぐに仕度して参ります!」
そう言い残すと、まだ抜け殻になっている伯爵とスローンを残し、3人は準備の為に駆け出していった。
◇ ◇ ◇
コルエバンの街は、ホロゲノン山地を源流としたテン川が流れ込むテン湖の辺に、地形を利用した代官館を囲むように発展した街である。
街の西側を南北に流れ、天然の堀となっているテン川を除く三方は石造りの城壁が張り巡らされ、周囲には農地が広がっている。
今、西側を除く3ヶ所の城門の前にはドマイセン・ビンガイン連合軍の軍勢が陣取り、夜明けと共に活動を再開した敵軍は、農地を踏み荒らしながら、それぞれの城門に向かって間断なく攻撃を繰り返していた。
秋の刈り入れが終わったばかりなのが不幸中の幸いである。
今回、ドマイセン・ビンガイン連合軍は、城門に対して新兵器である鉄火砲での砲撃を繰り返している。
幸いなことにリンデン砦に比べれば倍以上の厚みを持つ城門の扉と、城壁の上から繰り出される弩砲や投石機による妨害、それに鉄火砲の命中率の低さによって、今のところは何とか持ちこたえていた。
「不可能じゃ・・・・・・」
コルエバン防衛の指揮所となっている代官館の一室で、受け取った連絡書を握り潰しながら、代官のビオネス・エザクートは呻いた。
普段は好々爺然とした柔和な表情が、今は忌々しげに歪んでいる。
齡は当年72歳。その慎重すぎる性格と巨躯から優柔不断、時に鈍牛との謗りを受けることもあったが、堅実に着実に実務をこなし、先代の時分からダスターツ伯爵家に長く仕えてきた。
街の南方のドマイセンとの国境には、昨今の山賊の出没もあって、監視の目を強めてきたつもりであったが、この侵攻に気づくことが出来なかったのは、ビオネス一世一代の不覚である。
何より、街が見渡せる位置まで接近されながら、警報の一つも届かなかったのは謎としか言いようがない。
実際は、複数編成された鉄火棒装備のドマイセン軍の特殊部隊が、先行して侵入し、その新兵器を駆使して、要所に設けられた見張り台を一つづつ潰していった成果だった。
「親爺殿、領都からは何と?」
コルエバン領軍を指揮するサイス・エザクート――ビオネスの息子でもある――が、不安げな表情で父に尋ねる。
「援軍を出したそうじゃ。数は2000。それで王都からの援軍が来るまでもたせろという話じゃよ」
「2000・・・・・・即日発ったとしても到着は早くて5日、実際は一週間といったところでしょうか」
暗い表情で答えた父の返答に、息子もまた暗い顔で呟いた。
通常の敵なら一週間が一ヶ月でも、援軍の到着まで耐え切ってみせる自信はあるが、今回は事情が違う。
敵の新兵器である鉄火砲による攻撃は、命中率の低さからまだ城門を破られるまでには至っていないが、それも後一日が限界と判断している。
さらに、一旦突破されてしまえば、敵の歩兵が持つ小型の新兵器、鉄火棒によって齎される被害は、城壁を隔てた現在の比ではないだろう。
最初の援軍が最短で到着する一週間ですら、もたせるビジョンが2人には浮かばなかった。
しばしの沈黙が部屋を支配する。
部屋の外からは、兵達の怒声とドーン、ドーンと鉄火砲の砲撃音が木霊していた。
「とにかく・・・・・・あの敵の新兵器を何とかせにゃならん。大きい方はもちろん、小さい方も盾を抜きおる。あれを放置しておけば、援軍が間に合ったところで同じことじゃ」
「あれは盾を2枚重ねれば止められます。どうやら撃ちだす礫の方が砕けるようです。ただ、小さな盾じゃ隠れてない部分を狙われるし、大きな2枚重ねの盾など持ち運べたもんじゃない。時間があれば対策も練れるでしょうけど、今は時間が無い」
要するにお手上げだ。
敵を打ち破る策もなく、援軍が届く時間すら稼げないとなれば、後は全滅か降伏かの選択しか残っていない。
再び部屋を沈黙が支配するが、その沈黙は長く続くことなく、部屋に駆け込んできた兵士によって破られた。
「失礼します! 王都より鳩便です!」
入って来た兵士は挨拶もそこそこに、サイスに小さく丸められた1枚の羊皮紙を渡すと、敬礼して部屋から出て行った。
サイスは渡された羊皮紙を、中身を改めることなく代官の父、ビオネスに渡す。
受け取ったビオネスは素早く書かれた文章を読むが、その顔からは明らかな落胆が読み取れた。
「王都からは何と?」
恐る恐る尋ねるサイスに、ビオネスは黙って羊皮紙を差し出す。
差し出された羊皮紙を受け取って読んで見ると、そこには、ビネール・ドウ・リドリスファーレ第二王子に対し兵15000をもってダスターレ伯爵領コルエバンへの援軍命令が即時発令されたことが書かれていた。
サイスにもビオネスの落胆が伝染する。
本来であれば、コルエバンの兵1000と領都からの2000に合わせ、王都からの15000が加われば、如何に新兵器を装備した敵兵であっても勝利することが出来るだろう。
しかし、王都からの援軍となれば、距離的に二週間は掛かる。
援軍の任務はコルエバン防衛ではなく、コルエバン奪回、そしてエザクート親子の弔い合戦になるだろう。
「仕方あるまいて。お館様も陛下も、こうやって援軍を送って下さっておるのじゃから。敵の攻撃力が異常なのじゃ。なぜこうなったかは生き残った者の仕事よ。我等としては、兵には悪いが、せめて街の領民には被害が及ばぬよう打って出ることも考えねばなるまいなあ」
「親爺殿・・・・・・」
達観したかのようなビオネスの言葉に、サイスはそれ以上の言葉が出てこなかった。
「なに、まだ負けとは決まっとらんぞ? 援軍が来るのは間違いないのだからの。最後の瞬間まで何が起こるかわからんのが戦争じゃよ。突然やつらの新兵器が使えなくなるかも知れんし、敵の将が死ぬやも知れん。ドラゴンが現れて敵を一掃するかも知れん」
ビオネスは先ほどまでとはうって変わって声を張り上げると、サイスの背中をドンドンと叩きながら、冗談まで交えて励ました。
「お前がしょげていてどうする! 軍の指揮はお前の仕事じゃろうが。指揮官が暗い顔をしとったら勝てる戦も勝てんわ!」
「そ、そうですね。とにかく今は門の守りを固めさせましょう」
父の励ましに、無理矢理元気を取り戻したサイスは、そう言って指揮の為に部屋を出ようと出口に向かうが、それを遮るようにまたも伝令の兵が部屋に飛び込んできた。
「失礼します! 領都より鳩便です!」
その報告に、サイスはまた間に合わない援軍の追加かと訝しみながらも、兵士から羊皮紙を受け取ると、そのままビオネスに渡す。
受け取ったビオネスも、特に期待も無い様子で羊皮紙に目を通していたが、次第に表情が驚きから困惑したものへと変わっていった。
そんなビオネスの様子に、サイスが心配そうに声を掛けた。
「親爺殿?」
「伯爵様がの、援軍を送って下さるそうなんじゃが・・・・・・」
困惑した表情のままビオネスが答える。
「追加の? 間に合わないのは一緒でしょう」
「それがのう、援軍はメリーチェ様を含めて4人だそうな」
「は? なんですかそれは。4人? それにメリーチェ様? 優秀な魔道士であることは聞き及んでますが、何かの間違い・・・・・・いや、その書状は本物なんですか?」
疑問は当然だ。
5000の敵を相手にしている所に、たった4人の援軍など、何の意味があるというのか。
「確かにお館様の直筆じゃ。印章も間違いない。第一、お館様の字を儂が見間違えるものか」
「いやしかし、あの伯爵様が、たった3人の共連れでメリーチェ様を戦場に送り出すなんて、絶対に有り得ませんって」
「じゃが、書状によれば、むしろメリーチェ様の方が案内役で別の人物、『カオル・ニイロ』という人物が本命らしい。お館様によれば、くれぐれも丁重にお迎えしろとある」
「そんな人物、聞いたことがありませんな・・・・・・まあ、言いたいことは色々ありますが、言っても詮無いことです。どの道その『カオル・ニイロ』とやらが到着する頃には、我々はこの世におりますまい。今は門の防御を固めるのが先決。私はこれで・・・・・・」
どうやらサイスは『何かの間違い』と判断して、無視することにしたようだった。
ビオネスに背を向けて、現場での直接指揮の為に部屋を出て行こうとするが、その背中にビオネスの声が掛けられた。
「じゃがのう、お館様が書いておられる。この人物1人を万の兵と思え、と。そして、この書状が正しいならば・・・・・・信じられんが、この人物は、早ければ今日中にも到着するらしい」
あまりに馬鹿げた話に、部屋を出て行こうとしていたサイスは思わず立ち止まって振り返った。
「伯爵様は・・・・・・いったい何を援軍に送られたのです? ドラゴンでも寄越したというのですか!・・・・・・ん?」
絞り出すような声でサイスが言ったその時、たまたま目線の先にあった窓の外で、奇怪なものが視界の隅を横切ったのに気づいた。
サイスはすぐにビオネスにも注意を促し、よく確認しようと窓に駆け寄る。
それは、ちょうど南に位置する城門の上空で、四角いテーブルくらいの大きさの何かが飛び周り、城門の外側、敵の群がる方へ、何か黒いものをバラバラと振り撒いている。
そしてすぐに、城門の外側で朦々と煙幕が立ち上がるのが見えた。
煙は主に城門の向こう側、城門攻めの敵の軍勢の只中で上がっているようだが、風に乗って流れてきた煙から逃れようとする友軍の兵士の姿も見える。
「なんじゃあれは・・・・・・あの煙、敵が火を掛けた訳ではないな? 色が付いとる・・・・・・何の意味があるんじゃ」
見れば確かに、ただの煙ではなく、ビオネスの言うように黄色や緑、ピンクの色の付いた煙が上がっていた。
「と、とにかく私は現場で確認して来ます!」
そう叫ぶと、サイスは部屋を飛び出していった。
街中を駆け抜け、必死の思いで南門近くまで到達すると、現場で指揮を執っていた騎士の一人を捕まえて詰問する。
「ノッコール、どうなってる。あの煙はいったい」
ノッコールと呼ばれた騎士は、狼狽しながらも報告した。
「それが、突然、門の向こうから煙が・・・・・・あの煙に巻かれると、ああなるようです」
ノッコールに促されて周囲を見ると、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、咳やくしゃみを繰り返す兵士達の姿があった。
確かに、冷静になってみると、あちこちから咳とくしゃみの音が聞こえる。
「ああなったら戦闘には使えません。城壁の上にいた連中なんか酷いもんです。目撃証言ですと煙は攻めてる敵のど真ん中で発生したらしくって、敵もパニックだそうです。自爆なんでしょうか」
「わからん。わからんが、お前は見なかったか? 空に、こう、空飛ぶテーブルみたいな・・・・・・」
そう言って自分の目撃した奇怪な物体を説明しようとしたサイスの言葉に被せるように、突然、大音量の声が鳴り響いた。
『両軍の指揮官に警告します。即刻、戦闘を停止して下さい。繰り返します。即時に戦闘を停止して下さい。これは警告です』
サイスは知らないが、それはニイロの声だった。
突然の声に、サイスが思わず、声のした方を振り返ると、視界に飛び込んできたのは例の空飛ぶテーブルだ。
それは、ちょうど街の中心部辺りの上空に浮かんで、停戦しろと繰り返している。
サイスは理解した。
あれが伯爵の送り込んできたモノだ、と。
「伯爵様・・・・・・いったい何を寄越したというのですか・・・・・・」
その呟きは、側にいたノッコールにも聞き取れないほど小さいものだった。
次回更新は12月5日の予定。
少なくともオーバーだけはしませんように・・・・・・。