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第19話 砲艦外交

23日の更新予定に対して、ほんの少しですが前倒しに成功です。

 窓の外には夜の帳が降りたルードサレン城館の伯爵執務室。

 部屋の中には4人の男達の姿があった。


 中央に設置された6人掛けの応接セットには、人数分のハーブ茶の淹れられたカップが置かれてはいるが、誰も口を付けようとはしない。

 上座の中央にダスターツ伯爵が座り、一心に手元を見つめていた。

 その背後には、背もたれ越しに秘書のカウネル・ラッチが立ち、マナー違反ながら伯爵の背後から身を乗り出して伯爵の手元を覗き込んでいる。

 そして、これもマナー的には(まず)いのだが、伯爵の右隣に騎士団副団長のガラクト・スローンが座って、やはり伯爵の手元を覗き込む。

 左隣にはニイロの姿があった。


「これが砦ですね。そしてこっちは敵の駐留軍。砦に入りきれないんでここに駐留してるんでしょう。大きく二つに分かれてますが、サクラコの話だと、この大きな天幕のある方がドマイセン軍で、もう片方、こっちはビンガイン軍だそうです」


「これが砦だと、後ろの橋は落としてあるな。こっちが味方か。まだ王都からの援軍は到着しとらんようだが」


 サクラコと共に派遣したクラブ達が、リンデン砦の上空から撮影したリアルタイム映像を、伯爵の手元に差し出した10インチ携帯端末(タブレット)に表示しながら解説するニイロに、伯爵が口を挟む。

 この部屋にいる全員が、その映像に釘付けになっていた。


「夜なのに、こんなにはっきり・・・・・・こんなものがあったら、伏兵や夜襲など意味がありませんね・・・・・・」


 無意識にスローンが呟いた。

 現在の時刻は夜の9時近く。

 既に暗くなっており、本来ならば篝火の周囲程度しか見えないはずなのだが、送られてくる映像はデジタル処理され、ほぼ昼間と変わらない程度に細部まで見ることが出来る。


「援軍はまだですね。サクラコの話だと、明け方には到着するくらいの位置まで来てるそうですが。それから・・・・・・この大きな天幕の中にあったのが、これです」


 ニイロが横から手を伸ばし、伯爵の手元の携帯端末(タブレット)を操作して、録画済の映像を表示する。


「サクラコが潜入して撮ってくれたものです。3台の大砲・・・・・・彼等(ドマイセン)は『鉄火砲』と呼んでるみたいですが・・・・・・大砲が置かれてます」


「これは、名前からすると鉄製だろうが、やはりニイロ殿の使う武器と同じものと考えて良いのだろうか?」


 ダスターツ伯爵が尋ねる。


「ええ、系統からすると同じものですが、私の常識からすると、かなり古い形式です。そうですね・・・・・・ご存知か知りませんが、吹き矢という武器があります・・・・・・ありますよね?」


 スローンの方に視線をやって問い掛けると、スローンも頷く。

 ニイロはそれを確認して説明を続けた。


「要するに、吹き矢は息を吹き込んで弾を飛ばしますけど、その息を火薬の爆発力に置き換えたものと考えて下さい。基本的な構造は単純なんですが、爆発力の強い火薬の調合と発火装置、爆発力に耐え切れるだけの強度を持った『筒』を作るのが難しい。それに、筒の口径に合った弾の大量生産もですね。今回、ドマイセンは、それらの開発に成功したということでしょう」


「しかし、ニイロ殿の使う物よりは遅れているということか。どのくらいの差があるのだ?」


 差と聞かれても、ニイロも銃器の歴史に詳しい訳ではない。こちら(ガンマ・アース)に来る前の訓練時に、座学で少し学んだ程度だ。

 少しだけ考えてから答える。


「差ですか・・・・・・石を削って作った原始的なナイフと、最新の鉄製ナイフ? くらいでしょうか。ただし、どちらも刺せば人を殺せます。その点は勘違いしないで下さい。古い形式だからといって脅威が無い訳じゃない」


 ニイロの説明を聞いたダスターツ伯爵が、苦々しげに深い溜息を吐く。

 

「なるほど・・・・・・これを同じような武器の使用者であるニイロ殿に聞くのは間違いかも知れんが、対策はあるのだろうか」


「うーん、威力に負けないくらいの頑丈な盾・・・・・・と言うのは現実的じゃないですね。今回、門を吹き飛ばされてるそうですし、使われる前にケリをつける、くらいでしょうか。

 あの大砲の構造ですと連続しての射撃は難しいでしょうから、位置について最初に撃つまでと、1発撃って次の発射まで、それなりの時間を要すると思います。

 後は・・・・・・今回、あれを撃つのに門の直前まで寄ってきたという話でしたから、命中率に問題があるのかも知れません。つまり、遠くからだと外す可能性が上がるということです」


「なるほど・・・・・・」


「それから、これはサクラコのお手柄ですけど・・・・・・」


 ニイロがそう言いかけた時、(あわただ)しく執務室の扉がノックされた。

 その音に、秘書官のカウネル・ラッチが素早く反応して扉に歩み寄る。

 その場で一言二言、言葉を交わしてから、すぐに扉を大きく開いて一人の騎士を招き入れた。


「何事か」


 ダスターツ伯爵が尋ねると、騎士は青い顔を引き攣らせながら報告した。


「はっ! コルエバンより緊急の鳩便です! 現在、コルエバンに軍勢が近づきつつあり。旗幟からドマイセン・ビンガインの連合軍。その数5000!」


 その報告に、部屋にいた全員に衝撃が走った。

 ダスターツ伯爵が思わず立ち上がった拍子に、ニイロが持つ携帯端末(タブレット)を引っ掛けてしまい、取り落としそうになった携帯端末(タブレット)を慌ててニイロが受け止める。


「5000だと!? それほどの数どこから! 国境の監視は何をしていたのだ!」


 思わず口にしたダスターツ伯爵の怒声に、報告に来た騎士は青褪めた顔で首をすくめるが、彼の責任ではない。

 ダスターツ伯爵は大声を出したことで少し落ち着きを取り戻すと、スローンに向かって指示を飛ばした。


「王都に緊急連絡を。それから大至急兵を用意させろ。どのくらい集まる?」


「領軍は既にリンデン砦に700を向かわせてますので、ここの守りに300を割くとして、1000が限界です。これに傭兵を加えて2000、それ以上は時間が必要です」


 スローンが素早く計算して答えた。

 敵の軍勢は5000だ。2000では少なすぎる。

 コルエバンの街には1000の兵が常駐しているが、それを合わせても3000。地の利があるとはいえ不利なことに変わりない。


「儂がその2000を率いて出る。お前は追加の軍を大至急編成して後から来るのだ。領都は最低限治安維持に必要な兵を残せばよい。王都からの援軍も来よう。それまで儂が食い止めてみせる」


「お待ち下さい! 団長が砦に出陣されて不在の今、伯爵様が領都を空けるのは賛同しかねます。ここは私が!」


 騎士団長のギータン・ポアルソンは、援軍を率いてリンデン砦に向かってしまっている。

 ダスターツ伯爵の指示にスローンが異を唱え、互いに『自分が行く』と言い張って、言い合いが始まってしまった。

 その様子に、蚊帳の外で困惑した表情のカウネル・ラッチが、救いを求めるように、しきりにニイロへ視線を送ってる。


「一つ、宜しいでしょうか?」


 別にラッチの意を汲んだ訳ではなかったが、ニイロが2人の言い争いに口を挟んだ。

 ニイロの発言に、ダスターツ伯爵もスローンも言い合いを止めて注目する。


「実は、これもお話しようと思ってたんですが、実はサクラコの報告から、砦の襲撃が陽動である可能性は予想していました。

 ただ、王国の地理には(うと)いんで、さすがに場所まではわかりませんでしたし、このタイミングも予想してませんでしたけど。

 さらに、敵の切り札は、あの大砲だけじゃありません」


「ドマイセンめ、まだ何か隠していると言うのか!?」


 ダスターツ伯爵が頭を抱えて呻く。


「はい。それで提案なんですが・・・・・・ええと、コルエバンと言ったら、確かセビエネ村の近くですよね? サリアさんの故郷の」


「そうだが、敵は既にコルエバンに迫っている。国境監視の不手際だが、敵の進軍ルートが不明な今、村の状況も不明だ」


 ダスターツ伯爵の答えに、ニイロは少しだけ考えてから提案した。


「どうでしょうか、もし信用してもらえるなら、コルエバンの方は私が行く手もあります。セビエネ村の様子も気になりますし」


 実は、ニイロが今、ルードサレンに残っているのは人質の意味もある。

 仮にニイロ達がドマイセンの間者(スパイ)だったとして、その疑いが晴れない内にリンデン砦に向かわせ、結果、逃亡となれば、ダスターツ伯爵としては『間抜け』の(そし)りを免れない。

 そこで、リンデン砦にはサクラコだけを向かわせ、ニイロはルードサレンに残ったのである。


「それは・・・・・・儂等からすれば願ったりの申し出だが・・・・・・何度も言うが、儂個人は貴殿を疑ってはおらん。しかし、良いのか? 儂はてっきり、貴殿は国同士の争い事には係わりたがらないものと思っておったのだが」


「はい。それは間違いありません。だから、今回限りです。乗りかかった船、毒を食らわば皿まで、一度手を出したなら最後までやり遂げろという意味ですが、今回だけお手伝いしましょう。このまま『私には関係無いので知りません』では、さすがに目覚めが悪い」


 そう言い切ったニイロに、スローンが思わず小声で呟く。


「なんだかドマイセンが気の毒になって来たな・・・・・・」


 そんな呟きを無視して、ダスターツ伯爵は今後の方針をニイロに尋ねた。


「貴殿に出てもらえるならば是非も無い。儂に出来る限りの配慮もしよう」


「許可して頂けるなら、準備が整い次第、すぐに出発します。ここからコルエバンまでの地図と、出来ればどなたか、コルエバンまでのルートと周辺の地理に明るい方を手配して下さい。案内役として一緒に来てもらいたいんです」


 事は急を要する。

 道に迷って間に合いませんでしたでは笑い話にすらならない。


「わかった。スローン、コルエバン周辺に詳しい者、すぐに手配できるか?」


「そうですね、残っている騎士ですと、あの周辺の出身者は残念ながらいません。メルゼルと、あとコイレスが確かコルエバンの出なのですが、生憎(あいにく)二人共リンデン砦の方に・・・・・・一般兵に出身者がいないか確認してみます。ニイロ殿、何人欲しい?」


「あー、本当は1人でいいんですけど、そうもいかないでしょうね。かと言って連携も取れないし、出来れば3人程度でお願いします」


 ニイロとしては案内役が欲しいだけだ。大勢連れていっても意味が無い。

 しかし、伯爵個人の信頼は得られているようだが、ニイロの立場を考えると数人の監視役(・・・)を付けることになるのも、これまた仕方が無い。


 スローンはニイロの答えを確認すると、片手を上げて了解の合図をしながら、手配の為に部屋を出て行った。

 すると、残る3人の内、それまで存在感の薄かった秘書官のカウネル・ラッチが、少し遠慮気味に口を開いた。


「その、これは単なる思い付きなのですが、あの周辺に詳しい者というならば、サリアはどうでしょうか。彼女ならセビエネの出身ですし」


「いや、それは駄目ですよ。これから行く場所は戦場なんですから、侍女でしかない彼女を危険に晒すことは出来ません。少なくとも戦える方でないと困ります」


 その提案をニイロは慌てて断った。

 一応、それらしい理由は告げたが、本音としてはサビエネ村の状況が不明な以上、万が一、ドマイセン・ビンガイン連合軍に村が蹂躙されでもしていたら、という恐れから、連れて行くことは拒否したかったのだ。

 仮にサリアの家族に被害が及んでいた場合、それを今、彼女に直接見せるのは忍びない。

 提案したラッチにしたところで、本当に単なる思い付きだったらしく「そうですか」と答えるだけで、特に拘りは無いようだった。

 ただ、そう答えながらラッチとダスターツ伯爵が、ちょっと不思議そうな、怪訝(けげん)な表情で顔を見合わせていたのは気になったが。


「して、貴殿が出立した後の儂等はどう動く?」


 ダスターツ伯爵が話を元に戻し、今後の方針について尋ねた。

 しかし、聞かれたところでニイロにとっても初めての戦場である。

 行って見なければわからないことだらけであり、ここから先は出たとこ勝負だ。

 そこで、取りあえずはコルエバンの代官及び領軍の指揮官宛の書状と、ニイロの身分を証明する書状を用意してもらい、援軍については本職である伯爵の判断で差し向けてもらうよう頼んだ。

 誰が率いて行くかについては、そこまでニイロが口出しする気は無い。


 一通りの打ち合わせが済むと、部屋にいた全員が、それぞれの準備の為に部屋を出て持ち場へ向かう。

 ニイロも移動の為の車両の置いてある、馬場の一画に向かいながら、ニイロはサクラコに通信を送った。


「サクラコ、聞いてた?」


『はい。ニーロが行かれるのですね』


「うん、行ってくるよ。この世界に不釣合いな力を持ってる以上、逃げてもいつかはこうなるだろうし、時には開き直ることも大事だろ?」


『大丈夫ですか?』


 通信越しにもサクラコの心配そうな声が尋ねる。


「大丈夫。ファージもクラブもいるしね。サクラコにばかり働かせてるから俺も働かないとね。そちらも予定通り動いてくれるかい? タイミングは任せるよ」


 少し冗談めかしてニイロは言った。


『そんなこと・・・・・・わかりました。では、予定通りに』


「うん、くれぐれも気をつけてな」


『はい、ニーロも。帰るまでが遠足ですからね』






 ◇ ◇ ◇


 ニイロとの通信を切った後、サクラコは後ろを振り返る。


 サクラコの背後には、ここまで援軍を率いて来たダスターツ伯爵領軍騎士団長のギータン・ポアルソン、リンデン砦守備隊長ファレク・ラバナウの姿があった。

 落とされた砦から、矢の届かない位置に急遽仮設された陣地にある指揮所の天幕の中だ。

 単身での潜入偵察の後、見張りの隙をついて気付かれないまま無事の脱出に成功していた。


「それでは、またちょっと行ってきますので、予定通り架橋の準備、お願いしますね」


「ああ、仮設橋の準備はさせているが・・・・・・本当に1人で行くのか?」


 ポアルソンが心配そうに問いかけてくるが、それにサクラコは事も無げに答える。


「はい。ニーロと約束してますから」


 話が微妙に噛み合っていないが、サクラコは、まるで近所にお使いでも行ってくるかのような様子で微笑むと天幕を後にした。

 サクラコが去った天幕の中では、ポアルソンとラバナウが顔を見合わせる。


「団長、これは前にも聞きましたが、あの娘はいったい何者なんです? 」


 呆れたような表情でラバナウがポアルソンに問いかけた。


「だから前にも言ったろう、ニイロ殿の仲間・・・・・・相棒(パートナー)? だと。それ以上は何もわからん。わからんが伯爵様は信頼しておられるし、俺も信用していいと思い始めてる。少なくとも今は味方だ

 それにな、実際、彼女は強い。模擬戦でウェズレンのやつが、ハンデを貰っても、ものの数分しかもたなかったよ。しかも、ご丁寧に指導までされて、ウェズレンのやつ、今や彼女の信者(ファン)だ。

 俺も剣で(おく)れを取るとは思いたくないが、あの模擬戦での動きを見た今は自信を持って勝てるとは言い難い。ましてや彼女本来の武器を使われたら、俺とて何秒立っていられるか・・・・・・」


「そんな娘を仲間にしているニイロ殿とは・・・・・・」


「さあな。正確にはカオル・ニイロ。苗字持ちだが本人は平民だと言い張ってたよ。

 スコバヤ殿の予想では、その教養や知識、国宝級の所持品から、どこかの国の貴族、或いは王族の可能性もあると言っていたが、俺もその線は大いに有り得ると思うし、むしろそうであってもらいたい。

 本当にただの平民だとしたら・・・・・・ただの平民が、あれほどの武力を持つなど、そんな出鱈目な国があるなど考えられん。

 まあ、実際はまだ謎の人物としか言えんが、今の我々は、その2人の人物に頼るしか無いのも事実さ」


「コルエバンの方は大丈夫なのでしょうか・・・・・・」


 心配そうにラバナウは言うが、ポアルソンは何やら色々と諦めた表情で答えた。


「あっちはニイロ殿が言ってくれるそうだし大丈夫だろう。第一、お前も見ただろ? 今、外にいるゴーレム達を。敵は5000と言うが人間だ。俺には心配するだけ損な気がするよ」




 天幕の外には、ニイロがつけてくれた赤い頭のファージ・ワンと、クラブ・ワン、ツー、スリーの3機が控えていた。

 ファージの武装は対地ミサイル、クラブはワンが12.7mm機銃、ツーが40mmグレネード、スリーは非武装となっている。


 サクラコは、いつものクラシカルなナース服の上から、灰色のステルス迷彩機能付きポンチョを被ると、ファージ達に語りかけた。


「さあ、みんな、頑張って後でニーロに褒めてもらいましょう!」


「「「ピポッ!」」」


 ファージ達が一斉に電子(ビープ)音で応えた。

 サクラコは、その反応に満足したように(うなず)くと、ポンチョのフードを目深に被り、面前にはヴェールを下ろす。

 同時に浮上したファージ・スリーに(つかま)ると、ステルス機能をオンにして姿を消した。

 クラブ・ワンとツーも飛び上がると、橋の落ちた渓谷を渡れないファージを残して、それぞれ姿を消して飛び去っていく。


 1機だけ残されたファージ・ワンは、無限軌道とマニピュレーターを器用に使いつつ、カチャカチャキュルキュルと傍目(はため)にはユーモラスな動きで、砦のある方向とは逆の陣地の外に移動していった。

 やがて、周囲が開け、少しだけ高台になった位置に到着すると、その場で静止する。

 辺りは晩秋の夜の冷気が降り、耳を澄ませば数の減った秋の虫達が、終わりの近づいた輪舞曲(ロンド)を奏でている。


 もし、この場に人がいれば、虫の声でない()が流れていることに気づいただろう。

 演奏者はファージ・ワン。

 ごく微かな電子(ビープ)音で曲を奏でている。


 曲名は『ワルキューレの騎行』

 某映画で有名なアレである。

 もし、今ここにニイロがいれば、きっとこう言っただろう。


「いやいやいや、虐殺しに行くんじゃないからね!?」と。






 ◇ ◇ ◇


 最初に異変に気づいたのは、ビンガイン軍の兵士だった。


 ドマイセン軍から借り受けた大盾を、夜の内に砦の王国側、断崖と柵との狭いスペースに等間隔に設置して、その陰で仮眠を取っていたが、夜半過ぎ、偶々もよおして目が覚めると、同時にどこからともなく「シューッ」という聞き慣れない音が聞こえるのに気づいたのだ。

 反射的にその音のする方を見ると、前方の上空に炎を吹き出しながら飛来する物体を目撃した。

 仲間の兵に声を掛ける時間も無かった。

 その物体が彼の頭の上、遥か上空を越えて飛び去ったのは、ほんの一瞬の出来事。


「な・・・・・・」


 何だあれは、と言葉を発する時間すら無かった。

 彼からすれば砦の後方、恐らくドマイセン軍の陣取る場所辺りで、ドーン! という爆発音が響き、その音に振り返ってみると、砦の柵の隙間越しに炎が吹き上がるのが見える。 


「た・・・・・・」


 大変だ、という言葉も出ない。

 彼の頭上を二つ目の物体――ファージ・ワンの放った地対地ミサイル――が、最初の物と同じく炎を吐いて飛び越えていくと、再び同じ方向で爆発音と炎が吹き上がった。

 しかも、今度は鉄火砲の弾薬に引火したのか、爆発音は一つに留まらない。

 その衝撃と音で、ドマイセン・ビンガイン連合軍は大混乱に陥っていった。




「ヤノス殿ご無事でしたか!」


 砦内の指揮所として使われている兵舎の一室に、混乱の中ドマイセン軍の指揮官であるオルフ・ヤノスが、副官1人と共に姿を見せると、指揮所で混乱の収拾に当っていたトール・ハルマインが声を上げた。

 部屋の中ではハルマインと2人の副官が、集まった情報の検討をしている最中だったが、現れたヤノスに視線が集中する。


「いったい何がおこったのですか!? 鉄火砲の天幕のようですが、敵に動きは見えません。まさか事故ということでしょうか」


 その問い掛けに、ヤノスは苦虫を噛み潰したかのように表情を歪ませた。


「心配を掛けた。今、こちらも混乱の収拾に当たらせているが・・・・・・事故は考えられん。これだけの騒ぎだ。この距離で敵が気づいてないとは思えん。逆に動きが無いことが、敵が知っていた証拠とも考えられる。間者が紛れ込んでいる可能性が高い」


「では、敵の破壊活動の線が濃いと」


 ハルマインの確認にヤノスは(うなず)いた。


「おう、鉄火砲の置いてあった天幕と、弾薬を置いていた天幕のみ、見事に狙って潰しおった。あれはもう使えん」


 実際にはビンガインにもまだ詳細を知らせていなかった秘密兵器も一緒に潰されているだけに、ヤノスの怒りは大きい。

 苦々しげに毒づくヤノスに、ヤノスの副官が(おもね)るように言った。


「しかし、我等の役目は敵を誘き寄せることですから、大勢に影響は無いでしょう。後は敵を釘付けにして時間を稼げばよいのですから、我々にトラブルがあったと敵に知られるのは、むしろ好都合というもの。好機とばかりに食いついてくれるのではありますまいか。鉄火砲は痛いですが、砦は我々の手中にあるのです。まだ将軍の手柄は動きませんぞ」 


「ふむ・・・・・・」


「後はジーマール将軍次第。予定通りなら、もうコルエバンの攻略に取り掛かっているかも知れません。いや、もう落としていても・・・・・・」


「ああ、それは無理かと思われます」


 突然投げかけられた少女の声に、その場にいた全員が一斉に声のした方向を振り返った。

 部屋の入り口とは逆の、中央に据えられたテーブルを囲むように立っていた男達と、外に面した窓との間に、いつの間にか灰色のポンチョを着たサクラコが立っていた。


「何者!?」


 一番近い位置にいたヤノスの副官が、いち早く腰に()いた剣を抜き放って突きつけたが、突きつけられたサクラコは、それを軽く()なして言葉を続ける。


「コルエバン、でしたか。あちらにはニーロが向かいますから、すぐ片付くんじゃないでしょうか」


 今や副官達のみならず、ヤノスとハルマインにも剣を向けられながら、それを一向に意に介すことなく言葉を続けるサクラコに、不気味なものを感じつつヤノスが聞いた。


「どこから入った、とは聞くまい。見事な腕だ。王国の魔道士の娘よ、今の騒ぎは貴様の仕業だな?」


 魔道士と判断したのは、突然現れたことを魔法によるものと見当をつけたせいだ。


「ええ。正確にはファージ・・・・・・と言ってもわからないでしょう、私の仲間のお仕事です。あと、私は王国の人間ではありませんし、魔道士でもありません」


「王国の人間でも魔道士でもない? では何者だ。何が目的で、なぜ姿を見せた」


 矢継ぎ早の質問に、サクラコは落ち着いた様子で答えた。


「まず、私と私のパートナーのニーロは、王国の方々に、あなた方の仲間ではないかと疑われていましたので、その疑いを払拭する為に、一時的に王国と協力体制を()いています。

 あなた方を全滅させることは簡単ですが、私のパートナーは優しいので、それを良しとしません。よって、あなた方の撤退をお勧めしにやって参りました」


 ドマイセン側からすれば身勝手な、馬鹿にした要求だった。

 実際、優位に事を進めている彼等に、お前達は弱いから尻尾を巻いて帰れと言うのだ。飲めるはずがない。

 それを聞いたヤノスの副官が、激昂して剣を振るった。


「小娘が黙って聞いておれば好き勝手なことを! この痴れ者が!」


 サクラコは袈裟懸けに振り下ろされた副官の剣に対して素早く踏み込むと、振り下ろされる剣を持った腕を左手で受け止め、いつの間にか手に握られていた10mm小型自動拳銃(オートマチック)を突き出した。

 『パン!』という乾いた音と同時に、副官が取り落とした剣を、そのまま左手でキャッチする。


「ぐあああっ」


 副官は悲鳴をあげながら太腿を押さえて床を転げまわった。

 見ると副官の太腿は血で赤く染まっている。

 一瞬の出来事に固まっている人間達に向かって、サクラコが相変わらず落ち着いた口調で話す。


「うーん、どうも話し合いは苦手で困ります。ライラ姉さんやシンシアさんなら、もっと上手く話せるのでしょうか・・・・・・あ、皆さん動かれないようにお願いしますね。今回は仕方なく撃ちましたけど、これ以上の犠牲は私も望んでおりませんので。

 そちらの方は、見たところ弾は抜けていますし、すぐ手当てすれば大事には至らないでしょう。ああ、そこのあなた」


 側で固まっているハルマインの副官の1人にサクラコが指示する。


「まず、その方の傷口を縛って止血を。それから別の部屋に連れていって、すぐに手当てしてあげて下さい。出来ますよね?」


 サクラコに指図されたハルマインの副官は、従っていいものかハルマインの顔色を伺う。

 ハルマインの方も拒否するわけにもいかず、無言で頷いた。

 それを見て、もう一人の副官にも手伝わせると、まだ唸っているヤノスの副官を担いで部屋を出て行く。

 見ると部屋の入り口には騒ぎを聞きつけて駆けつけた兵達が人だかりを作っているが、指揮官を人質に取られた格好で、部屋に突入していいものか、判断がつかないようだった。


「さあ、もう動かれて結構ですよ。話し合いを続けましょう・・・・・・そうですね、その前にお座りになられたら如何でしょうか。せっかくテーブルも椅子もあることですし」


 そう言うと、副官の剣をテーブルに置き、自分はさっさと椅子に腰掛けてしまった。

 その様子に毒気を抜かれたように、ヤノスもハルマインも剣を収め、諾々と椅子に座る。


「さっきの・・・・・・それは・・・・・・鉄火棒なのか?」


 ヤノスがポツリと言う。

 視線はサクラコの持つ10mm小型自動拳銃(オートマチック)に注がれていた。


「鉄火棒? ああ、木箱に入っていたあれですね。そうですねえ、あれの数百年後の姿、と言えばいいのでしょうか」


「数百年?」


 ヤノスには意味がわからない。


「まあ、細かいことは気にされなくて結構です。私達は、あなた方の言う鉄火棒や鉄火砲より高性能な武器を持っている、と理解して頂ければ・・・・・・」


 そう言いながら銃を持った手を上に上げると、おもむろに2発発射する。

 乾いた銃声と共に銃口から二条のマズルフラッシュが(ほとばし)り、同時に板葺きの屋根の上から悲鳴と、何かがぶつかるような重い音が響いた。


「威力の方は御覧になった通りです。あ、屋根の上にいるお二人は、ちゃんと手当てしてあげて下さいね。急所は外してありますから、出血と感染症に気をつけて頂ければ命に別状は無いはずです。

 それから、このまま撤退して頂けるのであれば、私達はこれで手を引きます。王国は追撃の兵を送るかも知れませんが、私たちがそれに手を貸すことはありません。

 でも、撤退して頂けないのであれば、私達は全力でこの砦からあなた方を排除しなければなりません。どうか賢明なご判断をお願いします」


「連続で・・・・・・み、見えてなくても当るのか・・・・・・」


 鉄火棒の性能と威力を知るヤノスの目は、驚愕に見開かれていた。

 実は上空のクラブ・スリーから送られて来るデータとリンクしての離れ業なのだが、ヤノスにはわからない。


「て、撤退すれば手を引くと?」


「はい。砦の奪還まで、というお約束ですから」


「傭兵か」


 ヤノスが蔑むような口調で吐き捨てた。


「違いますよ? 報酬をくれるとは言ってましたけど、別にいりませんし」


「では何故王国に肩入れする! そもそも・・・・・・」


 思わず激昂したヤノスが自分達の正当性を主張し始めるのを抑えて、サクラコが言葉を被せた。


「あなた方の事情はどうでもいいのです。それは改めて王国の方々とお話し合いでも戦争でもやって頂ければ。

 ただ、今回はニーロが迷惑してますから撤退して頂きます。聞いて頂けないのであれば、不本意ですけど排除するしかありません」


 仲間が迷惑してるから撤退しろと、あまりに無茶苦茶で一方的な言い分に、ヤノスは顔を真っ赤にして声も出ない。

 代わりにハルマインが言った。


「しかし、一口に撤退と言っても、我々も国を背負って出てきているのです。そう簡単に・・・・・・」


「ええ、準備もあるでしょうから、今日のお昼、太陽が中天に昇るまではお待ちします。それまでに撤退の様子が無ければ攻撃を開始しますので、宜しくお願いします」


 サクラコは、そう言って何ら悪びれる様子もなく、ぺこりと頭を下げた。

 あまりに素直なお辞儀に、思わず閉口してしまったハルマインに代わって、またヤノスが口を開く。


「このまま無事に帰れると思うのか。いくらその鉄火棒が凄かろうと所詮一人。大勢で押し包めば・・・・・・」


 怒りの視線で脅し文句を口にしたヤノスに、サクラコはにっこりと微笑んで言った。


「あら、1人だなんて言ってませんよ?」


 その言葉と同時に、サクラコの背後の窓の外で微かな『ブーン』という音が響く。

 そこにはステルスモードを解除したクラブ・ワンが浮かんでおり、装備されている12.7mm機銃の砲身が、室内の明かりを受けて鈍く光っていた。


「何だありゃあ!?」


 部屋の入り口で固唾を呑んで様子を伺っていた兵達の誰かが、窓の外のクラブ・ワンに気づいて声を上げたのと同時、その声を合図にしたかのように、クラブ・ワンの12.7mm機銃が火を噴いた。

 50口径の破壊の化身が、ダダダダッと重い咆哮を上げる度に、窓は割れ壁は削られ、部屋の中に銃弾の嵐が巻き起こる。

 入り口に(たむろ)していた兵達は悲鳴をあげて、()けつ(まろ)びつ逃げ出し、ヤノスとハルマインは素早く床に伏せたはいいが身動きすらできないでいた。


 やがて恐怖の暴風は、始まった時と同じように突然終わりを告げる。

 真っ青な顔で身を起こした2人の目に入って来たのは、見るも無残な部屋の惨状だった。

 先ほどまで目の前にいた少女の姿はどこにも無い。


「な、何だったのだ・・・・・・あれはいったい・・・・・・あれでは鉄火棒など玩具ではないか・・・・・・」

「・・・・・・」


 震える声で漏らしたヤノスの言葉に、ハルマインは青褪めた顔で言葉も出ない。

 そして、さらに2人を打ちのめしたのは、その後、あれ程部屋を破壊し尽した攻撃にも係わらず、1人として死者も、怪我人すらもいないという報告だった。

次回更新予定は12月1日予定。

もちろん前倒しできるよう頑張りはしますが、こればっかりは神の味噌汁。

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