第17話 戦争と平和
南の四カ国連合の一つであるビンガインとの国境線となっているヨードフィル渓谷。
ホロゲノン山地の北側に位置する、大地の亀裂のようなその渓谷の断崖の中ほどに、中洲のように屹立した塔状の岩盤の上に、リドリスファーレ王国が守備するリンデン砦と呼ばれる砦があった。
砦の前後には、幅10mほどの断崖が口を開けていて、そこに馬車が2台、やっとすれ違う程度の幅の木製の橋が掛けられている。
万一の場合は、この前後の二つの橋を落とすことで敵の侵攻を遅らせることができる。二段構えの仕掛けだ。
砦の近隣には、他に橋を掛けられるような場所も無く、50人ほどの兵士が詰める、この縦横30mほどしかない小さな砦は、文字通り難攻不落の拠点となっていた。
「来やがったぞ。門閉めさせろ。鐘鳴らせ。敵は500、物見の報告通り・・・・・・いや、もう少し多いな。600はいるぞ! 隊長に伝令急げ!」
うんざりしたように、しかしながら真剣な表情で見張り台の兵士が仲間に指示する。
それを受けて兵士の一人が見張り台の屋根から下げられた銅鑼のような鐘を叩き、別の兵士が弾かれたように伝令に走る。
ここ最近、嫌がらせのようにビンガインの軍がリンデン砦にちょっかいを掛けに来ていた。
ビンガインからすれば、ドマイセンの圧力に対する『働いてますよ』というポーズなのだが、いずれも多くて100人ほどの一団で、兵数を見ても端から砦を落とせるとは考えていない。
数日置きにやって来ては弓矢や投石を浴びせて帰っていく様を、砦の兵士達は『定期便』と称して揶揄っていたが、今回の襲撃はいつもと違った。
伝令を受けて見張り台に登って来たリンデン砦守備隊長、ファレク・ラバナウが、険しい表情で見張りの兵士に声を掛けた。
「どうだ、様子は」
「確かに数も多いし『定期便』じゃないみたいです。いつもなら、一気に近づいて、こっちの反撃を食らう前に弓を放って逃げ出すのに、今回はほら、あそこに留まったまま動きません」
そう言われて敵の集団を観察すると、500mほど先に黒々とした兵の塊がおり、確かに動く様子が無い。
「どうします? 落としますか?」
兵士がファレクに確認する。
橋を落とす作業は2~3人で30分程度かかる。
落とすのであれば、その時間も考慮する必要があった。
敵がいつもの『定期便』では無い様子から、念の為に橋を落として防御を固めるかという確認だが、この橋は事実上南北の交易街道の一部でもあるので、あまり簡単に落とすという判断も難しい。
一旦落としてしまえば再架橋には一月以上かかるだろう。
敵の数は多いが、一度に攻め寄せる兵の数は橋の幅もあって十数人が限界だ。伊達に難攻不落を誇ってはいない。
ファレクは右手を顎に当ててしばし思案するが、首を横に振って否定した。
「いや、まだその必要はあるまい。いざとなれば後ろの橋を落とす手もあるしな」
そうやって会話しながらも、ファレクの目は敵の集団に注がれていたが、その時、敵に動きが見られた。
敵兵600の内、約200が、亀甲陣形と言われる3つの集団を形成し、かなり大型の盾で前方と側面、そして頭上を防御した格好のまま、先陣、中衛、後詰の三段構えで、ゆっくりと歩くような速度で砦に近づいて来る。
「いったい、なんのつもりだ? ・・・・・・中に何か隠してる?」
突撃するでなく、喚声すら上げず、整然と陣形を保ったまま近づいて来る敵に、ファレクは相手の意図がわからず戸惑いを隠せない。
その時、後方に残った相手の指揮官と思しき少数の集団が、それまで掲げられていなかった旗幟をサッと掲げるのが見えた。
「違う! やつらビンガインじゃない、ドマイセンだ! やつら、今回は本気だ。橋を落とせ!」
今まで、何の疑いもなく、相手はビンガインだと思い込んでいたが、その旗幟に描かれた紋章はドマイセンの物であった。
「無茶ですよ! もう、無理です!」
ファレクは叫ぶが、時既に遅し、もう先鋒の集団が橋の目前まで迫っていた。
これから門を開いて前方の橋を落とす兵を出すのは、敵を呼び込むようなものだ。
「くそっ、後手を踏んだかっ」
ファレクは口惜しがるが、それでもまだ余裕はある。
前方の橋があったとしても、その幅は狭く大人数での攻めは不可能だ。
「矢はケチるな! 投石も準備しとけ。それから煮えた油を用意しろ。門の前まで来たら頭の上から浴びせかけてやれ。それから火矢を放てば、あわよくば橋も燃え落ちる」
ファレクは矢継ぎ早に指示を出した。
その指示に応じて、50の守備兵が柵の各所に設けられた矢狭間や櫓の上から、投石や矢の雨を降らせる。
しかし、敵の先鋒は橋の手前で止まったまま、まさに亀の甲羅のように盾で防御を固め、投石と矢は盾で防がれて思ったように効果を上げていなかった。
しかも、一方的に攻撃を受けていながら、一向に反撃すらしてこない。
その様子に、ファレクの苛立ちと不安は募る。
「やはり中央に何か隠しているな」
大盾で遮られてはいるが、盾と盾の間から何やら黒いものが見え隠れしている。
一方的に攻撃させて疲れるのを待っている? こちらは砦の中にいるのだ。攻撃してこないなら、交代で休ませることはできる。
矢玉の在庫切れを狙っている? 在庫はたっぷり用意してあるし、砦の構造上、背後に回りこまれる心配は無いので幾らでも補給が受けられる。
あの固く盾で囲んだ集団の中で、何か工作を? 無意味だ。連中と砦の間には深い断崖がある。何が出来るとも思えない。
では、何を隠している? 何を?
ファレクの脳裏に、ルードサレンにいるポアルソンからの書状にあった言葉が浮かび上がる。
ドマイセンが、何か画期的な新しい武器を開発しているという噂がある、と。
嫌な予感がした。
「急いでリーシエを呼んでくれ。大至急だ」
傍にいた兵士に使いを頼む。
リーシエは、今年の春に配属された、砦で最も若い女性兵士だ。
何故、今リ-シエを呼ぶ気になったのか、自分でも説明が難しいが、長年、この砦で指揮を執ってきた勘だ。
今まで、この勘に従って間違ったことは一度も無かった。
「お呼びでしょうか、隊長!」
たいして待つ間も無く、リーシエがファレクのいる見張り台――臨時の指揮所になっていた――にやってくる。
「何か任務でしょうか」
リーシエが不安そうにファレクに尋ねるが、尋ねられたファレクの方が言葉に詰まってしまった。
ただ、勘に従って衝動的に呼び寄せはしたものの、実際に具体的な用があって呼んだわけではなかったからだ。
「あー、そうだな・・・・・・」
何とか言葉を取り繕おうとファレクが口を開いた、その時、ドーン!という突然の轟音と、大地を揺るがすような衝撃が彼等を襲った。
「何だっ!?」
「きゃあっ!」
見張り台の手摺に掴まって、なんとか転倒を免れた2人は、その轟音の響いてきた方を見る。
すると、今まで頑なに防御陣形を取っていたドマイセンの100人の先鋒部隊が散開しており、その中央に見たことの無い物体を見つけることが出来た。
もし、ニイロがこの場にいれば、すぐに気づいただろう。それは特製の荷車の上に積まれた大砲だ。
実は、この世界でも、火薬はとっくに発明されていた。
しかし、魔法の存在する世界で、火薬を使って弾を飛ばすという発想は昇華されることなく、火薬の性能向上も錬金術の遅れから未だに化学への進化に至っていない。
いわゆる『てつはう』のような、壷に詰めて爆弾のように使われるくらいで、停滞していたのが現実だった。
今回、ドマイセンの開発した大砲は、外見は、ベータ・アースで中世に使われていた物と瓜二つ。
全長は2m近くあり、口径は15~20cm弱ほど。よく映画などで海賊船に積んである前装式の大砲が出てくるが、ほぼそれと似たフォルムだ。
石を削って加工した砲弾を撃ち出す滑腔砲で、射撃と共に排出された大量の黒煙と、爆風に巻き上げられた砂埃が、未だに周囲に漂っている。
「さっきの轟音はあれか!」
ファレクが叫ぶ。
門を見れば、木製の分厚い門扉に、火矢と火魔法を防ぐ薄い鉄板を貼り付けた特製の門扉には大穴が開いていた。
そんな中、射撃を終えた100人の敵兵の一団は、荷車を押して大急ぎで後退しつつある。
そして、先鋒が退いた門の前には、後ろから来た中衛の100人が、先鋒と同じようにゆっくりと門前に陣を敷きつつあった。
「そうか。あれがそうか・・・・・・」
間違いなく、あれがドマイセンが開発しているという秘密兵器だ。
「リーシエ、お前達に重要な任務を与える!」
ファレクが、先程の衝撃でまだ青ざめているリーシエに向かって言った。
「お前は、まず、ここからあの敵の攻撃をよく観察しろ。特にあの黒い筒だ。そしてルードサレンに走れ。見たことを細大漏らさず伯爵様に報告するのが、お前の任務だ。抗命は許さん! くだぐだ言い合う時間も無い! 一刻の遅滞も無く行動するんだ! いいな!」
そう言ってリーシエの反論を無理矢理封じ込める。
ファレクの迫力に圧倒されたリーシエは、直立不動で返答を返すしか無かった。
「はいっ!」
指示を終えたファレクは、青褪めて引き攣った表情のままのリーシエを残し、門の近くで現場指揮を執る守備隊の副隊長の元へと駆けつけた。
「ギエンツ、被害はどうだ」
「さっきの爆撃? 攻撃で、門の陰にいたエバンが・・・・・・即死です。それにロトックとハレンが重傷。軽傷多数といったところです。ありゃあ、いったい何なのですか」
被害状況を尋ねられた副隊長のギエンツが、険しい表情で報告した。
「わからんが、敵はビンガインじゃない。ドマイセンだ。そして、あれが噂のあった新兵器らしい」
「新兵器・・・・・・」
「ああ、こうなると、あれは防げん。恐らくあと2~3撃で門は破られるだろうが、前の橋を落とし損なった状態では兵数の差から勝ち目は無い。今更打って出ても無駄死にだ。
これは完全に俺のミスだ。敵の数を確認した時点で橋を落とすべきだった。どこかいつもの『定期便』と同じ感覚で油断があった」
「これからどうされるおつもりで?」
「なに、まだ負けちゃいない。今のうちに全員を撤退させて、橋を落としたら対岸に陣を敷く。それで再架橋を阻めば、勝てずとも負けは無い」
そう言ってギエンツを安心させると、撤退に伴う指示を矢継ぎ早に発した。
その命令を受けて、兵達は大慌てて行動に移すが、残ったファレクは一人思案に沈む。
(ここまではドマイセンも考えただろうが、こっちに渡れなきゃ意味が無いのは向こうだって考えたはず。まだ何かあるのか、それとも・・・・・・)
◇ ◇ ◇
ダスターレ伯との会談から、既に10日が過ぎていた。
あれから、ニイロは城館内に部屋を用意すると言うダスターツ伯爵の申し出を固辞し、ルードサレン城の城下に宿を取って滞在していた。
ダグ達傭兵3人は、会談の翌日には代官のアデッティ・スコバヤを護衛してリュドーに向かって旅立っている。
過ぎた日数を考えると、もうカジユ村に到着していてもおかしくない。
ニイロは今、ルードサレンの領都から2kmほど、街道からも離れた郊外の平原の一画で臨時のキャンプを張っていた。
色鮮やかなオレンジ色の、アウトドア用ワンタッチテントの横で、折り畳みのデッキチェアに腰掛けて、約束の時間が来るのを待っている。
あと1時間ほどで、ベータ・アースからの補給品の転送が行われるのだ。
数日前の事前のコンタクトで、採取済みの分析データと行動予定、要望などがベータ・アース側に伝えられ、代わりに指定の時刻と座標が送られて来ている。
指定ポイントから半径500mほどの範囲が転送エリアになっており、その範囲内に物資が転送されてくる予定だ。
ニイロ達は、そのエリアの外周ギリギリの地点でキャンプを張って待っていた。
「平和だねえ・・・・・・」
ニイロは呟いた。
既に晩秋と言っていい季節で風には冬の気配を感じるが、日は中天に近く、意外に強い日差しもあって適度に暖かい。
周囲はただの草原で、姿は見えないが、チュンチュン、ピチピチと小鳥の囀る声が聞こえる。
左手には遠くルードサレンの領都が見える。ここからは見えないが、背後にはルードサレンから王都方面へと続く街道があるはずだ。
草原の奥に見える森の上空には、比較的大型の灰色の鳥がトンビのように円を描いて舞っている姿も見えた。
「けっこう大きいなあ。大鷲くらい? もうちょっとある・・・・・・ん? あれ?」
よく見ると、どうも鳥と言うには違和感がある。
ゴーグルの拡大機能を使って見ると、驚くべきものが目に飛び込んできた。
「サ、サクラコ・・・・・・」
名前を呼ばれて傍らのテントからサクラコが顔を出す。
「あれってさ・・・・・・翼竜、だよな?」
そう言って遠くで宙を舞う、空飛ぶトカゲモドキを指差した。
サクラコは平然とした表情でそれを見ると、やはり平然とした声でニイロに答える。
「そうですね。あの形状から嘴口竜亜目、もしくはダルウィノプテルスから進化したものでしょうか。4日前にサリアさんと一緒にメリーチェさんのお供をした時に教えてもらいましたが、こちらでは小飛竜と呼ばれているようです」
「ワイバーン? あれがワイバーンなの!?」
「はい。この周辺だと小型のレッサー・ワイバーンが生息しているのだとか。そこまで珍しくはないそうです。レッサー種は主に小動物や虫を餌にしていて、人を襲うことは無いそうですが、尻尾の先の棘には麻痺毒があるそうです。卵から孵せば人にも慣れるそうですから、機会があれば捕獲して調べてみたいですね」
「え? 人にも慣れるの? だとしたら定番の竜騎兵とかも・・・・・・」
「いえ、それは無いようです。巨体のヒュージ種でも見た目より軽いそうで、人を乗せるほどの飛翔能力は無いのだとか。飼い慣らして、鷹狩りの鷹のように狩猟に用いられているようですね」
「そうなんだ。残念・・・・・・」
サクラコは一通り解説を終えると、またテントに顔を引っ込めてしまった。
テントの中に設置した分析機器を使って、この草原で採取した植物や、昆虫類などの分析に忙しいのだ。
それからしばらく、ニイロは森の上を遊弋する翼竜を眺めていたが、ふと、唐突にコーヒーでも飲もうかと思いついて仕度を始める。要するに暇だった。
亜空間ポシェットからカセットコンロ(ベータ・アースなら、その辺のホームセンターで売ってるやつだ)とアウトドア用ポット、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、準備して火をつける。
お湯が沸くのを待ちながら、ほぼ無意識に『あんなこと』や『こんなこと』が出来たらいいなあ、と鼻歌まで飛び出していた。いい歳こいたおっさんなのに。
「いい天気だなあ・・・・・・」
ススキに似た植物が風にそよぐのを眺めながら呟くと、コンロのお湯が沸騰を始めた様子だったので火を止め、亜空間ポシェットから少々格好をつけてインスタントコーヒーセットを取り出した。
「テレレレッテレ~♪ いんすたんとこ~ひぃ~」
やや甲高いダミ声で、高々とインスタントコーヒーセットを掲げる三十路のおっさん。意味不明なドヤ顔であった。
手際よくカップに材料を入れ、いざポットのお湯を注ごうとした時、ニイロがふと視線を感じてテントの方を見ると、テントの入り口から顔だけを出してニイロを見つめるサクラコと目が合う。
「え、ええっと・・・・・・サクラコさん? い、いつから見てたのかな?」
サクラコはそれに答えず、「ニーロ、それ、ポケットじゃありませんよ?」と、優しくニーロを諭す。
「わ、わかってるよ! いいだろ少しくらい気を抜いても! 見て育った世代なんだし・・・・・・」
後半は消え入るような声だ。
しどろもどろに抗議するニイロに、サクラコは「そうですか」とだけ答えて、可哀想な子を見る目で微笑かけると、さっさとテントに引っ込んでしまった。
抗議も虚しく残されたニイロは、仕方なく気を取り直してコーヒーを淹れ、ちびちびと味わうように飲んで時間を潰す。
(角竜に翼竜だろ? てことは雷竜とか暴君も・・・・・・ファンタジーかと思ってたけどジュラシック・・・・・・あ、でも魔法もあるしなあ・・・・・・)
時間はゆっくりと流れた。
『ピュイッ』
突然、上空で哨戒するクラブからの、注意喚起の警告音が発せられる。
ゴーグルに投影される映像を確認すると、ルードサレンから続く街道を、3騎の騎馬がこちらに向かって駆けて来るのがわかった。
「何かあったのかな?」
とりあえず時間を確認すると、約束の時間まで30分弱ある。
草原の中にいるニイロ達を探して、誤って転送予定区域に入り込んで事故があっても困るので、ステルス・モードを解除したクラブに騎士を迎えに行かせることにした。
やがて、クラブに先導された騎士達が姿を現す。
「スローンさん、貴方が来たということは何かあったみたいですね」
やって来たのは領軍副団長のガラクト・スローンと部下達だった。
単なる使い走りで寄越される人材ではない。
「ニイロ殿、お寛ぎのところ申し訳ないが、至急、伯爵様の元にご一緒して頂けまいか」
スローンが声を掛ける。
デッキチェアに座り、コーヒーを飲む姿に、『寛いでいる』と判断したのは当然か。
渋い表情で申し出るスローンに、ニイロは少し困った様子で言った。
「行くのは構いませんけど、あと1時間ほど待ってくれませんか。もうすぐ始まりますから」
「始まる?」
訝しげに聞き返すスローンには答えず、冷えてしまったポットにミネラルウォーターを追加して湯を沸かし、コーヒーを淹れて3人に振舞う。
「何があったかお聞きしても?」
ニイロがスローンに紙コップを渡しながら尋ねると、スローンは言い難そうにしながらも答える。
「詳しくは伯爵様から説明があるとは思うが・・・・・・ドマイセンが動いた」
「それは・・・・・・」
今度はニイロが渋い顔をする。
国同士の争いに首を突っ込む気はさらさら無いのだから。
「既にリンデン砦が落ちたという報告もある。しかも、ドマイセンはニイロ殿の言う『火器』を使用したらしいのだ」
「火器・・・・・・ですか・・・・・・」
(サクラコが言うにはベータ・アースから俺以外の人間が来てる可能性はゼロだって言うし、火薬自体はこの世界にもあるそうだから、発明されたってことか? うーん・・・・・・)
ニイロは思案するが、とにかく情報が足りない。
(しかし、俺が火器を使ってみせたタイミングで相手が火器を使ったとなれば、王国からすりゃあ当然俺も疑うよなあ・・・・・・)
考え込んだニイロを、スローンは注意深く観察している。
一応、前回の会談でスパイ疑惑を否定はしているが、証拠があってのことではない。
そんな空気を一切気にしない風で、いつの間にかテントから出てきていたサクラコがニイロに声を掛けた。
「ニーロ、そろそろ時間です」
ニイロはサクラコに、「わかった」と答えると、スローン達に危険だからその場を動かないよう注意してから、ゴーグルに付属するマイクに語りかけた。
「ハロー、ハロー、感度どうか? こちらガンマ・アースのニイロだ」
『はいっ! こちらベータ・アース、シンシアです! ニーロさん、元気にしてましたか!?』
息せき切ったようなシンシアの声が鼓膜に響く。
まだ、たった一月とはいえ、その変わらない元気な声に、ニイロは懐かしさすら感じて自然と笑みが溢れた。
「ああ、元気だよ。シンシアも変わりないようで何よりだ。声が聞けて嬉しいよ」
お世辞抜きの正直な気持ちだ。
サクラコが小声で、「ニーロ、それジゴロの台詞です」とか言ってる。失礼な。
『あうう、すぐに転送が始まります。こちらでもモニターしてますけど、周囲は大丈夫ですか?』
「ああ、クラブに哨戒させてる。俺とサクラコの傍の3人はこっちの人だけど、危険は無いので無視していい」
『了解しました。転送開始です!』
宣言と共に、指定エリアのほぼ中央、転送ポイントから少しだけズレた地点に、音も無く眩い光球が一瞬だけ辺りを照らし、その輝きが消えた時には、代わりに物資の入った1m四方ほどのコンテナユニットが幾つも出現していた。
「おい、ありゃあ一体・・・・・・」
「転送魔法か? 実在してたのか・・・・・・」
ニイロの後ろでは、騎士達が青褪めた顔で会話しているが、今は無視だ。
『補給物資の転送終了! それから、今回のボーナス! 転送開始します!』
「ボーナス?」
不思議そうなニイロの呟きが終わらない内に、再び光球が出現し、消えた後には一台の車両が出現した。
「これは・・・・・・」
ニイロの目の前に出現したのは、小型のマイクロバスほどの大きさの車両だ。
車体後部1/3ほどが露天の荷台になっており、そこにもシートの掛かった積荷が見える。
全体的にはダブルキャビンのトラックに似ているが、四輪の太いタイヤとカーキ色の車体が軍用であることを主張していた。
『ふふーん、どうです? びっくりしたでしょう。この前のデータ転送で移動手段の要望が上がってたんで、中古ですけどオーティス課長が頑張って調達してくれたんですよ』
「ああ、こりゃ確かに驚いた。要望は上げてたけど、こんなに早く叶うとは思ってなかったよ」
『でしょー。実は、この前のデータ、こちらが思ってた以上に反響が凄くて、特に映像のインパクトが半端じゃ無いんですよ! 言葉が通じて意思疎通できる猪人とか、実際に魔法使ってる、すっごい美人の女の人とか・・・・・・そうそう、特に恐竜が生きてるって! お陰でアルファじゃ色んな学会やら企業からの援助申し込みが凄いことになってるんです』
「あー、あれかあ」
すっごい美人に謎のアクセントがあったが、それは無視する。
『だから、データ転送の時に依頼のあった追加物資も、間に合った分は入ってます。車の荷台に電動バイクとかも積んでありますから活用して下さい。その他の物資とか車両の詳細は、携帯情報端末の方にリスト送りました』
「あの車両なら、訓練の時に何度か扱ってるから大丈夫だよ」
『はい。軍曹さん、ロンタイラーさんが仰ってました。一応、これで今回の転送は全て終了です。次は一ヵ月後、手順は今回と一緒です』
「わかった。じゃあ、それまで元気でな、シンシア」
『・・・・・・あっ、ニーロさんも。次、話せるの楽しみにしてます』
その声を機に通信が切れる。
取りあえず急ぎ物資の回収をと考え、サクラコにも手伝ってもらおうと見ると、何か言いた気にニイロを見ているサクラコの視線に気がついた。
「なに?」
不思議に思ってサクラコに尋ねると、サクラコは呆れた様子でニイロに言った。
「ニーロはもう少し、シンシアさんの気持ちを汲んであげるべきです」
「は?」
なんだか責められているようだが、ニイロには心当たりが無い。
シンシアとは普通に会話していたはずだ。
戸惑うニイロをよそに、サクラコは転送されてきた物資を回収すべく、スタスタと歩き出した。
ニイロは頭上に大きな『?』マークを出したままサクラコを追いかけ、気を取り直してサクラコに手伝わせながら急いで物資の回収を終えると、待たせていたスローンに声を掛けた。
「お待たせしましたスローンさん。お城に行きましょうか」
そう声を掛けると、送られてきた車両に乗り、初めて見る馬無し馬車に戸惑う騎士達と一緒にルードサレン城へと向かうのだった。
次回の更新は11月10日の予定です。