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第12話 雨の街

27日予定でしたが前倒し。

早い分にはいいよね? ということで。

 店を出ると雨は止んでいたが、雲は低く立ちこめ、いつまた降りだしてもおかしくない按配だ。

 時刻は恐らく正午に届かないくらいだろうか、通りは雨の止んだ隙に買い物を済まそうとする人出で、店に入った頃に比べればけっこうな賑わいになっている。


 そんな通りを、ニイロは心ここに在らずといった呈でフラフラと歩いていた。


(昆虫食かー、盲点だったな。サバイバル教練でヘビやカエルは食ったけど・・・・・・ うー、夢に見そうだ・・・・・・ でも美味かったし・・・・・・ ハッ、まさかこっちじゃこれが普通とか!? いやいや、カジユ村では普通の肉食べてたもんな・・・・・・)


 まだショックから立ち直れず、思考は堂々巡りを繰り返していた。

 それでも、トボトボと通りを歩きながら、なんとか思考を回復させる。両の手の平をパン! と頬に打ちつけ、ニイロは気分を切り替えた。


 気が付くと、そんな挙動不審な様子と、この世界では明らかに異質な格好のせいで、否応なく衆目を集めており、すれ違う人は振り返り、店の軒先からも視線が集まっている。

 ニイロは急に恥ずかしくなって、急いで歩を進めようとしたのとほぼ同時に、掛けている眼鏡のつるに仕込まれたスピーカーを通じて、上空で警戒しているフラブ・ワンの警告音が鳴った。

 レンズの内側にクラブ・ワンからの映像が映し出される。


 不審者を示す光点は4つ。内3つは護衛の騎士なので無視していい。

 護衛団長のスローンには断ったが、それでもVIPであるニイロを放置できず、隠れて護衛するように付けられた者達だろう。


 そしてもう1点は、どうやら身形から判断すると街の破落戸(ゴロツキ)のようで、店に入る前からニイロの後をつけていた為に、その行動パターンからクラブ・ワンの警戒網に引っ掛かったのだろう。

 見るからに余所者であるニイロを、突けば金になるとでも思ったのだろうか。

 ここでカッコイイ物語の主人公であれば、わざと小路に誘い込んでお仕置きの一つもするのかも知れないが、生憎とニイロはそんな面倒な事は御免であった。

 要するに人気の無い場所へ迷い込んだり、隙を見せなければ問題ないと判断して放置する。


 そのままブラブラとメインの通りを歩き、やがて通りの突き当たり、広場になっている場所へと辿り着いた。

 広場の中央には、誰だか知らないが馬上で剣を振るう騎士の像が設置され、立哨なのか警備兵の姿も見える。

 周囲のドーナツ状の敷地には、柱と屋根だけの四阿(あずまや)があり、雨宿りなのか設置されたベンチには人影があった。

 他には、雨という天候もあってか広さの割には3軒の屋台の出店が出ているのみだった。


 また少し降り出した雨に、特に理由も無く四阿(あずまや)の方へと歩いていく。


 四阿(あずまや)に近づいて、雨宿りらしき人影を改めて見ると、どうも見覚えのある姿に記憶を探る。

 ベンチに座り、しょんぼりと項垂れている姿は、ここまでニイロ達一行と共にやって来た世話係の侍女の一人だった。


 侍女とは言っても所謂メイド服ではない、質素な無地の灰色のワンピースに身を包み、その上に雨具でもある丈の長いケープを羽織っている。

 伯爵家の侍女ともなれば当然のように容姿も整っており、栗毛の髪は肩の辺りで綺麗に切りそろえられ、見た感じは中学生くらいに見えるので、年齢は13~14歳くらいだろうか。


 彼女はニイロが近くにいることも気づかない風で、まだ同じ姿勢のまま顔を上げようともしない。

 全く知らない相手でもないのだし、と、ニイロが声を掛けようか一瞬迷って立ち止まると、彼女はそこでようやく人がいることに気づいたらしく、慌てて顔を上げた。

 そして、相手がここまで同行したニイロだと気づくと、驚きの表情で「あっ」と呟くと、逃げ場を探すかのように左右を素早く見渡すが、壁も無い柱が立つだけの四阿(あずまや)に、身を隠す場所などありはしなかった。


「あ・・・・・・、何だか驚かせたみたいで、ごめんな」


 何となく謝らなければいけない気がして、思わず謝罪の言葉が口をついて出る。

 ニイロは強くなってきた雨を四阿(あずまや)に入ることで避け、レインコートに付いた水滴を払いながら少女に言った。


「確か、伯爵家から遣わされた侍女さんだったよね?」


「はい・・・・・・」


 ニイロの問いに、少女はまた俯いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。


(うーん、困ったなこりゃ・・・・・・)


 少女の様子を見れば、何か込み入った事情があることくらいは容易に想像つくが、ニイロの立場からすると安易に立ち入っていいものか判断に困る。

 事が伯爵家の内部に関する事情であれば、ニイロに出来ることなど無いのだから。

 かといって、見るからに消沈している少女をそのままに立ち去れるほど冷たい人間でもなかった。

 取りあえず、少女を怯えさせないように少し距離を置いてベンチに座ると、腰の亜空間ポーチからレーションのチョコバーを取り出してパッケージを剥いてから少女に差し出した。


「え?・・・・・・」


 少女は戸惑いながら、差し出された黒い棒状の何かとニイロの顔を交互に見つめた。


「ほら、もうお昼だし、お腹空いてないか? 俺の経験じゃあ、腹が減るといい考えなんて浮かばないもんなんだよ。これ、チョコバーって言う食べ物だけど、あげるから食べてごらん」


 そう言って少女にチョコバーを渡し、ニイロ自身も、もう一本同じ物を取り出して食べて見せた。さっき食事をしたばかりだが、このくらいならまだ食べられる。

 その様子を見て安心したのか、少女もおずおずとチョコバーを口に運び、一口齧ると驚きの表情で呟いた。


「甘い・・・・・・ 美味しい・・・・・・」


 少女の反応を窺っていたニイロも、その言葉と、若干ながら和らいだ表情に一安心してホッと胸を撫で下ろした。


「そうか、口に合ったなら良かった」


 気に入ってもらえたらしく、あっという間に平らげてしまった様子に、一本では足りないだろうと、もう一本チョコバーを取り出して渡しながら、「ちょっと待ってて」と少女に声を掛け、一番近くの屋台に歩み寄った。


「らっしゃい。串焼きかい? こっちがボルロン鳥で銅貨1枚、こっちがニガロで石貨3枚だ」


 愛想笑いを浮かべながら言ってきた親爺に、内心、「ニガロはもういいよ」と思いながら用件を切り出した。


「いや、悪いんだけど串焼きじゃないんだ。沸いてるお湯があったら分けてもらえないかと思ってね。もちろん代金は払うよ」


 そう言って親爺の手に銅貨1枚を握らせる。売ってる商品の値段からして多すぎるかとも思うが、快く受けてもらう為の代価だ。

 その効果はてき面で、あっさりと快諾が得られた。

 そこでニイロは、亜空間ポーチから紙コップを3つ取り出し、レーションのインスタントコーヒー、クリーミングパウダー、スティックシュガーをコップに入れてお湯を注いでもらう。

 出来上がったコーヒーは、一杯を屋台の親爺に進呈し、残る二杯を持って少女の待つ四阿(あずまや)に戻った。

 

「はい、これ。コーヒーって言う飲み物だけど、まだ熱いから気をつけて飲んでみて」


 ニイロはそう言って少女にコーヒーを渡すと、自分もベンチに腰掛けて久し振りのコーヒーを味わう。

 そんなニイロと、自分が手に持った紙コップを、戸惑いながら交互に見ていた少女も、意を決して恐る恐る紙コップに口をつけた。


「苦い・・・・・・でも、甘い・・・・・・不思議な味・・・・・・」


 思わず口に出た感想に、ニイロも思わず笑顔になる。

 コーヒーはブラック派なニイロが、以前どこかで聞いた「甘い物が嫌いな女の子はいない」という怪しげな言葉に賭けて、自分の分のスティックシュガーまで少女のコーヒーに注いでいたのが正解だったようだ。

 そのまま彼女が飲み終わるまで、ゆっくりと待つことにする。

 ふと、お湯を分けてもらった屋台の方を見ると、目が合った店の親爺が笑顔のサムズアップで返して来たので、親爺にもウケたらしい。


「少しは落ち着いた?」


 コーヒーを飲み終わった少女に語りかける。


「はい・・・・・・」


「こんな所で一人で落ち込んでたみたいだけど、良かったら話してみないか? 俺みたいなおっさんが力になれるかは正直怪しいけど、一人で悩んでるよりは何か思いつくかも知れない。

 話したくなければ無理にとは言わないけど・・・・・・ あ、そうだ、もし男の俺に話しにくいことなら、後でサクラコに相談してみるのも良いかも知れないな」


 そう言われて、少女は不思議そうにニイロを見た。


「どうして? 私なんかのことを、こんな・・・・・・」


「どうして、かー。どうしてだろうなあ」

 ニイロも少し考え、そして言った。


「俺のいた国では『袖振り合うも多生の縁』って諺があるんだ。偶然、道で袖が触れたくらいの他人でも、何かしらの運命の出会いだから大事にしなさい、って意味なんだけどね。

 それを思い出したって言うか、まあ、それでって訳じゃ無いけど・・・・・・ んー、何となくかなあ。俺にもわからん」


 人が自分の行動に、いちいち明確な理由を用意してから動くことなど、実際は少ない。

 大抵は『なんとなく』動いて、後から適当な理由が、さも最初から決めていたかのように宛てられるものだ。

 この場合も、ただ何となく困っている少女を励ましたいという気持ちがニイロを動かしただけで、特に深く考えての行動ではない。諺も後からの付け足しだ。


 笑って首を傾げるニイロに、少女は意外なものを見る目で言う。


「もっと、恐い人だと思ってました・・・・・・」

 そう言われてニイロは思わず苦笑する。


 ルードサレンへ招待された経緯を考えれば、ニイロがギガントライ討伐で示した武力が問題になっていることは理解できるし、その出迎えに遣わされた彼女達にとって、得体の知れない恐ろしい人物像が形成されていても不思議ではなかった。

 ただ、ニイロとしては武力を背景に何か事を起こすつもりなど今の所無いし、変な誤解は解いておきたい。


「まあ、そう思った理由は何となくわかるけど、実際は、偶然騒動に出くわして、運良く解決する手段を持ってたってだけさ」


「でも、ギガントライって、私は見たことはないけれど、凄く大きくて強いモンスターだって聞きました。1頭出ただけでも、普通はお城の兵隊さん達が百人くらい出て退治するんだって。

 それをニイロ様は、ダグ様とサクラコ様と3人で10頭以上退治されたとか。だから、伯爵様がお喜びになってお城に招待されたと」


「だいたい合ってるけど、運が良かったし仲間に恵まれたのさ」

 伯爵が喜んで云々の部分には、『それはどうかな?』 と思わなくもなかったが、それは彼女に言っても仕方が無い。


「謙虚な方なのですね・・・・・・」

 少女が呟く。

 ニイロは、ちょっと照れた様子で言った。


「そう言われると照れるな。君・・・・・・あ、そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね」


「あっ、ごめんなさい。私、南のセビエネ村の出で、サリアって言います」

 少女、サリアは慌てて名乗る。


「サリアさんか。いや、謝ることはないさ・・・・・・ それで、まあ、もし悩みがあるのなら、今じゃなくてもいいし、俺にじゃなくてもいい。誰でもいいから誰かに相談してみなよ。少なくとも一人で悩むよりは良い方向に向くはずさ。おっさんからのアドバイス、な」


 最後の部分は多少冗談めかして、笑いながらアドバイスを贈った。


「あ、有難う御座います・・・・・・その・・・・・・あっ、後でご相談に伺ってもよろしいでしょうか。今は、もう戻らないと叱られてしまいますので・・・・・・」


「宿だと、サクラコも一緒にいるかも知れないけど、それでもいいかな? 彼女も相談に乗ってくれると思うし」


「はっ、はい! それはむしろご一緒に聞いて頂けたら・・・・・・」


「そうか。じゃあ、俺はもう少し街をブラブラしてから宿に戻るから、帰ったらなるべく部屋にいるようにするよ」


 その言葉を聞いたサリアは、ベンチから立ち上がってニイロに向かう。


「あのっ、有難う御座いました! チョコ? と、コーヒイ? 美味しかったです!」


 そう言ってペコリと頭を下げると、振り返って宿の方へと走り去って行った。

 幸いにも、今は雨は止んでいる。

 何にしても少しは元気が出たようで良かったと、サリアの姿を見送りながら、ニイロも立ち上がって、ブラブラとお湯を分けてもらった屋台の方へ歩み寄った。

 コーヒーの感想でも聞こうかと思ったのである。


 ニイロが近づくと、屋台の親爺の方もニイロに気づいたようで、笑いながら声を掛けてきた。


「よう、ナンパは失敗かい?」


 この世界(サード・アース)にナンパという文化(?)があるのも驚きだが、どうやらサリアと話していたのを、ニイロがナンパしようとしていると思われたらしい。


「そんなんじゃないよ」

 ニイロも笑いながら親爺に返す。


「そんなことより、さっきの飲み物、コーヒーって言うんだけど、飲んでみてどうだった?」


「ああ、あれかい? ちょっと苦かったな。でも、香ばしい香りと、ありゃミルクかな? ミルクっぽい風味が良く合ってた。俺は好きな味だったぜ。欲を言えば、もうちょっと甘けりゃ大ウケだろうが、後は値段だなあ。石貨3枚ならバカ売れ、銅貨1枚でもいけるんじゃないか?」

 流石は食い物屋の親爺と言うべきか、的確な感想を教えてくれる。


「そうか。美味いと思ってくれたんなら良かったよ。でも、残念ながら商売にするほどの量は無いんだ」


「そりゃ残念だ」


 その後は、意見を聞かせてもらったお礼代わりに串焼き(もちろんニガロではなくボルロン鳥の方だ)を1本買い、齧りながら広場から元の通りの方へと向かう。

 初めて食べるボルロン鳥は、少々マトンのような牧草臭いクセはあるが、タレが上手くそのクセを抑えていて美味かった。もう少し香辛料を効かせられれば完璧だが、それは高望みというところか。


 あっという間に1本食べ終えたところで、タイミングを計ったように上空のクラブ・ワンからの警告が鳴った。

 しかし、レンズの内側に映し出されたマップには、ニイロの周囲には護衛の騎士がいるくらいで特に不審な光点は映し出されていない。

 おや? と思って表示範囲を拡大してみると、先ほど別れて宿の方向へ向かうサリアの姿と、その行く手に待ち伏せる不審者3人の姿があった。

 不審者の内の1人は、ニイロをつけていたあの破落戸(ゴロツキ)だ。


 どうやら、サリアは時間を気にしてか、遠回りになる大通りを避け、宿への最短距離になる小路を帰路に選んだようで、チンピラの方はニイロを襲う為か、仲間2人と合流した後、男のニイロより、ニイロの知り合いらしき少女の方にターゲットを変更したというのが現状のようだ。

 それを上空のクラブ・ワンがいち早く察知して、ニイロに警告をくれたらしい。本当に優秀なAMだ。


「クラブ、ファインプレーだ!」


 ニイロは上空のクラブを褒めると共に駆け出した。

 突然走り出したニイロに、護衛の騎士達が隠れていたことも忘れて飛び出して追って来るが、事情を説明する時間が惜しい。

 時に人とぶつかりそうになりながら、路地から路地へと最短距離を走り抜けることで、意図的ではないが結果的に騎士達を撒く形になってしまった。


(悪いね)


 任務に忠実な騎士達には気の毒だが、今はサリアの安全の方が大事だ。

 マップでは、どうやら破落戸(ゴロツキ)3人組とサリアが接触したらしい。

 万一の場合は上空のクラブが破落戸(ゴロツキ)を排除させる事も考えるが、今、クラブに装備されているのは旅の課程で郊外の大型動物の排除を考慮した12.7mm機銃のままだ。

 こんなもので人を狙撃すれば、スプラッタな惨劇になるのは自明の理で、目の前で目撃することになるであろうサリアの精神状態を考えたら、安全と引き換えとはいえ極力避けたい。

 街に滞在中の装備は吟味しておくべきだったと後悔するが後の祭りだ。


(間に合えっ)


 今走っている小路を抜け、次の角を右に曲がればキーロ達のいる路地に達する。

 腰のホルスターからワイヤレス弾のスタンガンを取り出し、叫ぶようにクラブに指示を出した。


「クラブ・ワン、ステルスモード解除! 降下して破落戸(ゴロツキ)共の注意を逸らしてくれ!」


 最後の角を曲がって路地に飛び込むと、サリアの行く手を塞ぐように3人の男が並び、真ん中のリーダー格と思しき男がサリアの手を掴んでいるが、彼等の背後に突然現れたクラブ・ワンの姿に振り返って驚きの声を上げているところだった。

 クラブ・ワンは激しく上昇と降下を繰り返しながら、ビービーと大音量で威嚇音を鳴らしている。

 男達の視線は、完全に背後から現れたクラブ・ワンの異形に注意を惹き付けられ、正面から路地に飛び込んできたニイロにはまだ気づいていない。


 ニイロは一気に距離を詰めると、サリアの腕を掴んで拘束している真ん中のリーダー格の男の太腿を狙ってスタンガンを発射した。

 彼我の距離は約3m。この距離ならば外さない。


「あがっ、あががががっ!」

「きゃあっ!」


 太腿に受けたスタンガンのシェルから電流が迸り、男の全身の筋肉を一瞬で硬直させ、うめき声を上げる。

 同時にサリアの腕を掴む手にも力が入ったのか、彼女の苦痛の悲鳴が上がった。

 ニイロは強引に左手でサリアを抱き寄せ、男から引き剥がすと同時に、男の腹に蹴りを入れて突き飛ばす。

 続いて、突然の出来事にまだ呆然として、声も出せないでいる残りの男2人にも、問答無用で続けざまにスタンガンを撃ち込んで無力化すると、まだ抱き抱えられていたサリアに聞いた。


「怪我は無いか?」


 声を掛けられたサリアは、まだ茫然自失の呈だったが、それでも何とかガクガクと頷いて返す。

 ニイロはそれを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。


「間に合って良かった。もう大丈夫だ」

 そう言って、安心させるようにサリアの頭をポンポンと撫でると、サリアはしがみつくようにニイロの胸に顔を押し付けたまま小さく呟いた。


(勇者さまだ・・・・・・)


 その声は生憎ニイロには聞こえなかったが、少し力の抜けたサリアの様子に、「すぐ済むから、ちょっと待ってて」 と一言断ると、スタンガンを腰のホルスターに収め、まだ硬直して立ち直れない破落戸(ゴロツキ)共を、一人づつ亜空間ポーチから取り出した結束ベルト(ハンドカフ)で後手に拘束していった。


「うおっ!?」

「おおっ!?」

「何だ!?」


 ニイロが破落戸(ゴロツキ)の2人目を拘束し終えた、丁度そのタイミングで、ニイロに撒かれた形になっていた護衛騎士達3人が追いつき、路地の入り口から、まだ上空で姿を見せているクラブ・ワンの姿を発見して驚きの声を上げた。

 その声に振り返ったニイロは、3人目に取り掛かりながら、渡りに船とばかりに騎士達に声を掛けて依頼することにする。


「こいつはクラブ・ワンと言って、俺の部下って言うか、仲間だから心配無いよ。それより、彼女を襲っていた破落戸(ゴロツキ)を捕まえたんで、誰か1人、街の警備兵を呼んで来てくれ。それと、警備兵が来るまでは俺が見張っておくんで、2人は彼女を宿まで送ってあげてくれないか? 遅くなれば宿の方でも心配してるかも知れないし」


 その頼みに護衛騎士の1人が、「わかった、じゃあ、俺が行って来る」と応えて警備兵の詰め所へ駆け出して行く。


「あれ? お前、サリアじゃないか。災難だったなあ」


 護衛騎士の、残る2人の内の1人がサリアの素性に気づいて声を掛けたが、当のサリアは、まだ恐怖から完全には立ち直れていないのか、青い顔で震えている。


「大丈夫か?」


 破落戸(ゴロツキ)共を拘束し終えたニイロが、サリアの様子を心配して声を掛け歩み寄ると、サリアはまだ青い顔をしながらも、気丈に頷いて礼を言った。


「助けて頂いて、有難う御座いました・・・・・・ でも、何であの人達に絡まれてるってわかったんですか?」

 その疑問に、ニイロは笑って答える。


「ああ、それならアイツ、クラブ・ワンのお手柄さ。サリアが危ないって教えてくれたんだよ。上手いこと連中の気を引いてくれたんで俺も助かった」

 そう言って、まだ頭上に浮かぶクラブ・ワンを指し示した。


 サリアはクラブ・ワンを見上げると、丁寧にお辞儀をしてクラブ・ワンにも礼を述べた。


「お陰で助けて頂けました。有難う御座います」


「ピュイーピピッ!」


 礼を言われたクラブ・ワンの方も、まるで頷くかのように機体を上下に揺らしつつ、『いいってことよ!』とでも言いたげにマニピュレーターを左右に振ってサリアに応えると、再び上空警護に当るべく上昇していった。

 その姿を見送ったニイロは、『落ち着いたら後で食べるといいよ』 と、チョコバーとインスタントコーヒーのセット一式(作り方は説明して、スティックシュガーは1本多くサービスして2本だ)をサリアに渡し、後を護衛騎士に任せて、丁度やって来た警備兵と一緒に、事情を説明する為に詰め所へ向かった。


 何とか一通りの事情聴取を終え、詰め所を出ると時刻も4時少し前と夕方に近く、街のブラ歩きは諦めて宿に戻ることにする。


 騒動のせいで気にする余裕も無かったが、どうやら空は晴れてきているようで、この様子なら明日は出発できるかも知れない。

ニイロはゆっくりと宿に向けて歩き出した。

次回更新は、けっこう間が空きますが10月25日の予定です。

もちろん、これまでのように早くなる可能性もありますので、最悪、この日程ということでご了承下さいませ。

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