第11話 異世界食堂
またしても予定より一日早く投稿できた。
ヨカッタヨカッタ。
あ、今回、お食事中の方はご注意下さい。
順調に消化していたルードサレンへの行程も、3日目の夜更け過ぎから雨になり、4日目の昼前には土砂降りと言っていい程の雨脚となってしまった。
馬車の進む街道は、あっと言う間に泥濘と化し、4頭立ての馬車と言えども車輪を取られる場面が増えてきた為、ルードサレンには事情を知らせる早馬を走らせ、一行は急遽予定に無かったディンクレルという付近の街へと進路を変更して、天候の回復を待つこととなった。
なんとか暗くなる前にディンクレルに到着し、先触れに驚いて出迎えた街の代官に挨拶した後、宿を取ることになったのだが、小さい街のこと、全員が纏めて泊まれる宿などあろうはずもない。
仕方なく、ニイロとサクラコにダグ、コズノー、ニーアーレイのゲスト5人に、メリーチェと護衛の女騎士2人、護衛団長のスローンと部下の騎士3人、それに世話係の侍女6人の合計18人が、街で最も大きい宿に投宿することになり、残りの騎士達は代官役所の兵舎や、他の宿、民家などへ分宿することとなった。
しかし、翌日になっても雨が止む気配は無く、どうやら秋の長雨にしっかり捕まったらしい。
元の世界でならば、雨雲レーダーや天気図などで、ある程度、天候の予想も出来たものだが、当然ながら、この世界にそのような便利なものは無い。
ファージやクラブに搭載されたレーダーにしても、そこまでの機能は無く、大人しく天候の回復を待つしか無かった。
この分ではルードサレンに着くのはいつになるやら分からないが、元々急ぐ旅でも無いのでそれは気にしない。
今はただ、強弱を繰り返しつつ降りしきる雨を、宿の2階の窓から眺めながら、ニイロは一人、無聊を囲っていた。珍しくサクラコが傍にいないのは、メリーチェに誘われて彼女の部屋に行っているからであり、ニイロもそれを勧めたからである。
部屋に備え付けのテーブルには、宿の者が差し入れてくれた酒の瓶が置かれている。
恐らくリンゴに近い原料から作られた醸造酒で、酒精度は低かったものの、その分、飲み易く昨晩の内に飲み干してしまった。
その瓶を、何の気なしに眺めている内に、ニイロはふと、この世界に来て、まだ現地の飲食屋に行ったことがないことを思い出す。
カジユ村ではトビン村長の家に世話になっていたし、ここまでの道程でも宿以外で飲み食いをしていない。
外は雨だが、街の人々の生活の営みが止まっているわけでもないのだし、営業している飲食屋くらいあるだろう。そう思いつくと同時に、これまでの退屈の反動からか、街に出てみたい気持ちが抑えられなくなってきた。
ここは思い立ったがナントヤラ。早速、いそいそと身仕度を始める。
ネイビーブルーのシャツにオリーブグリーンのフィ-ルドジャケットを羽織り、サンドベージュのカーゴパンツにブーツという出で立ちで、ジャケットの下にはショルダーホルスターに入った10mm小型自動拳銃を吊るす。
腰のベルトには、いつもの亜空間ポーチをセット。
一応丸腰に見えないよう、使うつもりの無い見せ掛けのマチェットを佩き、万一の際の本命には、所謂テイザー銃と呼ばれる拳銃に似たタイプのスタンガンをヒップホルスターにセットする。
この銃は極小の電池の入った弾を発射し、相手を30秒ほど行動不能にすることが出来る非殺傷兵器だ。装弾数は4発で、有名なデリンジャーのCOP.357という銃に似ている。
有効射程は7~8mほどしか無いが、護身用なので問題無い。
さらに、いつものミリタリーゴーグルは悪目立ちするので、表示範囲が狭いなど機能は限定されるが普通の眼鏡タイプの物をチョイスし、ヘルメットは置いていくことにする。
これに雨が降っているので、ビニール製の半透明の使い捨てレインコートを羽織れば完成だ。
完成した自分の姿を、部屋に備え付けられた質の悪い鏡に映してみるが、全体的にミリタリーファッションなのに、土方のオッサンに見えるのは何故だろう。
これに黄色いヘルメットを被って片手に一升瓶でも提げれば完璧だ。
せっかくアゲアゲだったテンションが少し下がるが、持ち込んだ装備では他に選択肢も無いのだからと思い直して、サクラコにも通信で出掛けてくる旨を告げる。
危ないからついて来るというサクラコを、ちゃんと準備もしていくし上空にクラブ・ワンもいるから、と説得して思い止まらせ、護衛団長のスローンにも声を掛けると、こちらも護衛をつけるという申し出だったが、これも丁寧に辞退して、初めての一人外出に繰り出した。
ちなみに、現地の通貨は軍資金用にと持ち込んである貴金属・宝飾類の中から、砂金を小袋に分けたものを、宿の責任者を通じて換金してある。
ニイロはウキウキと宿を出て、篠突く雨の中を聞いた通りの道順を歩いて辿る。
「ふんふーん、ふふっふふ~ん♪」
いい歳こいたおっさんが、思わず鼻歌まで奏でながら、やがて両側に商店の立ち並ぶ目抜き通りに着く。
初めての異世界の町並みに感動すら覚えながら、初めて都会に出たおのぼりさん宜しく、キョロキョロと周囲を見渡しながら通りを歩いていった。
武器屋、防具屋といった、異世界ものには定番の店も、実際に目にすると、生活必需品の押し出しの方が強く、武器よりも農具などの金物一般、防具よりも普段着などの古着やファッション小物が主流の商品であることが分かる。
要するに、武器も扱っている鍛治屋、防具も扱っている服屋と言った方が近い。
他にも、野菜や果物といった生鮮品を台に山盛りに積んだ店などは、一見、見たことのあるような食材が並んでいるが、良く見ると、そのどれもが馴染みのある食材とは違っていて興味を惹いた。
そんなウインドウショッピングを楽しんでいたが、ニイロはふと、周囲の視線が自分に集まっていることに気づく。
雨の為に人通りは多くないが、それでも街の目抜き通りとあって、それなりに人はいる。
そんな中を、明らかに異質な格好をした人間が、キョロキョロと物慣れない様子で歩いていれば、それは人目を惹いても仕方が無いだろう。
そんな視線に恥ずかしくなって、取りあえず手近な食堂と思しき店に飛び込んだ。
元々、地元の店で飲み食いしてみたいと思って出掛けたのだから目的にも適っている。
店に入ると、古ぼけた木造の店の中には、年季の入った4人掛けのテーブルが4つ、6人掛けのテーブルが2つ置かれ、その内の1つに先客がいた。
いや、先客だと思ったが、どうやら店の者だったらしい。
時刻はまだ午前10時を過ぎた辺りで、早すぎるせいか他に客はいない。
「らっしゃい」
年配の男は、無愛想にそう言って立ち上がると、ニイロの格好を値踏みをするように眺め回し、合格だったのか、「どこでも空いてるとこに座りな」とだけ言い残すと、さっさと店の奥に引っ込んでしまった。
(あれ? 注文とか取らないのかね?)
仕方なく手近なテーブルに座ると、男と入れ替わりですぐに年配の女性が店の奥から出てきて、愛想良くニイロに声を掛けた。
適度にふくよかな、いかにも女将といった風情のおばさんで、やはりこの店の女将らしい。
「あら、いらっしゃい。見掛けない人だねえ。やっぱり傭兵さんかい?」
「傭兵? いや、それは違うけど、旅の途中でね」
「あらそうかい。そりゃ失礼したね。変わった格好だからさ。この辺は初めてなのかい?」
「ああ、それで地元の美味いもんでも食べようかって思って立ち寄ったんだ」
「そりゃ嬉しいこと言ってくれるねえ。それでウチの店かい。アンタ、若いみたいだけど、わかってるねえ。ウチの旦那は愛想は悪いけど、腕はディンクレルで一番さ」
女は相好を崩して嬉しそうに言った。別に、この店が美味いと言った訳ではないのだが、勘違いしている分には害も無いし、そのまま勘違いさせておく。
「お勧め料理は何だい?」
「今日のお勧めは、ニガロ肉のシチューと、ウロン三種の炒め物だよ」
「じゃあ、それを。後、酒は何がある?」
「ワインとエールがあるよ。今日の料理に合うのはエールだね」
「んじゃ、エールも一緒に」
女将は注文を受けると奥の旦那に声を掛けて指示し、自分は墫からエールを木製のジョッキに注いでくれる。。
「はいよ、エール」
「おお!」
異世界で、生温く不味いエールを飲む。ニイロが一度やってみたかったことだ。
でも、やっぱり不味いものは不味かったが。
「はい、お待ち。ウロン三種の炒め物だよ」
女将が皿に盛った炒め物を持って来てくれる。
出された料理を見て、ニイロが固まった。
(こ、これがあったかー)
茶色いソースを絡めて炒められた食材には、所々素の色が見て取れた。
赤だったり、黒と黄色の縞模様だったり、青味掛かった灰色だったりしているが、どう見ても虫だ。
(こっ、これは・・・・・・ 蜻蛉? 蝶? 蛾じゃないよな?)
翅は綺麗に毟られているが、所々に足が残ってるし、頭はそのままだ。
緑色の複眼がニイロを睨んでいる。
(こ、こっち見んな)
そんなニイロの心の葛藤など露知らず、女将は自慢げに料理の説明をしてくれた。
「ウロンの炒め物は酒のツマミにいいって、けっこう人気なんだよ。しかも今日は、ほら、その赤いのあるだろ? それがけっこう貴重でね、久し振りに入荷したんだけど、アンタ、運がいいねえ」
果たして運がいいかは不明だが、出てきたからには食べなければならない。
小さい頃から、『自分の為に作ってもらった料理は、感謝してきちんと食べる』 が、ニイロの食に関するポリシーだ。
それに、イナゴの佃煮や蜂の子など、蛋白源としての昆虫食は地域によって割りとポピュラーな物なのだから、食べて悪いことなど無いはずだ。
ニイロは意を決し、木製のヘラのようなスプーンで料理を口に運ぶ。
(あれ? けっこう美味い)
パリパリとした食感で、何ともいえない旨味がある。特に女将の言う赤いのが旨味が濃い。甘辛いソースも良く合っている。
エールを一口口に含むと、苦いだけだったエールに料理の旨味が合成され、さらに後味もスッキリ纏めてくれる。
「これは確かにエールに合う・・・・・・合うけど・・・・・・なんか、くやしい・・・・・・」
そうやって複雑な感情のまま、炒め物に舌鼓を打つ間に、次の料理が出てきた。
「はいよ、ニガロ肉のシチューだ。熱いから気をつけてお食べ」
出てきた料理は、いかにも辛そうな赤い色をした、様々な野菜などの具材が入ったスープで、付け合せにインド料理のナンに似たパン(?)も一緒に提供される。
中の具材を確認すると、シシトウに似た形の野菜に、芋類に見える根菜、小さめの隠元に似た豆、筋肉っぽい肉の塊など、けっこう具沢山で、他にもよくわからない具も入っているようだが、見た目で警戒させるようなものは無かった。
一目見た時は一瞬身構えたが、香りも優しく、異世界風ブイヤベースと言った感じだ。
器についてきた木製のスプーンで一口啜ってみると、意外にも何故か海鮮風のコクの感じられる絶品スープで、魚介類に見える具材が全く見えないのは謎だが、益々ブイヤベースっぽい。
筋肉は柔らかく煮込まれていて、口の中で解けるように繊維状となり、中華料理の高級食材でもある燕の巣のような食感だ。
野菜類のそれぞれ違った歯ざわりと風味は良いアクセントになっていて、スープの赤い色は、芋のような根菜から出る色素のようだった。
ちらほらと入っている、小さめの隠元に似た豆は、噛むとプチプチとした食感で、エビのようなカニのような、濃厚なコクが溢れ出る。
「こりゃ美味い」
思わず賛辞が口をついて出る。
少し離れてニイロの様子を伺っていた女将は、そのニイロの声に満足げな笑みを浮かべ、機嫌良さそうに声を掛けてきた。
「そうだろそうだろ。他所じゃ食えないよ? うちの旦那、ご自慢のオリジナル料理さ」
「この薄い緑の豆? かな? から出るコクがいいな」
ニイロは料理を口に運びながら女将に応じる。
すると、女将は得意げに食材の説明をしてくれた。
「肉は安いルカニガロの筋肉なんだけどね、丁寧に取り出して、手間隙掛けて柔らかく煮込んでるんだよ。野菜類も採れ立ての新鮮なやつに拘ってて、バレの根っ子とアルネアの子の腹の部分を一緒に煮込むと、その赤い色とコクが出るんだ」
(ん?)
なんとなく、不穏な単語を聞いたような気がして手が止まる。
バレというのが、芋に似た野菜だと言うのは分かる。ルカニガロ? アルネアの子? 腹の部分?
頭の中で、警告音と共に『それ以上突っ込むな』と静止する声を聞いた気がするが、好奇心に勝てず女将に聞いてしまった。
「ルカニガロとかアルネアって?」
「ああ、ニガロもアルネアも知らないかね。この街の近所のルカの森で獲れるのさ」
そう言って一旦奥に引っ込むと、木箱に入った食材を持って来て見せてくれた。
そこに入っていたのは、全長30cmを越える巨大な甲虫だった。
体には玉虫のような虹色の模様があり、丸々とした黄金虫にクワガタの顎を付けたようなフォルムをしている。
「これがニガロだよ。こいつの雄の顎と翅の根元の筋肉が美味くてねえ。もうすぐシーズンも終わっちまうけど、アンタ、本当に運が良かったねえ」
女将は機嫌良く説明してくれているが、ニイロの頭には入ってこない。
「そしてこっちがアルネアだ。いちいち腹の部分だけ毟るのは面倒だけど、手間隙惜しんでちゃ美味い料理はできないからね」
小さめの箱にウジャウジャ入っていたのは、薄い緑色の蜘蛛の子だ。
調理前のそれは、まだ頭も足も付いていて、芥子粒ほどの複数の眼がニイロを睨んでいた。
(だからこっち見んな)
食材を知ったからと言って、一旦手をつけた料理を途中で投げ出すことは、ニイロのポリシーが許さない。
何とか残りを腹に収め、女将には礼を言って金を払い、店を後にした。
料理二品とエール一杯で代金が銅貨9枚と、感覚的に日本円にして900円くらいで、かなりリーズナブルだったことは、救いになったのか、ならなかったのか、それはニイロにも分からなかった。
次回の投稿は27日の予定です。
もし宜しかったら、評価とか感想とか頂けますとモチベ上がります。