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第1話 今宵、使者は来たりぬ

初投稿となります。

至らぬ点も数多あると思いますが、宜しくお願いします。

 深夜の入院病棟は静まり返っていた。


 一般的な入院生活では、夜の九時に病室は一斉消灯され、就寝時間になることが多い。

 ただ、最近の比較的新しく、大きな総合病院などでは、規則上は夜9時の消灯であっても、実際に夜11時前後くらいまでならば、一般的な家庭での生活習慣を鑑みて、消灯時間後でも病室内に患者個人で持ち込んだタブレット端末やポータブルDVDなどを、他の患者に迷惑が掛からないよう、光や音の漏れに注意した上で工夫して楽しむ分には、あまり煩く言われない所もあるようだ。

 まあ、それも患者の病状や体調、夜勤担当の看護師の判断によりけりだが。


(ん…… もうこんな時間か……)


 この病棟に入院する患者の一人、新納薫(にいろかおる)は、電動のリクライニングベッドに体を起こした状態で、今まで目を通していたタブレット端末の、画面隅に小さく表示されている時刻を見た。

 深夜一時という表示に少し驚くと、顔を上げて壁に掛かった時計の時刻も確認する。


(今日は見廻り無いのかね)


 壁の時計も夜光塗料の塗られた針が、確かに一時を指している。


 普段であれば、いくら遅くとも夜11時過ぎて起きていると、巡回の看護師に見咎められて寝るように促されるのが普通だ。

 それでも、今入院している病院は地域の救急指定病院になっているし、まあ、急患でも入って看護師も忙しいんだろうと、この時は特に不審に思うことも無かった。


(まあいいや、そろそろ寝るかぁ)


 病気の進行で思うに任せない体に多少の苛つきを感じつつ、入院前より細くなったように思える手で端末の電源を落とす。

 緩慢な動作でベッド脇に備え付けられたテーブルに端末を置き、ふぅ、と物憂げに溜息を一つつきながら、端末を見るのに起こしていたリクライニングベッドを操作する為に、小さな室内灯の明かりだけが灯された薄暗い部屋で、手探りで電動ボタンを探し……


「溜息をつくと幸せは逃げるそうですよ」


 いきなり掛けられた声に驚いて、声のした方を見ると、いつの間にか開けられた病室の入り口の扉を、塞ぐように大きな影が佇んでいた。


「ああ、びっくりした……。誰です? 突然」


 一瞬、看護師の誰かが声を掛けてきたのかとも思ったが、聞き覚えのないハスキーな男の声と、廊下の非常灯で逆光になった黒いシルエットに思わず多少ビビってしまった恥ずかしさもあって、やや険を含んだ口調になってしまったのは仕方のないことだろう。


「ああ、失礼。驚かせてすいません。しかもこんな時間に」


 それに相手も気づいたのか、素直に謝罪の言葉を口にすると、大きな体で塞いでいた入り口から病室の中、新納から顔の見える位置に移動してきた。

 そして、薄暗いながらも室内灯の明かりで確認できた姿が、明らかに日本人には見えない黒人だったことに驚かされる。


「Mr.カオル・ニイロ、ニイロカオルさんで間違いありませんね? 私はロバート・バレットと申します」


「は、はあ……」


 にこやかに人の好さげな笑顔で握手を求めてきたバレットに、困惑しながらも右手を差し出すことで応えた。

 こんな深夜に突然訪れた、一応友好的に話し掛けてくる、流暢な日本語を話す見ず知らずの黒人男性に、これ以外の対応ができる日本人がいるだろうか?


 少し冷静になって観察してみると、バレットの身長は190センチ強くらい。グレーの上下のスーツに白いシャツ、臙脂に紺のストライプの入ったのネクタイを締め、がっしりした体つきで、映画『マイ・ボディガード』に出ていた頃のデンゼル・ワシントンに少しだけ似てなくもないアフリカ系の顔立ちだ。

 年齢は50代くらいだろうか、もう少しいってるかも知れない。外国人、それも黒人の年齢は見慣れてないので全く自信は無いが。


「確かに新納薫は自分ですけど、バレットさん……ですか、こんな時間に何の用件で?」


 こんな非常識な時間に? という言葉は飲み込んで、取り敢えずそう尋ねると、バレットはにこにこと相変わらず人の好さそうな笑顔で、全く予想外の事を切り出してきた。


「そうですね、突然なので驚かれると思いますが、シンプルに申し上げると、本日は貴方をヘッドハンティングさせてもらいに来ました」


「はい?」間抜けた声しか出なかった。






 ◇ ◇ ◇


 新納がこの病院に入院して約3か月になる。

 切っ掛けは33歳の誕生日を少しだけ過ぎた初夏の頃、早くも夏バテか? と、それまで何となく感じていた体の違和感が急に激しくなり、職場を早退して受診した結果、病気が判明したのだ。


 この病気について、これこれこういった病気がある、というのは、以前、引退した元プロスポーツ選手の闘病ドキュメンタリー的なTV番組を見た記憶があったので、知識として知ってはいた。

 しかし、いざ自分がその病気だと判明した当初は、病院・職場・役所での様々な手続きや、否応無く退職することになる職場への仕事の引継ぎの調整に追われることになり、残酷な現実に改めて衝撃を受けたのは、入院して暫く後の事だった。


 病名は何やら矢鱈とややこしい名前で正確には覚えていない。

 自分を早晩、そして確実に死に追いやるであろう病名を、わざわざ積極的に覚える気も無かった。

 別にヤケになっている訳ではない。と思う。当然、最初は悩んだし、眠れない夜を幾日も過ごした。

 自殺を考えた事もあったが、自殺しようとすまいと、どの道早々に死はやって来ることが確定している。そう思うと自ら手を下す気持ちすら萎えた。


 今はジタバタしても仕方が無い、今回の人生はハズレだったから次の人生こそ当たりを引こうなどと、前向きなんだかよくわからない気持ちになっている。

 別に輪廻転生を心から信じている訳でもないし、諦めてるだけだと言われれば、その通りだとも思う。

 ただ、こんな心境になったのは、ネット上に転がっている無料のWEB小説に手を出した影響もあったかも知れない。


 元々本好きで、歴史物やミステリ、SF、ホラーなど、主に大衆小説ならばジャンルに拘らず読むタイプではあったが、入院生活も1ヶ月を過ぎる頃になると、流石に自前で持ち込んだ手持ちの本は全て読み終わってしまい、仕方なくタブレット端末とネット環境だけあれば無料で読めるWEB小説にも手を出した。


 それまでは、所詮子供向けだろうと、なんとなく避けていた所謂ラノベと呼ばれるタイプの小説にも、他に読みたい小説も見当たらない事もあって、無聊を慰める手段として背に腹は代えられぬと、今更ながら手を出したところ、その中の異世界転生モノにありがちな、死んで転生というパターン、死んでも次がある、というパターンに救いのようなものを感じたのだ。


 もちろん、心の奥底では冷静な自分が、実際にそんな荒唐無稽な事なんてある訳がないだろうと考えている。

 しかし、終点の見えた人生の残りを、そのくらいの細やかな希望で妄想に耽ることくらい許されてもいいのではないだろうか。そう考え、今のところは比較的心穏やかに日々の入院生活を送っていた。


 しかし、この突然の真夜中の来訪者は「ヘッドハンティングに来た」と、新納の一種悟りにも似た気持ちに一石を投じて来たのだ。


「ヘ、ヘッド? どういう意味だ? ……ですか? 俺の、私の病気もご存知ですよね? そんな病人をヘッドハンティングって……新しい治験? それもこんな時間に? ……法的にブラックか、限りなくグレーの、という認識でいいのか? ……いいんですか?」


 初対面の相手とは丁寧語で話すのが社会人としての礼儀だとは思うのだが、内容から受けた衝撃に所々口調が怪しくなるのは仕方が無い。

 内容が白かろうが黒かろうが、死を回避する手段があるとなれば、その現実を突きつけられた人間にとって絶対に無視できるような話ではないのだから。 


「気持ちはお察ししますが、まず落ち着きましょうか。それと、言葉も崩して下さって結構ですよ。」


「これが落ち着いて! 「まずは落ち着いて下さらないと続きを話せません」……」


 新納の逸る気持ちを抑え込むかのように、バレットはピシャリと言葉を被せてきた。表情は相も変わらずにこにことした人の好さそうな笑顔だが、これで分かった。これは仮面だ。


 仕方なく、新納は胸に手をやり、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる、逸る気持ちを抑えて言葉を絞り出す。


「……すまなかった。話の続きを」


 そんな新納の様子を見つめていたバレットは、確かに落ち着いたと判断したのか話の続きを始める。


「宜しいでしょう。少し長い話になりますので、まずはちょっと失礼して……」


 そう言うと、病室の入り口横にある室内灯のスイッチを操作して部屋の明かりを点けると、部屋の隅に置いてあった折り畳みのパイプ椅子をベッド脇まで持ってきて座り、話の続きを切り出した。

 明るくして見廻りの看護師とかは平気か? と少し気になるが、バレットは何も言わないので今は無視する。


「さて…… まず、ヘッドハンティングというのは一般的に使われるそのままの意味です。貴方さえ良ければ、貴方には我々の元で働いてもらいたい、という提案をしに参ったのです」


 それを聞いて新納は、落胆のあまり肩を落として俯いた。バレットは自分の病気を知らずに声を掛けたのだと思ったからだ。

 しかし、続いて語られた言葉に、思わず顔を上げてバレットの顔を、表情を、目を見た。


「もちろん貴方のご病気の事は存じていますが、その病気は治せます。我々ならば、ね」


 にこにことした表情に変わりは無い。だが、その目は決して嘘を言っている目にも見えなかった。いや、嘘であって欲しくないと思う気持ちがそう見せているのか。


「しかし、この病気が治ったという話は、今まで一度も聞いたことが無いんだが……」


 そう言い募ると、バレットも頷いた。


「そうですね。確かにこちら(・・・)ではまだ治ったという例は無いようです」


「こちらでは?」


 その言い方に引っ掛かった。そして、そこで初めて、これまで変わることのなかったバレットの表情に、なぜか恥ずかし気な、そして困ったような表情が加わったことに気づいた。

 

「その件については、間もなく担当者が到着する手筈になっていますので、そちらの方から説明させます。」


「担当者?」


「はい。但し、現時点で貴方にお話しできる情報は極限られます。まずは私の方から話せる情報を開示させてもらい、その上で貴方に今回の提案を受けるか判断してもらってから、受けて頂けるならば、細かい残りの情報を担当者が説明するという手順になります。ああ、ちょっと待って頂けますか? 確認しますので」


 バレットはそう言うと、スーツの内ポケットから携帯端末を取り出して何処かへ掛け始めた。


「ああ、バレットです。そちらの準備はどうですか?」


『(……)』


「そうですか。待っていますのでなるべく早くお願いしますね」


『(…………)』


「それは貴女が担当ですから」


『(………!)』


「それはあの教授(せんせい)方に言って下さいよ。せっかくお二人がノリノリで準備して下さったみたいですから、使わないと悪いでしょう?」


『(………!!)』


「それは貴女の上司に言ってもらわないと。今回の件の統括責任者は彼女ですし、私は私の仕事の序に少しお手伝いしてるだけですから、私に言われても困ってしまいますよ」


『(………!!!)』


「はいはい。待っていますのでなるべく早くお願いしますね」


 バレットの携帯端末から漏れ聞こえる音声では何を言ってるのか内容までは分からなかったが、相手が恐らく女性であること、そして何やら怒っていることは窺えた。ノリノリという場にそぐわない単語にもちょっと不穏なものを感じる。


 考えすぎかも知れないが、新納としては、まだ会ったことすら無い担当の女性に嫌われているのでなければいいがと祈ることしか出来ない。

 今までの人生で、特に女性にモテたことも無い代わり、理不尽に嫌われたことも無い。と、思う。だいたい『いい人』という評価で括られて終わる事には忸怩たる思いが無きにしも非ずだが、嫌われるよりはマシだ。

 それなのに、流石に会う前から嫌われいたとしたら、ちょっとショックが大きい。

 

 そんな益体もないことを考えていると、通話を終えたバレットが話の続きを切り出してきたことで、ふと我に返った。


「お待たせしてすみません。取り敢えず、担当者は後20分程で到着しますので、その前に現時点で貴方に開示できる情報を説明させてもらいます。細かい事や質問などは、先程も言ったように貴方がこちらの提案を受けると判断された後に担当者から、と言うことで話を先に進めたいと思うのですが、宜しいですか?」


 確かに気にはなるが、いちいち話の腰を折って、いつまで経っても話の全体像が見えてこないというのも困る。ここはバレットの提案に乗って、まずは話を進めることに同意することにした。


「わかった。続きを」

「有難うございます。まず、病気は治せるという前提で話を進めますが、治療には当然、代償が必要になります」


 黙って聞くつもりだったが、その代償という言葉に不安を感じて思わず疑問を口にした。現実的に最も考えられるのが、治療を装って大金をせしめる詐欺という線だったからだ。


「代償? もちろん、治療費が掛かるのは当たり前だし理解できるが……」


 その不安を感じ取ったであろうバレットは、スッと掌を新納に向けて言葉を押しとどめる。そして、これまで浮かべていた笑みを消すと、真剣な表情でこう言った。


「不安は分かりますよ。こういった場合に最も警戒すべきは詐欺と考えて当たり前ですからね。我々は別に犯罪組織でも怪しい宗教団体でもありませんが、今はそれを証明する手段がありませんし、そう疑われるであろう事も理解しています。

 但し、誤解を恐れずに言うならば、我々が貴方に求めるのはお金ではありませんが、ある意味、お金よりも大きな代償を払って頂くことになるということも正直に申し上げます」

「お金より大きな代償……」

「はい、貴方には体を治した上で、一定の準備期間を置いた後に、ある所へ行って頂きます。そして現地調査員としてデータの収集に携わって欲しい。それが今回、ニイロさんに接触させて頂いた理由なのです」


 益々話が分からなくなる。


 代償としてお金より大きなものと言えば命くらいしか思いつかないが、それにしたって態々、手間暇費用を掛けてまで新納の治療をし、送り出す必要性が理解できない。


 単なる調査ならば、それこそその辺の調査会社に依頼すればいい。

 仮に非合法な調査活動であっても、新納の治療に掛かるであろう費用の金額 ――根拠はないが恐らく莫大な金額―― を考えるなら、引き受ける人間は多いのではないだろうか。


 後は新納個人の能力が必須な内容であるとも考えられるが、Fランクとは言われなくても、そんなに優秀な大学を出ている訳でなし、就職した会社も所謂中小企業で、営業も事務も両方の仕事をそれなりに求められるが、だからと言って特に何か特殊な技術を求められたことは一度も無い。

 自分と同等以上の能力の人間なんて、それこそ星の数ほど存在するだろう。

 バレットの正体にしても、話の内容から想像できるのは米軍とかCIAくらいしか思いつかないが、それならば新納以上に適した能力で、尚且つ健康な人材をチョイスすることくらい簡単なように思える。


「現地調査員としてデータの収集、か…… 俺とそちらのメリット・デメリットを考えるなら、命の危険もあると判断していいんだよな? 断ったらどうなる?」


 そう尋ねると、バレットはやや大げさな仕草で肩をすくめて答えた。


「別にどうもしません。確かに命の危険について否定はしませんが、それについてはこちらも最大限のサポートを約束させてもらいます。

 もし断られるのであれば、私はその入り口から出て行き、二度と貴方の前には現れません。ただそれだけの話です」


「一旦受けるふりをして、治療の後で拒否したり逃げしたり……」


「我々の規則(ルール)に則って、必要な、それ相応の対処をします。しかし、我々もそんな事態は望んでませんので、断るのであれば今ここで断って頂きたいものです」


「この話を人に話しても?」


「それは別に構いません。貴方の病気が治せるなんて誰かに言っても信じてもらえないでしょうし、願望を夢に見るのはよくあることですから」


「と言うことは、ロバート・バレットは偽名と?」


 そう突っ込むと、意外にも嬉しそうにバレットは答えた。


「ははは、いえいえ、私は正真正銘ロバート・バレットです。ロバートは親に貰った名前だし、両親の姓もバレットです。嘘はありません。

 残念ながらここで証明できる手段はありませんが、今回私が貴方に話したことに一切の嘘はありませんよ」


「つまり、言ってないことはある、と」


「現時点で言える事は言いました。これ以上は貴方の決断が先です」


「無茶だ! たったこれだけの情報で決断しろと?」


「確かに少なすぎる情報量であることは理解していますが、こちらもリスクを負っていますので、現時点でこれ以上の事は話せません。

 逆に言えば、ここまでの話が、私が黙って立ち去るだけで今以上のリスクを貴方に負わせることなく断ってもらえる(・・・・・・・)ボーダーラインなんですよ」


 バレットは、話は終わりとばかりに言い切ると、またあのにこにことした笑顔を顔に張り付かせて黙ってしまった。


 確かに、新納の命は終了へのカウントダウンが始まっている。提案を受ければ、そのタイムリミットを伸ばせる可能性が残るが、断ればそれまでだ。どう考えても断る理由は少ないように思える。

 しかし、命をベットする賭けに、たったこれだけの情報でベットしろと言われても、漠然とした不安がそれを躊躇わせる。

 これまで「次の人生」などといった絵空事で誤魔化してきた死への恐怖が、どうしても決断を躊躇わせる。

 そう、ここに来て、腹を括ったと思っていた気持ちが単なる現実逃避に過ぎなかった、その事実を突き付けられたのだ。


 二人が黙った静かな病室内にカチコチと、壁に掛けられた時計の秒針が刻む音だけが響く。

 バレットは新納を見ている。あの笑顔のまま。

 新納もバレットを見ている。その表情は硬い。


 ふと、緊張に身を硬くしていた新納の肩が、微かに降りるのをバレットは見逃さなかった。

 そして、バレットが、顔にあの笑顔を張り付かせたまま、呟くように口を開く。いや、明らかにあの仮面の笑顔ではない。人懐っこい、本当の意味での笑顔だった。


「……決まりましたね」


 それは確認ではない。確信だ。

 新納がそれ以外の選択をするとは露程も思っていない。


「ああ、決めたよ。腹ぁ括った。って言うか、最初から選択肢なんか無いじゃないか」


 新納は頷くと、吹っ切れたような口調でバレットに細やかな抗議をする。表情は笑っているので本気で無いことは明らかだ。


「まあ、このこのクソッタレな状況で、ゼロだった残機を増やしてくれるって言うんだから、受けなきゃ馬鹿だろ」


「ははは、シューティングゲームですか。私もこちらに来た後で一時期やりました。大丈夫、簡単にゲームオーバーになんかさせません。最大限のサポートと言った言葉に嘘はありませんよ」


 言いながら差し出すバレットの右手に、新納は同じく右手を出して握手を交わしながら、これからの事を質問する。


「で、これからどうなる?」


「では、これから話すことは、ニイロさんに合意してもらったという前提でお話しします。聞いてしまえばもう、絶対に後戻りは出来ませんし、私も不幸な事故は望みません。いいですね?」


 バレットがこれまでに無い真剣な表情で再度の確認を促してくるが、不幸な事故という単語には不安を感じるものの、新納としてはもう覚悟を決めている。


「分かってるさ。ファイナルアンサーってやつだ」


 その答えに満足げな笑みを浮かべてバレットは話始める。


「結構。では、改めてちゃんと自己紹介しておきましょうか。

 私はロバート・バレット。元|国際安全保障条約機構軍《ISTOA》予備役少佐で、今は国際科学技術管理局(ISTA)に出向中です」


「国際……なんだって?」


「言ったでしょう? 我々は犯罪組織でも宗教団体でもないって。

 れっきとした国際団体である国際安全保障条約機構(ISTO)、International Security Treaty Organization が運営組織する軍の元少佐で、今はその下部組織である国際科学技術管理局、International Science and Technology Administration に出向しています。ISTAでは、セキュリティー部門の担当チーフマネージャーを仰せつかっています」


 一度も聞いたことのない組織名に新納は戸惑う。しかし、国際団体の名前を全部そらんじている訳でもないし、現状での判断も下しかねる。


「それは……全然聞いたことが無いけど国連関係とかか?」


「そうですね、似て非なるもの、とでも言いましょうか…… でも世界中の国々からちゃんと合法的に認知された国際機関という認識で間違っていません。

 ああ、よくある『国連の方から来ました』的な団体とも違いますので、そこの所は理解して欲しいですね」


 そう言ったバレットの顔には、またあの仮面が笑顔が張り付いていた。

 新納は何となく理解する。


「嘘は言ってなくても、何か言ってないことはあるよな?」


 そう突っ込まれたバレットは、嬉しそうにウインクして見せた。


「それについては担当者が説明しますよ。納得は出来なくても理解はして貰えると思います。

 それで、取り敢えず簡単な段取りですが、貴方にはこの後、我々の保有する施設に移動してもらい、そこで治療を開始します。予定では完治と予後のリハビリで1ヶ月。

 それから任務に必要と思われる技術の習得に1年前後といったところでしょうか。

 そして準備が整ったら任務地へと出発してもらい、実際に調査活動に従事してもらいます。」


「たった1ヶ月で治るのか……」


 新納の認識では、この病気は不治の病だった。それがたったの1ヶ月で治ると断言され、しばし茫然となる。


「ええ、言ったでしょう? 治るって。あの言葉に嘘はありません。何事にも100パーセントは有り得ませんが、我々の常識では治せる病気です」


 やや得意気にバレットが胸を張るが、具体的な期間を聞いたことで治るという事実が実感された新納の頭には、治るという単語がリフレインされ、今更ながら少し目頭が熱くなってくる。


「そうか……治るか……」


 そんな新納の様子を優し気に見守りながらも、伝える事は伝えるべきとしてバレットは言葉を続ける。


「はい、そして具体的な調査活動の内容ですが、実は、これについてはこちらもまだ検討中で具体的な計画が完全には纏まっていません。まあ、出発までには時間もありますから、それまでには決まるでしょう。

 今のところ現地の文化や風俗、動植物のサンプル採取や分析など、当面は主に学術分野の調査になるでしょうが、担当のオペレーターと連絡を取り合いながら、指示を受けて活動してもらうことになると思います」


 そう言って申し訳なさそうに話すバレットだが、その曖昧さと予想していた内容との違いに戸惑いながら新納は確認する。


「何で俺なんだ? 学術調査なら、他にいくらでも請け負ってくれそうな学生とか、専門の学者先生とかいるだろう。それこそバレットさんが行ってもいいじゃないか。

 聞いた感じじゃあ、態々俺みたいな死にかけを大金掛けて治してまで送り込むような仕事とは、どうしても思えない。

 それに実際にどこに行かせられるのか、いつまで続く仕事なのかってのも、そろそろ教えてもらっていいと思うんだがな」


「何故貴方なのか、という質問なら、直ぐに答えられます。それは、その任務地に行ける人材が、今のところ貴方しかいないからです。

 私や他の人間には|行きたくても行くことができない《・・・・・・・・・・・・・・・》という制限があるのですよ。

 そして……何故貴方なら行けると判断したのか、何故他の人間には行けないのか、任務地は何処で期間はいつまでか、という質問には……」


 そう言ってバレットは言葉を途切れさせ、続いて病室の入り口にチラリと目をやると、スッと右手の掌を上にして入り口を指し示した。


「彼女が答えてくれます」


 その言葉に釣られて病室の入り口を見ると、開け放された扉から勢いよく入ってきた若い女性が、いきなり横断幕のようなものを両手で頭上に掲げて言い放った。


「ニイロカオルさん! 異世界の旅へようこそー!!!」


 色々と台無しである。

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