元最強魔王の|復讐譚《リベンジ》
「Sランク冒険者への昇格、おめでとうございます、ジークハルト様」
「……ありがとう」
受付嬢からの祝福を……
ジークハルトと呼ばれた男は自嘲気味に笑いながら受け取り、小さな声で礼を言った。
その態度を見た冒険者や他の受付嬢たちはひそひそ声で男の悪口を言う。
男の人付き合いの悪さは冒険者ギルドでは有名だった。
人付き合いだけではない。
その見た目も不気味だ。
常に真っ黒いローブを羽織り、体全体を隠している。
顔も半分を包帯で巻いて隠しており……
ギラギラと光る紫色の右目は見る者を委縮させる。
年齢も分からず、出身地、身分も不明。
分かるのは性別が男というだけ。
だがまあ……その実力は確かだ。
五年前に彗星の如く現れて次々と依頼をこなしていき……そしてついにSランク冒険者にまで成り上がった。
冒険者ギルドという組織では年齢だとか出身地だとか身分だとか性別などという要素は評価の対象にならない。
ただただ強く……より多くの依頼を消化してくれる冒険者が求められる。
故に彼を咎める男はいなかった。
「では……今日は失礼する」
男はそう言って冒険者ギルドから立ち去った。
「全く……連中め、本当に私が死んだと思っていやがる。まあ好都合なのだが」
男……魔王は溜息を吐いた。
そう……彼はかつて、一時的とはいえ世界の三分の二を征して、人間たちを恐怖のどん底に叩き落とした最強の男、魔王である。
現在は失った力を回復させるため……ひっそりと人間に紛れて生活していた。
「しかし……冒険者ギルドという組織は実に都合が良い。実力が伴えば逃走中の犯罪者であろうとも依頼を回すと聞くが、本当かもしれんな」
五年前、冒険者登録をする時……
何一つ身分を証明するようなモノは不必要だった。
必要なのは名前だけだったのだ。
その名前すらも偽名で良い。実に適当な組織である。
魔王は裏路地に入っていく。
金はいくらあっても足りない。
故に節約のために安宿に泊まるわけだが……
そういう宿は治安の悪い場所にある。
そして現在は真夜中だった。
こういう時間帯にそのような場所を歩くと……
「へへへ……兄ちゃん、待ちな」
「俺たちの縄張りに入ったのが運の尽きだぜ」
「金さえ出せば、命だけは取らねえぜ」
「ひゃははははは!!!」
魔王の周囲をチンピラが四人、取り囲んだ。
「はぁ……」
魔王は溜息を吐いた。
どうやら自分が絡んでいる相手がSランク冒険者だという事に気が付いていないようであった。
(技能……『看破』)
魔王は技能を使ってチンピラ一人のステータスを盗み見る。
すると……
名前:ジャン
性別:男
種族:人間種
状態:良好
レベル:18
生命力:12/12
体力 :10/10
魔力 :5/5
攻撃力 :11
防御力 :8
魔力耐性:3
敏捷 :6
天職:町人
技能:暗視
「雑魚か……」
魔王は溜息を吐き……
チンピラが口を開くよりも前に肉薄した。
勝負は一瞬だった。
瞬きをする間もなく、チンピラたちは地面に転がることになった。
「まあ、雑魚とはいえ多少の足しにはなるだろう」
魔王は笑みを浮かべ……
チンピラの頭を左手で掴んで、持ち上げた。
「ひ、ひぃ……た、助けて……」
「黙れ……技能『簒奪』」
魔王は簒奪の技能を使用する。
するとチンピラの体から煙のようなものが噴き出て、魔王の左手に吸い込まれていく。
脱力したチンピラを地面に落とす。
そして再び『看破』の技能でチンピラのステータスを確認する。
すると……
名前:ジャン
性別:男
種族:人間種
状態:良好
レベル:1
生命力:1/1
体力 :1/1
魔力 :1/1
攻撃力 :1
防御力 :1
魔力耐性:1
敏捷 :1
天職:無し
技能:無し
「『暗視』の技能は元々持っていたし、『町人』は有ってもなくても変わらない。特に真新しいモノは無いか」
魔王は溜息を吐いた。
まあそれでも生命力や攻撃力を中心とするステータスは奪うことができた。
塵も積もれば山となる。
魔王の座右の銘だ。
技能『簒奪』
かつて魔王を最強たらしめた技能である。
その効力は名前、種族を除く全ての能力を任意で奪うことができるというものだ。
騎士だとか、王という天職を持っているのであればそれを奪うこともできる。
技能も当然だが奪える。
生命力や攻撃力は一だけ残して、全て根こそぎ奪える。
魔王はこの技能を使い多くの人々からステータスを奪い……
最強の座に上り詰めた。
「さて……残りも奪ってしまおうか」
魔王はニヤリと笑みを浮かべる。
チンピラたちは本能的に恐怖を感じ取り、必死に逃げようとするが……
「無駄だ……『開け、万魔の門』」
魔王が呪文を唱えると、黒い霧のようなものが現れ……
そこから触手が伸びてきてチンピラたちを拘束した。
魔王が魔界から召還した触手モンスターだ。
「精々私と植物の栄養になれ」
魔王はニヤリと笑い……
チンピラたち三人からステータスを奪う。
ステータスの値はだいたい三人とも同じ程度であった。
魔王は触手にチンピラを持ち帰ってから食べるように指示し、魔界に戻して……再び歩き始めた。
「ああ、忌々しい……あんな戦闘とも言えないようなことですらステータスが減るとは……」
宿に到着し……
魔王は苛立ちを隠せない様子で、歯をキリキリと食いしばった。
そんな彼のステータスは……
名前:不明
性別:男
種族:人間種
状態:免疫不全、身体欠損、全身火傷、腹部外傷、聖傷
レベル:875
生命力:79995/80000
体力 :84995/85000
魔力 :89990/90000
攻撃力 :78000
防御力 :74000
魔力耐性:90000
敏捷 :87000
天職:魔王、魔法使い、騎士、錬金術師……(その他多数のため記載不能)
技能:簒奪、下賜、看破、暗視、錬金、超回復……(その他多数のため記載不能)
ステータスには上限がある。
要するに人間では越えられない壁、というものだ。
魔王はその壁ギリギリ……レベルでは1000、ステータス値では全ての値に於いて100000に達していた。
だが……勇者たちとの戦闘でその力を大幅に落とした。
当初はレベル1、ステータスオール1まで落ちたのだから……
それを考えれば大分回復した方だ。
レベルが800台に達している人間は世界でも早々いない。
現状でも魔王は十分強い……のだが、現実としてはレベル700台と戦えば絶対に敗北するだろうし、600でも難しい。もしかしたら500台ですらも負けるかもしれない。
それは現在の魔王の状態……身体欠損、全身火傷、腹部外傷、免疫不全、聖傷に起因する。
身体欠損……勇者の聖剣で失われた右手と左足、左目。
全身火傷……賢者の炎で焼き尽くされた全身の三分の二にまで広がる火傷。
腹部外傷……剣聖の剣でバッサリと断ち切られた腹の傷。
免疫不全……大魔導士の猛毒で蝕まれた体。
右手、左足、左目の欠損により魔王はその身に身に着けた戦闘技術を十二分に発揮できない。
そして全身火傷と腹部外傷により、少し体を動かすだけでも大きな負担になる。
免疫不全は魔王の体を蝕み……常に何らかの病気に罹っている状態だ。
何のための技能なのかと、思うかもしれない。
傷や病気を治す技能は無いのかと、疑問に思うのは当然だろう。
無論、それはある。
この程度の傷ならば、本来は全て魔王の技能や魔法で治療できる。
そう……本来ならば治療できるのだ。
問題なのは『聖傷』というバッドステータス。
このバッドステータスが誰の能力によるモノかは魔王は分からない。
だが確かなのは……このバッドステータスは魔王が無数に持つありとあらゆる技能や魔法による治療を無効化するモノだということだ。
事実、魔王は『蘇生』という全てのステータスを1に戻す代わりに一度だけ蘇ることができるという技能を使って復活したが、免疫不全、身体欠損、全身火傷、腹部外傷、聖傷の五つのバッドステータスだけは消えなかった。
一応、技能を総動員することで火傷から細菌が入らないようにしたり、血流操作で血が流れ出ないようにしたり、錬金術師や鍛冶師の天職で作成した義足や義手で何とか補ってはいるが……
それでも限界がある。
少し動くだけで、生命力や魔力が削られてしまう。
全力で動けるのは三分が精々だろう。それを超えればおそらく傷は悪化する。
十分以上全力を出せば……死が待っている。
「勇者め……ああ、殺してやりたい……よくも、よくもこの私を……」
あともう少し、もう少しのところだった。
あと一歩で世界征服に王手が掛かったのだ。
その今まで積み上げてきた全てを、勇者が台無しにした。
だが……また同じやり方では勝てないだろう。
前回の焼き増し……いや、それ以下の結果に終わることは目に見えている。
「全盛期の私ですらも負けたのだ……今の私が挑んでも……軽くあしらわれるだけか」
魔王は最強だった。
そう……「だった」のだ。
今は違う。
技能や天職は失っていないが、それ以外のステータス値は大幅に下がっているし……ステータス値には影響を及ぼさない、体の傷が活動時間を狭めている。
勝てるわけがない。
だが……諦める気は毛頭全く無い。
世界を支配することは幼い頃の夢、野望であり……何より勇者を殺さなければ、復讐しなければ気が済まない。
「……なぜ、負けたのか」
魔王は目を瞑り、勇者の言葉を思い出す。
「人から奪った力では俺を倒せない……か、惚けたことを言っていたな」
魔王は鼻で笑った。
人から奪おうと努力して得ようとも、それが己の力であることは変わらない。
そもそも魔王の『簒奪』の技能で掻き集めてきた力なわけで、正真正銘己の力である。
それすらも己の力でないとするならば、勇者が持つ『勇者』の天職だって神から与えられた才能と解釈すれば、彼の力ではない。
だが……一理無いこともない。
「……人から奪った力、の所為かな。全てを使いこなしているとは言い難かったな」
確かにいくつかの技能は有効利用していた。
だが技能の半分以上はステータス欄を無駄に長くする程度にしか役に立っていなかった。
つまり宝の持ち腐れ状態だったのだ。
奪ったはいいものの使い方が分からなかった技能はたくさんあるし、上位互換が手に入れば下位互換は一切使用しない。
それに……一つの技能や天職を極めるということはしなかった。
例えば魔王は鍛冶師や錬金術師の天職を持っている。
だが今まで素晴らしい魔剣だとか聖剣を作りだしたことは無い。
そんなモノを作りだす暇がなかったからだ。
精々が今使っている義手や義足程度だ。
もし勇者の持つ聖剣に匹敵する武器があれば、勝てたかもしれない。
……かもしれない、だが。
「あとは……自分には仲間がいる、か。ああ、そうだな、私と貴様の最大の違いは……仲間、部下の有無だ」
魔王には仲間や部下はいなかった。
いや、正確に言えばいたにはいた。
だがそれは魔界から召還した知能の低い魔物だったり……
自らの手で作りだした人工生物だったり、『洗脳』や『支配』の技能で無理やり操った人間だ。
知能が低い魔物たちは好き勝手に動いて、まともに魔王の命令を聞かない。
人工生物や『洗脳』『支配』した人間は魔王のイエスマンであり……助言者には絶対になり得なかった。
「……昔は、私は万能だと思っていたのだがな。世界で最も強く、知恵も知識もある存在だと……ああ、だが……所詮私も人間だった」
昔の魔王には万能感があった。
世界の誰にも負けない。世界の誰よりも優れている……と。
だが今の魔王にはそれがない。
自信を喪失した……わけではない。
ただ知ったのだ。
自分が万能ではないという事実を。
今まで誰にも負けなかったのはたまたまであり、誰よりも優れていると思っていたのは知らなかっただけだ。
それを教えてくれる人間がいなかった。
勇者にはいたのだろう。
仲間が……足りない部分を補ってくれていた。
だから魔王を倒せた。
だが魔王には足りない部分を補ってくれる部下や仲間がいない。
だから負けた。
一人だったから負けたのだ。
「仲間……仲間、か……そうだな……必要だな」
魔王は一人で呟いた。
仲間の必要性は勇者に敗北し……しばらくしてから気が付いた。
今の自分の力では勇者に勝てない。
となれば、自分の代わりに戦ってくれる人間が必要になる。
どちらにせよ仲間は、部下の存在は絶対に必要になるのだ。
だが……
踏ん切りが付かない。
「人間は……絶対に裏切るからな。いや……勇者の仲間は裏切らなかった。問題なのは私の人望と仲間の選定か」
魔王は人間不信である。
人間のくせに魔王、魔物の王だと名乗っていた程度には人間が嫌いだ。
だが……好き嫌いを言っているわけにはいかない。
そろそろ力も回復したのだ。
いい加減、動き始めなければならない。
タイムリミットは……勇者とその仲間が老い始めて力を落とし始めてから……新たな後継者が育ち、そして世界中の国々が魔王によって失った国力を完全回復させるまで。
それまでに準備を整えなければならない。
勇者に打ち倒され……
まともに活動できるまで十年。
何とか戦えるようになるまで五年。
そして……Sランク冒険者となり、ある程度の資金を調達するまで五年が経った。
まだスタートラインに立っただけ。
ここから始めなければならない。
「勇者……お前から受け取った言葉は忘れはしない。お前はそんな気はなかっただろうが……お前は私に助言をしてしまったのだ。それを……後悔させてやろう」
魔王は高笑いした。
その笑い声は安宿の中によく響き……
「五月蠅い!!」ドン!!
「す、すみません!!」
壁ドンされた。
「くぅ……早く魔王城を取り戻したい……」
「……奴隷を見せてくれ」
「おお、久しぶりですな、旦那。何でもSランク冒険者に昇格したとか」
常連になっている奴隷商人のところを訪れると、どこで聞きつけたのか、奴隷商人は揉み手しながらそんなことを言った。
魔王が言うのもなんだが、相変わらずのゲス顔で安心する。
「世辞はどうでもいい」
「へいへい、旦那は相変わらずですねえ」
不愛想な魔王に対して、奴隷商人は肩を竦めて店の奥に案内する。
鉄格子がずらりと並んでいて、首枷足枷手枷を取り付けられた奴隷たちがこちらを見ている。
奴隷、と言っても様々だ。
絶望したような顔の者もいれば、悟りきった顔の者もいる。
こちらを興味津々に見ている者もいる。
(特に欲しい技能や天職はないな。ステータスも高くない)
魔王は奴隷を見定める。
魔王は定期的に奴隷を購入していた。
どうするのか、というとステータスを奪ってから殺してしまうのだ。
昨晩のチンピラのように殺したところで誰も困らないような者ならば、基本的に足が付くことはない。
だがそんな人間はたくさんいない。
その点、奴隷ならば殺したところで見咎められることはない。
とはいえ、今日は技能や天職が目当てではない。
仲間、または部下を見定めに来たのだ。
魔王は人嫌いで人間不信だ。
冒険者ギルドでもパーティーを組んだことは一度もない。
まあ、本人は絶対に否定するが要するにコミュ障なわけで……
そんな彼が冒険者ギルドで「一緒に世界征服しませんか?」などと勧誘できるわけがない。
というか、現状勇者たちに見つかればワンパンで倒されてしまう身の上でそんな堂々と仲間集めなどできるわけがない。
となると……最終的に奴隷を購入するという選択肢になる。
「なあ、奴隷が裏切るってことはあるのか?」
「うん? 旦那がそんなことを聞くなんて意外じゃねえですか。いつも殺しちまう旦那には無縁のことでしょう?」
「……今日はそういう用途じゃない」
魔王が奴隷を購入していることは誰もが知っている。
だが購入された奴隷がどうなったかを知る者は少ない。
自然と、殺したのだろうと思われる。
「へえ……もしかして冒険者にでも仕立てるんですか?」
「まあ、そんなところだ」
戦闘奴隷を購入する冒険者は多くはないが……
いないわけでもない。
特に魔王のように……実力は高いが、コミュニケーション能力に難がある人間はそういうことをする。
「となると、戦闘能力が高いのが良いですかね?」
「……いや、取り敢えず全部見せてくれ」
魔王は奴隷商人の申し出を断った。
そもそも勇者や魔王と同等の戦闘能力を持つ者が奴隷に堕ちることはまずない。
魔王からすれば、戦闘奴隷だろうと家庭教師奴隷だろうと性奴隷だろうと……
ステータスの数値上大差がない。
「さっきの質問ですがね、まあそれは奴隷と主人の相性にも依りますよ。でもまあ、基本的には奴隷は主人を裏切ることはねえですよ。主人殺しは間違いなく死刑ですからね。とはいえ、自分が死んでも良いからぶっ殺したい……というほど憎まれれば話は別になりますよ」
「ふむ……」
「奴隷の中には自分の首輪の太さを自慢する、まあ幸せなのかバカなのか分からねえ奴もいます。こればっかりは分からねえ。一応ちゃんと躾はしてますけどね、分からねえバカは一定数いるんですよ」
奴隷商人の話を聞きながら……
魔王は奴隷たちを眺めていく。
(特に面白いのはないな)
『看破』の技能を使いながら流し見する限り、特別優れた能力を持つ奴隷はいない。
魔王としても、記念すべき最初の部下なのだ。
どうせならばこだわりたい。
妥協はしたくない。
「……すまない、今日は特に欲しいものは無い」
「そうですかい。まあ、良いのが手に入ったら連絡しますよ。旦那」
奴隷商人は残念そうな表情を浮かべたが……
すぐに切り替えた。
散々見た上で買わない、という客は少なくない。
奴隷なんてものは非常に高価なのだから、当然と言えば当然だ。
「ああ、また来るよ」
魔王はそう言って奴隷商人の下から去った。
「そもそもだが技能なんてものは重要じゃないな」
奴隷商人から別れてすぐに……魔王は思い立った。
自分に必要なのは……そこではない。
考え事をしながら歩いていると……
バンッ!!
何かがぶつかった。
見てみると……十二歳ほどのエルフ種の少年だ。
「すみません」
少年は慌てて駆けていく。
魔王から盗んだ財布を持って。
「待て!!」
魔王は追いかけようとするが……
人混みが邪魔で上手く追いかけられない。
(全く……今日は厄日だ)
とはいえ、探知系の技能を持っているので見失っても取り返すことはできる。
魔王は静かに……しかし確実に少年を追いかけていく。
気が付くと、そこは裏路地だった。
少年が突き当りの角を曲がるのが見えた。
少年の後を追って角を曲がると……
「いないな」
魔王が探知系技能を使おうと、意識を逸らした瞬間!!
「死ね!!!!!」
ナイフを持った少年が物陰から跳び出てきた。
ほぼ完全な奇襲。
だが……
「いくら衰えたとはいえ、君のような子供に刺されるほど弱ってはいない」
「っく……ふざけやがって……」
魔王は義手でナイフを弾き、少年の首根っこを押さえて……
持ち上げた。
苦しそうに呻き声を上げ、魔王に蹴りを放ち続ける。
だが……力の差があり過ぎる。
「さてさて……見せて貰おうかな?」
名前:ユニス・ド・ゴート
性別:女
種族:人間種
状態:不衛生
レベル:15
生命力:12/12
体力 :8/8
魔力 :11/11
攻撃力 :6
防御力 :5
魔力耐性:8
敏捷 :18
天職:盗賊、暗殺者
技能:暗視、窃盗、気配遮断、ナイフ術、鍵開け、急所突き
「ほう……少年ではなく、少女だったか。ユニス・ド・ゴート……名前からして、貴族か? 最近の貴族はスリをするのか?」
「う、五月蠅い……お前には関係……っぐ」
「財布を盗まれたんだ。関係ないわけ、ないだろう。返せ」
魔王は少女―ユニスの喉を締め上げた。
ユニスは苦しそうに呻く。
「返す……返すから……放して!!」
「返すのが先だ」
「ポケット……ポケットの中です!!」
魔王はユニスのポケットに手を入れる。
なるほど、確かに財布があった。
「確かに返してもらった」
魔王はそう言って……さらにユニスの喉を締め上げた。
「あぐっ……な、何で……」
「生憎、財布を盗まれて、ナイフで刺されかけて……許してやるほど私は善人ではないのだよ」
このままステータスを奪って、殺してしまおう。
魔王はそう思い、『簒奪』を使おうとする。
「財布を盗む手際の良さと……地形を利用した奇襲、度胸は評価に値するが……君のステータスでは私にはどう足掻いても勝てない。実に残念だ。殺すのが惜しい……」
と、そこまで言いかけて気付く。
(殺すのが惜しい?)
そう……魔王はこの少女を、ユニスを高く買っているのだ。
失敗したとはいえ、自分に奇襲をしてみせた少女を。
この少女ならば、あるいは……
「……結局、天職なのか」
「どうした?」
ユニスが何かを呟いた。
魔王が聞き返すと……
「ふざけるな!! 何で……何で、こんな天職を……『盗賊』と『暗殺者』を持っているというだけで、こんな目に合わなければならないんだ!! 私は……私だって騎士に……くそ、くそ、くそ!!!」
感情を爆発させ、喚き散らした。
そして魔王を憎しみの籠った目で睨みつける。
いや……ユニスが睨みつけているのは魔王ではない。
それは自分に『盗賊』や『暗殺者』の天職を授けた神への憎悪であり、そのような人間を差別する世界への憎悪であり、望む天職を持って生まれた全ての人間への憎悪だった。
(なるほどね……)
ユニスの今の発言により……
魔王はなんとなく、ユニスの事情を察した。
おそらく、彼女は貴族の家の出なのだろう。
それも騎士を代々輩出してきた家柄だ。
天職は殆どの場合、五歳の誕生日に天から授けられる。
何か特別な儀式をされることなく、不意に授けられるのだ。
多くの者は一つで、たまに二つや三つほど与えられる者もいる。
そして……ごく少数だが、与えられない者もいる。
天職は本人の性格や夢、野望……そして血筋によって決まる……と言われている。
言われている、というのは正確には誰も分からないからだ。
ただまあ、『騎士』の天職を持つ両親から生まれた子供は高確率で『騎士』になる。
『騎士』になれずとも、それに類似する天職を授けられる。
本来ならば。
だがまあ、偶にいるのだ。
彼女のように親の天職とは何の関係もない、『暗殺者』や『盗賊』という天職を授けられてしまう者が。
これが『町人』のように無価値の天職だったり、もしくはそもそも天職無しだったらまだマシだったろうが、『暗殺者』や『盗賊』は良くない。
特に『盗賊』の天職は……あまりにも外聞が悪すぎる。
天職は神から授けられる者。
『盗賊』の天職を授けられた、ということは神から犯罪者、卑怯者、盗人のお墨付きを貰ってしまったのと同じだ。
それが原因で捨てられたか、勘当されたか、それとも殺されそうになったところを何とか逃げてきたか……
そんなところだろう。
魔王の言う『ステータス』というのは生命力だとか、攻撃力だとか……その辺の差を言っていたのだが、ユニスは『ステータス』を天職や技能の差だと解釈したのだろう。
実際、『騎士』の天職を持つ者と『盗賊』の天職を持つ者ではステータスの伸びも違うし、取得できる技能も随分と変わる。
「ふふ、そうか……」
魔王はユニスを地面に下ろした。
そして問いかける。
「なあ、神が憎いか?」
「憎い!! 私を……私をド・ゴート家に生まれさせておいて……『騎士』の天職をくれなかった、神が憎い!!!」
「世界が憎いか?」
「憎い!! 私を……私を排除する世界が憎い!!!」
「望む天職を得た人間が……憎いか?」
「憎い、憎い、憎い!!! 許せない……許せない!! 私は……私はどんなに努力してもなれないのに、簡単に『騎士』を得た奴らが憎い!! 両親が憎い!! 兄弟が憎い!! 友人が憎い!! ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい!!!!!!」
ユニスの目は……憎悪と嫉妬で狂っていた。
(ああ、知っているぞ……お前の目を、私は知っている)
魔王は昔を思い返した。
そう……五歳の頃だ。
魔王にも神は天職をくれたのだ。
その名も……『簒奪者』。
左右どちらかの手で相手に触れて、かつ相手を恐怖させた時……相手のステータスを奪うことができる。
という『簒奪』の技能と、それを生かすことができる技能を取得することができる天職だ。
確かにその天職は強い。
だが……強い故に迫害にあった。
魔王はずっとずっと、逃げ続けたのだ。
この危険な天職を持つ子供を、いずれ世界の脅威になり得る可能性があるこの子供を殺そうと大人たちは躍起になった。
何度も殺されそうになり、裏切られ……傷ついた。
そうやって逃げている内に奪ったいくつかの天職が融合して……
『魔王』という天職が誕生したのだ。
その時だ。
自分を受け入れなかった世界を壊して、支配してやろうと思ったのは。
ユニスとは少し違うが……
その目の色の原典は同じだった。
「なあ、力が欲しいか?」
「何を……急に……」
「私と一緒に復讐しよう。世界に……国に……君を捨てた両親や兄弟、友人たちに。そして見返してやろう。世界が私と君を受け入れないというのであれば、その世界を我々で支配してしまおう。……どうかな?」
魔王は……少し緊張しながら言った。
心境は初恋のお姉さんに告白する小学生か中学生だ。
「そんなことが……できるんですか?」
「ああ、できるよ。君はなれる。……私の、私だけの『騎士』になってみないか?」
魔王はそう言って手を出した。
ユニスは少し迷い……暫く考えるように沈黙してから……
迷いのない目で、手を真っ直ぐ伸ばし、魔王の手を取った。
魔王はニヤリと笑う。
「契約、成立だ」
そして……魔王はその技能を使う。
今まで……一度たりとも使うことがなかった、その技能を。
「技能……『下賜』」
魔王の体から白い煙のようなものが溢れ……
ユニスの体に吸い込まれていく。
そして……
魔王は笑っていった。
「ユニス、ステータスを確認してみろ」
「……ステータス、ですか?」
ユニスは首を傾げてから、ステータスを確認する。
するとそこには……
名前:ユニス・ド・ゴート
性別:女
種族:エルフ種
状態:不衛生
レベル:15
生命力:12/12
体力 :8/8
魔力 :11/11
攻撃力 :6
防御力 :5
魔力耐性:8
敏捷 :18
天職:盗賊、暗殺者、姫騎士、魔導騎士、聖騎士、暗黒騎士
技能:暗視、窃盗、気配遮断、ナイフ術、鍵開け、急所突き
「て、天職が……」
「技能の方もやろうと思えばやれるが……まあ、それは天職を鍛えて、いくつか技能を得てからでも遅くはあるまい」
魔王が持つ技能の一つ、『下賜』。
これは『魔王』が誕生した時に得た特殊な技能だ。
能力は……天職と技能を相手に与える。
手に触れて、かつ相手の同意を得た場合にのみ初めて可能となる
「わ、私が……騎士に……そ、そんな……ま、まさか……」
「気に入らなかったか?」
「い、いえ……あ、ありがとうございます!! このご恩は一生忘れません!!」
ユニスはそう言って……
片膝を突いていった。
「……私を……あなた様の騎士にさせてください。一生……仕えさせてください。えっと……名前は……」
「魔王だ。人前では呼ぶなよ」
魔王がそう言うとユニスは目を見開いて、少し驚いた表情を浮かべたが……
すぐに納得の色を浮かべた。
「はい……魔王様」
「ふむ……場所は悪いが、折角だ。少し洒落たことをしよう」
魔王はそう言って、腰の剣を引き抜いた。
勇者の聖剣には及ばないが、それでもそれなりの力を持った魔剣だ。
魔王は引き抜いた魔剣でユニスの肩を軽く、三度叩いた。
「ユニス、私の……私だけの騎士になれ」
魔王の言葉に……ユニスは紅潮した顔で答えた。
「はい……魔王様……いえ、魔王陛下。あなた様に一生の忠誠を」
魔王はニヤリと笑みを浮かべ……
魔剣を鞘にしまう。
そしてユニスに手渡した。
「これから、よろしくな」
「はい! 陛下!!」
それから十年後……
「最近、不穏な知らせが多いな」
かつて勇者の謳われた男……アレックスば呟いた。
これに対し、アレックスの幼馴染であり……妻である女性が同意する。
「本当だね……人間同士の争いが多い」
「……昔はこんなことは無かったのにな」
アレックスの言う昔……というのは魔王が猛威を振るっていた時のことだ。
あの時は世界中の国々が一致団結して、魔王に対抗していた。
あの犬猿の中である王国と共和国も……
魔王に対しては歩調を同じくして、対抗していたのだ。
事実勇者を含める魔王パーティーは世界中のありとあらゆる国々、部族から選抜されている。
まさに魔王に対する、全人類の同盟の象徴でもあったのだ。
だが……
魔王の死後、その足並みは崩れた。
無論、当初は勇者パーティーの者たちが絆となって……協調は保たれていた。
しかし魔王に受けた傷が下で少しづつ元パーティーの者たちが死んだり……
友情よりも国益を優先する者も増えてきた。
現在では勇者パーティーなど、過去の物と化していた。
「でも王国がこんなふうに共和国に対してテロ事件を起こすなんて、過去にあったかしら? 今の王国の王は穏健派でしょ?」
「……それを言われてみると、妙だな」
アレックスは眉を顰めた。
今回アレックスが聞いた知らせは……王国が共和国に対し、テロ行為を働いた……というものだ。
元々王国は共和国による少数民族迫害から逃れるために、独立した国家である。
しかし共和国側にはまだ王国の主要民族である少数民族たちが多数いて……
王国はそれを救済する、という目的のために度々共和国と紛争を起こしていた。
また共和国も王国に対し……
王による圧政を受けている民衆を救う、という大義名分を掲げて戦争を仕掛けたことも多々あった。
だが無差別テロが行われたことは一度もなかった。
今回はあまりにも異色だ。
「……まさか」
アレックスの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
「……どうしたの?」
「い、いや……何でも無いんだ」
「……私はあなたの妻よ。教えて」
妻に言い寄られたアレックスは言い淀みながらも……
答えた。
「あの男が……魔王が動き出したんじゃないかと、思ったんだ」
「ま、まさかそんな……もしそうだとしたら……」
「だがあり得ない。あの男は確かに殺したし……そもそもやり口が違い過ぎる。あの男はこんなふうに……裏で動くなんてことはしないさ。それに今回のテロは人間によるものだろ? あの人間不信が人間の部下を動かすなんて、あり得ない。絶対にない」
アレックスはそう己に言い聞かせるように何度も否定した。
どうじに失われた右腕の切断面を手で押さえる。
魔王に斬られた右腕だ。
今日は妙に傷が疼く。
「何にせよ、悪が蠢く限り正義は不滅だ。……早く僕の後継者を見つけないとな」
勇者は呟いて……立ち上がる。
「勝つのは次も……」
「よくやった、ユニス……これで共和国と王国の仲違いは決定的になった」
「……はい、魔王陛下。お褒めに預かり、光栄です」
とある国、とある場所の、とある地下室……
そこに一人の男と女がいた。
男は魔王であり……女はユニス、あの時のエルフの少女である。
身長も伸び……美しい女性へと成長していた。
そしてその目は……闇より暗く、しかし透き通るように美しかった。
騎士を渇望した少女は騎士となり、魔王という王に仕えていた。
「俺は仲間がいなかったから負けた。そして勇者は仲間がいたから勝った。ならばその逆だ……俺は仲間を集めた」
魔王は笑みを浮かべた。
その身に受けた傷は治ってはいなかった。
しかし彼の瞳は……今までの人生で最も美しく、光り輝いていた。
既に彼の仲間は末端まで含めれば一万を超えていた。
同盟者を含めればその数はさらに増える。
「そして勇者の仲間を減らす……一致団結出来ぬようにしてしまえばいい。そうすれば各個撃破が出来る。ははは……分かるか、勇者。俺はお前から学んでいるのだよ。お前を殺すのはお前自身だ……」
魔王は高笑いをする。
がしかし……
「げほ、げほ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ」
魔王は口元を拭った。
傷は確実に魔王の命を削っていた。
だが……それでも彼は嬉しそうだった。
「悪が蠢く限り正義は不滅……ではない。正義がある限り、悪が不滅なのだよ。そして悪とは負けた側の正義のことを言うのだ。良いかね、勇者……勝った者よ、正義の者たちよ……今からお前たちを負かすのは……お前たちが見て見ぬ振りをして、踏みつぶし、放置し……嘲笑ってきた世界の歪みだ。お前たちはお前たち自身の行動によって裁かれる」
魔王はゆっくりと立ち上がる。
ユニスは慌てて駆け寄り、魔王の体を支えた。
「次に勝つのは……」
「「我々だ!!」」
姫騎士を持ってる魔王様……
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