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それでもオレは床になりたいッ!  作者: 上野衣谷
第二章「タマシイを漁るオンナ」
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第9話

 一つ目の事実は、今、この世界は、高速通信、ネットワークは人類の手によって切断されているということそして、それは、人類が機械を恐れたから行われたことであるということ。二つ目の事実は、オレは今、目の前で、この街の中では異常な事態は起こりえないというイオの言っていることと相反する、不審人物の出現を目にしているということ。そして、三つ目の事実は、この街の中で行えるはずの通信に異常が発生しているということ。

 個別に見れば、ただの点だ。何も考えなければ、それら三つの事実は、ただの点である。

 しかし、ならべると見えてくる、違和感。


「なぁ、イオ」

「なんですか、えっと、あの、はい」


 未だ混乱するイオに言う。


「この目の前の穴、入ってみるべきじゃないか?」

「えっ?」


 事実三つを結びつけたところで、今、何が起きているのか、明確に分かることなどない。しかしながら、ただ一つ言えることは、異常事態が発生しているということである。これだけは、間違いのない事実として、オレははっきりと認識することができるし、同時に、目の前の穴の中にいた何者かが、その異常事態に関わっているであろうということもまた、容易に推測できることであろう。

 奇妙な偶然が、二つも同じタイミングで起きるなどあり得ない。例え、あり得たとしても、目の前で起きている異常事態を放置しておくのは愚策と言える。

 無論、オレに解決する義理などない。

 だからといって、放置できようか? いや、出来まい。何故なら、オレはこの街の外で生活する術を知らないからだ。この街がもし崩壊するようなことにでも発展したならば、オレに床になることができる運命が訪れようか? いいや、訪れまい。オレはこの街に特別な思い入れはないが、オレがオレのためにできることは、目の前で発生しているであろう異常事態を何とか収束させることなのである。


「この穴、入ってみよう。通信が行えないってことは、誰かが何かしらの攻撃を仕掛けてきているってことだろ? 確かに、それだけだったら故障かもしれない。だけど、今、目の前では別のイレギュラーが発生している。攻撃が、外部からなのか、内部からなのか、その判断はまるでつかないけど、目の前で起きているイレギュラーを放置して、エーワンの指示を仰ぐために時間を浪費するってのはあまり得策とは言えないんじゃないか?」


 イオは、あたふたしつつも、ぶつぶつ独り言を言う。そして、ほんの数秒の迷ってはいたものの、


「確かに──そうかもしれません」


 と、最終的にはオレに同意してくれる。

 暗闇に入っていくというのはそれなりに勇気が必要であったが、金属性の梯子があるが故に、道筋ははっきりとしており、イオを前に、二人でその梯子を降りていく。


「わ」


 と言う小さなイオの声は、彼女が梯子の終わりに到着したということを意味しており、彼女は小さなデバイスを手にして明かりを灯す。それなりの光量は、周囲が思っていたより余程広い空間であるということを十二分に伝えてくれる。詳細は分からないが、天井はあまり高くないものの、コンクリートの壁があると同時に、通路として続いている方向に明かりを向けても、暗闇以外には目に入らないほどの距離がその先には広がっていた。


「ここは、何なんだ……?」

「地下、ですねぇ」

「そりゃ、そうだけど……」

「地下区画は、極東O地区の地盤の整備のために作られた区画です。それ自体に特別な役割はありませんが、汚染土の上に直接街を作ることはリスクを伴っていたために、地下の土を取り払う関係で整備された区画です。ここに大きな役割はないはずです」


 数歩歩き、ピチャ、という音に驚く。


「な、なんだ? 水、か?」

「それは、あり得ない話ではないでしょうね。この地にも雨は降ります。地下区画はあくまで汚染土を取り払うために整備された空間なので、外界から完全に密閉されているという訳ではありません。勿論、それが理想ですが、コストとの兼ね合いもあるので。勿論、地下区画の中には、建物もありますが、街中の地下が何かしらに利用されているという訳ではありません。利用されていない地下区画は、当然、整備が行き届くことはあり得ないんです」

「へぇ、なるほど」


 要するに、ここは、誰かが立ち入ることを想定して作られた場所ではないということだ。であるからして──。

 キキッ、という奇妙な金属音がしたとあれば、それは、真っ先に異常として感知できうるものと考えることができる。


「な、なんだ!? 敵か! 幽霊か!」

「え、何か、聞こえました?」


 どうやら、イオには聞こえていなかったらしい。オレは、音がした方向を指さし、そちらに光を照らすようにイオに指示する。けれども、先に映し出されるのは暗黒のみで、オレたちはそこへ歩みを進めることを要求される。

 一歩一歩、音がした方向へと近づいていく。微かな音ではあったが、確かに、オレはその音を聞いたのだ。イオから光源を受け取って、自分が前へ立つ。そして──行き止まり。


「いや、曲がり角、か?」


 暗闇の中、たった一つの光源で先へ進む。そして、角を曲がる。同時、前方を駆けていく何か。光を向ける。ようやく視界に収められるかと思ったその影は、再び曲がり、どこかへ消えていく。


「クソッ!」


 オレは先を急いだ。逃げるその何かを追い、ただ駆ける。そして、曲がった先で、ようやくその何かに追いつき、その何かを光で照らす。


「あれは……!」


 オレとイオの目は、暗闇の中でたたずみ、逃げるのを諦めたその何かをようやく捉えることに成功する。

 その姿は、薄汚れて、土やら、ススやらがそこら中についていたが、オレが一度見た事があるものだった。ドラム缶のような図体。そう、壁にいた警備マシンだ。


「……さぁ、イオ、どうするべきだ」

「えと、えと! 大丈夫です、大丈夫、ダイチ様。マシンはイオたちを攻撃できません。幸い、この先は行き止まりの様子。ほら、そこに梯子がある。ここが終着点なんですよ、きっと。後は、このマシンが逃げないようにして、接触して、えと、そうですね、起動停止の操作を行えば、この訳の分からない事態を解明できるかもしれませんっ!」


 目の前のドラム缶は、目などないのに、オレたちをじっと見つめているようにまるで動かず、その様子はとても不気味で、恐ろしいようにさえ感じられた。同時に、イオがこの警備マシンを指して言っていた言葉を思い出す。そう、彼らは銃器を隠し持っているという旨の発言だ。


「ほ、本当に大丈夫なんだろうな? その、オレたちを襲ってきたりはしないんだよな? まるで、マゾがご主人様に牙をむくようなあってはならない事態が起こることはあり得ないんだよなぁ!?」


 ある程度の危険は覚悟していたはずのオレだったが、やはり目の前にそんな危険な代物がいるとあっては心細い。


「え、後半なんて言いました? ……はい、間違いありません。マシンはイオたちを襲えない。マシンプリンシプル第一条、高度な知能を有する生命体、それに類するものを傷つけてはならない、中核に位置づく基本原則です。破られることは、通常、ありえません」


 その言葉を信じるしかなかろう。オレは、一歩、一歩、警備マシンへと歩みを近づける。オレの隣にイオが歩き、通路をなるべく二人で塞げるように警戒しながら距離を詰めていく。

 警備マシンは微動だにせず、無言で、ただ、オレたちを見ている、ように見える。こいつは何かを考えているのだろうか。それとも、何も考えず、この先訪れるであろうオレやイオによる情報の取り出し行為に対して覚悟出も決めているのだろうか。機械の心など分かるはずもなく、オレは緊張をどんどん高めながら、距離を一歩一歩詰めていく。

 しかし、次の瞬間、突如、警備マシンは動きだす。

 思わず、ビクっと反応したが、しかし、警備マシンは、オレたちに何か攻撃を加えるということなく、彼の目の前の梯子へと、ドラム缶型の体から突然飛び出たアームのようなもので捕まり、梯子を上がっていこうとしたのである。


「さ、させるかっ!」


 思わずオレは警備マシンへと飛びついた。ギ、ギと奇妙な音を立てて、ついに、警備マシンは自身の体重とオレの体重をアームによって支えることに失敗し、盛大に地面へと叩きつけられる。下敷きになっていたら大けがを負っていただろうが、うまいこと回避し、再びマシンに対峙するオレとイオ。


「なぁ、イオ、どうするんだ、これ」

「えーと、えーと……んーと、んーー! はい! 思いつきました!」


 ビシッと手を上げるイオ。手を上げている場合か。


「はい、早く言って!」

「ダイチ様が突っ込んで押さえつけてくださいっ!」

「……え」

「……え」


 そして、その会話を見守る警備マシンの無言の圧力により、場の空気が完全凍結に導かれようとする。そうはさせるか、そうはいかん。


「いやいやいや、無理、無理でしょ!? 無理だから!」

「いやいやいや、出来る、出来ますって、やって出来ないことなんてあんまりないんです!」


 何故この女はこんなに無茶苦茶なことを言ってくるのだろうか。パニックになっているのだろうか。多分そうである。この女、パニックになって、この緊急事態を切り抜けられる可能性をオレの未知の可能性に賭けるくらいしか思いつかないのであろう。なんてこった、オーマイガー。

 普通なら、ここで、いやいや、無理、やっぱり無理だから、帰ろ、帰ろうぜ、なんて言うかもしれない。あるいは、何も考えることなく気合があればなんとかできるの根拠のない自信で突っ込んでいくという勇者もいるかもしれないな。しかし諸君、ここでオレは第三の選択肢を提案したい……。それは何か。発想の転換である。オレは、無茶なことを言われている。オレは、イオから無茶苦茶な要求をされているのである。それは、つまるところ、イオがオレに対して気遣いをしていないということにはなるまいか?

 なるほど、なるな、なるなる。彼女は、オレに好意を抱いている。通常、それなりの好意を抱いていれば、そこに無意識ながらも気遣いが発生してしまう。これにより、オレは本来であれば、通常の生活を送る上においては、彼女から無慈悲な扱いを受けることは困難を極めるのだ。

 けれども、今は違うな? そうだろ、だって、こいつ、オレに無茶苦茶言ってるんだから。

 そう、つまり、彼女は今、無慈悲なのである。そこに何かしらの思惑はあるのかもしれないが、少なくともオレから見て、彼女の発言はオレに対して無慈悲だと感じることができるものなのである。人が地面を歩くように、彼女は、オレの心の上を歩いているといっても過言ではないのではなかろうか!?

 よし、そうだ、そうしよう、そういう感じで行こう。

 そういうことで、オレは、覚悟を改めて決める。イオの無茶苦茶な要求にこたえるための覚悟だ。なぁに、簡単な話だ、警備マシンはオレを攻撃できないんだ。だったら、頑張ってその上にのしかかるなりなんなりして、動きを封じればいいんだ。

 そして、再び警備マシンへ駆け寄ろうとしたが、オレの目に入ったのは、今抱いているオレの結構強めの覚悟をぶち壊さんばかりのショッキングな光景であった。

 ジャキ、という金属音がした。


「え、うっそだろ……」


 警備マシンは、その体内に開いた穴からごつごつした金属を突き出していたのである。そう、銃身である。黒光りする棒状のそれは、間違いなくオレを狙っているものであったのだ。

 ちら、と後ろにいるイオを振り返る。何故か、両こぶしを前へ構え、ファイト、と口パクでオレに言ってくる。なんだ、こいつ、ドSか? ドSの方なのか? むむっ、そう考えたらちょっとだけ興奮してきたぞ? いやいやいや、待て、しかし、命の危機だ。無理だろう、銃器は。


「無理だって!」


 しかし、イオは言う。


「絶対大丈夫ですから! イオが保障します! ダイチ様は最強なんですってば!」


 訳の分からないことを告げられる。なんだこの女、ちょっとパニックによって脳の回路が焼き切れたとかなんじゃないか。オレが一体全体何だって言うんだい。

 同時、オレの耳に入る発砲音。それは、間違いなく、警備マシンがオレに向けて発砲を行ったことを意味しており、オレは、せっかく生き返ったというのに、再び命を失う危機に直面していた。

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