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それでもオレは床になりたいッ!  作者: 上野衣谷
第二章「タマシイを漁るオンナ」
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第7話

 オレは今、エーワンの前に立っていた。

 彼女はエーワン。長い髪を持った大人の女性だ。容姿は整っていると言えよう。美女という言葉が似合うが、妖艶さはまるでなく、冷静そうな女性といえばよかろうか。彼女は、タッチパネルを手のひらサイズにコンパクトにした薄っぺらい機器を手に持って、足を組んで座っている。


「さて……あぁ、どうぞ、座って?」


 その部屋は、薄暗い照明で照らされていて、壁にはいくつものモニターがあり、その他にも、何か分からないような機器が所狭しと部屋を占拠している。曰く、エーワンの研究室だそうだ。

 オレはあれから一晩、一人でぐっすりと睡眠を取った。ベッドの寝心地は驚いたほどに良く、寝入りもまるでプログラミングされたかのように正確なもので寝づらさも感じず、朝の目覚めもまるで悪くなく、起きたばかりなのにも関わらず、嘘かのようにさえわたる脳は、さながら自分の脳がアップグレードされているかのような快適さで、これもまた、もしかしたら、エーワンの仕業だろうかと考えたくらいだ。

 オレが起床したのを見計らったかのように、部屋内にイオが入室してきて、エーワン様が呼んでいるので、といって、このエーワンの部屋に連れてこられて今に至る。


「あ、はい、失礼します」


 オレは椅子に座る。同じくらいのタイミングで、イオは部屋から出て行ってしまう。椅子は金属とかプラスチックとかを組み合わせたものでできていて、無機質な冷たさを感じさせた。エーワンはオレを見て、口を開く。


「さて、と。何か聞きたいことがあるのではないですか?」


 唐突な質問だ。まるでオレの心の中が分かっているかのような的確な問いに、オレは思わず反発してみたくなるが、ここは黙って頷いておく。そのエーワンの言葉は寸分も間違っていなかったからだ。


「どうぞ」


 質問内容も分かっているのではないかと変な憶測をしたくなるが、オレに話させるということはそこまでは分かっていないのかもしれない。いずれにせよ、促されるのはヨシ。昨日からずっともやもやとしていた、その質問を、オレは満を持してエーワンにぶつける。


「単刀直入に言いますよ。オレは、なんで、この世界に来たんですか? まさか、本当に、イオを助けたから、ってだけじゃないですよね?」


 オレの問いに、エーワンは全く動じることなく、ただ静かに、


「ええ、そうですね」


 とだけ言った。彼女の言葉もオレの言葉に負けず劣らず単刀直入であり、最初から素直に認めるとは思っていなかったオレは少し拍子抜けする。エーワンの言葉の後に空けた数秒の空白は、オレがエーワンに続きを話すように促すためのものであり、エーワンもそれを汲み取ったのか自分から話を始めた。


「黒い箱を使うのは個別の事情であるが故に無理なので、申し訳ないけれど、言語で話させてもらいますね。嘘は言いませんから、信じてくださいね」


 そう前置きをする。オレがこちらに来た時に行った黒い箱による伝達というのは、どうやら、予めその箱に伝達したい情報、理解したい概念についてをインプットしておかなければならないらしく、便利である反面、汎用性の低い情報に対してはあまり出番はないらしい。ともあれ、エーワンはその説明をしてくれるというのだから、オレはその言葉に耳を傾ける他ないのだ。


「まず一つ、あなたがイオの命を救うという行為をしたのは、嘘ではない事実です。ですが、それが、ダイチさんをこちらの世界に引き上げた理由ではなく、それは最後のテストに過ぎなかった……。そう、あなたが本当に相応しい存在かどうかを確認するための最後のテストだったんです」

「それは、つまり、オレに何かしらの適正がある、と?」

「ええ、少なくとも、私たちの頭脳はそう判断したようです」

「……なるほどね」


 つまるところ、彼女を助けたことが、オレがここにいる理由ではなく、オレはそれまでずっと監視されていた上で、その最後のテストが、イオの命を救うかどうかであった、ということだ。オレがそれを理解したとみて、エーワンはさらに続けた。


「ダイチさん、あなたに私が求めること、それは──」


 ごくりと息を飲むオレ。


「簡単に言えば──」


 次の言葉は、オレにはあまりに受け入れがたく、


「ダイチさん、あなたには──」


 あまりにも壮大で、あまりにも無茶苦茶で、


「世界を救ってもらいたい」


 あまりにも────馬鹿らしい。

 思わず、


「はは、冗談、ですよね?」


 と、聞いてしまうオレに、エーワンは、首を左右に振り、ゆっくりとした口調で、オレを落ち着かせるようにして話す。


「世界を救って欲しい、といっても、この世界に悪の黒幕がいるだとか、この世界は後数日で滅びるだとか、そんな大層な話ではないんです。ただ、今、世界はあまりに広くなってしまっています」

「広く……?」


 いまいちピンと来ないオレに、エーワンはその言葉の意味を説明する。


「はい、広く。西暦二千年頃、人類の文明の絶頂期一歩手前──ダイチ様が知っている世界では、高速通信の手段があり、高速で効率のよい物理的な移動が実現されていました。しかし、今、この地球上では、それらの装置のほとんどが全て停止してしまっている……」

「な、何故?」

「恐れたんです、人類は。機械の発展を。だから、機械同士をなるべく接続させないようにした……何故かといえば、簡単です。遺伝子による進化ではなく、文明による進化を行う種の進化はネットワークによって大きく前進する。それを人類は知っていました。だって、当事者ですからね。だからこそ、機械同士の接続を断ち切ろうとした。理由はどうであれ、それは今、現に起きている事象です。私は、人類を救いたいのです。通信のほとんどを手放してしまったことによって、繋がる手段を大幅に狭めてしまった人類は、今、破滅へと突き進んでいるように思えてならない……技術の継承が、小さな街とまばらな繋がりで行えるとはとても思えないのです」

「待ってくれ……待って」


 オレは、一つも二つも階段を飛ばしているエーワンの声を遮る。そして、オレがその話を理解するのに必要な情報を聞くためにどんな質問をすればいいのか考え、言う。


「そもそも、だ、エーワン」

「はい?」

「機械だの、人類だの、そこのところが分からないんだ。機械が、なんだって? 人類が、機械の発展を恐れた? 一体、どういうことだ」


「あぁ──それはですね──」


 エーワンは話す。シンプルな事実を。何、簡単なことだ。要するに、機械は人と変わらぬほどに進化し、人は、それ以上の進化を恐れた、というそれだけの話。そうして起きた争いの中、人類は、機械と共に滅びようとするかのような選択を行った、ということ。

 だが、それらを理解した上で、改めてエーワンがオレに言ったことを考えても、まるで納得などできる訳がない。頭がついていかないということはない。彼女が言っている言葉は全てしっかり理解はできている。だけど、何も見えてこないのだ、行動が。理由が。オレがするべきことが。


「それで? だから、オレに、どうしろと? 何を求めているって? 通信でも復活させればいいんじゃないのか? それだったら、それは、オレの仕事なんかじゃあないはずだぞ?」


 エーワンは少し考える。


「それは──分かりません」


 刹那、オレの頭には、僅かばかりの怒りと、大きな呆れが生まれる。


「分かりません、って、はは、そんな馬鹿な」


 思わず笑いをこぼしてしまう。あまりに馬鹿らしかったからだ。


「馬鹿……そうですね、もしかしたら、私たちは愚かなのかもしれません」

「……」

「もし、仮に、ダイチさん、あなたが通信を復活させることこそが人類を救う道だと考えるのなら、もしかしたらそれも正解なのかもしれない」


 煮え切らない態度に、オレは段々苛立ちを覚え始める。


「で、だから? 何が言いたい」


 オレの苛立ちを察知したのか、エーワンは、落ち着いてください、と控えめな口調で言い、続けた。


「何、という訳ではありません。私は、ただ、あなたの可能性に勝手に期待しているだけなのです。何をしろ、というつもりもありません。あなたが思ったことをすればいい。なんでも、好きなようにしてください」

「ふーーーん、なるほどねー」


 なるほど、なるほど。


「好きなように、って言ったな?」

「え、ええ」


 なるほどなぁ~、なるほど、なるほど。好きなようにして良い訳だ。エーワンは、オレが思うように動いていい、とそう言っている訳である。

 確かに、普通、ここで、一般的な常識を持ち合わせている人間ならば、そして、旧来のダイチという人間ならば、四苦八苦しながらも、エーワンの期待に答えるため、何かしらの努力を行うであろう。何故なら、そこには未来が掛かっているのであり、どうせ一度散らした命をそんな有効なことに使えるとするならば、ちょっとやってみようかな、なんて考えるはずだからである。

 しかぁああし! オレは違う。オレは生まれ変わったんだ。常識や、自分に囚われない、開き直ったオレがここにいるんだっ! だから、こんな若干シリアスっぽい展開に対しても、オレはオレの道を歩くことを諦めなどしないのであるっ!


「よし、分かった。じゃ、オレは用があるから」


 そう言って、オレは立ち上がる。こんなところにいつまでもいられない。オレには協力者が必要なはずだ。そう、オレの夢を叶えるための協力者──オレを床にしてくれる協力者が……。世界を救う? 人類を救う? あぁ、それはもう立派なことじゃあないか。だけど、それをオレがやりたがっているかどうかはまた別の問題だ。

 大体、それにオレが適任しているだなんて勝手な押し付けである。知ったことではないのである。ふっふっふ、ざまぁみろ、お前の思うようには動かないんだよ、エーワンよ!


「え、あの、どちらへ……?」


 エーワンの声を後ろに、オレはエーワンの部屋を飛び出していく。


「はっ、はっ、はっ! オレはなぁ、エーワン! オレは床になるんだ、オレは床になりたいんだ! オレはオレの人生を生きさせてもらうぜ!」


 そう喚きながら部屋を飛び出し、続いて、建物を飛び出て街へと降りたつ。極東O地区──エーワンという存在がいるのだから、彼女以外にも、オレの体をどうにかこうにかいじれたりする人がいるのではないだろうか、という推測をもとに、オレは街の中を探索することを決める。

 仮に、世界を救うのが救世主の信念だとするならば、オレの信念は床になることだ。価値観の違いだ。多様性だ。許してくれ、エーワン……。




 しばらく街の中を歩いたが、すれ違う人の数はあまりにも少なかった。飛び出たものの、特に当てもなく歩き続ける。飽きても飽きても、同じような景色。そもそも、建物のほとんどは何かさえ分からない。これでは、床になるどころか、その手がかりさえつかめそうにない。

 エーワンに聞くか、はたまた、イオに聞けば良かったのだろうが……今、戻って、聞くというのも何か情けない気がしなくもない。そうして歩いているうちに、前方、脇道へ入っていく何かが目に入る。


「なんだ……?」


 まるで何かから隠れるようにして、脇道へ入っていったように見えるが、気のせいだっただろうか? もし、オレが、明確な目標をもってこの場を歩いていたとするならば、そんなことは気にならなかっただろう。そういう人もいる、くらいで済ませていたに違いない。しかし、この時のオレは、その人影か何かが気になって仕方がなくなるほどに目的を持っていなかった。

 だから、オレはその脇道へ駆けて行く。ビルとビルの間の道自体は、別段そんなに不思議なものではない。脇道とはいっても、車両が一台通れるくらいには広さがあり、故に、その道へそれた何かは、単にその道を通るためだけに曲がったかもしれない。

 その脇道を見る。しかし──そこには、何もいなかった。


「あれ……? おかしいな……」


 絶対に何かを見たはずなのだ。それが人だったのか、あるいは、機械か、何かだったのか、そこまでは分からない。しかし、オレの目は確実に動く何かを捉えていたし、その記憶は間違いなかったはずだ。だから、そこに何もないというのは、余計に、不思議で、オレの好奇心を煽る。明確な目標がなかったが故に、オレの目標はいともたやすく、その何者かを見つけ出すこと、今、目の前で発生した現象が何だったのかを究明することへと変更される。

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