第20話
オレは街を走る。街の中は、オレが知っている光景とはまるで異なる光景と化していた。色々な場所に行き止まりが存在する。行き止まりだらけだ。道路からビルほどの高さの壁がまるで植物のようにはえている。その大きさも様々で、そこに規則性があるのかと言えば、答えられないほどに乱雑にはえている壁。綺麗な街は、灰色の壁という病原菌におかされているかのようで不気味だ。無機質な街に何を意図しているのか分からない乱雑な壁がそこら中にはえている様は、街が死に向かっているかのように思えた。
恐らくではあるが、これも、この街を人間たちに利用されないために行われたのであろう。自爆に近いのだろうか? 建物全てを破壊し尽くすのと比べてどこにどうメリットがあるのか、オレには想像もつかなかったが、きっとそれなりの理由はあるんだろう。
けれども、今のオレにとって重要なことはその理由ではない。向かうべきはどこか……考えた末辿り着く結論は、音がする方というシンプル過ぎる答え。戦闘──いや、一方的な侵略が行われている場所へ行かなければならない。幸いにも、この壁のおかげか、そこら中で破壊音やら爆発音が聞こえている。それらに手あたり次第ぶち当たっていけば、いつかはマツカに会えるだろう。少々強引ではあるが、他に手は思いつかない。思いつかずに動かないでいるくらいなら、とりあえず動いてみるが吉だろう。
壁に駆け寄り、叩いてみる。コンコンと小気味いい音が返ってくる。破壊しようと思えば破壊できるだろう、が。
「これの出番か」
懐からエーワンに渡されたデバイスを取り出す。デバイスは不気味にオレに微笑んでいるように見えた。デバイスをかざすと、かざされた壁はまるで砂になったかのようにさらさらと崩壊する。あまりの出来事に、少しの間その崩壊の光景に見とれてしまっていたが、
「いかんいかん……」
自我を取り戻し、オレは歩みを進めた。
多くの敵が、オレの行く手を遮った。そのどこにも、マツカはいなかった。
「マツカはどこだ!」
というオレの問いに、人間たちが素直に答える訳がなく、仕方なくクモの兵器を使用停止に追い込んでいく。中にはその過程においてケガをしてしまう人間もいたが、それはそれ、仕方ない。そういうこともあるさ。必要な犠牲なんだ、諦めてくれ。すまん。適当に謝罪しつつ、オレはクモの兵器とそれに乗る人間たちをばったばったと倒していく。
不思議と疲れは感じない。オレの体は一体どうなってしまっているのか。考えれば考える程恐ろしいことでもあったが、しかし、今、この場においては堪らなく便利であるが故、オレに僅かに宿った恐怖心は途端に姿を消す。
そして、ついにその時は訪れる。
「な、なんだ!」
「なんだなんだ!」
壁を砂にした瞬間に目の前に現れるクモ兵器十数体。これまで行動していた集団より一回り大きな集団だ。そして、中央に陣取る兵器に乗っているのは……。
「マツカ!!」
叫ぶ。オレの声に気付いたマツカは、ぎょっとした目でオレを見返していたが、オレの声に返答することはなかった。マツカの口元が動いているのが分かる。何か周りに指示しているようだったが、その指示の内容は直後に判明する。
マツカ以外の全ての兵器がオレに向かって歩みを進めてきたのだ。
「くっそ、まだ邪魔するのか」
並んでオレに差し迫りながら銃撃を放ち続ける。余りに無慈悲なマツカの指示に若干興奮しつつも、残念ながら、勿論、こんな何の変哲もない人間どもに打倒される訳にもいかず、オレはいつも通りそいつらをなぎ倒していく。人間たちは、当然、オレが人間に手を出せるなどと思っていないため驚愕の表情で散っていく。かわいそうに。
しばらくして、辺りに転がるのはクモの兵器と、そこから投げ出された人間たち。オレに対峙するのはマツカただ一人。
「……へぇ、驚いた」
静かになった街の中で、マツカが呟く。あの余裕しゃくしゃくの表情から、僅かに余裕がなくなっているように見えた。顔にちらりと光るのは冷や汗だろうか。彼女は彼女なりに焦っているように見える。服装は相変わらずラフだが、髪の毛は兵器に搭乗するためか短く結っている。ああ、それでも、より一層お美しい。
マツカは兵器に乗ったまま言う。
「やっぱり、ボクの予想は間違っていなかったし、ボクたちの判断も間違っていなかった。お前たちは凶悪な存在。いてはいけない、排除しなければいけない……クソッ発見が遅かったんだ……」
「何を言ってるんだ」
オレの問いに、マツカはイライラし始める。
「何をォ!? お前らがクズでゴミでどうしようもない奴らだってことを言ってるんだよ! クソッ、お前は何者だ、なんでボクたちを攻撃できる──お前たちはずっと、ずっと、ひざまずいていればいいんだ……!」
ガシャガシャとクモの兵器を暴れさせるマツカ。そして、オレに向かって走りかかってくる。
「ウワァ!」
オレは叫びつつ、とっさにその兵器を正面から受け止める。だって、そうだろ、どうせなら、マツカに直接踏まれなければならないだろう? それなら兵器なんて要らないんだ。
「コ、ノッ!」
マツカは兵器を動かしてオレを攻撃しようとするが、オレの力はその兵器を優に上回ってしまっているようで、兵器は思うように動かない。マツカとオレの視線が合う。
「お前は何者だァ! お前のような訳の分からない存在を、許せるものか!」
オレはその問いに答えられない。オレが何者か? オレは、オレだ。
「オレは、オレ以外の何者でもない……」
「そう、あなたはあなた以外の何者でもない」
マツカの声ではない。何が起きたのか。声の持ち主はオレの背後にいるようだ。振り返るとそこにいたのは、
「エーワン!?」
マツカの兵器を軽く破壊し、動きを封じる。
「お前ッ!!」
叫んだのは、オレではなくマツカだ。マツカは兵器から降りて、オレとエーワンへ向き合った。手には刃物を持っている。今にも飛び掛かってきそうな姿勢だ。オレはエーワンかマツカどっちの相手をすればいいものか戸惑いつつも、まずは唐突に現れたエーワンに問う。
「何をしにきたんだ!」
エーワンは笑顔で短く答えた。
「様子を見に、ですよ」
その笑顔の裏に、あのシェルターで大量に破棄された人体らしきものの姿がチラリと蘇る。
今にも飛び掛かってきそうなマツカに、エーワンがなだめるような口調で言う。
「さぁ、もう投降してください。決して、悪いようにはしませんから」
マツカは敵対心剥き出しの顔で、そして、声で、エーワンに食ってかかる。
「馬鹿なことォ。そいつが何者なのか、知ったことじゃないけどね、せいぜい兵器に乗っている人間しか攻撃できないんだろう? どんな屁理屈でマシンプリンシプルを無視してるのか知らないけどサ──人間、あんまりなめないでよ」
マツカの戦闘姿勢が崩れる様子はない。彼女はあくまで戦うつもりなのだ。いつの間にかマツカの顔には余裕の表情が戻っているように見えた。
「なるほど──でも、それはどうでしょう?」
エーワンの視線はオレに注がれる。どうでしょう、って言われてもなぁ……。そもそも、なんか気に食わないんだよなぁ、この展開。
「さぁ、分からないけど……まぁ、それは別に関係ないんじゃないのか?」
けれど、オレは事実をそのまま答える。確証はないが、そもそも、兵器に乗っている人間が投げ出されたりしたとしても、どうにもなっていない自分の様子を見ると、そういったところだろう。
だけど、ここで、マツカと戦って、そのまま投降させて、事態を収める、というのは何か違う気がする。そもそも、オレはマツカに会いに来たのだ。何故かって? 彼女が理想だからだ。彼女にこそ、踏んで頂きたい。そういう感情のままにここまでたどり着いたのだ。それを、後からほいほい出てきたエーワンが取り仕切るというのは何だか気に食わない。
そんなオレの不満げな表情に気がついたのは、エーワンだ。
「何か、不満げですね、ダイチさん?」
「何言ってるんだ、クソ機械ども……来ないなら行くぞ!」
「あー、待て、待ってくれ!」
マツカを何とか止めようと試みる。オレが両掌をマツカに見せてストップのジェスチャーをすると、彼女は意外にも待ってくれる。なんだかんだ言っても恐れているのだろう。……心外だ。
このままいけば、オレは、間違いなく、エーワンの望みを聞き入れることはないだろう。じゃあどうするか? うーん……そうだなぁ、あー、まぁ、マツカと一緒に逃避行──っても、それは目の前のマツカの様子からしてどうみても無理だろうし。困ったものだ。
そんなオレを見て、エーワンは静かに言った。
「ダイチさん、一つ、判断の材料を差し上げましょう。これはとても需要なことですよ。ね、イオ」
聞きなれた名前。そして、壁の後ろから現れたのは、見慣れた女の子。潤んだ瞳で真っ直ぐに俺を見ていた。目が合い、トキメク──。その少女の名前は、イオ、またの名を、E0。
「イオ……?」
「あ、はい、ダイチ様。えとー、お久しぶり? です」
戸惑うオレにエーワンが言う。
「これが、この街、この世界なんです。ダイチさん、あなたがこの世界を守るメリット、分かるはずです。これだけじゃないです、この街は、自由なんです。ダイチ様、あなたの夢にもっとも近い街、ここで取るべき行動を正しく行えば、ダイチ様、それはあなたの未来のためになるんです」
その様子を見て、マツカが嫌悪するようなまなざしで吐き捨てる。
「このッ……命が何かも分からないクズどもめ……!」
マツカの視線はエーワンへと衝突し、エーワンの視線もまた、マツカへと衝突した。二人のにらみ合いの間に立たされる中、イオがオレに近づいてくる。
オレはイオとマツカに挟まれる。
そして、迫られる。選択を、だ。どちらを取るかという選択だ。
イオを選べば受け入れられる。マツカを選べば──それは、どうなるかは分かったものじゃない。
エーワンが言う。
「さぁ、選んでください」
オレの沈黙は、世界の沈黙であり、マツカの小さな呼吸音だけがオレの耳に入ってきていた。しばらくの時間が流れ、緊迫した中でオレは意を決する。
「ああ、決めたよ、決めた」
オレは、イオとマツカを交互に比べ見る。
「決めた」
もう一度言う。マツカとイオの二人、そして、エーワン。三人の視線はひたすらにオレを捉え離さない。いいだろう、言ってやろうじゃあないか。
「大体なぁ、未来だ、過去だ、人類だ、機械だ、そんなもの、お前らのエゴに過ぎないんだよ。未来は、今を積み上げた結果でしかないし、過去もまた同じだ。ある出来事が起きて、それに伴った結果が返ってきているに過ぎない訳だ。オレも昔はそうだったよ。床になりたい、その一心でありとあらゆるいいことをしてきたさ。だけど、結果どうなった? オレは今、ここに機械生命として立っている。勿論! オレは報われなかったと嘆きたい訳じゃあない」
オレは空を見上げる。そこには、相変わらずドームが広がっていて、その先には空がある。
外の世界がどうなっているかということについて、オレは何一つ知らない。エーワンも、イオも、そして、マツカも、彼らは外を知っているのだろう。そして、その上で、互いが互いの思い描く世界をもたらしたいと必死になってもがいているんだ。
オレは、別にそれを否定するつもりなんて全くない。ただ──
「未来のために生きる、過去を清算するために生きる、人の為、世の為、どれも立派なことだ。それがその人の生き方であって、その人がそれによって喜びであれ、満足感であれ、あるいは、楽しさであれ、そういった正の感動を手に入れられるならそれもいいだろうな。でもな、オレは違う。であるからして、オレにそれらを押し付けるというのまた、違う訳だ。少なくとも、オレにとっては、間違っているんだよ。オレは今、オレ自身のやりたいことをやりたいようにする……それがオレだからだ。オレはオレを生きるんだ。オレはお前らじゃない、お前らもオレじゃない──文句は言わせないぜ」
それは宣告だ。オレが次の瞬間何か選択をするという宣告だ。場はしんと静まり返り、何とも愉快なことに、この場において、この場を進行させることができる者はただオレ一人となった。
オレは選ぶ。そうだ、オレがしたかったのは、イオを手に入れることでもなければ、マツカにどうこうするということでもない。
オレは何かをしたいんじゃないんだ。オレは何かをされたいんだ。そのためだったら、何でもしようじゃないか。
「これがオレの答えだっ!!」
オレは地面へと仰向けで寝転がる。そして、天を見る。やっぱりそこには空が見えた。青い空だ。オレの視線は、今、床となったのだ。オレは床だ、床そのものだ。床は何もしない。床は何を選ぶこともできないし、床は動くことだってできない。
「な、何を……」
「何を言ってるんだ、コイツは」
イオとマツカの戸惑いの声が聞こえる。物凄く戸惑っている。当たり前だ、この場の鍵を握っている男が地べたに寝そべっているのだから──いいや、地べたになっているのだから!
誰が何をどう言おうと、オレはオレの道を行く。
「さぁ、オレの上を歩け。オレの上を歩いて、互いに手を取り合うんだ。それこそがオレの望む世界、それこそがオレが望むものだ! どうせ皆自分勝手に生きてんだ。だったら、オレがオレのために生きて何が悪い!」
格好いいことを言っているように見えるが、オレは天を仰いで空中へ向かって言い放っている。これは独り言だ、この通りになろうがなるまいが、それはオレが決めることじゃないからな!
茫然としたオレ以外の三人を前に、オレは、オレであり続けた。そうだ、それでいい、それがオレの世界だから。
話はここで終わる。
その後の世界は、オレにとって、そして、エーワンにとって、さらに言えば、人類にとって、よりよい物になったというのは、オレにとってはさほど重要なことではないと言えよう。
ただちょっとだけ、ほんの少しだけ、人類と機械の距離は近くなったのかもしれない。世界は少しだけ優しくなったのかもしれない。
それでもオレは床になりたい。




