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それでもオレは床になりたいッ!  作者: 上野衣谷
第四章「残酷な人たち」
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第19話

 けれど、オレと人間たちとの戦闘が開始されるその刹那、これまで沈黙を貫いてきたエーワンが叫んだ。


「ダイチさん! もう、大丈夫! 時間は十分稼げました!」

「……え?」


 オレが聞くよりも早く、事は起きる。突如、ガシャガシャガシャという音がシェルター内に響き渡る。その数は無数。ただひたすらなり続けるその音の正体は、壁面のカプセルが全て開き続ける音だ。カプセルが開けば、当然、中に入っているものも外へと溢れ出る。

 それは、体だった。人体だ。裸の、男女様々な人体。異様な光景に、オレも、そして、人間たちも、その動きを止める。目の前にいるのは、オレたちと同じ形をしたモノなのだ。その異常な光景に足を止められないで居られようか。きっと、この場で思考が停止しなかったのはエーワンただ一人であり、彼女の存在にゾワリと不気味なものを覚えたのは、人間たちだけでなく、オレもまた同様であった。

 どよめきの声が耳に入る。


「なんだ、あれは──!」

「クソッ、結局は真似事だ、命をなんだと思っている!」

「下劣な奴ら、こんなもの、全て破壊してしまえばいいんだっ!」

「いや────」


 全ては聞き取れなかったが、彼らの言葉から察するように、彼らの目的は、破壊だけにはないようだ。占拠して、利用したいという思惑があるのだろう。人間らしさというものがにじみ出ているように見えた。

 けれど、そんなことを考えている暇などなかった。人間たちは、兵器を操作して、オレへ向き直る。

 オレは選択しなければならなかった。エーワンは、無事、彼女の責務を果たした。破棄だ。この施設を丸々利用させないために、破棄したのだろう。もう彼女に助言を求めても仕方がないということは分かった。彼女は、ここに身を埋めるつもりなのだ。決意はできているのだろう。後は、オレ。オレ次第であり、オレしか残っていない。

 イオはもういない。

 オレは、可愛いと思ったその少女は、地面にモノとなって横たわっている。悲惨な光景であり、見ていると頭が痛くなる。不思議と涙は浮かばなかったが、怒りは留まるところを知らない。制御などできない。オレは感情の濁流に流されるがまま、人間たちと対峙する。

 先に動いたのは、人間たちだった。オレも動きたかった。しかし、体が言うことを聞かなかったのだ。体の底から湧き上がってくる不快感。その不快感は、脳を締め付け、体を縛りつけた。拒否反応だ。オレが人間を攻撃しようと決意したと同時に湧き上がった拒否反応。気持ち悪くなり、吐きそうになる。何故かと考える暇さえ与えない。

 一人が接近してくる。動きはそんなに早くない。目で追える。避けることは造作もない──はずだった。けれど、その金属製のアームはオレを見事になぎ倒し、体は吹き飛び、地面へと叩きつけられる。痛い──。なんてことをしてくれるんだ。痛い目にあうべきなのはお前らだろう。なんで、お前なんかにこんな痛い目に合わされないといけないんだ。どうせ、痛い目に合うなら、そうだ、そう、イオだとか、マツカだとか、そういった可愛い子にだなぁ……!

 そんなことを考えている暇もない。オレの着地点に素早く移動した、他のクモ兵器が、オレの腹を踏みつける。ミシ、という音がなるほどに強く踏みつけられ、内臓が飛び出てしまったのではないかという錯覚に陥る。嗚咽をもらそうにも、嗚咽さえもらさせないほどの圧力が、オレの体を襲う。


「おら! どうだ! ええ!」


 人間の声が視界の先から聞こえる。この兵器は、オレを踏みつけて身動きを取れなくしているのだ。なんてことだ、困ったものだ。どうせ、踏みつけられるのなら、イオだとか、マツカだとか、そういう可愛い子にだなぁ……。

 んん!!

 なんだ、この感情は。烈火のごとく体のうちから湧き上がる感情。これは怒りではない、そうだ、欲望だ。この胸に秘めたる思いは欲望だ。もし、これが、イオやマツカの行っていることだったとしたならば、オレはどんなに幸福に包まれていただろう。だが、現実はどうだ。オレの上に立っているのは鉄の塊じゃないか。くっそ、なんてやつらだ、こんなことを認めてなるものか。

 大体、だ。オレが相手を攻撃するといったって、それは相手がやっていることと同じじゃないか。オレが攻撃しようとして覚える不快感の正体はなんだ? オレが、実際に同じことをされている何十倍もの痛みが脳へと直接送られているとかなんとか言っていた気がするが、もし、そうだとするのならば、それはオレにとって必ずしも不快なものであるとは限らないんじゃないか? であるとすれば、オレが、不快感を覚える理由なんてどこにもないじゃないかァ! ええ!?

 オレの意識は覚醒する。オレはクモの兵器たちに敵意を向ける。同時に、人間たちへも敵意を向ける。

 先ほどまで、やつらを攻撃しようとすればすかさず襲ってきたオレ自身からの攻撃はもはや、ない。ゼロだ。全くの爽快感。そうだ、別にオレはこいつらに何かやましいことをする訳じゃない。攻撃? いいや、それだって攻撃と断言していいものかどうかは不明だ。オレが、マツカに踏みにじられれば興奮するように、こいつらももしかしたら機械に踏みにじられると興奮しているかもしれないじゃないか。勝手に相手の気持ちを推測して、それによって勝手に不快感を覚えるというのはどうにもおかしなことだったのだ!

 両手の平を床につける。全力で床を押し上げる。上に乗っかっている金属の塊は、ぐらぁ、とゆっくり動いたかと思うと、そのまま後ろへと転倒する。


「な、なんだぁ……」


 人間の声が聞こえた気がした。それは、驚きだろう。こいつは、自分たちに対して攻撃を仕掛けようとしているということまでは夢に思っていないだろう。イオを倒したこいつらは、機械生命は人間に盾つくことはできないと確信しているのだ。ああ、確かに、それは間違ってはいない。オレは盾つく気なんてあんまりないのだ。強いて言うのなら──そう、ちょっとだけ、こいつらへ快感を与えてやろうと考えているに過ぎないのさ。

 グラ、グラと若干退こうとするクモ兵器たちだったが、


「ば、ばかやろう! 何怯えてるんだ。こっちの方が圧倒的に数は勝ってるんだ! やるぞ!」


 という、後方からの声援を受けて、何とかその場に踏みとどまる人間たち。だけどな、残念、オレの圧倒的強さの前で、数の問題は些細なものなのさ。


「何、大丈夫、安心しろ。オレの前じゃ、お前らは、床だ。床みたいなものさ。感謝して欲しいくらいだね、むしろ」


 呟きながら、オレは行動を開始する。

 飛びあがる。体は物凄く軽い。先ほど受けた攻撃なんてまるでなかったかのようだ。人間たちは、おろおろと動いていたが、指揮官らしき男が陣を固めるように指示を出したのか、彼を中心に数体が円状になる。迂闊には近づけない形だ。相手は、どこに持っていたのか銃器をそれぞれ構える。


「撃てぇ! 撃てぇ!」


 声と同時に、銃弾が飛び交う。が、全然早くない。遅い。銃弾の雨は、確かに人間たちを守っていたが、オレに対しての攻撃には全くといっていいほどなりえなかった。銃弾の嵐は、このシェルターの壁面や天井、内部に散らばっている人間状のモノへと当たる。壁などに当たる分にはまるで構わないが、生物らしき体を持っているモノに銃弾が降り注がれ続け、ぶちぶちと嫌な音がするのはあまり心地が良いものではない。一刻も早くこの銃撃の嵐を止めなければならないだろう。

 もはやオレにマシンプリンシプルなどという代物はないように思われた。開放されているのである。エーワンは物陰に隠れたのか、どこにいるのか良く分からないが、今は彼女のことを心配している場合でもなかろう。

 オレが目指すべきは、目の前にいる人間を倒すこと──などでは勿論ない。そんなことはどうでもいいのだ。オレがやるべきことはこの窮地を潜り抜けることであり、さらに言えば、この窮地を潜り抜けた先にある、マツカとの対面であると言えよう。イオについて嘆いてももうどうしようもない。今見るべきは未来の自分、未来の姿。

 銃弾を潜り抜けることは造作もない事だった。そして、クモ兵器に一撃加えることも、造作もない事だった。

 一撃押し付けてバランスを崩し、他の人間たちの攻撃が繰り出されるよりも前に、兵器の足の一本を掴んで思い切り振り回す。中に乗っていた人間は投げ出され、クモの兵器は操縦者を失う。そのまま兵器を投げ飛ばし、数体巻き込んで円状の陣を完全に崩壊させる。

 こうなってしまえば、銃撃による戦闘はもう行えない。こちらは一人、相手は複数であり、さらに、オレは銃弾を躱すことができるというのだから、ここで銃撃戦でも繰り広げようものならその先に待っているのは相討ちであるからだ。ここからは非常に簡単なものだった。


「くそぉ! 人間のまねごとをする人形めっ!」

「ふざけるな、ふざけるなよぉお!」


 なんて叫び散らす人たちの言うことを一応頭に入れつつも、


「馬鹿にするなよ! オレは床になる男だ!」


 とかなんとか適当に主張を吐き出しながら戦う。当たり前だ、オレは床になる男なのだ。厳密に言えば、そう、可愛い女の子の床になりたいのだ。このオレのあまりに偉大過ぎる夢を耳にした人間たちは言葉を失い、次々オレに踏みつぶされてゆく。

 一体、また一体、クモ型兵器は行動不能に陥っていく。それらの兵器は、機械と呼ぶにはあまりにも人任せ過ぎた。その操作は全て人の手によって行われていたし、つまるところ、彼らの恐怖そのまま兵器の行動へと現れる。ほとんどが逃げ腰であり、銃撃による攻撃と違い、圧倒的な反応の早さを要求される白兵戦において、彼らはオレの敵ではなかった。ああ、本当に申し訳ない、オレが美少女または美少年であったりしたならば、彼らももっと笑顔でこの蹂躙を受け入れてくれたかもしれないというのにな、すまんな、すまんすまん。

 結果、複数を相手にした大戦闘は、クモ兵器の全滅という形に終わり、結果、人間たちはその身柄をオレによって拘束されるに至った。




 しかし、これで戦いが終わった訳ではない。

 そして、これで、オレにとっての本当の戦いが終わった訳でもない。

 オレが目指さないといけないのは、マツカのところだ。こんなところにいる場合ではない。けれど、街の中は危機的状況にあり、そこら中で防護壁やら何やらが作動しているという。この街を外部者に占拠されないための処理だとエーワンは言っていたが、オレにとって、それらの防御行動はあまりにも邪魔である。

 シェルターには、人間がぐるぐる巻きにされて拘束され、へたりこんだ金属製クモが数体グシャグシャになっている。オレはそんなよくわからない光景に目をやりつつ、エーワンに問う。


「なぁ──オレはマツカのところへ行きたいんだ」


 エーワンはしばらく考えていたが、ふぅと息を小さくついて、言った。


「あなたはどちらを選んだんですか?」


 オレは沈黙する。


「……まぁ、この光景を見れば、言わずとも分かります。それに──この街を何とかできるのは、もうあなたしかいませんから」

「それで──」

「ええ、イオのことですね?」

「なんで分かったんだ?」

「その目を見ればわかりますよ」


 オレの目線は、いつの間にか、床に投げ出されているイオの体を捉えてしまっていたらしい。エーワンは言った。


「何とかなります、いえ、何とかします。ですが」


 先を促すと、エーワンは、意を決したように言う。


「この街が何とかなったら、の話です」


 オレは頷く。そうだ、オレにしかできないことがあるんだ。いいじゃないの、やってやろうじゃないの。


「それでは──」


 エーワンは、床からデバイスを出す。通信妨害により通信できない中、何をするんだと見ていたが、彼女は懐から小さなデバイスを取り出すと、その床から出てきたデバイスと何やら通信を行った後、手元のデバイスをオレに手渡した。


「これは?」

「私の全権限を使用するためにこれを使ってください」


 託されたそれは、小さなデバイス。使い方は自然と分かった。彼女は、オレに全てを託したのだ。これは、信頼、というやつだろうか。彼女は、オレに対して信頼を寄せているのだろうか。そうであれば、オレは答えなければならないのだろうか。様々な疑問が浮かび上がりこそしたが、そのデバイスが今のオレにとって必要なものであるということは確かな事実であり、オレは意を決してそのデバイスを受け取った。

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