第18話
「今、外はどういう状況ですか!」
エーワンはオレのその問いに答えることなく、自らは破棄の為という操作を行いながら、イオにオレの問いに答えるように促す。
「え、と」
イオは、何か操作を行って、床からモニターを出現させて、それをオレに見させる。
その画面に映し出されているのは、建物内の様子であり、シェルターの扉のすぐ外の様子だ。そこには、例のクモのような兵器が何体かうじゃうじゃ固まっており、扉に向かって作業をしている様子が目に入った。いつの間にか、扉に響いていた激突音はなくなり、モニターを見ると、今行われているのは扉を溶解させるべく行われている作業に見えた。
「これは、耐えられるのか……?」
オレの疑問に、エーワンの代わりにイオが首を振る。
「耐えられない、と思います。いくら厳重な扉といっても、あのような方法を用いられて長時間破壊を行われればいつかは破られてしまう」
「ど、どれくらいの間もつんだ?」
「その情報は重要ですか? 今考えるべきは、この後、どうするか、ということじゃないですか?」
イオの言うことはもっともだ。この後、どうするべきか。彼らはここに踏み込んで何をしようというのか、何が目的なのか。その答えが何か明確に分からないにしても、おおよその方向性は簡単に検討がつく。破壊だ。今ある状態を変えようとしている。彼らは争いを求めているんだ。
モニターに映し出されているクモたちは、カサコソと動きまわって、扉を破壊するのに必死になっているように見える。その光景は、この先起こるであろう惨劇を想像すればおぞましいものであって、見ていられるものではない。
時間は迫る。
オレは考えなければならなかった。何を、どうするか。考える? 考えるといっても、何を考えればいいのだ。そもそも、オレたちは、人間相手に戦うことさえできないのだ。マツカとイオの口論の末、イオがどのような状態になっていたのかを想像すればいかにそれが無理かということが分かろう。
となれば、オレが考えるべきは何か。
そうだ、覚悟だ。
この先訪れるであろう凄惨な状況に対しての覚悟。オレの夢は敗れ去り、やっぱりオレは死ぬんだということに対する覚悟。あの時、イオを救ったあのときは、とっさのことで、覚悟する時間さえ与えられなかった。しかし、今回は違う。まだ、オレのもとに死神が訪れるにはいくらかの時間がある、あってしまう。覚悟を決めるのに十分な時間かは分からないが、あの時より沢山の時間を与えられてしまっているのだ。
いざ、そうなってくると、やっぱり怖いという気持ちが思い浮かぶ。同時に──マツカ、ああ、どうせ葬り去れるのであれば、マツカに葬り去られたかった、そんな、口に出したらイオに何と言われるか分からない欲望までも湧き上がってくるのだから面白い。
「──様! ダイチ様!」
イオの声でハッとする。ずいぶん長い時間、考えに浸ってしまっていたようだ。いかんいかん。
「状況は!?」
慌ててイオに問うと、イオは素早く扉の方を指さした。それは、無機質で白色の綺麗な扉に、赤い線が、人が入れるくらいの大きさににじみ出ている光景だ。もう時間の問題だということが一瞬で分かる。かといって、どうすることもできない。ゴクリと唾を飲み、訪れる審判をただ待つことしかできないのだ。
エーワンは相変わらず何か操作を続けていて、けれど、いつも変わらぬその表情は、幾分か歪んでいるように見える。
オレは落ち着けず、辺りを見渡す。変わらない景色かと思われたが、しかし、違う。変わっている。壁に大量にならんでいたカプセルの中が見えているのだ。目を凝らすと、カプセルの中身が見える。そして、それは、
「うわぁあ!? な、なんだよ、これ!」
壁を指さし、エーワンに問う。エーワンは、けれども、オレに答えることなく、代わりにイオが答えてくれる。
「あれは、体です。器です。まだ何も入っていない、空の器──ダイチ様、怯えることは何もありません。この街には、既に、ダイチ様のような人が何人が存在しています。人が子を産むように、私たちも子を産むのです。その手段の一つに過ぎません」
「手段、って……」
けれども、カプセルの中の全く動かないそれらは、確かに驚きこそすれ、さほど不気味でもなく、ただ大量の人形がそこに入っているだけと考えれば、まぁ、受け入れられよう。
つまるところ、この部屋は、オレのような存在をつくるための部屋なのだ。いや、そもそも、この施設こそが、そういう役割を持っているのだろう。明かされた真実は、けれども、特段受け入れがたいことではなく、オレの頭はすぐにその事実を容認する。
心が落ち着きを取り戻すか取り戻さないかのところで、この空間に侵入音がなる。シェルターの扉は見事に破られ、扉が地面に倒れて鈍い金属音がシェルター内に響き渡る。一瞬の静けさ、そして、ガシャガシャという金属音。それは、人間たちがこの空間へと入り込んでくる音であり、クモのような兵器を身につけた人々が雪崩のように入り込んでくる。
何本もある足やら腕やらは、すべてを踏みにじるが如く床を叩く。その動きは素早いものであるが、前進の速度は意外にも早くない。
「────してきて」
エーワンがボソリと何か呟いた。それは、オレに向けてではなく、イオに向けてだ。イオは、しかし、ガシャガシャとうるさい音が鳴り響くせいで、その言葉が聞き取れなかったようで、
「え、何ですか! エーワン様!」
と聞き返す。そうしている間にも、人間たちは迫ってくる。その表情は、クモのような兵器に阻まれて今一見ることができないが、彼らは、何も話すことなく、ただただ、シェルターの中央、即ち、オレやエーワンがいるこの場所へ目がけて迫ってきていた。そこに交渉の余地があるとはとても思えなかった。彼らは、オレたちと交渉することなんてまるで考えていないように見えた。マツカの時とはまるで違う、入り込む余地のない明確な敵。そこに感情があると考えることさえ難しく、オレは、オレたちこそが人間であって、こいつらは皆機械なんじゃないかとさえ感じられた。冷たい足音をけたたましく響かせて、奴らは迫ってくる。
「時間稼ぎをしてきなさい!」
エーワンは、イオに向かって確かにそう言った。
何を言っているんだ、とオレは自分の耳を疑う。そんなことができるわけがない。相手は生身の人間でさえないのだ。そもそも、イオが人間に攻撃できないのはオレも直接目にしたのである。相手が生身の人間であったとしたならば、まだ、交渉を試みるだとか、そういったアプローチが可能であっただろう。しかし、相手は兵士だ。それも、重厚な兵器を身にまとっている。きっと、その兵器は、戦争のために開発されたものなのだろう。もしかしたら、かつて、機械を駆逐するために開発されたものなのかもしれない。そんな兵器に対して、イオが何をできるというか。何もできる訳がない。いくらエーワンが命じたとはいえ、あまりにも危険過ぎるし、あまりにも無謀過ぎる。時間を稼ぐといったって、何をどうやって稼ぐというのか。一秒稼げたら御の字といってもいいくらいだろう。
けれど、イオは、戸惑いながらもエーワンの言葉をそのまま受け止め、実行に移す。
「お、おい、待て、危ないだろ」
というオレの制止に、少しだけ悲しい顔を向けながらも、全く歩みを止めることなく、彼女は迫ってくる兵器たちに向けて歩いていく。後ろ姿は相変わらず天使のようにかわいかったが、その先にあるのは天国ではない。地獄なのだ。
イオの歩みがようやく止まったのは、多数のクモ型兵器の前の前に達した時だった。
人間たちは、少女を前に、踏みとどまった。そこには、恐れが見えた。この少女は一体何をしてくるのかという恐れだろう。オレから見ても、その様子はよくわかった。彼らは、結局のところ、恐れているのだ。機械たちは自分たちを攻撃できないということは勿論知っているのだろうが、それでも、もしかしたら、という恐れを抱いているに違いない。
しかし、それこそは、人間にとって、イオを攻撃する圧倒的な理由になりえたのである。
イオが叫ぶ。
「止まってください! これ以上争っても何も起きない。イオたちは、あなたたちに危害を加えることはしな──」
けれども、その言葉が言い終わるよりも前に、イオの華奢な体は横へと薙ぎ払われた。兵器の腕の一つが、イオに対して攻撃を仕掛けたのだ。腕はイオにぶつかると、イオの体を軽々宙へ浮かせて、イオはそれに対して何らアクションを取ることもできず、その体を床へと叩きつけられる。
「イオ!!」
オレは思わず叫ぶ。こんな一大事だというのに、エーワンは相変わらず作業を続行している。もはや彼女を何とかできるのはオレしかいないのだ。しかし、だけれども……!
イオを見る。彼女の体はピクリピクリと震え、呻き声が聞こえる。その素肌は、破れていた。中から何かしらの液体が漏れ出ているように見える。それは、つまり、イオの体が死に近づいているということを意味する。オレの足は自然と動く。イオの元へと駆け寄ると、同時に、人間たちはオレとイオを取り囲む。一定の距離を取っているのは、やはり、オレやイオの行動を警戒してのことだろう。
「大丈夫か、おい!」
「はい、まだ、大丈夫です」
イオは立ち上がる。
「ダイチ様、大丈夫」
何も大丈夫なんかじゃないのに、イオは、また、人間たちに向き合った。クモみたいな兵器の間からチラリと見られる人間たちの表情は、どれも淡白でまるでロボットと向き合っているように思えた。
「待ってください、これ以上争っても何も──」
イオの言葉は再び最後まで発せられることなく、今度は一体の兵器がイオに覆いかぶさるようにして、体の上に乗る。
「痛っ!」
イオの悲痛な叫び声などまるで耳に入っていないのか。兵器はイオの四肢をその多数の腕で封じ込める。
「お、おいっ!」
駆け寄ろうとするオレの動きを、他の人間たちが止めに入る。彼らはまだオレには手を出してこない。警戒しているのだろう。しかし、そうしている間に起こる凄惨な出来事。
「────までだ!」
多分、ここまでだ、と言ったのだろう。イオの上に覆いかぶさっている兵器に乗っている人間の声だ。バキバキ、という何かを破壊したような音がなる。それは、金属と金属の接着が無理矢理にはぎ取られた音だ。
俺の視界に飛び込むのは、イオの姿。いや──イオ、だったモノの姿。
その体にまだイオはいるのだろうか? 彼女の顔は、彼女の目線は真っ白な天井を捉え、他にないも捉えていない。何個かになった金属片は、イオの死を意味しているに違いない。イオはもう動いていなかった。声を出すこともなく、イオの命は奪われたのである。
「やった、やったぞ!」
「なんだ、なんてことないじゃないか!」
そんな声が人間たちから聞こえているが、オレの脳はそれらの言葉を遠い場所で発せられているものとしてしかとらえることができず、ただ、目の前で起きた出来事を理解するのに必死だった。
イオは──殺された。イオの命は奪われたのだ。この場に残っている金属片は、確かに人の形をしているものだったが、そこにもはや魂は宿っていない。死んだのだ、イオは死んだ。生物にとっての死がどうだとか、機械生命にとっての死は何なのかとか、そういったことを議論する余地などどこにもない。目の前で起きた出来事は、オレにとって確かにイオの死であって、目の前の兵器たちは、イオを殺したのである。
確かに、イオとの付き合いはさほど長い訳でもなかった。何十年も同じ時を過ごした間柄でもない。けれども、ただ、一方的に、圧倒的な敵意をもって、一方的に、破壊されるというその光景を見て、怒りを覚えない人がいるだろうか? オレには無理だ。オレに今湧き上がっているこの黒い思いはきっと怒りと呼ばれるべき感情なのだ。そして、その感情をぶつけるべきは、今、目の前にいるクモのような兵器を身にまとった人間たちなのだ。
オレは静かに戦う決意をする。
オレたちは人間に攻撃できない? そうか、そうかもしれない。それは真実に思える。けれども、だ。だからといって、じゃあ、オレはこのままミスミス殺されればいいのか? 抱いた怒りをどこへぶつけることもなく、ただ目の前に迫る無慈悲な真実を、真実だから受け入れます、と笑顔で受け入れればいいっていうのか?
いいや、違う。少なくとも、オレにとっては違うのだ。
だったらどうする? 簡単だ、抗えばいい。ふふ、だってさ、最初から服従しているっていうのも、なんか、つまらないじゃないか、なぁ。オレはオレにそう言い聞かせ、イオを倒して続いてオレを駆逐せんとする兵器たちに向き合った。人間たちは、不敵な笑みでオレを見る。




