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それでもオレは床になりたいッ!  作者: 上野衣谷
第三章「毛皮を着た──」
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第12話

 マツカ。彼女について、オレからしたら驚くべき情報としては、彼女は、この街の外部から来たということであった。即ち、この街の外には確かに世界は存在するということが明示された訳である。情報としては知っていたが、新たな事実として、その外の何者かが、この街に危害を加えようとしているということは初めて知った訳なのだから、驚き以外の何物でもなかろう。いつの世にも争いは存在するといったところか。機械と人間の戦いという話は以前聞いた訳であるが、人間同士が戦うというのは何とも皮肉なことである。

 これらの騒動において、オレにはいくつかの明確な疑問が生じていた。一つ、この街は一体何から狙われいてるのか。二つ、マツカとは誰か。そして、三つ目。オレは、何者なのか。この三つめの疑問については、大いに考えなければならないことだろう。その日の夜、オレは鏡に一人で向き合った。そこには、オレがいた。これは紛れもない下沢大地という男であり、例え、その記憶が仮想シミュレーションから抜き出されたものであったとしても──


「……オレは、オレ……」


 ──そのはずだ。

 何物かもはっきりしないグルグルとした感情が頭の中を駆け巡り、言いようのない気持ち悪さ、嘔吐感とも、陰鬱とも違う、ただ漠然とした焦りのようなもやのような感情がオレの胸に渦巻く。思考の停止、その数秒後に巡ってくるのは、すぐさっきの出来事。連鎖的に、マツカが頭に浮かぶ。彼女は何者なのか。彼女のあの鋭い馬鹿にしたような目つき、過剰ともいえる余裕──一言で言えば、彼女は、強いのだ。形容しがたい強さをもった女の子。さっきまで抱いていた気持ち悪さといった漠然とした感情はいつの間にか消え去る。それほどまでに、オレにとって、マツカという少女は魅力的に思えた訳である。精神安定とは、即ち、性である。

 ……おっと、待ってくれ、誤解しないでいただきたい。これは決して、オレが性欲に貪欲であるということではないんだ! これは、何と言うか、床! 床的パワーなんだ。床の力、床力……床……。




 それから日をまたぎ、今、オレは、再びエーワンの薄暗い部屋へと呼び出されていた。昨日もこんなことがあったよなぁ、なんて思いつつ、オレは再びエーワンの前へ着席している訳だ。

 彼女は相変わらず至極落ち着いた様子を醸し出していた。まるでこの世界の何もかもが分かっているかのような雰囲気は、ミステリアスと表現するのがよかろう。オレのタイプかと聞かれたら彼女には悪いかもしれないが、オレのタイプには当てはまらない。しかし、世が世なら彼女はきっと世間に騒がれるほどの人物になっていたに違いない。しかし、ネットワークが死滅してしまっているらしい今の世においては、彼女が世間に騒がれることはない。そもそも、世間というものの存在さえ怪しいこの世界においては、騒がれようがないのである。

 今、エーワンを視界に収めているのは、間違いなくオレ一人であり、これは、よくよく考えれば、ひどく贅沢なことなのかもしれない、なんてほんわかのんびりした馬鹿みたいなことを考えていると、エーワンが口を開く。


「まずは、昨日の一件、本当にご苦労様でした」


 目は笑っていたが、その話し方は深刻そうであった。オレは小さく頷き、先を促す。


「気になっているであろうことからお話ししますね。まずは、彼女が言っていたこと。あれは本当です」

「言っていたことっていうと、この街がぶっ飛ぶとか、何とか、そういうことか?」


 エーワンは肯定の頷きをする。


「するってぇと、何か? 何をやらかそうとしてたんだ、あいつは。それに、この街が攻撃されるって、誰が、一体、なんでだよ。大体、ぶっ飛ばすっていったって、色々な技術が衰退してるこの世界でそんなこと可能なのか? 軍隊でも攻め込んでくるってのか? 機械を人間が攻撃するっていうなら話は分かる。けど、今、人間同士が争って何になるっていうんだ?」


 エーワンは少し困った顔をする。そんなにたくさんのことをいっぺんに話すのは難しいですねぇ、と前置きし、続けた。


「彼女が使用しようとしていたのは、ミサイルです。分かりますよね?」

「ミサイル……ね」


 そこで一つの疑問が生じる。


「待ってくれ、でも、ミサイルったって、どうやって誘導するんだ? ネットワークが使えないんだろ? そんなことできるのか?」

「ええ、それはですね、彼女自身が受信機になるんです。目印になるんです。彼女という目標に向かって撃つんですよ」


 オレは絶句する。つまるところ、彼女は命をかけているということであるからだ。


「……はぁ、そりゃ、また、大層なことで……」


 マツカの肝っ玉のでかさは相当なものだと見えた。


「えと、それでですね、彼女の目的は──彼女の言った通り、私たちの殲滅、この街の殲滅、ですね」

「なんでまた?」


 当然の疑問である。エーワンも、当然それに対する答えを用意していたようで、すぐに返答する。


「それは、彼女にとって、いえ、彼女たちにとって、私たちが都合の悪い存在だから、ですね。もう少し詳しく言うと、彼女たちは、私たちとは違う存在です。そして、彼女たちは、彼女たちのグループに属さないものを淘汰しようと考えている。一言でいくつか表現しましょうか。異物を排除しようとしている、テリトリーを確保しようとしている、気に入らない、異質なものが怖い、分からないものはなくしたい」

「うーん、そういうもんか?」


 要するに、この街とは別のところで形成されている集団が、この街を攻撃しようとしているということだろう。詳しい背景は分からないにせよ、ごくごく一般的なことを回りくどく言われたように感じる。オレが知りたいのはそこじゃないんだ。煮え切らない表情をしているであろうオレを見て、エーワンは、不思議そうな顔をする。


「納得、できませんか?」

「当たり前だろ? オレが知りたいのは理由だよ。なんでオレたちが攻撃される必要があるんだ、ってことだよ。この街は誰に迷惑をかけてるって訳でもないんだろ? この街はこの街で完結していて、別にどこかに何かをしてる訳じゃ、ないんだろ?」


 その疑問に、エーワンは首を縦に振る。


「その通りです。この街は、この街だけで自己完結した存在です」

「だから、分からないんだよ。それだったら、放っておいてくれたらいいじゃないか? この街を侵略したいってならまだ話は分かるが……」


 侵略とは、制圧である。制圧し、搾取するというのならば、正義があるかないかは置いといて、話は分かるのだ。しかし、ミサイルで攻撃して一網打尽にしてしまうというのはあまりにも無意味に思えるのである。


「ええ、その通りですね」

「その通り、ってなぁ……」


 エーワンのあっけない返答に拍子抜けする。


「ええ、その通り、なんです。それ以上、何もありませんよ。やめてといってもやめてくれないんです。上の人も困ってます」


 そうか、そういうもんか、大変なもんだ……。


「それで、ですね」


 エーワンが姿勢を改める。オレの目を真剣に見つめるものだから、オレも姿勢を正さざるを得ない。彼女は要求しているのである、オレに姿勢を正せと! ビシッ! オレが姿勢を正したのを確認すると、エーワンはむむ、と顔を詰めて口を開く。


「大切なお話しがあります!」


 いやいや、これまでの話は大切じゃなかったんかーい、と言いたくなるが、ぐっと言葉を飲み込みその先を待つ。


「あなたに、この街の運命を託します」


 流れる沈黙。


「…………はい?」


 飛び出る疑問符。

 そして、思い出す。この女、そう言えば、昨日の朝もオレが世界を救うとかなんとか言ってたなということを。もしかして、この人は頭がちょっと正常に働いてないのかもしれない。きっと、オレという存在を何かと勘違いしているのである。オレはオレである。オレは床になりたくてなりたくて仕方がない男なのである。そんなオレ、言い換えれば、床男に向かって何を言うというのだこの女は。そんな目でエーワンを見ていると、エーワンはオレの床男としての気持ちなど関係なしに話し始めた。


「それにあたって、今日、これから、しばらくの間、マツカさんとデートをしてもらいますっ!」

「…………は?」


 もう、これは、は? である。はい? などという生易しい聞き返しでは決してこのオレの壮絶なる疑問の気持ちを表現できないのである。は? という威圧的な聞き返しをもってしても、まだ、オレの強い強い疑問の気持ちを表現するには程遠いかもしれない。しかし、オレはそれ以上の威圧的な言葉を持っていないのであるからして、この場において、このエーワンという訳の分からない常人には理解不能なことを言っている女に対して抗議の念を送りつけるには、は? が精一杯だったのである。

 オレの強い念はどうやらエーワンに伝わってくれたらしく、エーワンは、コホンと可愛く咳ばらいをして、続きまして、事情を話し始める。なんてヤツだ、冷静な女だぜ、全くもう。

 曰く──彼女は今すぐにでもこの場所を破壊してもいいと思っている、ということを、この街の上の人に伝えたらしい。


「んで、さっきからちょいちょい出てくるけど、上の人って、何よ」


 というオレの疑問には、


「上の人は上の人ですよ。分かりませんか? 上の人って意味。偉い人です。この街のお偉いさんです。いつの世にもお偉いさんはいるのです。平等な世の中と誰もが口にする世の中であっても、立場の違いというのは必ず存在するのです。それは平等という概念とはまた別の概念なんです。分かりましたか? 分かりましたね」


 という押さえつけるような長文にて解決を要求される。

 エーワンの話は勿論続く。


「だけど、彼女は一つの条件を出しました。それは、彼女がこの街を残してもいいと思ったら、この街を残す、ということだそうです。本来ならこの交渉や案内にはそれ相応に知識を持った人があたるべきです──が、それができない事情がありまして……」

「事情?」

「はい、マツカさんが、その交渉相手、案内相手として、ダイチさん、あなたを指名したからです」

「あー、へぇー……そっか」


 これは、決して、驚いていない故のリアクションではない。驚いている。驚いているのであるが、しかし、何と言うか、オレである意味が分からなかったのである。

 しかし、エーワンはそんなことを悟ってくれるわけもなく、さらに追い打ちをかける。


「いいですか、ダイチさん! これは明確な目標ですよ。何をすれば彼女が満足するのかは分かりません……が! ダイチさん! あなたなら必ずできるはずです、できるできる、絶対できるっ!」

「え、なにそれこわっ!」

「さ、という訳でですね──イオ、入ってきて」


 エーワンがドアに向かって声をかけると、ドアが開いてイオが入室してくる。準備がよろしいようで……。


「イオ、任せましたよ」

「はい、エーワン様」


 オレはイオに案内され、マツカの待っているところへ連れていかれることになってしまったのである。なんとも恐ろしいことである。こんなことが許されていいはずがないのである。しかし、オレの嘆きなどどこ吹く風なのである。ピュー。

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