ヴァンク編2「形だけの戦場」
翌朝、別行動していたヘンリー達から支援要請があったとの連絡を受けて俺達は早々にキャンプを畳んで出発した。昨夜にゆっくり休んでおいたからか、体は問題なく動く。それは他の兵士も同様のようで、皆気合い十分そうだった。
「支援要請・・・基本的にそういうのは無しだって言ったはずだけどな?」
「仕方ないわ、ヘイザー」
「それほどの何かがあったんだよ、ヘイザー」
歩きながらぼやくヘイザーを窘める2人。もはや行軍中の名物にすらなっている。
先日、合流してからすぐに別行動している魔王の名前と簡単な決め事(基本的に支援要請の類は無し)を教えてもらったが、正直言って支援要請なんか必要ないだろうと思わせるメンバーだった。
『冥』の魔王ヘンリー、『鎧』の魔王ポリア、『翁』の魔王ウィゼル、『欲』の魔王グラティジア。一人一人では本気のサンディには及ばないとしても、皆で一斉にかかれば倒せない敵など存在しないと思わせるほどの実力の持ち主だ。
(それが支援要請・・・魔王から脱落者が出たか、それとも敵が恐ろしい強さなのか・・・)
そんな不穏な事を考えてしまうぐらいには、その支援要請は不安要素で溢れていた。
(・・・まあ、今はよそう。向こうについて、要請に応えてからでも良い。)
『・・・正面、街があるでしょ?あれ、全部怪物だから、気を付けて・・・』
しばらく歩くとスカイラからそう連絡があった。彼女の言う通り、まるで街一つと見紛うほどに擬態した多種類の怪物の群れがあった。細部をよく見ないとそれらが怪物だとは分からない。
「・・・すげーな、言われなかったら気づかず食われちまう・・・」
ヘイザーが苦い声をあげながらそちらに手のひらを向けた。他の者も次々に武器を構えて接近していく。
「・・・・・・総員、突撃!」
俺の合図と共に怪物との交戦が始まった。
今度の怪物はあまりにも数が多く、また連携も取れていた。民家のような姿の怪物は口になった扉から家財道具型の怪物を放出し、街灯の形をした怪物は兵士が集まったところを容赦なく焼き払っていく。複数の民家が連なった蛇のような怪物は兵士を次々に食い千切っていき、しまいには道と思っていたものすら怪物となって俺達を襲撃してきた。
「なんだよこれ!?ふざけんな、多過ぎるって!」
「ええ、あまりにも多過ぎるわ。」
「うん、あまりにも多過ぎるね。」
ヘイザーも苛立ちを含んだ声をあげ、薄い黄色がかった蒸気を噴き出して着火する。辺りは爆炎に包まれ、彼の周りにいた怪物が軒並み吹き飛んでいった。
アイは剣を携えた騎士、ツヴァは銃で武装した兵士の姿になって敵を駆逐していく。この2人は姿をある程度自由に変えられるので、ある程度戦況が変わろうと柔軟に対応出来るのが強みだ。
俺も負けてはいられない。尻尾で指先をわずかに切り、そこから体内の血を溢れさせて剣を形作る。それを振るい、近づいてくる怪物を次々輪切りにしていく。血を飲みたいのは山々だが、怪物の血なんて美味いのかどうかも分からないしそもそもこいつらにまともな血があるのかどうかも分からない。下手に飲んで猛毒や強酸性だったりした日には二度と血を飲めなくなりそうだ。
そうこうしているうちにも互いの数は減っていき、怪物が全て倒れ臥す頃には俺達魔王を除いて数人しか生き残っていなかった。
「・・・はあっ、はあっ・・・」
能力の都合上、俺は血を大量に使う事が多い。今回もその例に漏れず大量の血を使ってしまった。普段なら相手から血を吸って補給するのだが、今回は不用意に吸う訳にいかない。
「・・・・・・背に腹は変えられないか・・・」
しばらく躊躇してから、俺は近くに転がっていた怪物の死体に噛み付いた。そのまま血を吸うと、泥のような味の血が口に入ってくる。そのあまりの不味さに、俺は思わず吸いかけた血を吐き出した。
「うぇっ、お"え"・・・っ・・・」
こんなのを飲むぐらいなら家畜の血を吸った方が幾分かマシかもしれない。そう思いながら、俺は懐から取り出した輸血パックにストローを突き刺して飲み始めた。
血を残らず飲み干すと、飲み終わるのを待っていたのか他の奴らも立ち上がった。
『・・・だいぶ、減っちゃったね・・・』
「仕方ないわ、スカイラ」
「戦争はそういうものだよ、スカイラ」
悲しそうに呟くスカイラ。きっとその言葉は、俺達の状況だけでなく魔界全体の状況も指しているのだろう。そう思うと何だか虚しくなってきた。
俺達がこのままサンディをぶっ飛ばして、その後魔界はどうなるのか。もしかすると、今こうしている間にヴラーは襲撃を受けているのではないか。そういった黒い思考が頭の中をぐるぐると渦巻いていく。そんな俺を見かねたのか、ヘイザーが俺の頭を思い切り叩いた。
「お前らしくないな、ヴァンク。お前は、いつもみたいにキザったらしい事ばっかり言ってれば良いんだよ。」
「・・・何だよ、それ・・・そんなにキザったらしい事言ってないぞ?」
「いいや、言ってる。というか乙女とか言うんならもっとそれらしくしろよ、ただのイケメンにしか見えないぞ?」
「それは褒めてるのか、それとも貶してるのか・・・?」
相変わらず調子に乗った事ばかり言う奴だが、こんな時にはそれが救いになる。幾分か元気を取り戻した俺を見て、ヘイザー達はスカイラの案内の元に再び歩き出した。
そこから先は森の中を行軍していった。障害物が多く、否応無しに辺りに意識を向け続けなければならない。
長い間歩き続けていると、またスカイラからの連絡があった。しかし今までとは違い、声が緊張で張り詰めている。
『・・・500mぐらい先。巨大な魔力反応がある・・・!』
俺にはそれが何だか察しがついた。他の奴らも分かったのか、一様に固い表情を浮かべている。
慎重に歩みを進めて行くと、ふと森が途切れて広々とした場所に出た。そこにはかつて都市があったのか、ボロボロに風化した廃墟が存在していた。そこに魔力反応の正体があった。巨大な鎧とスーツ姿の老紳士、黒いローブを纏った死神や無数の頭と腕を持つ怪物を相手にして一歩も引かない存在。髪が骨のように白くなっているが、見紛う筈は無かった。
禍々しいオーラを纏ったサンディが、そこには居た。