ヴァンク編その1「よく当たる」
読むに先駆けて軽いキャラ紹介。
ヴァンク・D・キュラーズ
性別:女
ヴラー連合の国王にして『血』の魔王、そしてヴァンパイア一族の長。自らの血を操る「鮮血操作」を駆使して敵を駆逐する男勝りな少女。サンディとは旧知の仲で、彼が魔王になりたての頃からの知り合い。
ヘイザー
性別:男
スティギア帝国の王にして『霧』の魔王。掌や身体中に空いた穴から煙や蒸気などを噴き出して戦う。常にガスマスクを着けており、テンションもチャラいため半ば不審者。
その日はやけに忙しい日だった。何故かって、サンディが暴走したとかいう話が舞い込んできたからだ。見境なく強者を殺戮して回る程度なら別にいい。問題は、「世界を終わらせようとしている」って事だ。
「あー・・・、ったく・・・あいつ馬鹿か?」
俺は気晴らしに城の上空を旋回しなからため息をついた。いくら旧知の仲とはいえ、流石にそれは看過出来ない。
「はぁ・・・まぁ、実害が出る前に止めるっきゃないか・・・」
ひときわ大きなため息をつき、俺はある地点を目指して飛行を始めた。
「よぉカストラ、相変わらずしけた所に居るな!」
着いたところは山奥の秘境、そこに立つ小さな掘っ建て小屋。そこに住む知り合いを訪ねに来たのだ。
「あんたこそ変わらず喧しいねぇ。少しは落ち着きってもんを覚えたらどうだい?」
この今にも死にそうな老婆がカストラ。こいつの占いはよく当たると評判だが、こんな辺鄙な場所にいるので来るのに時間がかかる。だから俺が定期的に訪れて纏めて占ってもらうのだが・・・
「それで、今日は何の用だい?」
「分かってるだろ、呪いだ呪い。あいつだ、サンディを盛大に呪ってやれ。」
そう、こいつにはもう一つの特技がある。それは呪いをかける事だ。タンスの角に小指をぶつけやすくする呪いから死に至る呪いまで、何だってかける事が出来る。勿論、相手に呪いへの耐性が無ければの話だが。
「はいはい、相変わらず容赦ないねぇ。で、どうする?どんな呪いがいい?」
そこで俺はしばらく考え込んだ。暴走を止められ、なおかつ後遺症が残りにくい呪い・・・。
「あ、じゃあ『怒れる化木人』で!」
怒れる化木人とは、呪いの対象の体を木に変えて動きを制限する呪いだ。心臓などを木に変えてしまうと勿論死ぬが、この老婆はそんな失態を犯したりはしない。わざと重要な器官を木に変える使い方もあるらしいが、今回はそこまでしなくてもいいと言ってある。
「はいはい。・・・そうだ、何か指標になる物はあるかい?彼の持ってた物とか、体の一部とか・・・」
「んー・・・あ、血なら持ってるぜ!」
首から下げた小瓶を外し、老婆に渡す。あいつが暴走した時とかにこっそり採取している血で、落ち込んだりした時にちょっぴり飲むと元気が出る。ヤンデレとか言うな。
「あい分かった。・・・・・・・・・」
血の入った小瓶を机に置き、何やら念じ始めた。その様子をぼーっと見ながら、俺は次サンディに会った時になんてバカにしてやろうか考えていた。
しばらくして、老婆の口から一言だけ言葉が発せられた。
「こりゃ無理だ、呪いが通用しないね。」
「・・・通用しない?何だそれ、おかしくないか?」
「ああ、おかしいねぇ。今までこんな事無かったんだが・・・」
通用しないというのはつまり、呪いが効果を発揮出来ていないという事だ。身代わり人形なんかを使えば対象は外らせるが、それでも通用しないなんて事は無い。
「・・・こりゃ厄介なことになるかもしれないねぇ。アンタ、ちょっと見て来な。」
「俺をパシりに使うな!」
王に対してこの態度、というのはもはや今更が過ぎる。知り合った当時からこんななのだ、今更言って変わるものでもない。仕方ないので軽く運勢を占ってもらってから掘っ建て小屋を後にした。
「・・・・・・こりゃ、確実に面倒なことになるなー・・・・・・」
飛翔しながら俺は1人呟いた。運勢は「大凶、慎重に行動しないと取り返しが付かなくなる」。俺は今後の展開を予感して暗澹とした気分になった。
城に着いて数分後、国境から緊急の伝令が到着した。何やら隣国のアリウスで緊急事態が発生したとの事だ。
伝令の内容を聞いていると、段々と腹が立って来た。いくら魔王とはいえ、真っ先に自分の国を滅ぼす奴があるか。
「・・・あんの馬鹿、いっぺんしばき倒してやる・・・!」
しかしその一方で、旧知の仲として心配する気持ちもある。普段は魔王とは思えないぐらいヘタレの彼が自国の国民を虐殺するほど変貌してしまうとは、流石に放っては置けない。
とはいえ、俺も一国の王兼種族の長だ。安易な判断に身を任せてしまえば部下達の命を危険に晒してしまう事になる。それだけは何としても避けたい。
「・・・・・・んー、どうするかな・・・?」
しばらく悩んだ末、俺は部下に3日後に出撃出来るよう用意をしておく旨を告げた。
さて、俺も用意をしよう。万全の状態であいつをしばき倒せるように。
3日後、俺は部下を引き連れて城の前に立っていた。部下は選りすぐりの精鋭50名。この国で最も戦闘能力の高い集団だ。
「総員に告げる!これより、アリウスで発生、魔界全域に拡散している異常事態の鎮圧作戦『オペレーション・シューティングスター』を開始する!」
この3日間で事態は大きく急変していた。アリウスの首都エリマで発生した怪物達は急速に数を増やし、魔界全域へと拡散して行ったのだ。それも怪物の一体一体がかなり強く、通常の兵士に支給されている装備では撃破すら難しいほど。ヴラーで用意を進めている間に他国からも連絡があり、各国家から精鋭部隊を用意して一斉に鎮圧を図る作戦が計画された。普段からいがみ合ってる国も結束したのは俺にとっては驚きだったが。
俺がそう告げたのを合図に、50人の精鋭は俺に続いて一斉に飛び立って行った。
その後の作戦は、想定したよりも上手く進行して行った。
アリウスはほぼ壊滅状態だったが、発見した僅かな生存者達を無事保護する事が出来たし、怪物達の性能は聞いていた通りだったが複数人で相手をすれば難なく撃破する事が可能だった。またアリウスで他国との部隊と合流する事も出来た。
「よぉヴァンク、久しぶりだな!」
辺りの惨状を見渡していると、スティギア帝国の王であるヘイザーに肩を叩かれた。見れば、彼だけでなく複数の魔王がいるのが見えた。
「ああ、この前の群覧会以来だな。・・・この惨状、あいつが引き起こしたんだってな?」
軽く挨拶を済ませてから本題に入る。これからの目標だけでなく、色々と情報交換がしたかった。
「どうやら、そうみたいだなー・・・」
普段ならおちゃらけるヘイザーも今日だけは真剣にならざるを得ないようだ。当然といえば当然だろう、自国を容赦なく滅ぼす存在が他国を攻めるのに躊躇する筈がないからだ。それはすなわち、これを放置して置けば俺達の国も危ういという事になる。
「なかなか厄介だね、アイ」
「そうね、ツヴァ」
ゲームのアバター素体のような2人組の魔王も歩いてくる。相変わらずべったりだな、この2人・・・。
『ざっと一帯を見ただけでも何千体といるし・・・複数で囲めば倒せるとはいえ、流石に時間かかりそうだね・・・』
衛星軌道上ストーカーことスカイラも上空で憂鬱そうに呟いている。
「あ、そういや他の魔王はどこ行ったんだ?サボりか?」
「別行動しているよ、ヘイザー」
「複数に別れた方が得策らしいわ、ヘイザー」
いつまでも愚痴っていても始まらないので、とりあえず動く事にした。スカイラのナビゲートを頼りに怪物のいる場所へと向かう。俺の部隊は上空を飛行し、地上はヘイザーとアイ、ツヴァに任せる事にした。
『その先に怪物の群れがいるよ、戦闘準備して!』
国境を越えたと思われた頃、スカイラから連絡があった。しかしそこには死体が山のように転がっている町しかない。
「何処に敵がいるのかしら、スカイラ?」
「僕らには見えないよ、スカイラ?」
しかし町に入るとその正体が分かった。転がっていた死体、それらがありえない角度で立ち上がった。地上部隊に動揺が走る。
「落ち着け、ただの死体だ!囲んで叩けばなんてことはない!」
そんな中ヘイザーは冷静に指示を飛ばし、的確に死体に蒸気や煙を浴びせていく。それらには特殊な何かが含まれているのか、浴びせられた死体は次々に凍りついたり炎上したりしていく。俺も負けられないと翼を広げて地上に急降下していった。
民家の中にも怪物は潜んでいたのか、次から次へと怪物は襲ってくる。いつしか町中で大混戦が始まっていた。
『ヴァンク、後ろに気をつけて!』
スカイラから連絡が来た直後、背後から轟音が鳴り響いた。思わず振り向くと、天から何かが降って来たかのような大穴が開いていた。
「・・・スカイラ、出来ればもうちょっと早く言ってな?」
俺は苦笑しながらそう伝えた。
その戦闘は思ったよりも激しいもので、こちら側からも十数名の死傷者が出た。俺達は死者を埋葬した後、再び怪物を掃討するために歩みを進めた。
その後も何度か戦闘を繰り返し、日が沈んだ所で歩みを止めてキャンプを設置して翌日に備える事にした。
キャンプで簡単な夕食を取りながら、俺は思案していた。
(あまりにも、上手く行き過ぎていないか?)
いくらアリウスが王を失ったとはいえ、アリウスにも巨大な軍はあったはずだ。それらがほとんど機能せずに壊滅したのに、精鋭とはいえ高々200名ほどの俺達がこんなにサクサクと掃討を進めている事にそこはかとない違和感と不安を感じる。
その事をヘイザー達に伝えると、一笑に付された。
「それは流石に気にし過ぎだ。上手くいってるんだ、喜ばしい事じゃないか!」
「少し気が張り過ぎているのかな、ヴァンク」
「早めに休んだ方がいいわ、ヴァンク」
「・・・そうかなぁ・・・?」
やはり考え過ぎか。そう思い、俺は一旦寝る事にした。布団なんか無いので、近くの木にぶら下がって目を閉じる。そういえば今日はサンディに会わなかったな、そんな事を考えながら俺の思考は闇に溶けていった。