ティル編その3「悪い夢」
次に目が覚めた時、辺りは血の匂いで溢れかえっていた。すでに日は昇っていたが、生憎の曇り空のせいでどれぐらい眠っていたのか分からない。貧血なのか寝不足なのか、ぼんやりしている頭を振ってゆらゆらと立ち上がった。
「・・・きょう、は・・・」
城の方を見ると、半分ほど崩壊していて何が何だか分からなかった。あの様子じゃスクラさんやコルトさんも無事じゃないだろうな、なんて考えたりした。
(・・・昨日から、チョコ一枚しか食べてない・・・)
眠ったにも関わらず、体力が回復している気配はない。無意識に発動している能力すら制御できないほどに疲弊しているという事か。
とにかく、何か食べたかった。残っていたチョコ半分を口に押し込むも、まだ足りない。体がもっとエネルギーを寄越せと叫んでいる。
「・・・・・・あ・・・・・・」
ふらふらと彷徨っていると、焼死体が転がっているのが目に入った。・・・焼死体。焼けた、死体。焼けた、肉・・・・・・
お い し そ う 。
たまらず死体の腕にかぶりついた。ついさっき焼けたばかりなのか表面は黒く焦げていたが、肉にはよく火が通っていた。生前はよく運動していたのだろう、肉は引き締まっていて食べ応えがあった。筋は硬くて噛み切るのに時間がかかったが、それもそれでまた美味だった。続いて死体の頭をもぎ取ってからかち割り、ぐちゃぐちゃになった脳をそのまま啜った。白子やプリンのような柔らかい食感が渇いた喉を潤す。こちらは少し生暖かかったが、今は贅沢は言っていられなーーーーーー・・・・・・・・・
「・・・ぅえ、あ、げぇえぇええぇっ!!?」
自分が何をしているかにようやく気付き、私は堪えきれずその場に嘔吐した。
「ぉえ"、あ"ぁ、げほっ・・・うえ"ぇぇええぇぇ・・・・・・っ」
一度では吐き気は収まらず、胃の中が空っぽになるまで私は嘔吐を繰り返した。
(・・・わたし、ひと、たべて・・・・・・っ)
自分のした事が信じられなかった。否定したかった。でも、目の前に転がっている「脳髄まで食い散らかされた焼死体」と今しがた吐いた「胃液の中に浮かんでいる無数の肉と白子のような何か」を見れば否定なんて出来なかった。「私は、人を食べた」。その事実は、もうどうしようもなかった。
「・・・・・・あ、はは・・・・・・」
どれぐらいの間、その場にいたのだろう。私は力無く立ち上がり、ふらふらと歩き出した。行くあてなんてなかった。ただでさえ少ない体力をほとんど失ってしまい、ただ死人のように歩く事しか出来なかった。
日が沈んでも、私はただ歩き続けていた。力無く歩む足は城の方を向いていた。
(・・・あるじさまが、まってる・・・しろに、かえらなきゃ・・・)
すでに正気を失っていたのかもしれない。いや、もしかしたらこの惨劇は私の見ている夢なのかもしれない。長い、長い悪夢。起きたら部屋の天井が見え、きっと私はこう言うんだ。「・・・何だ、夢だったんですか・・・。」すぐに身支度を整えて食堂に行って、朝ご飯を食べよう。お肉・・・は気分的に無理だから、そうだ、久しぶりに麺類なんて・・・
そんな事を考えている私の視界が突然揺れ、崩れ落ちた。と同時に、右足の付け根が焼けるような感覚を覚えた。
「・・・・・・え・・・・・・?」
視線を向けると、右足が付け根から切断されていた。その先、暗い闇の中。歪な四肢を持ち、両手の先には薄く丸い何かを持っている存在がいた。
「・・・い"、あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁぁぁあぁぁ・・・!!」
傷口を意識すると途端に恐ろしい痛みが私を襲う。その悲鳴を聞き、怪物はにやりと笑ったように見えた。
「やだ、やだ・・・たすけて、あるじさま・・・っ・・・!」
痛みと恐怖と絶望と、あらゆる感情に襲われた私はもはや這いずって逃げる事しか出来なかった。
しかし瀕死の少女が片腕片足で這って逃げる速度に怪物が追いつけないはずもなく、怪物は悠々と歩みを進めてきた。それどころか、手に持った『それ』を楽しむように私に向けて投擲する。『それ』はどうやら鋭利な刃物だったらしく(片足を落とされた時点で察するべきだったが)、残った片足を一瞬にして切り落とされた。
「い、や"ぁ・・・っ・・・」
残っているのは左腕しかなく、そんな状態になってしまえば反撃も逃走もままならなかった。さらに出血も激しく、意識も朦朧とし始めていた。
怪物はそんな私の首根っこを掴み、反対の手の丸鋸を回転させて残った左腕すらも切り落とした。
「・・・あ、ぅぁ"・・・・・・」
四肢を切り落とされた今、私の頭に浮かぶのはかつての悪夢だった。研究者達に囚われ、無限にエネルギーを生成する装置として動かされていたあの頃。その時主様に助け出され、そして四肢を繋ぎ合わせてくれた。それ以来、私はあの人について行くと心に決めた。今ではもう、どうだっていい事だけど。
四肢を切り落とされた私を見て、怪物は心底愉快そうに私の首に丸鋸を押し当てた。
「・・・・・・あ・・・じ、さ・・・・・・・」
首から血が噴き出す音と丸鋸の耳障りな音に紛れ、最期に主様の声が聞こえたような気がした。