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妖精の育て方  作者: いちまるよん
第一章 火継ぎの魔女
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第八話 魔女

 魔女。


 みなさんは魔女と聞いてどのようなものを思い浮かべますか?

 三角帽子にゆったりとしたローブをまとい、黒猫を従えて箒で空を飛ぶ。そんな感じでしょうか?

 もしくは魔法少女アニメのようにまるで戦闘兵器のような戦いぶりをする姿でしょうか?

 はたまた、悪魔を崇拝し残虐で猟奇的な儀式を行い、呪詛を生業とする黒魔術師のような存在でしょうか?

 〈魔女狩り〉なんてことが史実であったくらいです。

 わたしたち魔女は畏怖された存在であったことは間違いありませんが、あれは本来の魔女とは異なる誤った認識なので、魔女の歴史についてここでお話したいと思います。


 史実の魔女は宗教の対立で生まれた存在であり、〈異端〉というレッテルを貼るために悪魔信仰をする魔女という存在を作り上げたそうです。自分たちの不正を隠匿するためや、力ある者を陥れるために利用した、というのが魔女たちの認識です。


 一四八六年に〈魔女に与える鉄槌〉という本が書かれました。

 ドミニコ会の修道士で異端審問官のハインリヒ・クラーメルが魔女に関して書いた論文がこれで、魔女がいかに恐ろしい存在であるかを社会に知らしめた書です。

 しかもそれだけではなく、「魔女を見つけるための技術」や「自白させるための効果的な拷問法」。はたまた「処刑のための教義的に正当な方法」など狂気じみた内容でした。

 そしてこの本の始めには、当時の教皇イノケンティウス八世の「限りなき願いをもって求める」という回勅が記されていました。しかしこれは書籍が作られる三年余り前に「クラーメルに異端審問の権限を与える」として発行されたもので、決してこの書籍に対して出されてたものではありませんでした。

 さらに一四八七年にはケルン大学神学部にこの書を送付して大学による学術的承認を求め、四名の教授が署名しました。八人が署名した、と言う話もありますが、あれは不正に作成された署名だったようです。

 しかしこれは学部としての正式な認定ではなく、署名した教授たちも積極的にそれを支持したわけではなかったにも関わらず、クラーメルは「教皇から回勅を受け、ケルン大学進学部による承認を受けた」として書物を宣伝し、なんと一四八七年から一六六九年までに十六版。おおよそ三万冊もの書籍が印刷されたそうです。奇しくもこの時期は活版印刷が発明された時期で、爆発的に出回ってしまったそうです。そして悲しくも六万人もの人が無実の罪を着せられて命を落としたそうです。

 ちなみにクラーメル自身は一四九〇年に協会の異端審問部から弾劾され、事実上追放されています。追放されてもなお〈魔女裁判〉や〈魔女狩り〉が行われ続けたのは、やはり教会側に都合が良かったのかもしれません。


 この他にもドイツ人の同じくドミニコ会士ヨハンネス・ニーダーという方が書いた〈蟻塚《フォルミカリウス〉》という有名な魔女本がありますが、いずれにせよ特別な力を有する魔女を恐れるあまりに行った蛮行につながった、とわたしたちの間では伝わっています。

 その魔女狩りですが、結果として六万もの人が犠牲になったそうです。多くは無実の人でしたが、奇行から狩られた人物も数多くいます。

 一四〇〇年代イタリアにて、新生児の血で軟膏を作ったとされるマンテウッチァ・ディ・フランチェスコ。

 一六〇〇年代フランスでは自ら何人もの子供を殺し、人をかまどに投げ入れたり獣に食わせたり皮をはぎとったとされるマリ・ド・サンス。

 同じく一六〇〇年代にハンガリーの〈血の伯爵夫人〉ことバートリ・エルジェーベト。彼女は吸血鬼ドラキュラのモデルとしても有名ですが、悪しき魔女としても名前が残っています。

 そして最も有名なのはジャンヌ・ダルクでしょう。彼女はオルレアンの乙女として活躍しましたが、戦いに敗れて敵に捕縛され、最後は魔女として火刑に処されて命を落としてしまいます。が、彼女は魔女ではありません。イングランドとフランスの国家間の戦争と政争に命を弄ばれた悲劇の人でした。


 話しを魔女に戻します。


 では、本当の魔女とはどういった存在なのでしょうか。


 まだ人が火を知らぬ時代。

 〈原始の火〉を授かった少女がいました。

 その少女こそが〈始まりの魔女〉です。

 なぜ、どういった経緯で〈火〉を授かったのかは不明ですが、彼女は授かった火をさらに人に分け与えました。この〈火〉というものは魔女の力の源の魔力といって差し支えありません。この火を持っていることで魔女術を行使することができます。

 そして始まりの魔女はもうひとつ特殊な能力を持っていました。

 〈幻視の瞳〉です。

 それは、この世ならざるものを見ることが出来る瞳。

 この次元と表裏一体に存在する〈妖精界〉を彼女は見ることが出来、そしてその異界の命に触れることができました。

 このふたつの能力は血によって相伝され、今日に至ります。

 つまり魔女とは〈火〉と〈幻視の瞳〉を有している存在です。

 さらに、わたしがそうしたように、血縁者から〈火継ぎ〉の儀式を経て〈火継ぎの魔女〉として名乗ることが許されます。

 また〈火継ぎ〉がされず、魔女とならなかった人から生まれた人は稀にどちらか片方の能力のみを有する時があります。

 〈火〉のみを持った方を〈燻り〉。火を持たず、片目に〈幻視の瞳〉を持つ方は〈隻眼〉と言われた存在になります。


 このように常識を逸脱した能力を持つ魔女ですが、どのように一般社会で生活していたかというと、実は密接な関わりをもっていました。

 古来、魔女は祈祷師や呪術師として重宝されました。

 五穀豊穣や大漁追福。雨乞いなど天に恵みを乞うものから、個人の吉凶、祓い清めまで行うのが仕事でした。また、この儀式に用いた手法が〈魔女術〉として現代に伝わっています。

 これらは妖精や精霊たちの声を聞いてそれを人に伝え、人に悪さをする妖精や精霊を払いのけるのが魔女たちの仕事でした。

 

 現代の魔女の話をしましょう。

 わたしを含め、現代にも多くの魔女が暮らしています。さすがに数は減りましたが、それでも世界中に多くの魔女が暮らしています。

 未だに古来に近い暮らしをする民族の呪術師にも魔女はいますし、英国風庭園イングリッシュ・ガーデンにて優雅に紅茶の飲みながら恋のおまじないをする魔女もいます。そしてわたしのようにサラリーマンの家庭に生まれた魔女もいるし、魔女の血筋であることすら忘れてしまった人たちも数多くいます。


 ざっと魔女についてお話しましたが、ここで魔術師についてもお話ししましょう。

 魔女ウィッチは文字通り女性を指しますが、男性で火を継いだ者は〈魔術師ウィザード〉と言われます。

 魔術師は魔女と少し毛色が違います。

 魔女が異界の声を聞き、命に触れることが出来る存在であるのに対し、魔術師は視て聞くことは出来ますが、触れることができません。

 魔女は月の満ち欠けで魔力が増減しますが、魔術師は月の満ち欠けが影響しません。しかし満月時の魔女の魔力は魔術師を凌駕します。

 この他にもさまざまあるのですが、〈自然の声を聞くのが魔女〉。

 そして〈人間界との調律を施すのが魔術師〉です。

 解りやすくいえば、神社の神主が魔術師、巫女が魔女といったところでしょうか。


 魔女の火は女系によって継がれていくものなので、魔術師は少し特殊な存在です。

 男性には一代のみに火が継がれ、第三世代には女性にしかその火が継がれることはありません。ですから、わたしの兄には火が継がれませんでした。兄は火も瞳も持たないごくごく普通の人間でした。


 ここまでで、魔女の成り立ちや魔女への正しい認識がお分かりいただけたと思います。

 で、そんなわたしたちの暮らし。つまり日常ですが至って普通です。

 いや、普通であって欲しいと思います。

 朝五時に起きてヴァイスの散歩を一時間。六時過ぎから朝食を食べて、七時半には中学校へ行きます。日中は学校生活を送り、六時半から七時くらいの間に帰宅。夕食を食べて宿題をして、予習復習をして寝ます。

 唯一魔女らしい日常の行いといえば、日記をつけることでしょうか。

 すべての魔女は〈魔女日記ブックオブシャドウ〉をつけています。もとは実験ノートみたいなもので、使用した魔術に関しての詳細な記録帳なのですが、現代においてはごくごく日常の物事を書き記したものですが、これに意味があります。

 魔女には一般人には経験することの出来ない物事も体験するので、それが後日思わぬことを巻き起こしたりもします。そんな時の解決の糸口になってくれるのが日記なのです。

 特にわたしにように、日常的に妖精さんたちと関わる者にはより重要になってきます。

 妖精たちは悪戯好きのトラブルメーカーなので、彼らを懲らしめるためにも日記が必要になってきます。例のカタツムリレースなんかそのトラブルの温床と化しているので、より詳しい書き込みが必要になります。

 彼らは文字を持たないために、決め事を書き記すことがありません。

 口約束がトラブルになり、すぐに言った言わないの大喧嘩になります。その時の仲裁に「ここにこう書いてあります」と見せると、場が治まるから不思議です。

 彼らは字が読めないのに、日記を見せられると「うん、書いてあるな」といった具合で誰もが黙り込んでしまうのです。

 昔、祖母から聞いたのですが、妖精たちは文字を持たないために、それに一種の憧れのようなものがあるそうです。それは魔術のような効果を発揮し、彼らを縛るのだといいます。

 そして、今日も私は寝る前に花の妖精(ニンフ)たちを枕元に呼んで、「本日の妖精たちの様子」を聞くのでした。

 花の妖精は、花壇にいつもいて歌を歌い、楽器を奏で、踊りを踊って過ごしています。他の事にはまるで興味がなく、傍観して関わることはありませんが、その見たこと聞いたことを〈夜、誰かに話す〉ことも彼らは好きでたまりません。

 いつものように、花の妖精たちはわたしに今日の出来事を面白おかしく話してくれました。それをわたしは日記に書き記し、いつものように飴玉をお駄賃代わりに渡して部屋の窓から出ていく妖精を見送り、わたしも眠りにつく、というのが毎日です。

 魔術の勉強は、時間が空いた時に本を読んだり、術のして学習します。

 

 わたしが魔女になってひと月が経ちました。

 火を継ぎ、魔女の杖を贈られ、お茶会に参加して先輩たちにご挨拶をしたわけですが、これからわたしがどういった道を進むのか、ゆっくりと考えていこうと思います。

 

☆魔女日記☆

魔女狩り…中世時代に行われた蛮行。ハイリンヒ・クラーメルの著書「魔女に与える鉄槌」やヨハンネス・ニーダーの「蟻塚」が事態を煽ったといわれているが、真の魔女は一人として駆られることはなかった。多くの無実の罪の人が教会の保身のために惨殺された。


原始の火…始まりの魔女から受け継がれる、いわゆる「魔女の火」。魔女が魔女たる所以。魔力の根源。


幻視の瞳…魔女が魔女たる所以のふたつ目。この世ならざるものを見ることができる。


火継ぎ…先代の魔女が、後継者に己の火の一部を受け渡す儀式。これによって体内に眠っていた火が活性化する。火継ぎを終えた魔女は「火継ぎの魔女」と名乗ることが出来る。


燻り…火継ぎがされなかった魔女の子で、火を持つ者。術を使う素質はあるが、幻視の瞳は持たない。


隻眼…火継ぎがされなかった、魔女の子。火は持たないが、幻視の瞳だけが受け継がれた。しかし幻視の能力があるのは片目のみ。術を使うことは出来ない。


魔女日記…魔女がつける日記。魔女術の実験ノートとして主に使う。



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