第六話 魔女を継ぐ その3 ~日常の変化~
祖母の死から数週間、我が家は日常を取り戻しつつありました。
父も母も仕事に復帰し、わたしも学校に部活に忙しく過ごしています。特に部活は三年生にとっては最後の大会が控えているので練習に熱が入ります。毎日きっちり十八時まで部活をこなし、今はヘトヘトになりながらも自転車を漕いで家へと急ぐ途中です。
魔女を継いでから変わったことがいくつかありましたが、その中でもこの夕暮れ時の変化は驚くべきことでした。
友だちと一緒に帰宅している時は本当に神経を使います。なにがどうなのか、というと――。
――いろいろなものが見えるんです。
例えば、あれ。
クラゲのようなものが宙を漂っています。
しかも大きい。
軽自動車くらいはあるミズクラゲがほわほわと空中を漂い、川まで来ると今度は空の月目指してゆっくりと移動します。目を凝らすとそのクラゲの上には妖精たちが座しており、まるでバスか電車かのように使っているように見えます。
「自分で飛んだほうが速いのに……」
その他にもトンボのような羽が生えたミミズやら、なんやらかんやらが無数に飛んでいるのが見えます。突然見えるようになったんでびっくりして胡桃おばあちゃんに電話したら……
「そのうち、見る見ないを意識的に出来るようになるから」
と、具体的な方法は告げられずに電話を切られました。
祖母は驚く度にいちいち電話してくるわたしのリアクションが楽しいようで、電話がかかってこない日はすこし残念がっているそうです。
「そんなこと言われても、コレ、すごいんだけど……」
最近気がついたことですが、満月の夜はこれが百鬼夜行のように続きます。特に悪さをするわけでもないんですが、稀に山のように大きな巨人みたいなのが現れると流石に心臓が止まりそうになります。
実はこの町にある『大田池』という大きな池は、この巨人が昔つけたの足跡だそうです。もう気が付かれた方もいると思いますが、巨人はダイダラボッチという名で日本全国の民間伝承に出てくるあの巨人さんです。
夕暮れ時はこの世と妖精界の堺が曖昧になります。
特に、日没してからの空が幻想的な色合いになる時間帯になるとその様子をはっきりと見ることができますが、今まではこんな光景を見ることがありませんでした。それが突如いろいろなものが見えるようになったので、しばらくは慣れないような気がします。
今でもこうして平然を装っているのが大変なくらいですから……。
自転車で並走する美希は今日の学校の出来事をわたしに話します。が、てんで頭に入ってきません。とりあえず彼女が笑ったらわたしも笑いますが、自転車走行中のため、目が完全に泳いでいることはバレずにいます。
「あー、今日の宿題面倒くさいなー」
「う、うん。そうだねー」
こんな感じのぎこちない感じの会話ですが、自転車走行中なのでなんとかやり過ごせています。
美希は同じ町内に住んでいるので、登下校がほぼ一緒です。いつも田んぼを越えた先の橋を渡って、わたしは家のある丘へ右折し、彼女は道をまっすぐに進みます。
「あれ?」
橋を渡ると、美希が自転車を止めました。わたしも慌てて止まると、そこにはヴァイスが尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振ってお座りしていました。
「ヴァイス!」
自転車を押して駆け寄ると、ヴァイスは嬉しそうに『おかえり!』と元気に話しかけてきました。
「悠依ん家の犬?」
体の大きなヴァイスに美希は驚いているようでしたが、それ以上にこんなところまで犬が出迎えたことに驚いていました。
「そう。前に見たでしょ、あの白くてちぃっちゃかった子だよ」
美希とは一度三ヶ月くらいの時に会っていますが、あまりの大きくなりように同じ子だとは思いもしなかったようです。
「うそ!こんなにおっきくなったの!?」
大型犬は一年で信じられないほど大きくなるので、飼育経験のない人は誰もが驚いてしまいます。大げさではなく、朝起きると大きくなってることがあるくらいです。
「ヴァイス、美希だよ。覚えてる?」
『覚えているよ』
わたしだけに聞こえる声で彼は答えてくれました。
「なんか、本当に会話してるみたい」
美希はわたしたちの様子を見て感心しました。
「うちのグリは自分が一番偉いと思ってるからなー」
グリは美希が飼っているミニチュアダックスフントですが、まぁ、いろいろ大変な子です。
「って、いうかさ。この子、家から一人で来たの?」
我が家はこの橋のたもとにある小さな丘の上にあります。家まではここから歩いて十分くらいの道のり。一本道だし丘自体が私有地なので問題ありませんし、ヴァイスがこの丘から勝手に外に出ることはありません。
「うん。いつもここで待っていてくれるんだ」
ヴァイスの頭をワシワシ撫でると、ヴァイスは気持ち良さそうに目を閉じます。
「へー。えらいねー」
美希にも頭を撫でられてヴァイスはさらにごきげんです。
その後も美希と十分ほど他愛のない話をしてから、今度はヴァイスと一緒にゆっくりと家へと坂を歩きました。
なだらかな上り道を自転車を押しながらゆっくり歩きます。
右には先程渡った川。ちょうど川の上流あたりに日が沈み、反対側からは月が顔を出します。先程から見えてきた不思議な生き物たちは、やや速度を上げながら月へと急いでいるようですが、依然としてのんびりとした様子にわたしは吹き出してしまいました。
「いいね~。のんびりしていて」
妖精たちは実にマイペースです。何にも縛られず、自分のやりたいことをして過ごし、飽きたら寝るか、また違う遊びを探します。その違う遊び探しがたまに人間や動物に対するイタズラになり、迷惑するのですが、まぁ、かわいいものです。
『あいつらうるさいから困る。ボクが寝てると必ずイタズラに来るんだもん!』
妖精たちは勘の良い犬が嫌いです。犬はイタズラする妖精が嫌いで、犬猿の仲といえます。
『あ、そうだ。おばあちゃんから連絡が来てたよ』
ヴァイスは自分の首輪をわたしの方に見せました。よく見ると首輪には直角三角形の紙が挟まっています。手を伸ばすと、するっと紙が首輪を抜けそれは紙飛行機になり、くるくるとわたしたちの周りを飛んで手の上に着陸すると、紙が開いて一枚の手紙になりました。
『悠依へ
部活動お疲れ様でした
金曜日の夜にわたしの家でお茶会を開きます
魔女の〈お茶会〉よ。
金曜の夜二十三時に迎えに行くから楽しみにね
胡桃婆 』
「ヴァイス、おばあちゃんからの招待状だ!」
〈お茶会〉に参加出来る!
わたしの胸は踊っていました。
☆魔女日記☆
美希…悠依の同級生。中三。同じバスケ部に所属する。女の子らしいことが苦手で、家事はさっぱり。サバサバとした性格で、ボーイッシュな外観もあって、年下の同性に人気。兄が二人いるが、いずれとも仲が悪い。
お茶会…魔女たちのお茶会。決まって深夜に開かれるそれは、魔女たちの社交場であり、術の披露や知識の披露、共有に用いられる。招待された者を除き、一人一品、手作りのお菓子を持ってくること。