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妖精の育て方  作者: いちまるよん
第一章 火継ぎの魔女
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第三話 不思議な井戸と虹の龍 その2

 午後二時くらいに家には到着し、用意していた仏壇に祖母の位牌を安置して一段落となりました。

 父も母も今日はゆっくりしようということでしたが、わたしは、先程の井戸の話が気になって仕方がなくなり、着替えてからすぐ庭に出て古井戸に向かっていました。


 井戸は家の北側、大きな楢の木の下にあります。

 今も昔も井戸には石の蓋がしてあり、さらにかんぬきで固く閉ざしてあります。閂を抜くことは簡単でしたが、次の石の蓋をどうにもこうにも動かすことが出来ずにいると、父がやって来ました。

「中を見たいのかな?」

 首を縦にふるわたしに父は微笑むと、二対になっている蓋の片側をずらしてくれました。好奇心を抑えきれず、駆け寄って井戸の中に頭を突っ込みましたが、見えたのはただの枯れた井戸でした。

「ね、普通の井戸じゃないんだよ」 

 父は持ってきた懐中電灯で井戸の中を照らしてくれると、わたしは更に驚きました。底が二メートルもありません。

「こんなに浅いの??」

 そもそも掘る理由があったのか、井戸みたいに石で周囲を囲って蓋をする理由があったのか、疑問は深まるばかりです。

「虹を捕まえるための穴だからね」

 よく覗くと、底の中心に漬け物石のような丸みを帯びたありましたが、気のせいかそれが揺れているような気が……。


『眩しいゾ!あと、昼は開けるナ!人がせっかく寝とるのニ!』


 声というか、念話のようなものが頭に急に響きました。

「あ、ごめん。ごめん。開けるの久しぶりだからすっかり忘れてた」

 父は全く反省していない様子でしたので、声の主はますます声を荒げます。

『セイジ、貴様はちっとも変わっとらんノ!!』

 石の下から現れたのは“土の妖精ノーム”でした。髭もじゃで、ずんぐりむっくりしたおじいちゃんのような容姿をしています。

「ごめんなさい、ドギ」

 ドギはわたしが小さいころからいる庭に住み着いている妖精ですが、まさかこんなところを寝床にしていたのは知りませんでした。

「ユイ、お前の教育がなっとらんからだゾ!」

 なぜ父の教育を娘に委ねるのかまったくもって納得いきませんが、ここは素直に謝りました。

「いや、ね。虹の井戸見たいっていうから連れてきたんだけど」

『今開けても何もないだロ。せめて満月の晩に開けろヨ』

 馬鹿なこと言うな、とでも言いたげな表情でドギは諦め顔でしたが、そんなことは構いもせずに父は、「あとはよろしく」と家に帰っていきました。


 残されたわたしはドギの機嫌をどう取ろうかと考えていましたが、仏頂面のドギの怒りは意外にすぐ収まりました。

『チトセは還ったカ?』

 おそらく葬儀が終わったのか、ということを聞いているのだと思い、わたしは黙って頷きました。するとドギは神妙な顔で続けました。

『チトセは優しい子だ。薄暮の地への道は知ってるが、無事ついたのか気になるノ』

 死後の世界の話はいろいろとあります。宗教や神話によって、極楽浄土であったり、天国であったり、また生前の行いが悪いと地獄に落とされる、という話がよく聞く話ですが、魔女はそのどちらにも行きません。皆、等しく薄暮の地へといざなわれるそうです。

『ひょっとしたラ……妖精界に行くやもしれんナ』

 ドギは優しい顔で笑いました。

「ドギ、魔女が妖精界に誘われることなんてあるんですか?」

 初めて聞く話でした。魔女は良い行いをした者も、悪い行いをした魔女も、魂が開放されて清い存在となって薄暮の地へ行くものばかりだとわたしは聞いていました。

妖精王オベロンに愛された者にはその可能性がある。妖精の騎士のように、女王ティターニアの気まぐれで連れてこられる者もおるがノ』

 妖精の騎士、というのはタム・リンのことだと思います。アイルランドにまつわるバラッドに登場するあの妖精の騎士です。

「おばあちゃんはいろいろな妖精と顔見知りでしたもんね」

 井戸に頭を突っ込みながら話をしていると、ドギは壁を器用によじ登って井戸の外にでました。

『まぁな。まぁ、時期に知らせが来るだろウ。お前たちはヴァルプルギスの夜に運良ければ会えるかもしれぬゾ』

 ドギは井戸の外に出ると、腰をおろしてタバコの準備を始めました。わたしは彼の隣に腰を下ろして夜について聞いてみました。

「教えてください。どうすればヴァルプルギスの夜に参加できるのですか?」

 わたしの質問にドギは目を見開きました。普段はボサボサの前髪で隠れている目がしっかりとわたしの瞳を捉えます。

『いきなり夜には参加できんヨ。まずは茶会サバトに参加するがいイ』

 サバトは魔女たちのお茶会です。元は日曜日の安息日を指したそうですが、長い年月の間に休憩というような意味に変わったそうです。


 お茶会は夜に行われます。ヴァルプルギスの夜とは違い、現実世界に魔女たちが集まって他愛のない話をします。ドギの話だと新米魔女はそこで紹介され、魔女の証である杖を与えられるそうです。

「お父さんに相談してみます。そういった話、全然聞いたことないもんなー」

 それがいい、とドギは小さな虫眼鏡を取り出すと紙巻きのようなタバコに日光を収束して当て、火をつけました。妖精たちは火を扱いますが、ガスや生成油は一切使いません。

『このタバコ、チトセに教わったんだヨ』

 紫煙をくゆらせながら、ドギは懐かしそうにつぶやきました。

 妖精はタバコが好きです。雄でも雌でも愛煙家が多いですが、人間が吸うそれとは違います。

 人間が吸うタバコはとても臭いです。わたしの家では誰もタバコを吸わないので、あの臭いは不快でなりません。しかし、妖精たちが吸うタバコはまるでお香のような香りがします。しかし、「吸うと、この世で経験したことがないまずさを体験できる」と父は言っていましたが、わたしは未成年だし吸おうとも思わないので、本当のところはどうかよくわかりません。


「んー。この井戸と虹についてはなにか知っていますか?」

 わたしの悪い癖で、いろいろなことに気がそれて本来の目的を忘れてしまうところでした。

『この井戸は薄暮の地へ赴くためにある扉ダ。とても珍しいものだヨ。

 虹は、雨上がりにその雨を追いかけて妖精界に住む龍が現れた証ダ。虹龍こうりゅうが現れている間、その頭と尾が付いている地面は妖精界とつながっていル。しかし虹龍が消えてしまうとそのつながりも消えてしまウ。よくわからんが、魔術はその龍を縛って穴を開けたままにすることができるらしイ』

 でもでも、井戸を覗くとすぐに底が見えて穴が塞がっています。

『想像してみロ。常時つながっていたら、間欠泉のように出なくていいモノも吹き出してくるゾ』

 妖精界には妖精たちのみが暮らしているわけではありません。妖魔や妖怪といわれる異型の者たちも住んでおり、総てが友好的な存在ではないので危険極まりないことになります。

「へー魔術ってすごいですね!」

 そう思ったから口にしたのに、ドギは「こりゃだめダ」と肩をすくめました。


『じゃあの、また寝るわイ』

 一時間ほど他愛もない話をすると、ドギはまた井戸に潜り姿を消しました。

☆魔女日記☆

“虹”…雨上がりに空にかかる虹は、妖精界から現れた龍の痕跡である。その根本は妖精界につながっているとされている。


“古井戸”…火乃香家の裏にある古井戸。先祖が虹を追ってこの地に来た時に「その根元を掘って作った」とされる穴。底は薄暮の地へとつながっているとされている。


“土の妖精ノーム ドギ”…家の古井戸を塒にする妖精。髭もじゃのお爺ちゃんのような外見で、昼間は大体寝ている。博識で祖母の千歳との親交があった。カタツムリレースになると、我を忘れる。


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