第一話 魔女の血
祖母は魔女でした。
古い理を知り、受け継がれた血により異界の命に触れることができる人でした。
そしてその血がわたしにも流れているのです。
そんな祖母が四月三十日に亡くなりました。自然を愛し、自然とともに生きた祖母は自然に身を任せ、穏やかに亡くなりました。
自宅で息を引き取る前、妖精たちが別れを継げにやってきたのには驚きました。彼ら、彼女らはいつものように陽気で、一人ひとりが祖母に触れ、耳元でなにかを囁き、歌を歌い、楽器を奏で、最後に頭上を乱舞して花びらを撒いて姿を消しました。後で聞いた話ですが、花びらは安息の地へと続く道を花の香で邪気を払うためのものだったようです。
魔女と妖精は切っても切れない間柄なのだと祖母はよく話していました。わたしの言う魔女は禍々しい魔術を使って人を呪い殺すようなものではありません。どちらかというと呪術師に近い存在かもしれません。
魔女は自然の声に耳を傾け、自然と人との調律を取る存在です。その自然の声を聞くうえで大切なのが妖精の存在なのです。人の手が入ると妖精たちは自ずとその土地を離れますから、常に対話することが大切だということです。
混乱なく、葬儀は無事終えることができました。おばあちゃん子だったわたしは自分が驚くほど泣きじゃくり、少し父と母を困らせたようでした。
祖母の死が近いことはわかってはいました。覚悟は出来ていましたが、もう会えないとなるとどうしようもなく寂しくなり、感情を抑えることが出来ませんでした。
納骨も終わり、帰宅途中の車内でいまだすすり泣くわたしに両親からかけられた声は衝撃的でした。
「魔女を継ぐ気はある?」
帰りの車中で母から指輪を手渡されたそれは、先程まで父の手にあった祖母の指輪でした。
「母さんには継げないの」
母は魔女ではありません。ごく普通の家庭に生まれ育った、ごく普通の人です。ただ、父と結婚してわたしを産んだことにより『魔を継ぐ』ことが出来たようで、妖精たちの姿は見えるようになったと言っていました。
「父さんは・・・・・・?」
父は祖母の血を色濃く継いでいます。顔立ちだけでなく、古い理を理解し、祭事によってその文化を継承し、その血によって異界の命と関わっていることをわたしはよく知っていました。実質的に魔女を継ぐべきは父であるべきと考えていました。
「父さんは幼い時にもう継いでいるんだ。
ただ、男が継ぐのと女が継ぐのでは意味が違うんだよ。真の魔女は女性によって継がれていくものだよ」
魔女は一般的には女性を指しますが、もちろん男性だっています。ただ、男性の場合は少し役割が違い、魔術師といわれる存在で呼称が異なります。
「悠依、知りたくないかい?二千五百年あまりも受け継がれていた婆ちゃんたちが守ってきたものを」
父の言葉に強く惹かれました。わたしは正直魔女についてよくわかっていません。妖精たちと触れることができる特別な存在ぐらいとしか認識ありませんでした。
けれども、知っているんです。あのすばらしい妖精たちとの過ごす時間を経験したこのとあるわたしはもっと深く知りたいと自然と考えるようになっていました。
「わたしは、なにをすればいいの?」
ようやく涙を拭き上げ、車のバックミラーに映る父の目を見つめると、また父が衝撃的な言葉でわたしを誘いました。
「まずは、ヴァルプルギスの夜に参加してもらおうかな?」
ミラー越しに見える父の顔は、いつも優しく微笑む祖母に少し似てました。
☆魔女日記☆
魔女は代々女性が継いでいくもの。