眠ること(仮)
目の前に広がる橙。
それは夕日の色だったか。
瞼の裏に焼きつくそれが、一体何であったのか未だに私は思い出せない。
昔から眠るのが嫌いだった。
夜も更けると、子供というのは自然と眠たくなってくる。しかしいくら今にも瞼がくっつきそうな状態になっても、限界まで眠ろうとはしなかった。もちろん親にも早く寝なさいなどという至極当たり前なことを言われたのだろうが、聞く耳をもたなかった気がする。
今となっては小さいころのことなど記憶から薄れていってしまっているが、親に寝ろと怒られたことは全く覚えていない。それよりも、眠る瞬間のことを覚えている。
瞼を必死に持ち上げようとするも少しずつ下がり、視界が狭まる。やがて暗くなり、抵抗をしていたはずが、そのことさえあやふやになり、何を考えているのか何を考えていたのか分からなくなる。現実と夢の境目を行き交い、その感覚に肌が粟立つ気がしていた。そして抵抗むなしく眠りにおちる。
今思うと、単に嫌いだったというのは少し違うかもしれない。恐怖を感じていたのだ、眠ることに。
暗いことでも、一人になることでも、意識を手放すことによって自らが心身ともに無防備になることでもなく────。
夢を、見るのが怖かった。
悪夢を見るのが怖いなんて、子供ならなんてことはなく、大人でもありえない話ではないように聞こえるそれだが、別段悪夢を見たというわけでもない。ならどうして、ただ夢を見るだけのことが怖いのか。このような言い方で勿体ぶっているように感じるかもしれないが、今一度、考えて欲しい。何故、だたの夢にこれほどまで恐怖したのか。答えはなんとも単純だった。
現実と、夢の区別が、つかなかった。本来の全てであるものと、自身の脳内で起きているだけのものの違いが、分からなかった。
もちろん、夢を見ているときに現実との区別がつかず、目が覚めてから夢だったと安心することや、後々現実の記憶と夢の記憶が混同してしまうようなこともあるだろう。だがそうではなく、目が覚めても夢だと安心することもなく、記憶と記憶が混同するわけでもなく、ましてや夢特有の現実離れしたことが起こることもなく、ただそれが現実であるかのように、視界音感触などの五感全ても正常に、それは毎夜繰り返された。
私は物心ついてから、十数年、眠る度に、知らない景色を彷徨い続けた。
◆
人間というのは不思議なものだ。どんなに嫌でも睡魔には勝てず、しまいには自らそれに身を委ねるようになる。睡眠欲というのは恐ろしい。
かくいう私は健康志向で、毎晩日が変わる前には床につく。
明日は日曜だが、だらだらと起きていても特にすることもないのでやや早めに明かりを消した。
23:00 就寝
◇
葉が擦れさわさわと音を立てる。頬を風が撫で、服の裾を揺らす。夏も近づいてきていたはずだが、感じる温度はやや肌寒い。背中に当たるものの感触も冷たく、吸い込んだ空気は湿った苔のようなにおいがした。
そこまで理解したところで瞼をそっと持ち上げる。案の定私はふかふかな布団、とは言い難いがそれに準ずる敷布団ではなく土の上に寝そべっていた。急な環境の変化にも今更驚きはしないが、一つ気になることがあった。今夜は満月だったはずだが明かりが心許ない。手をついて起き上がると、苔の感触がした。辺りをゆっくりと見渡してみると、背の高い木々に囲まれ、そのどれもが暗い影を作っていた。さらに遠くを見渡してみるが、やはりと言うべきか同じような木が不規則にあるばかりで、見覚えのありそうなものは何一つない。どうやらここは林というより森の中らしい。
「(・・・林と森の違いはなんだったか。)」
この状況にはややそぐわないことを考えたが、すぐに思考を打ち切り、今すべきことは何かということへ考えを巡らせた。と言っても巡らせたのはほんの一瞬で、すぐにありきたりなことへと辿り着いた。
「取り敢えず探索するぞー。おー。」
間の抜けた掛け声とともに探索を開始した。あっちへふらふらこっちへふらふら。途中、木の根に足を引っ掛けて転びそうになったり、耳元での虫の羽音に驚いたり等々色々あったが、10分も経たないうちに森は開けた。遠くに外灯も見え、足元もコンクリートで舗装されており、車もぎりぎり行き交うことが出来そうだ。このみちの先に何があるだろう。好奇心の赴くままに道路をたどっていった。
◇
まだ手探り状態なため、内容が多少変化する場合もございます。