星になった王子様
この作品に登場する人物名・団体名は、実在するそれらと一切関係ありません。(多分実在する団体名は使っていないと思いますが念のため)
むかしむかし、あるところにアルパパラ王国という小さな国がありました。
アルパパラ王国の王様と王妃様はとても優しいお方で、国民よりとても慕われておりました。
ある日のことです。
王妃様は城のバルコニーから城の庭園を見て、ふとため息をついていました。それを見た王様が、どうしたものかと王妃様に問い掛けます。
「おお、ため息などついて、一体どうしたのじゃ?」
「ええ……。こんど、子どもたちの姿を初めて国民の前に見せることになるでしょう? それが心配で心配で」
王妃様は庭園で楽しそうに駆け回る子どもたち――王子フレディと王女アリス――を見ながら、そう答えました。
「なに、何も心配など要らんよ。あの子達なら民の目の前でも立派な態度を見せてくれるはずじゃ」
「……勿論それはあの子達なら問題ないと思います。そうじゃなくて、子供達が何者かに狙われないかが怖いのです」
ここアルパパラ王国には、王子・王女を16歳になるまでは国民に隠して育てるというしきたりがありました。それは王子・王女を悪人に狙われにくくするためであるとか、国民にちやほやされることで甘い人間になって仕舞わないようにするために、続けられてきたしきたりです。
この度偶然にして双子に生まれた王子フレディと王女アリスは、一週間後に16歳の誕生日を迎えその日に国民への公開式を執り行います。公開式はアルパパラ国民は勿論、他国の貴族や王族までもが参加する、フレディとアリスにとっては生まれて初めてのビックイベントでした。
「おお、なんだそんなことか。今だかつてその様な事件は起きておらん。だか、お前が心配であるというのならばいつもより守衛の数を多くとらせよう。案ずるな」
「……そう、そうですね。守衛を増やして貰えるならば。ありがとうございます」
そう言うと、王妃様はバルコニーから城の中に戻っていきました。王様は、庭園を見下ろし、そしてため息をつきました。
「あいつの不安はいつも当たるからなぁ……」
そして、一週間などあっという間に過ぎ、公開式当日になりました。公開式は、正午に始まります。
「ドキドキしてきたわ。私、上手くやれるかしら?」
アリスは私室で、ふと呟きます。緊張していたのは勿論、王女アリスのみではありません。
「もしものことがあったときは僕がアリスを守らなければ……」
王子フレディも、大きく緊張していました。フレディは、一週間前の王と王妃のやり取りを聞いていたのです。自分の命が狙われるかもしれないというのですから、その緊張は並大抵のものではありません。それでも、フレディはアリスを守りきることを決意していました。
フレディは、一週間前に王と王妃のやり取りを聞いた後から、日課の剣術訓練をそれまで以上に熱心に行いました。そのお陰で、一週間前より前までの地道な鍛練が昇華し、フレディは確かな腕を身に付けた……と確信しています。もしもターニングポイント以前の真面目な鍛練が無ければ、フレディは今の剣術の腕を持つことはなかったでしょう。
――ともかく、王子王女共に緊張した面持ちで公開式を迎えようとしていました。
盛大にファンファーレの音が鳴り響きます。公開式の幕開けです。ステージのカーテンが開き、中から王子フレディと王女アリスが姿を表します。
「おお……」
会場がどよめきました。それは、おそらく、王女アリスの美しさゆえでありましょう。アリスはとても可愛らしく、かつ美しいお顔立ちでした。世界一と言っても、――それは親バカといった類いではなく――過言ではありませんでした。
「アリス王女万歳! フレディ王子万歳!」
国民及び周辺諸国からの来賓が、声を合わせてそう叫びました。ドーム状の公開式会場にその声が響き渡ります。それに応えるようにアリスとフレディはステージ上に堂々と立ち、挨拶を始めました。
「本日は、私達の公開式にお越しいただき有難うございます。私達は、アルパパラ王国の王子王女として、この日を誇りに思い、そして天に輝く太陽のように、アルパパラ王国の未来を明るく照らし、護り抜くことを約束いたします」
会場には大きな拍手が響き渡りました。来客らは、光に照らされた王子王女が、まるで太陽であるかのように見えていることでしょう。アリスとフレディによる初めてのスピーチは大成功です。彼らはスピーチを逐えると、国民が迎えるステージ下に降り立ちました。アリスとフレディにはスピーチのあと、国民及び来賓に挨拶をして回るという大切な仕事が残っているのです。この仕事はある意味で最も大切であり、かつ最も危険だとも言えます。アリスとフレディは共にステージ下を回り始めました。
ステージ下は賑やかです。
「ヴッドグス王国の大臣であります、シルバーです。以後お見知り置きを。今後とも両国が仲良くしていけますよう、よろしくお願い申し上げます」
と、話し掛けてくる真面目そうな来賓がいれば、
「ナパンダ王国のチャーリー王子でーす。キミ可愛いね、僕ちゃん気に入っちゃった。よろしくー。あ、そうだ、あとで会えなーい?」
などと打ち解けたような話し方でナンパしてくる他国の王子が居たりもします。アリスとしては、真面目な話をするのは一向に構わなかったのですが、へらへらした男とつるむのは御免なのでさっさと離れたいところでした。しかしいくらナンパ男だったとはいえ、相手は一国の王子です。他国との友好関係を崩すわけにはいきませんでした。
そこでアリスは、公開式の前に教育係のミッシェル先生から聞いていた遠回しの拒否の常套句を使ってみることにしました。
「ええと……、今日は公開式で色々と忙しいので、機会があればまたどうぞよろしくお願いします」
「ええー、つまんないのー。ちぇっ、まあいいや。また来るね」
チャーリー王子は、そう言い残して去っていきました。アリスとフレディはホッと胸を撫で下ろします。もし万が一チャーリー王子がそれでもしつこく話し掛けて来るようであれば、フレディはアリスを守るために手をあげていたかもしれません。
とにかく、アリスとフレディはそんな風に色々な国々の色々な種類の人びとに挨拶に回っていたのでした。ときどきアリスに手を出そうとする人がいましたが、それはアリスの美しさゆえの弊害であり、アリスへの敵意は見受けられませんでした。
そうして時間は過ぎてゆき、来客も帰り始めます。フレディも守衛の人々も、アリスが狙われるというのは王妃様の思い過ごしだったのではないか、そう思い始めていました。
――しかし、気の緩んだ雰囲気が守衛たちに漂い始めたその時。突如として、会場は暗闇に包まれました。フレディは慌てて傍らにいるはずのアリスの腕を掴みました。
「アリス、気を付けろよ。どうやら何者かに狙われているようだ」
そして、少ししてから城の明かりが復旧しました。フレディはホッとします。自分の手は腕をしっかりと掴んだままでしたから。腕からはぬくもりが感じられます。フレディは笑いながら、アリスへと顔を向けました。
「アリ……」
フレディの顔は真っ青になりました。フレディがアリスだと思って握っていたのはアリスではなかったのです。
「お、王子様に腕を握って頂けますとは、ありがたき幸せ」
偶然フレディのそばにいたアルパパラ国民は、うやうやしくそう言いました。
……しまった! アリスは何処だ、アリスは何処だ?
フレディは慌てて目を凝らします。しかしもう後の祭り、アリスは何処にも見えません。フレディは狼狽しました。
……どうすれば、いいんだ?
その時です。遠くから、ナンパ男の声が聞こえました。
「あれっアリスー、どこ行くんだよう。僕ちゃんが誘っても断ったのにぃ。そんな爺さんのどこがいいんだよー……」
フレディは駆け出しました。またとないチャンス。チャーリー王子がくれた、最後の希望です。みすみす逃すわけにはまいりません。
「ハァ、ハァ……。アリスっ、アリス!」
フレディはひたすら走ります。アリスを救い出すために。腰につけた剣の柄に手をかけて。
そして……フレディはアリスと誘拐犯を視界にとらえました。
「見つけたぞ」
フレディは剣を鞘から抜きます。今こそ鍛錬の成果を見せる時。失敗は許されません。フレディは考えました。
……誘拐犯に気付かれたら、アリスを盾にされてしまうかもしれない。だから犯人に気付かれないように近づいて倒さないといけないな。
そう考えたフレディは素早く忍び足で犯人に近くと、思い切り剣を振り上げました。
……今だ!
フレディがその剣をもって犯人の身体を切り裂こうとしたその時。
「やめるんだ! 人を殺めるのは負けを認めるということだ。それに……」
チャーリー王子の叫び声です。しかしフレディの身体は止まりません。フレディの剣は真っ直ぐ犯人の身体に吸い込まれようとしています。
その時。犯人は身体を翻し、アリスをフレディの方に突き出しました。ああ、なんということでしょうか。フレディがアリスを守るために放った刃がそのアリスを傷付けようとしています。
犯人もそう考え、ほくそ笑んでいました。……しかし、フレディの鍛練はこの程度のものではありませんでした。アリスを傷付けようとしているかに見えたアルパパラ王家伝説の剣は、何一つ傷付けることなくアリスの手に渡され、フレディは懐から短剣を取り出すと、犯人のもとへと跳び寄り、その短剣を犯人へと突き立てました。
「ぐふっ……」
そして、犯人は動かなくなりました。フレディは、アリスを魔の手から守ることに成功したのです。
「フレディ! 私の為に……」
アリスがフレディに向けて叫びました。フレディは虚ろな目をして、そして立ったままです。アリスはフレディに抱きつくと、フレディを連れて城の方へ戻っていきました。
「……駄目だったか」
暗闇の中で、一人取り残されたチャーリー王子は、そう呟きました。
その後は、何事もなかったかのように時間が過ぎていき、公開式も無事閉幕。アルパパラ王家に平穏な時が訪れたかに思われました。
しかし。フレディの様子はおかしいまま、なおりませんでした。虚ろな目で返事をしません。一体どうしてしまったというのでしょうか? アリスはきっと疲れただけだ、一晩寝て明日朝になればいつものフレディに戻るだろう、と考えることにして、眠りに就きました。
殺人。フレディが犯したのは僅か2文字で表せる行為です。しかし、それがたとえ大切な人を守るための行為だったとしても、それは赦される行為ではありません。人が死ぬ事によって、苦しむ人間がいます。悲しむ人間がいます。苦しんだり、悲しんだりするのは、殺された相手側の人間だけではなく、殺す側の人間にも現れます。
とにかく。神様はどんな理由があろうと、フレディを許しはしませんでした。その償いようのない罪に、神は罰を与えます。
公開式の次の朝が訪れました。暖かい太陽の光が、アルパパラ王国を照らします。全てを包むかのように。アリスはその暖かい光のなか、フレディのもとに向かいます。
「フレディは、元気になったかしら。ちゃんとお礼をしないとね」
アリスの手には、小さな籠が握られていました。中は美味しそうなクッキーで一杯です。実は、アリスは今朝早起きをしてフレディの為にクッキーを焼いていたのです。
「フレディ、喜んでくれるかしら?」
アリスの笑顔が、暖かい陽の光のなかできらめきます。アリスは、フレディの部屋のドアをノックしました。
――トン、トン。
――トントントン。
――トントントントントン。
「あれ、おかしいな?」
――トントントントントントントントントントン。
しかし、いくら叩いても返事がありません。アリスは、フレディは疲れて眠っているだけだ、と考えそして、そうだクリスマスみたいに枕元にクッキーを置いておこう、と思いつきました。
そこで、アリスはフレディの部屋のドアを静かにあけました。アリスはフレディのベッドを確認し、そして
……ガサッ
クッキーの籠を思わず落としてしまいました。
アリスの目線の先には、フレディの……フレディの……姿はありませんでした。窓は開かれ、カーテンは風になびいています。アリスは、その朝の爽やかな清清しい風が、フレディを奪う魔の風であるかのように見えてなりませんでした。
「フレディはの、星になったんじゃよ。アリス、お前のことを宙から見守っておるのじゃ」
王様(アリスの父)はアリスにそう言い聞かせました。
「星に?」
アリスはそう答え、王様とバルコニーから美しい星空を見上げました。
「フレディは、どの星なんだろう?」
アリスがふと、そんなことを呟きます。
「どれじゃろうな。アリス、お前ならきっと見つけられるはずじゃ。お前を導く、ただひとつの星をな」
* * * *
しかし、本当のフレディが一体どうなったのか、どこへいってしまったのか……。その答えを知る者は、誰一人として存在しませんでした。
最後まで読んで下さり、有難うございました。
僕の初めての童話はいかがでしたでしょうか?"童話"って一体なんだろうかと考えさせられてしまいました。
まあ、とにかく、楽しんで頂けたのなら幸いです。楽しんで頂けなかったのだとしたら……それは僕の実力不足であります。無駄な時間をとらせてしまったことを深くお詫びします。
本当にありがとうございました。
では!GNAHAND!