告白の顛末
前回のあらすじ。
告白しました\(^o^)/
ちょっぴり短めです。
時間が止まったような気がした。
まっすぐ見つめるアルの瞳がキラキラと輝いていた。そして、直感でこれはふざけて適当に返事をしてはいけないと思った。
まだ5歳にもなっていない。そんなものは、きっと関係ないのだ。何歳であれ、それがいつまで続くかなんてわからないが、その時の気持ちはきっと本当で大切なものなのだ。
「……。私はまだ結婚とかよく分からないの。友達としては大好きだよ。だから、もっと大きくなって私が『恋愛』っていうのが分かるようになったら……それでも私と結婚したいって思ったら、その時、考える……よ。」
我ながらひどい返事だとマリーは思った。気付かない振りでスルーして、大きくなるのを待つと決めたのだ。ここで告白まで持ち込むとは予想外だったがその考えは変わっていない。
大人になって、お見合いでもしたらその人と素直に結婚しようと思っている。そして、今一番結婚する確立が高いのはアルなのだ。だからこそ、リディアもアルを一番最初に紹介したのだ。
つまり今のままの関係なら、アルは何もしなくてもマリーと結婚出来る可能性が高い。もちろんアルはそんなこと思いつきもしていないが。
そんなことを考えているマリーをよそにアルは零れないのが不思議なくらい瞳に涙をたっぷり湛えて、鼻を赤くしていた。ただ、男としての意地なのか涙をこぼしはしない。
アルは自分が振られたことに、マリーに気遣いされたことを理解していた。自分は大好きな女の子に振られてしまった。その事実に胸を痛める。
しかし、アルは震える口元をなんとか鎮めようと深呼吸を繰り返し笑顔を作った。
「僕、習いごといっぱい頑張る。それで凄いえらい人になってカッコイイ大人になるから!そしたらマリーをお嫁さんにするからね!」
マリーはその言葉を聞いて素直に尊敬した。自分は前世で振られたときはこんなこと言えなかったし、1週間はずっと凹んでいた。自分を磨いてもう一回なんて考え付きもしなかった。前世での15歳の自分は4歳のアルに男として負けていたのだと認めざるを得なかった。そして性別が変わった今でも悔しさや不甲斐無さを感じずにはいられなかった。
「……うん。じゃあ私も習いごといっぱい頑張るね。」
優しい微笑みを向けられたアルは顔をさらに赤くして早口に告げる。
「じゃあ、マリーはまだ病気みたいだし僕は帰るね!早く元気になってね!」
そう言うやないなや、部屋を出て言ってしまった。マリーはその様を少し悲しそうな、困ったような微妙な笑顔で見送るのだった。
そしてその日ソレンス家では大きな子供特有の甲高い泣き声が響いた。聞いているほうが胸を痛めてしまう、そんな慟哭だった。
「お母様ぁぁぁぁぁ!!!うわぁぁぁぁん!!!うっぐ、ひっぐっ。マリーに振られましたぁぁぁぁ!!!うひっ、ひぐ。」
普段は聞くことのないような激しい悲しみを湛えた泣き声を聞いてもルイズは特に驚くことなく冷静だ。執務室へ飛び込んできたアルを優しく抱きしめながら宥める。
「アル?どうしたの?そんなに涙と鼻水でお顔汚しちゃって。せっかくの男前の顔が残念になっちゃうわよ?」
「うわぁぁぁん!!僕なんてどうせ男前じゃないんですぅぅぅ!!」
自棄になったかのように泣きわめくアルに優しく何があったのか質問する。するとアルはひっくひっくとしゃっくりながらも答えた。マリーへの想いが溢れたから告白したこと、振られてしまったこと。それを聞いたルイズはうんうんと頷きながらアルの頭を壊れ物を扱うかのように撫でた。
「マリーちゃんは今は考えられないって言っただけでしょう?ちゃんと今から頑張れば平気よ。むしろ大きくなって、モテモテになったアルにヤキモチをやいちゃうかもよ?」
茶目っ気のあるルイズの言葉にひっくひっくと言いながらも期待を込めたまなざしを送る。
「ほっ、本当にそう思いますか?うっうっ。マリーが気を使っただけじゃないですかっ……ひっく。」
そこまで考えていたことに驚きつつも、そんなことはおくびも顔に出さずに母性溢れる笑顔で答える。
「むしろ、マリーちゃんみたいにしっかりした子なら期待させるようなことは言わずにしっかり断るわよ。頑張って、まだまだチャンスはあるわよ。そんなに素敵な告白ができる男の子でしょ、自信を持って!!」
まだまだ子供で、母親の言葉は絶対という年頃だ。ルイズの言葉をすんなりと信じて泣きやむ。これくらいの歳の子の泣く早さと泣き止む早さは尋常ではない。
「はい、お母様!僕、もっと習いごと頑張ります!お兄様達にも負けません!」
「そうよ!それでこそ私の息子!頑張って、お母様もお父様もお兄様もみーんな貴方を応援しているわ。」
「はい!では早速勉強してきます。」
そう言ってルイズに一礼すると部屋から出て行った。扉を閉めたのに廊下をドタドタと走る音がする。ルイズがくすりと笑うと部屋の隅で待機していた執事が声を掛ける。
「ルイズ様もご趣味が悪いですね。ご子息とはいえ、人の告白現場をのぞき見るとは……そんなことに力を使うなんて国王陛下がお怒りになられますぞ。」
執事の険をはらんだ言葉にフフッと笑い声を重ねる。
「息子だからこそよ。それに告白しやすい状況も作ってあげたのも私達だし?」
そう口をとがらせながら答えるルイズはまるで10代の娘が悪戯を叱られているようだった。
「そもそも、アルゼウス様に告白をさせるためだけに人様の子供に熱を出させること自体、人道に反していますよ。」
「ちゃんとリディアの許可は取ってあったし、そもそもあれは熱では無いわ。体の表面の温度を少しだけ上げただけで体内に問題は何一つ無かったのよ?だから熱があることに気付くのも遅かったでしょう?体調自体は悪くなってないから本人には暑いなぁ、くらいにしか感じないわよ。」
「それでもです。全く、女性というのはいくつになっても色恋沙汰のこととなると手段を選びませんね。」
言い訳がましいルイズの言い分を流しつつ、やれやれと首を振る。ルイズが産まれたときからずっと勤めているこの執事にはルイズも簡単には頭が上がらないのだ。
さて、この2人の会話を聞いて察したと思うが、告白の一連の流れはリディアとルイズが仕組んだものだったのだ。
まずリディアが手芸を習う日をアルとの茶会の前日に行うようにセッティングする、そして夜にプレゼントとして手作りの物がいいと周りに言わせる、すると素直かつマメな性格のマリーは高い可能性で明日の茶会で何か編み物を贈ることが想像できる。
そしてマリーが編み物を実際しているのを確認(ここでうまくできていないようならリディアも参加して促す予定だった)した後に、ルイズへマリーが何かプレゼントを作っていることを伝える、そしてルイズが神術を使ってマリーの体表温度を少しだけ上げる。という流れだったのだ。
そう、ルイズは神術が使えるのだ。本来は退化していてつかるはずの無い神術。しかし、現代地球でも尻尾がある人や胸が複数ある人がいるように、昔の名残を残したままで神術を行うための器官が残っている人もごく僅かだがいるのだ。
あらかじめルイズが渡していた式神を使ってリディアがメッセージを送り、ルイズはすべてを把握していたのだった。
ちなみに、マリーの呼吸が荒くなっていたのは多少とは言いつつも体表温度が上がったせいで周りの空気が少し気化してしまったせいである。
執事は呆れたように首を振りつつ、これはいくら言っても無駄だなと思う。一応、皮肉の1つでも吐いておく。
「……これが東の国、アイルザークの黒魔女だなんて恥ずかしいですね。」
普通なら不敬で処分されても仕方ないような一言も、ルイズは耳に手をあてて、聞こえなーいとスルーするのであった。
翌朝のユークラテス家。マリーは元気に習いごとに勤しんでいた。
熱を出した日は事情を知る兄弟全員が慌てていたが、無事に元気になった姿をそっと見届けて学校へと向かった。通学中にアルが来たから元気になったんだ、脈ありだよ。いや、たまたまだ。なんて口論していたのは蛇足だ。
ルイが慌てていなかったあたり、やはり父親で夫であると言ったところであろう。
マリーは始まったばかりの手芸も含め8つの習いごとをしている。
語学、礼儀作法、常識、ダンス、数学、歴史、宗教学である。まだ4歳だからこれくらいで済んでいるが貴族としてはまだまだ足りない。年齢を重ねるにつれて、さらに学ばなければいけないことが増えるだろう。
ほとんどチート状態である手芸と数学は問題ないが、流石に前世とは全く違う歴史や宗教、語学はなかなかに辛い。しかし、一番辛いのは意外にも礼儀作法である。
なまじ前世の礼儀作法をある程度知っているがため、無意識に前世のほうをやってしまったり記憶が混濁してしまうのだ。転生において特に特典も無かったマリーはすごい記憶力もなければ、魔法が使えるわけでもない。
ただ大きくなった時によくある『小さい時にこれやっておけばよかった』をやっているにすぎないのだ。特に才能があるわけではないマリーはきっと大きくなったときに色々な分野で他の人に抜かれるであろう。
しかし、マリーとしては別に最強になろうなどと野心を抱いているわけではない。家族を喜ばせる、恥をかかせないが目標だ。特に人に抜かれても合格点がとれていれば問題は無かった。
だが、今日のマリーはいつもより少しばかり気合いが入っていた。なぜならば昨日のアルに感化されたからだ。自分よりも精神年齢の低い子供が、さらに頑張ると言うのだ。負けていられないな、と心の中で気合いを入れつつマリーはノートに歴史の要点をまとめるのであった。
マリーの誕生日会という名の社交界デビューまで、あと2ヶ月。
次回からラブコメ要素増えます。そして、やっと社交界が……