準備とか
遅くなってすみません。
我々が入学してから色んな人と出会い、時間の流れとともに印象が変わってきただろう。しかし、彼だけはずっと変わらない。クールで優秀で慣れ合わない。それでも憧れる人は後を絶たず、非公認ながらも親衛隊のようなものまであるという。将来に繋がる人間関係という意味では間違った選択ではないのだろうが、そもそも彼に名前を覚えてもらっているのか謎だ。
しかし、そうだと分かっていても、それでも付いていきたくなる魅力が彼にはあるのだ。
「……何これ?」
マリーは両手で持った少し古びた新聞を読みながらつぶやいた。
「非公認学級内新聞。通称、裏新聞。安直なネーミングセンスだよね。」
笑っちゃう、と言いながら実際にけらけら笑いながら手元の新聞を折り紙の要領で遊んでいるルミウスはどこか昔を懐かしむよう奈表情を浮かべている。
笑いを収めてコホンと咳払いをすると解説を始める。
「やっぱりね、どんなに良い子ちゃんが集まっても噂が好きなのは変わらないんだよねぇー。人間の性??それで毎年学年で何人かが非公認の新聞部を代々受け継いでるらしいよ。先生もうっすら知ってるらしいけど、大きな問題も起きてないし、ガス抜き感覚で見逃してるんだって。」
「いや、そうじゃなくて……。なんでステイル君のことが書いてある記事を持ってきたの?わざわざ昼休みに。」
そう、今は昼ごはんの時間だ。いつもならアルも一緒なのに、それを断ってまで見ているのだ。
「そりゃあ敵情視察?みたいな。」
「敵?ステイル君が?」
マリーは何を言っているんだと疑問の目でルミウスを見つめる。確かに、今日の放課後にステイルと話すのなら情報はあるに越したことはないが、敵という表現はいささか物騒だ。
ルミウスはちっちっちっと指を左右に振りながら、わかってないなーとにやりとマリーを見つめ返す。
「あのね、私たちがいくら前世持ちでも金持ちでも相手は年頃の男子だよ?突然前世のこと振られて、こーんな美少女2人を相手にして何するかわかんないでしょ。」
「考えすぎじゃないかなぁ?学校内で、しかも良いところのお坊ちゃまだよ。何か出来るとは思わないけど……。」
「そんなのわかんないでしょ!そもそも彼がどんな人なのかもわかってないんだよ!もしかしたら前世持ちって分かった段階でキレたり、ばらされたくないって何かされる可能性だってゼロじゃないじゃん。もし捨て身で何かしてきたら武術トップの彼にかなうはずもないんだよ!せめて少しでも知っておくのが身を守ることになると思わない?」
そこまで言われてマリーは多少は分かったが、それなら新聞でいいのか疑問が残るものだ。
「結局、新聞だって人の噂中心な訳だし、彼がミステリアスなのは変わらないんじゃ……。」
「いいのいいの!とりあえず調べたって事実があれば気の持ちようが変わるでしょ!」
ルミウスは結構適当な性格だったようだ。まぁ新聞を読むだけならと思い、読み進める。
「おい、アルじゃねーか。お前が1人で昼ごはんなんて珍しいな。」
黙々と1人で食事をしているアルに声を掛けてきたのはディルだった。彼も今日は連れが少ないようで、いつものようなにぎやかさは無い。
「……ディルク先輩、何か用ですか?」
いつもと違い、不機嫌であることが隠せていない顔で返事をする。そのことが面白いのか、既に事情を知っているのかにやにやした顔でアルと同じ席について連れの3人にここで食事をすると告げると、アルの許可を取ることなく食事をし始める。
アルは何か言いたげだったが、いくら幼馴染とはいえ人の目のあるところで上級生に怒鳴ったりしづらい。ただでさえ2人の存在は目立つのだ。
今も周りの女生徒が2人を遠巻きに見てヒソヒソを話している。隠しているつもりかもしれないがバレバレだ。
バレないように小さくため息をついて、諦めたように食事を再開する。
「で、なんだ?遂にマリーに拒否られたか?」
ぶっと飛び出しそうになった食べかけのご飯を押さえこめたのは日ごろの鍛錬のたまものか。アルは必死に口の内容物を飲みこんで水を一気に飲むと、ディルへ鋭い視線を飛ばす。
「な、なんでそうなるんだよ!!」
周囲にばれないように小声で怒鳴るという器用なことをするアルに先ほどから浮かべているニヤ付いた顔を更ににやにやさせる。アルにはむかつく人を小馬鹿にしたような顔にしか見えずとも、周りからは何か面白いことをたくらんでるセクシーな顔と呼ばれているのだから、イケメンは正義という言葉の重みを感じる。
「だって、今までなら一緒に食事するか、せめて近い席で食ってたじゃねぇか。それが今は傍にすらいないし?情報によるとマリーから別の所で食べるからって言われたらしいじゃないか。」
「なんでそんなこと知ってるんだよ。」
2人きりの時に言われたというのに、何故知っているのかと顔をひきつらせながら尋ねれば返答は単純だった。
「俺の情報網舐めるなよ。」
いつもよりも鋭い目で言われて、思わずビクッと体が反応する。アルとてそれなりに人脈を築いて情報網を形成しているが、元は商人から成りあがった両親を持つディルにはおそらく敵わないだろう。そして、2人きりだと思っていた空間であっても誰かに聞かれていたという事実は、普通の神経の人であれば差はあれど怖いものだろう。
思わず顔を怖くするアルにディルは笑いながら宥める。
「怒るな怒るな。別に脅してる訳でもないんだから。」
アルも心を静めて、食事を再開する。
「で、お前を差し置いてステイルと密会だって?」
今度こそ立ち上がりそうだった。デヒルがとっさに腕を掴んでくれなかったら立ち上がって注目を集めていただろう。
それでも少しこぼしてしまった水を拭きとる。拭きながら呼吸を整える。
「……。どこ情報だよ。」
「言う訳ないだろ?」
一方は冷めた目で、一方は挑発的な目で見つめあう。何も知らない女生徒達はキャアキャア言いながら盛り上がっている。美形は喧嘩腰でも美しいのだ。
「何なんだよ。俺をからかいに来たのかよ。」
ぼりぼりと野菜を食べながら聞けばディルはまさか!とわざとらしい驚いた顔で否定をする。
「俺はな、マリーは心配な訳だよ。ステイルとマリーなんて同じ教室で同じ年ってことくらいしか共通点も接点も無いだろ?だからわざわざリスクを冒してまで個室で会おうとしてるのかって気になったんだよ。……まぁ、その様子じゃお前も知らなさそうだな。」
これみよがしにため息をついてまるで出来の悪い弟を見るような目をしている。
「何だよ。ディルはマリーの何なんだよ。ディルには関係ないだろ。保護者気どりかよ?」
「違うよ。」
間を一切空けずに答えるディルの声の真剣さに思わず顔を上げて見つめる。その目は普段のふざけた様なものとも飄々としたものでもない。まるで……そう、まるで試合中のような真剣な眼差し。一瞬でテーブルに緊張感が走った。だが、本当に一瞬のことでディルはいつもの余裕綽々な様子に戻り、周りの生徒たちも変化には気付かなかった。
「まだ、分かってないのか?毎年毎年言ってるだろ。俺はマリーに惚れてる。昔にパーティーで会ってからずっとな。」
確かにずっと言っている。だが、あまりにも軽いためマリーですら軽く返事するようになっている。アルは怪訝な顔するがディルは素知らぬ顔だ。
「……。ていうかさ、アルはなんでマリーが好きなのに俺がこんな行動してるのか、まだ分かってないのか?」
「こんなって……他の女の子に声掛けたり?」
「他にも、情報網を強固にしたり、マリーに軽く声掛けたり、とかな。」
情報網に関しては将来のためで、他の女の子に声を掛けたりするのは普通に年齢とともに異性に興味が出てきたか、調子に乗っているか、それともそれすら人脈を築くためのものかくらいに思っていたアルはディルの意味深な問いかけ方に疑問を抱く。まさかそれだけじゃないのだろうか。
その疑問を抱いているのが顔に出ていたのか、ディルは可哀想な子を見るかのような目でアルを見下す。
「はぁー。まじかよ。お前まだそんな状態かよ。」
失望しているのを隠そうともしないその態度に流石にアルもイラつきを覚える。
「なんだよ。いいたいことがあるなら言えよ。」
思わず喧嘩腰な態度で問いかけてしまった。昔からの知り合いのせいか、ディルにだけは口が悪くなってしまう。
「わかんねぇーならいいよ。その程度の男ってことだろ。これなら将来的に俺がマリーをいただけるな。」
あーラッキーラッキーとぼやきながら自分の食事を進める。完全に食事モードに入ったディルはもうこの話しは終わりだと言わんばかりに下品にならない程度に勢い良く食べ進める。
アルはまだ問い詰めたかったが、昼休みは有限だ。アルも残りを食べ進めることにした。最後まで食べ終わり、最後に一服をしようとコップに手を付けると先に食事を終わらせたディルがそっと顔を近づけて、こう言った。
「マリーのことが本当に好きなら、放課後に第二倉庫の裏に来い。」
それだけを告げると、ディルは足早に去って行き来る時に一緒にいた連れとともに教室へと戻ってしまった。
わざわざ内密に返事をする間もなく言われて、本当ならばスルーをしてしまいたいところだが、マリーが好きならの一言がアルに迷いを生ませる。
だが、その迷いも少しのことだった。マリーが好きなら来いと長年のライバルに言われたのならば、それが挑戦状でも罠でもスルーしては男が廃るというもの。アルは手元にあった茶を一気に飲み干すと、気合いを入れて教室へと戻って行った。
まだ会えてない。ひえー。